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三十九話 モシニクスの戦い 後

 

 ロムジア氏族兵へ再び騎兵が襲い掛かる。また投槍が来るのかと身構えたロムジア氏族兵だが、今度はそのまま突っ込んで来た。

 投槍を警戒して腰が浮いていた槍歩兵を、騎兵隊は思う存分蹂躙する。


 他愛も無いと口を歪めるゴブリンの騎兵が、串刺しにしたゴブリンから槍を引き抜き別の獲物を見定め様と首を回す。

 次の瞬間、その首が胴体から切り離された。鮮血に濡れた鍔無しの剣を握る、青銅製の小札鎧(ラメラーアーマー)姿のゴブリンが吼える。


「我こそはロムジア氏族の長アスピンザ! 図に乗るなよ下郎共!」


 アスピンザに続いて、ロムジア氏族の戦士達が得物を振るい、ザリャン氏族騎兵の命を刈り取っていく。これにロムジア氏族全体が立ち直り、騎兵隊へと殺到した。


「退け! 退け!」


 騎兵隊の将らしき鎖帷子(メイル)姿のゴブリンが、退却の命令を叫ぶ。逃すまじとロムジア氏族の戦士達は追い掛けるも、すぐにアスピンザの指示が飛んだ。


「深追い無用! 正面の敵がここぞとばかり攻めて来よるぞ、それに備えよ!」


 アスピンザの言葉通り、ロムジア氏族の正面から攻め来るザリャン氏族軍の攻撃が強まった。

 白い肌の鉱民ゴブリンや少し日に焼けた平民ゴブリンの兵士に紛れて、一本足で飛び回る単眼禿頭の者達、ファハンが陣地内へと躍り出る。


 彼らは連節棍(フレイル)を横に振りかぶり、ロムジア氏族兵へ強力な一撃を叩き込んだ。通常の棍棒と違い、柄と金属環や革紐で繋がれた打撃部分は遠心力が乗った攻撃を繰り出す。

 その一撃は青銅の兜を容易にひしゃげさせ、兜に守られている筈の頭蓋を叩き割る程だ。


「ファハン共! 貴様らは大王を除いて何者にも従わぬ者らではなかったのか!? ザリャンの犬になり下がるとは誇りを棄てたか!」


 アスピンザの怒鳴り声に、一人の深い皺と蓄えられた髭を持つファハンが怒鳴り返す。


「我らとて不本意極まる! されども最早、仕方無き事じゃ!」


 腹立たしげに叫んだそのファハンは、連節棍(フレイル)を自身に迫るロムジア氏族の戦士へ叩き付けて、その戦士ゴブリンを吹き飛ばした。

 痛撃を腹に食らって地面に転がった戦士は、口から血を吐き出し白眼を剥いて体を震わせる。肋骨どころか内臓を粉砕されたらしい。


 乱戦でかなりの強さを見せ付けるファハンに続いて、毛皮を羽織る毛むくじゃらのゴブリン、バグベアが中央からロムジア氏族軍の左翼に攻め掛かって来た。アスピンザは顔を(しか)める。


「ぬぬ……騎兵の次は歩兵で押し潰しに来よるか。これは多勢に無勢、総督閣下に伝令を」


 アスピンザの言葉を受けて、伝令兵が本陣へと駆け出す。


 城の紋章が縫いこまれた流れ旗を掲げて奮戦するロムジア氏族だが、連節棍(フレイル)を振るうファハンと共に強襲して来るバグベアも厄介な相手だった。


 鎧の代わりに、黒毛熊の毛皮を大雑把に切り分けた物を身に付けたこのゴブリンは、傭兵と盗賊稼業で生きてきただけあって実戦経験が豊富である。

 並みの事では動揺せず、かと言って無謀な事もせず、攻め時と退き時をよく心得ていた。


 こちらの攻撃が緩めば一気に攻めて来る一方で、反撃に出ようとするとひょいと下がってそれを()なす。

 弱きを突き、強きを避けるその戦い方に、練度の高いロムジア氏族兵も苦闘を強いられていた。



 左翼のオルベラ氏族、右翼のロムジア氏族が騎兵相手に大きな被害を出し、ザリャン氏族軍の数に苦しめられている頃、イルムの居る本陣にはある意味敵兵より嫌な味方の伝令が殺到していた。


「申し上げます! オルベラ氏族のダヴィド殿討死に! スピタカヴォル主教より増援の催促が!」

「今さっき百送った! それで何とか持ち堪えて!」


「ロムジア氏族にも敵が次々と襲い掛かっております! 陣地も効果を失い、苦戦甚だしい模様!」

「見てれば分かる! クムバト、本陣の予備はどれぐらい残ってる?」

「騎兵を除いてもう百五十しか、リオニで召集した良質な民兵とはいえ戦士には劣りますからどこまで戦えるか……」


 クムバトの報告にイルムは心の中で舌打ちする。そんなイルムの心中を知らず、新たに駆け込んで来た伝令が声を張り上げた。


「ロムジア氏族軍より伝令! “我、二百程の援兵を必要とす” 」

「欲張り過ぎだ! “ロムジア氏族は献身の誓言を思い返せ”以上!」


 イルムは押し寄せる伝令に声を荒げながら、指示と返答を飛ばしていく。

 現在のナリカラ軍の状況は芳しいとは言えなかった。中央のエグリシ氏族諸侯軍は、二千あった兵力を千六百までに減らしていたが、戦線を安定させつつある。


 しかし、左翼のオルベラ氏族は敵騎兵の攻撃を受けて一時後退したゲガルクニク勢を含めても六百以下。それで千近くを相手にしていた。残り五百五十になった右翼のロムジア氏族も、二倍の敵に集中攻撃を受けている。


 投石機や弩砲(バリスタ)の援護射撃も続いているが、依然四千強はいるザリャン氏族軍には焼け石に水となってしまっており、残弾も心許無くなってきていた。


「……はぁ」


 厳しい面持ちで前線を睨んでいたイルムは、やがて溜息を吐く。怪訝そうにクムバトが振り返った。イルムの顔からは諦めが(にじ)み出ている。


「閣下……?」

「……潮時かな、総退却の準備を」


 クムバトは驚愕のあまり口をあんぐりと開けた。


「何を仰っておられるので……?」

「この戦いは別に勝てなくても構わないんだよ。目的はザリャン氏族の戦力を推し量りつつ損耗させる事だからね。トロールに打撃を与えられただけでも十分さ」


 イルムは振り返ってナリカラ軍の背後に見えるモシニスク城を見る。


「何のためにモシニスク城へアミネとエルガさんを置いていったと思う?」


 その言葉にクムバトも少し不満気に眉を下げながら小さく頷く。


「……元々勝つつもりではない戦いに連れて行く訳にはいかないと」

「そう、アミネは少し違うけどね。そして中央のエグリシ氏族で動いていない軍勢がいるのは分かる?」


 視線を前線に戻したイルムは、ある一点を見つめる。クムバトも一向に動く気配が無い軍勢の存在には気付いていた。

 二人の見つめる先には、竜を槍で貫く騎士の姿が描かれた軍旗がはためいている。イルムは遠目に見える旗から目を逸らさずに、伝令を出した。


「ギオルギ殿に伝令、貴殿の出番だと」


 エグリシ氏族のギオルギ。エグリシ氏族諸侯の中で最も力を持つゴブリンだ。この戦いでも諸侯軍最大の兵力である五百もの兵を率いて参陣している。


 だが、トロールが襲来しようが騎兵が来ようがほとんど兵を動かさなかった。今もなお悪戦の只中であるナリカラ軍を他所に、沈黙を守っている。


 しかしそれはイルムの思惑が裏にあった。


「ギオルギ殿は最初から殿軍になる予定だったのですね。だから兵の消耗を避けるべく後衛で不動のままだったという訳ですか」


 クムバトは、それならそうと最初から言って欲しかったという渋い表情で、己の推測を吐き出す。

 口には出さずに身に纏う空気から滲ませたクムバトの恨み節を、イルムは水を掛けられた蛙の如く平気な様子で受け流した。


「その通り。大軍同士の戦いでは余程上手くやらないと殿(しんがり)は全滅必至だから、一番単独戦力が整っているギオルギ殿に頼み込んでおいたんだ。といっても全軍の士気を下げかねないから限られた人以外には言ってないけど」


 そこまで言うと、イルムは極めて険しい顔を作る。


「本番はここからだよ、戦さで最も難しいのは撤退だからね。だからエルガさんを城に留めてきたんだ。それに予想以上にザリャン氏族が手強かった、一つしくじれば酷い事になるかもしれない」


 イルムの声色は、石の様に固かった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ゴブリンの名前と部族名がさっぱり頭に残らないから 戦争してても誰だっけという感想が先に来て集中できない [一言] 世界観は結構好きよ
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