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四十七話 顧問官

 

 リオニ城の執務室で、イルムが薄っすら頬を染めて虚空をぼうっと見つめていた。


 顧問官として支えるというエルガの言葉を受けてから、彼の仕事の能率は目に見えて悪くなっている。

 時折殴り込みの様な勢いで執務室に突入して来るエルガの叱咤によって、遅れた分の業務を瞬く間に終える為大きな支障は出ていないが、執務室を訪れるゴブリンの文官達はイルムの様子に誰もが首を傾げていた。


 そんなイルムを見たアミネは、小さな溜息を吐く。執務机の上に散らばる書類をのろのろと整理しながら、アミネは数刻前のエルガとの会話を思い返した。


 エルガがイルムへ外交顧問から総督顧問官への昇格を要求した時、アミネは執務室の扉の前で聞き耳を立てていた。

 エルガが一人で執務室に入っていくのを偶然見かけ、アミネにとって面白い事になる気配を感じ取ったが故の行動である。結果、イルムを支えるという問題の発言を耳にした。


 執務室から退室するエルガの前に、口角を吊り上げた女屍食鬼(グーラ)が立ちはだかる。


「たまたま聞こえてしまったんですけど、『お前を支えてやる』ってまさか……」


 アミネのにやにやした顔と思わせぶりな態度に、エルガは冷たい印象の面相のまま、こてんと首を傾けた。


「うん? 総督府が揺らいでしまったら顧問官である私の立場も給金も危うくなる、そうならん様に支えるのは当然だろう?」

「……」


 にやけ顔を半目と真一文字の口に変えて、アミネが押し黙る。が、間を一つ取ると念の為といった様子で問い掛けた。


「……エルガさんは、イルム様の事をどう思ってます?」

「支配者としては軟弱、だが甘さは少ない。戦さもそこそこ。悪くは無いが、改善点が山積みといったところか」

「いやそうじゃなくて」


 どこか噛み合わない会話にアミネが額へ手をやる。するとエルガは合点がいったのか、軽く頷いた。


「ああ、そっちか。単に雇用契約の関係だと思っている。向こうから好意を持たれているのは分かっているが」

「え? 分かってはいるんです?」


 意外だとばかりにアミネは目を見開く。


「私と相対する時の態度を見て分からん方がおかしいだろう。それに初めて会った時、不躾に言い寄って来たしな」


 僅かに不機嫌さを滲ませてエルガは腕を組んだ。一方のアミネも溜息を堪えて、顎と眉間に小さく皺を寄せる。

 イルムとエルガの間には大きな地割れが横たわっているらしい。そう感じて彼女はイルムの前途を哀れんだ。


 意識を現在に戻したアミネは、また手が止まっているイルムを見て長い息を吐く。


 ――エルガさんの心情を伝えるべきなんですかね……いや、落ち込んで仕事に手が付かなくなって今以上に能率が落ちる可能性が……黙ってますか。


 灰色の肌と薄桃色の短い髪を持つ、女屍食鬼(グーラ)の従者の内心も知らずに、イルムは両手で喜色顔を覆って気恥ずかしそうに呻いた。


「支えてやるって……エルガさんが支えてくれるって……」


 だめだこりゃ。


 アミネはその言葉を飲み込み、文書の整理に集中する。


 外交顧問として対人間諸国の方策の助言役という現状ではさして仕事は無い役職から、総督副官――つまりアミネ――に準ずる総督顧問官となったエルガは、今や総督府に大きな影響力を持っていた。

 顧問官はあくまで助言役であり大した権限は無い筈なのだが、ナリカラ総督のイルムの想い人である事に加え、身に纏う不思議な気品と威厳を前にゴブリン達も自然と彼女の命令に従っている。


 マンデ帝国人官吏とゴブリンの官吏が衝突していた原因である汚職問題も、エルガによる綱紀粛正で大幅に改善していた。


 主要官僚一人一人と個別に面談を行い、不正調査の機関として監察局を設立してあからさまな横領などを一掃したのである。

 面談以降、官僚達がエルガを見かける度に何故か青ざめ震える様になったり、幾人かの文官の姿が消えるなどの不可解な事態もあったが、概ね総督府の行政は良好になりつつあった。


 が、問題は未だ存在している。再起動したイルムが一枚の書類を手に取って目を駆け巡らせると、口角を下げた。


「王子帰還を前にしても相変わらず税の集まりが悪い。開墾令で免税措置中の地域からの税が少ないのは想定通りだけど、各都市も少な過ぎる。徴収率三割いかないよこれ」


 総督府の内政において、目下最大の問題は徴税である。


 今までの魔王軍による軍政で大きな負担を強いられて来た事を踏まえて、現在総督府が魔族への貢納として課している税は低めに定められていた。にも関わらず、その低い税すら満足に納められていない。

 このままでは王子帰還を機に行う予定の軍備拡張に財源不足という重い足枷が掛けられかねなかった。


「うーん、戸籍整備はまだでも教会が持つ洗礼帳簿や埋葬記録を元に人口の割り出しはある程度進んだから、徴税も進むかと思っていたのに……」


 イルムはかつて生活していたカシィブ公領の制度を参考に、戸籍を整備して領主をなるべく介さず直接税を集める中央集権的な税の徴収を目指している。

 しかし、大まかながら人口の統計を把握出来ていても税の徴収は上手くいっていなかった。


 イルムがうんうんと唸っている間に、総督としての彼が起動した事に安堵したアミネが執務室を出て行く。


 だが、入れ替わりにエルガが入って来た。気高さを感じさせる鷲の様な瞳で、悩めるイルムを見つめる。


「どうした、何を唸っている」


 エルガの姿を認めたイルムは分かりやすく顔を赤らめた。視線を彷徨わせ、少し(ども)りながらも訳を話す。


「そ、その、税のあ、集まりが悪くて、人口は分かっているのに中々上手くいっていないんだ」

「そういえば財政に関しては私もまだよく確認していなかったな、税の徴収はどうやっている?」

「領主への納税とは別に、魔族への貢納として総督府から徴税官を派遣して行っているけれど……徴収率三割以下の有り様で……」


 鷲の瞳が鋭さを増した。


「徴税官はどういった者を使っているんだ?」

「官吏は皆手一杯だから、リオニ在住で識字と算術を心得ているゴブリンに。勿論しっかりと人選しているよ」


 イルムの答えに、エルガは右手を腰に当てると溜息を吐く。どこか様になって演劇の一場面を思わせる雰囲気にイルムは見惚れるが、聞こえてきた呆れ声で正気に戻った。


「それは徴税請負人じゃないか。税が集まらんのも当然だ、問題が多過ぎるからな」


 徴税請負人とは、文字通り権力者から徴税を請け負い代官として税を徴収する者の事だ。

 彼らは正式な役人ではなく、民間に徴税権を貸している様なものだが、経費が抑えられる利点の一方で、行き過ぎた徴収や着服が起きやすいという大きな欠点もあった。


「そもそも余所者が税を徴収する事自体、強い抵抗を受けるものだ。大方、現地住民が徹底的に非協力を貫いて徴税官を妨害していたんだろう」


 当然ながら民衆は納税という行為そのものを好き好む事は無い。徴収するのがよく分からない余所者であれば尚更である。

 しかし、基本的に情報が乏しい徴収側は、現地の協力無しでは徴収対象者に会う事も難しい。酷い時には集落の中に入る事も出来ない場合すらあった。


 では力尽くで徴収すれば良いかというと、そうもいかない。都市であれば公然と武装して反抗するし、農村は反乱などの直接的手段の他に逃散して納税を完全に拒否するという手段を取れる。


 民衆は決して権力者に虐げられ続ける無力な存在ではないのだ。


 故に徴税が思うようにいかなくとも、軽々しく武力に訴える訳にもいかず慎重にならざるを得ない。

 かつてナリカラに駐屯していた魔王軍による略奪同然の徴税は、魔族が圧倒的な武力を持っていたがための特殊事例である。


 エルガは徴税請負人による徴税の問題点を挙げた後、それに代わる税制を提案した。


「徴税官は現地の者を任命し、集められた税を一ヶ所に纏めて管理する納税所を設置する方が良いだろう。徴税官は民衆から選ばれた者であればなお良い、信頼されている者であれば抵抗は少ない筈だ」


 彼女の意見にイルムは心底関心する。多くの書物を読み込んで来たイルムも、民衆の事情や心理に疎い部分があった。だからこそ下の視点をよく知るエルガの指摘は、イルムにとってありがたかった。


「なるほど……あ、それなら各地の神品を徴税官の纏め役にしよう! 人間諸国に繋ぎを作るっていうナリカラ教会との約束を冒険者逃亡で守れなくなった代わりに、徴税を通して教会の影響力を回復を図ろうか」


 脳裏に円柱帽(カミラフカ)を被ったゴブリン、ナリカラ教会と総督府の連絡役であるザヘシ司祭が浮かぶ。

 冒険者逃亡を受けて人間諸国との接触計画が一時凍結された事に酷く落ち込んだが、総督府の状況も理解している故に強く言えず、最近は教会と総督府の板挟みに苦しんでいるらしい。


 ここのところ多忙で会えていないが、王子帰還に関して教会との調整もある、その時に徴税の話を持ちかけよう。

 そうイルムは考え、ナリカラ教会へ送る詫びの土産として新税制案をエルガと共に詰めていった。


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