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三話 襲撃

 

 険しい山間の然程広くない土道を、二頭立ての馬車が車輪を軋ませて進んでいる。老いている事をひしひしと感じさせる、ゆっくりとした脚取りの、痩せた二頭の馬はどちらも一ツ目であった。

 その一ツ目馬達を制御する、灰色肌の若い屍食鬼(グール)の女性、イルムの従者アミネは垂れ下がった半目で、空を眺めながら間延びした声を馬達に掛ける。


「ほらーもうちょいだから頑張れー、鞭じゃなくて飯食らいたいでしょー」


 そこへ荷台から食料と荷物に囲まれる、黒髪の青年が顔を出した。


「アミネ、別に急がなくていいよ。どうせ面倒事を押し付けられただけだろうし」

「そうは言っても、イルム様はナリカラ総督になられたんですから責任重大ですよー。イルム様の従者という閑職に飛ばされた私の出世の為にも頑張って貰わないと」

「この俗物女屍食鬼(グーラ)め……」


 黒髪の青年、イルムは苦々しく呟くと、口をへの字にして積荷を枕に横になる。

 しかし、今は御者となっているアミネが、後ろ手に馬車の板を叩いてそれを中断させた。


「イルム様、前方から何かが来ます」


 アミネの顔は気怠そうなままだが、声色は固い。それにイルムは、荷物の中から鞘に納まる剣を取り出す。

 やがて道の先から、砂埃を巻き上げながら駆ける集団が現れ、馬車目掛けて突っ込んで来た。


 それらは人間の(へそ)より上程度までの高さの背丈で、白っぽい薄紅色の肌をしており、ぼろ布を一枚だけ身に付け、ピンと立った耳と膨らんだ鷲鼻のある、醜悪という言葉が形を持った様な、厳つい顔を持っている。

 所謂この世界で、ゴブリンと呼ばれる小人種族だ。


 そして彼らは例外無く武装しており、粗末な槍や棍棒、鉈などの武器を振りかざし、ひび割れた様なガラガラとした雄叫びを上げて突進して来る。


「あれはどう見ても新総督の歓迎ではないですねー」

「畜生……やっぱり面倒事じゃないか」


 荷台から立ち上がったイルムは、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、剣を鞘から引き抜いた。

 一方アミネは、馬車を曳く二頭の一ツ目馬に二度三度鞭を入れる。


 鞭打たれた一ツ目馬達は、苦しげに鼻息を荒くしながらも急速に速度を上げ、そのままゴブリンの集団に飛び込んだ。馬脚がゴブリンの小柄な身体をいとも簡単に踏み砕き、或いは跳ね飛ばして蹴散らす。

 だが、それでもなお馬蹄を逃れたゴブリン達は、疾走する馬車に飛び掛かり、荷台の縁に手を掛けては次々に乗り込んで来る。


 イルムは最初に縁から這い上がったゴブリンへ、剣を右へ振るって首を刎ねた。そしてすぐさま、左に薙いで次のゴブリンの腹を裂く。

 イルムの背後から近付いた別のゴブリンが棍棒を振り被るが、乾いた音と共に生まれた激痛で、ゴブリンは顔を抑えながら背中から倒れ、走り続ける馬車から落下する。


「おっと失礼ー」


 馬車に群がるゴブリンを、馬上鞭で引っ叩くアミネは、悪びれる様子も無くそう言った。


 猛然と駆ける馬車は、ゴブリンの集団を突っ切り、置き去りにしていく。

 残る脅威は荷台に立つ薄紅の凶悪な戦士三人。

 イルムは中腰の姿勢で剣を構え、ゴブリンの攻撃を待ち構えた。が、ゴブリン達は躊躇して、お互いの不安げな顔を見合わせる。心なしか薄紅の肌が血の気が引いた様に白みがかった。

 それを見たイルムは片眉を上げる。


 ――討ち取れる自信が持てないのか? ゴブリンは数が無ければ、ただの臆病者と聞いてはいるけど……。


 隙だらけなのは間違い無いと確信したイルムは、中腰の体勢から剣を突き出し、正面左のゴブリンの喉を貫く。

 そのゴブリンは口と喉から鮮血を止めどなく流し、力無く膝をついた。咄嗟の行動か、首の出血を抑える為に弱々しく手を当てようとする。


 間髪入れずに、イルムは瀕死のゴブリンを荷台から蹴り飛ばして剣を引き抜くと、血濡れのまま身体の前に構えた。すると残る二人のゴブリンは、それぞれ全く別の行動に出た。


 一方は武器を捨てて、荷台から身を(ひるがえ)し、視界から消え去っていく。

 もう一方は目を血走らせた必死の形相で、目の前の命を刈らんと鉈で斬り掛かる。

 イルム目掛けて飛ぶ肉厚の刃は、イルムが持つ剣の切っ先に防がれ、血で赤黒い剣の上を滑った。鉈を弾いたイルムは、切っ先をそのままゴブリンに向けて腕を伸ばす。

 刃先がゴブリンの首を捉え皮を、肉を、骨を斬り裂いた。


「終わったね」


 イルムは一息つくと剣を振って鮮血を払う。アミネも馬達を宥めて、馬車の速度を若干落とさせた。

 イルムが御者台に振り向いて口を開こうとした時。荷台の後ろにへばり付いて身を隠していたゴブリンが勢いよく跳躍した。


「後ろです! イルム様!」


 己の従者の鋭い声に、イルムは振り返る形でアミネに向けて回していた体を、急いで正面に戻す。

 右手の剣に体勢を戻した勢いを乗せてゴブリンを突こうとしたが、ゴブリンがイルムの上半身に乗り掛かる方が速かった。


「うわぁっ!」


 重量と慣性によって、イルムは背中を荷台に叩き付けられる。

 衝撃で肺の空気を失い、右手から剣が離れた。懸命に肺へ息を送り込みながら、何とかゴブリンを両手で押し退けようとするが、猛烈な力で(いびつ)な歯並びを見せる口が、イルムの喉を食い破らんと迫って来る。

 徐々に首元に近づく、ツンとする悪臭漂う口からはぼたりと唾液が溢れ、イルムの胸元に垂れた。


「イルム様から離れろ!」

「ギャッ!」


 御者台から立ち上がったアミネが、馬上鞭でゴブリンを叩く。ゴブリンは痛みで悲鳴を上げるも、イルムから離れるどころか、ますます歯を喉笛に近付けた。

 と、その時ゴブリンの頭を押さえるイルムの右手に、集束された熱が現れる。


「この……! 吹っ飛べ!」


 熱が爆炎として炸裂し、ゴブリンの上顎から額までが、肉片をばら撒きながら弾け飛んだ。

 衝撃で仰け反り、顔面を失ったゴブリンは、ゆっくりと後ろに崩れ落ち、(かたわ)らへ動かぬ焦げた肉の塊として転がった。

 イルムは咳き込みながら己の右手を見て、次にアミネの呆然とした顔を見る。


「ゴホッ……初めて詠唱魔術じゃなくて、魔法を発動出来た……」

「……はぁぁ、魔法を扱える魔族ならその程度の魔法は余裕です。やっぱりイルム様才能無いですねー、土壇場でやっととか」


 一度息を長く吐いたアミネは、イルムの言葉にぷすりと笑いながら苦言を言う。

 杖などの魔道具や詠唱といったものを介して、魔力を操作し魔法を再現する人間の技術を魔術というが、魔族は何の技術も必要なく、生まれ持つ才で自在に魔法を扱える存在である。

 そんな魔族の中で、隙が大きく微量の魔力の節約にしかならないとされる詠唱を使うのは、下級の魔族かイルムぐらいだ。


「うるさい。ほらさっきの集団の生き残りが、追撃して来るかもしれないから先を急ごう」


 イルムは顔に僅かな紅を浮かべながら従者を急かす。アミネは、はいはいと生返事をしながら、御者台に座って鞭を鳴らした。


 イルムはゴブリンの唾液で汚れた胸元を、懐から取り出した麻のハンカチで嫌そうに拭くと、荷台に残る二つの肉塊をそれぞれ抱えては放り捨てる。

 視界から不快な物が消えると、彼は荷台に寝転がってガタガタとした揺れを感じながら瞼を閉じた。


 彼にはどうしても腑に落ちないものがある。


 ――あのゴブリン達は妙だ。いきなり襲って来たのもそうだけど、ナリカラに新総督が着任する事は、ナリカラ側にも知らされている筈。

 それを根は臆病者とされるゴブリンが、襲うどころか自棄(やけ)になってまで命を狙って来るのは明らかにおかしい。

 ナリカラで一体何が起きているんだ?


 胸の内に得体の知れぬ不安感が成長していくのを感じながら、魔族五公にナリカラの支配者として総督に任じられた魔族の青年は馬車に揺られ続けた。


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