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四十五話 クロム参事会

 

 小鳥のさえずりが時折聞こえる森の中を武装した四人の男達が歩いている。ナリカラを脱出した冒険者イーゴルの一行は、皆一様に疲れた表情で歩みを続けていた。四人の中で最長身の男、イーゴルが安堵の溜息を吐く。


「ここまで来れば一安心だ、思ったよりも上手く逃げられたな」


 イーゴルは木々の間から見える草原を視界に捉えてそう言った。彼は歩きながら自身の後ろに続く、仮面付き兜を被る大柄な男へ首を向ける。


「ドミトリー、あれはちゃんとあるか?」


 ドミトリーは兜を外してにきびの跡が酷い顔を露わにすると、兜の内側に手を這わせた。やがて一枚の紙片を取り出す。


「この通り、見聞きした事全てがきちんとここにあるとも」


 それはナリカラに関する情報が詰まった書留(メモ)だった。ナリカラにいる間、ドミトリーがずっと兜を被り続けた理由の一つでもある。


「技術は人間に劣るものの、兵力や防備はとんでもない。組合(ギルド)はどう受け止めるであろうな」


 ドミトリーが小さく溜息を吐く。一方で鎖帷子(メイル)姿で槍を担ぐアントンは浮かない様子でイーゴルに声を掛けた。


「今更ながら、本当に逃げて来て良かったんで? ゴブリンもあの魔族も、そう悪い奴らじゃなかったじゃねえですか」


 後ろ髪を引かれるのか、アントンが来た道を振り返る。イーゴルは答えずに、先導する若い射手ユーリイの背中を追った。


 冒険者が集う都市クロムに、イーゴル達が到着したのは昼過ぎの頃である。番兵に見送られつつ城門を潜ると、疲労を訴える身体に鞭打ち足早に冒険者組合の本部を目指した。

 しかし、その途上で目を引くものを見掛けて思わず足を止める。そこには黄色に染められた粗末な服を着せられ、晒し台によって手と首を一緒に拘束されている青年の姿があった。


「ルカじゃねぇか! どうしたんだその(ざま)は?」


 ルカと呼ばれた青年は、クロムの一角で冒険者を主な客層としている雑貨店の店主である。暗い顔で俯いていた彼は、驚いているイーゴルに気付くと今にも泣き出しそうになって呻いた。


「イーゴルさん……僕騙されたんですよぉぉ! 最近抱え込んだ錬金術師が作った液薬(ポーション)を売り出したらそれが……」

「偽物だったんだろ、よくある詐欺話じゃねえか。何でちゃんと確認しねぇんだ」


 イーゴルは余りの拙さに呆れ果てる。


 傷口に振り掛ける或いは飲むと瞬く間に傷が治るという液薬(ポーション)の存在は、出処不明の噂ながら古くからまことしやかに語られており、各地の魔術師組合が血眼になってその謎の薬品を実際に作り上げようとしていた。

 だが、その夢の様な薬を望む声はあまりに大きく、それに付け込んだ詐欺も横行している。


「だって冒険者組合や魔術師組合(ギルド)からも太鼓判を受けてるって書面があったんですよ。試しとして指先に針を刺した後に液薬(ポーション)を掛けたら、確かに痛みが引いたんです」

「典型的な液薬(ポーション)詐欺だろそれ……書面は当然偽造、痛みが引くって事は魔術師組合(ギルド)の失敗作だな。鎮痛作用があるだけで傷は治らんし、服用し過ぎると狂乱するって聞いた事がある。魔術師組合からの流出品か本人の模造品掴まされたんだな」


 ルカはがっくりと項垂れた。流石に不憫と思ったのか、アントンが慰め始める。


「まぁ、偽物売った結果が晒し台なら大分マシな方だって。下手すりゃ耳や舌を切り落とされてるぞ」

「お先は真っ暗ですけどね……当の錬金術師は雲隠れしてますし……“嘘吐き”や“詐欺師”か何かの二つ名で呼ばれる一生を過ごしそうですよ」


 ルカはそう言って自身が纏わされている黄色の衣服へ視線を落とした。

 黄色は偽りや虚言を表す色とされている。刑罰の一環として着せられたこの服は、通り掛かる人々へ晒されている人物が虚偽を犯したと声高に知らしめる為の物だった。


 アントンは掛ける言葉も見つからず、目を地面に逸らす。見かねたイーゴルが再び口を開いた。


「これから組合(ギルド)へ寄るんだが、その時にお前の事を上に言い添えてやるよ。相談ぐらいは俺もしてやれるからな」


 イーゴル達はルカと別れ、本来の目的地である冒険者組合本部へと向かう。


 ちょうど彼らが立ち去った後に、ルカの元へ見窄らしい黒衣の男、刑罰の執行を行う刑吏が歩み寄る。

 ルカに嵌められた晒し台の板や蝶番に異常が無いか確認するその男の背中には、汚物をぶつけられた跡と見られる汚れが染み付いていた。



 都市クロムの中央広場を正面にして建つ、木材と石が組み合わさった大建造物である市庁舎の議会室で、都市貴族と呼ばれるクロムの有力者が揃い踏みしている。


 都市貴族とは、都市内で絶大な権勢を誇る富豪や郊外に領地を持つ都市在住の騎士、高位の聖職者など、都市の自治を担う参事会に参加出来る者達の事だ。その中には各有力組合(ギルド)の長も含まれている。


 彼ら都市貴族が一堂に会した都市参事会において、今議論されているのは冒険者組合(ギルド)を通して齎されたイーゴルの報告であった。

 都市貴族からの依頼を危なげ無くこなしてきた冒険者“鋭鋒”のイーゴルの名はクロム中に響いている。


 そのイーゴルからの報告は、ゴブリンが言語を解する上に人間諸国と同じオルソド教を奉じているなどの信じ難い情報が詰まっており、参事会も眉を顰めるばかりであった。

 が、都市貴族御用達の冒険者である“鋭鋒”が狂言を抜かすとは到底思えない。参事会は眉に唾を付け無い様、必死に偏見を排して報告の内容を飲み込み、今後の対応を協議していた。


 冒険者組合の長である引き締まった体躯の男が、余裕溢れる表情で発言する。


「ゴブリン活発化を受けて行った調査の結果、西の山脈を越えた先にゴブリンが国を築いていた事が判明した訳だが、冒険者組合としては更なる情報収集の為、偵察隊を編成したいと考えている。無論戦闘に備えて選抜した冒険者で構成するつもりだ」


 これに背筋が伸びた老人が、リベット留めされた金具で二つのレンズを繋いだ道具を通して読んでいた書類から視線を外し、冒険者組合(ギルド)長を睨み付けた。

 つい最近開発され、取り寄せたばかりの眼鏡という道具を手に、魔術師組合(ギルド)長は不満顔で言う。


「魔術師組合(ギルド)としては反対だ、性急に事を進めると碌な事にならん」


 魔術師組合(ギルド)長の言動に、他の都市貴族達は辟易とした面持ちとなった。

 有望な魔術師や錬金術師を囲い込んで、主に魔術の研究や魔道具の開発を行う魔術師組合(ギルド)と、専ら荒事を得意とする冒険者組合(ギルド)の関係はお世辞にも良いとは言えない。


 一番の原因はあくまで研究機関としての性格が強い魔術師組合(ギルド)が取り零してしまう実戦派の魔術師だ。


 学は無くとも素質を磨いて才とする彼らの大半は、冒険者として冒険者組合(ギルド)へと流れてしまう。

 これが、魔術の扱いは慎重に成されるべきという考えの魔術師組合(ギルド)からすると面白くない。

 魔術師組合(ギルド)の態度には、秩序を保つ為に力は統制されて然るべきとする教会も賛同しているが、荒くれ者揃いの冒険者と行動する魔術師達は何処吹く風と好き勝手しているのが現状である。


 ……実は当の冒険者組合も、暴力に慣れ親しみ平然と街中でも武装するという、ともすれば山賊並みに危険でもある冒険者達には常々神経を尖らせているのだが。


 ともあれ、魔術師組合(ギルド)と冒険者組合(ギルド)の対立はいつもの事であるとはいっても、冒険者組合(ギルド)の意見に賛成する者は少ない。

 魔族との和など考えた事も無いだろうと思われていたクロム聖堂長の司祭も、ゴブリンがオルソド教を信奉しているという報告に困惑すると同時に興味を示しており、慎重論を唱えた。


 先ずは情報を集め、後々使者を送って接触を図るべきだと。


 だが、意外とも思えるところから、冒険者組合(ギルド)以上に急進的な意見が飛び出る。


「商人組合(ギルド)としてはゴブリン討伐の軍を挙げるべきと考える。報告の通りであればゴブリンの強大な兵力はクロムにとって、いや人間にとって脅威だ。それにゴブリンはどうやら内戦状態の様子、内部分裂している内に叩くべきでは? 周辺国からも援兵を募れば城の一つや二つはすぐに落とせるだろう」

「幾ら何でもそれは……」


 都市貴族の多くは商人組合(ギルド)の過激な主張に戸惑う。だが細身の商人組合(ギルド)長は鋭い目付きで参事会を見渡して言い放った。


「まさかゴブリンと手を取り合おうなどと考えている者はおるまいな?」


 議会室中を威圧した商人組合(ギルド)長は、立派な髭を蓄えた男へと顔を向ける。


「市長、ゴブリンに対する軍事行動の是非を問う市民投票を。クロムの命運が掛かりかねない事柄故に、市民の声を聞く必要があるかと」


 明らかにゴブリンへの敵意が滲み出ている商人組合(ギルド)長であるが、その態度を不審に思う者は居なかった。


 クロム近郊で頻発しているゴブリンの賊徒による襲撃で最も損害を被っているのは、直接的被害が大きい農民ではなく、間接的な被害を受けている商人達である。

 本来仕入れる筈の品が思うように入って来なくなったせいで都市内外の取引に大きな支障をきたし、多大なる損失を受けていた。


 それを理解しているクロム市長はしばらく目を泳がせていたが、やがて商人組合(ギルド)長から発せられる無言の圧に折れたらしく、市民投票を行う事を認める。

 ここで折れなければ、多くの私兵を抱える商人組合(ギルド)から有形無形の圧力や介入が来るであろう事を市長はよく知っていたからだ。


 この時、市長も参事会も商人組合の強引さに片眉を上げつつも、ゴブリンと開戦する事態はそう無いと見ていた。

 投票権を持つ市民、即ち職人組合の親方達や裕福な町民達が、一国に匹敵するゴブリン達を相手にした全面戦争を早々に望む筈が無いと。


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