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四十六話 帰還

 

 モシニクス城に待ち望んだ吉報と歓迎出来ない報せの二つが届いたのは、冒険者達が逃亡したという報告をイルムが受けた日から三日後の事だった。

 ザリャン氏族軍の消極的な攻撃をあしらい、地下からの攻撃を図る敵の坑道を潰す為に対抗壕を掘る日々を過ごしていたナリカラ軍は、一つ目の報せに歓喜する。


 王子、ナリカラに御帰還せり。歓迎の準備を進めるディアウヒは狂喜乱舞の騒ぎ。


 いよいよゴブリンの王子が、ナリカラに入ったという報告はナリカラ軍だけでなく、モシニクス周辺へも瞬く間に広がり歓呼の声が至る所で湧き上がった。無論、イルムも顔に喜色を浮かべている。


「やっと来てくれた。これでナリカラ軍は完全に一つに纏まる上に、一気に大量の兵を集められる。ザリャン氏族にも大きな揺さぶりを掛けられるし、時勢はこっちのものだ」


 一方でこの吉報の腰を折る報せも来ていた。北東部を蹂躙していたレッドキャップが、西の方へ、つまり北西部に進軍する気配を見せているという。

 報告を聞いたイルムは、すぐさま軍議を開いた。そこでナリカラ軍の諸将にモシニクス城を離れるつもりであると明かす。興奮と動揺を隠し切れない諸将へ、落ち着いた声色の説明が為された。


「レッドキャップについては現地の戦力である程度は持ち堪えられるだろうけど、それでも念の為にというのが一つ。もう一つが本命なんだけど、総督として王子をリオニで迎える準備をしないといけないんだ。行政の確認もしないと」


 あくまでもナリカラの統治権を持つ支配者は、王子ではなくナリカラ総督であるイルムだ。

 王子がリオニに入城した際にイルムが不在だと、熱狂したゴブリン達が王子を担ぎ上げて主権回復宣言や魔族からの独立を叫ぶ可能性も無いとは言い切れない。


 それはエグリシ氏族の本音としては願ったり叶ったりとはいえ、流石にザリャン氏族と争っている時に魔族まで敵に回すのは暴挙以外の何ものでも無い事は理解していた。故に諸将はイルムが前線から離れる事を素直に納得する。


「僕が不在の間モシニクスでの指揮は、ギオルギ殿に一任する」

「承知した」


 ギオルギが大きく頷く。現在最も多くの兵が残っているエグリシ氏族の最有力者が、大将となる事に誰も異論は無かった。


「オルベラ氏族は僕と共にリオニへ向かう。王子にオルベラ氏族へ向けられた呪詛状の撤回を大々的にやってもらいたいし、王子を旗印に集める兵の数によっては北東部奪還も視野に入れているからね」


 イルムは北方のドモヴォーイを思い浮かべる。ナリカラ統一を成したバグラティオニ大王の直系の子孫である王子には、ドモヴォーイらも並々ならぬ期待を抱えていた。

 それを考慮すればドモヴォーイを始め、ナリカラ内に住むゴブリン以外の種族も続々とナリカラ軍に合流する可能性は高い。


 レッドキャップが相手では仕方がないと一時諦めていたオルベラ氏族の諸将は、自身の所領を取り戻せるかもしれないと目をぎらつかせた。


「エグリシ氏族の諸侯達には僕が戻るまでモシニクスに籠っていて欲しいけれど……リオニに王子が到着したら駆け付けて来るよね?」


 イルムの言葉にエグリシ氏族諸侯は食い気味に答える。


「無論ですとも!」

「王子が御帰還される場に我らが居ないなど、政治的にも心情的にも考えられませんな」

「ザリャン氏族の動きを注視しておきますが、援兵と入れ替わる形でリオニに向かいます。それに、我らが軍を前線に出し続けてかなり日が経っております故」


 領主が領地から私兵を率いる封建軍は、基本的に領主の自己負担での出兵となる。当然領主の負担は大きく、年に一月半程の遠征が限界とされており、長期間軍を維持するのは難しい。

 ゴブリンは原則自活かつ傷病に強く多少痛んだ食料でも問題無い為に、人間の軍より維持が楽とはいえそれでも限度があった。


 ラトンク公からの送られる予定の資金によってナリカラ軍は長期間の維持も可能になったが、今度は別の問題も出て来る。


「財政の憂いは取り除かれていても、故郷を懐かしんだり気晴らしを望む兵は多いでしょう」


 兵士は物言わぬ駒ではない。感情と欲求を持つ生きた存在である以上、ただ物資を用意して維持するだけでは持たないのだ。将も兵も一度身体と精神を休めるべく後方へ下げる必要があった。


「……負傷兵の護送もしないといけないし、仕方ないね。ザリャン氏族もしばらくは無理出来ないだろうから、そこまで心配しなくていいだろうけれど」


 軍議を終えると、それぞれがやるべき事に取り掛かる。翌朝、イルムはアミネとエルガ、そしてオルベラ氏族五百余を連れてリオニへと向かった。




 軍議から五日後に到着した旧王都リオニは酷く慌しい様子である。高揚感と焦燥感が混じり合った興奮が、町中を覆っていた。それはリオニ城でも同じだ。


 イルムは今、ゴブリンの王子を迎える準備に大わらわの城内で、執務室でマンデ帝国人官吏とゴブリンの官吏から報告を受けている。その内容は冒険者イーゴルらの逃亡についてだ。


「冒険者達の行方は未だはっきりしていません」


 黒い肌をしたマンデ帝国人官吏は、固い声でそう報告を述べる。その後、声色を常の物へ緩めると推測を加えて報告を続けた。


「ただ逃亡の隙を作る為に行った付け火は、派手に煙が出る様に細工された一方、炎は然程強い物ではなかった事から、単純に逃亡が目的の仕掛けであって破壊工作のつもりは無いと思われます」


 ゴブリンの官吏も口を開く。


「逃亡する冒険者達を目撃した者の証言もある程度集まりました。それらから推測するに、火事の騒ぎを突いてリオニ城を脱出後、路地裏を通って人目を避けつつ北の関へ向かい、番兵を不意打ちで昏倒させて郊外へ逃げたというのが(おおよ)その顛末かと」


 これを聞いたイルムは僅かに安堵する。

 ゴブリンやイルムを敵と認識していれば、もっと辺り構わず放火を行い、逃亡を目撃した者の殺害も辞さなかった筈だ。

 それが無いという事は、こちらを敵視しての逃亡では無い可能性が高い。人間諸国にナリカラの情報を撒き散らし、ゴブリン殲滅を煽るなどの外憂はまず無いだろう。


「冒険者達にナリカラへの敵意が見られないなら、神経質になる必要は無いね。人間諸国との接触をしばらく延期せざるを得ないのは残念だけど」


 冒険者達についてはもうやれる事が無いとして、捜索と調査を打ち切る様命じたイルムは、今最も重要な王子の受け入れ準備へ集中しようとする。

 官吏達が退室し執務室には羊皮紙が擦れる音や羽根ペンが走る音だけが小さく響く。しかしその静けさは、すぐに破られた。


 短く扉が叩かれたと思うと、そこそこの勢いで扉を開いたエルガが入って来る。前置きも無くエルガは机に両手を乗せ、突然の事に首を持ち上げぽかんとするイルムを見下ろした。


「私を外交顧問から総督顧問官へ格上げしろ」


 目の前にエルガの整った顔が迫って来た事に、イルムは顔に紅を浮かべ視線を逸らしたが、いきなりの要求に丸くした目を思わず正面に戻す。

 エルガはイルムの心情など御構い無しと言わんばかりに主張を続行した。


「北東部の失落に冒険者の逃亡、先の会戦での敗北は織り込み済みとはいえ負けは負け、今のお前が失態を次々と晒しているのは変わらん」


 エルガは一度言葉を切る。イルムが黙って聞いているのを確認すると、再び冷えた声で続けた。


「お前の計画はどの程度順調でどれほど崩壊している? そしてその計画が破綻しない保証はどれぐらいある?」

「……もしかしてエルガさ……んんっ、エルガの中における僕の信用って結構低くなってる?」


 エルガが鷲の様な目を一度若干鋭くさせるのを見て、慌てて咳払いしたイルムは眉尻を下げる。真っ直ぐイルムを見据えながら、エルガははっきりと言った。


「低いな、これから先の事をゴブリンの王子に依存しているのも良くない。あくまでお前が頂点であって、二重権威になる事は出来得る限り避けるべきだ」


 エルガが重ねる様に続ける。


「だから私が顧問官としてお前を支えてやる」


 その一言で、茹で上がったかの如くイルムの肌が真っ赤になった。


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