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三十八話 モシニクスの戦い 中

 

「エグリシ氏族のみで戦うとは一体どういう事で……そのエグリシ氏族の諸侯軍は既に前衛が崩壊しかけておりますが……」


 クムバトは当惑するしかなかった。だが淡々としたイルムの表情は変わらない。苦戦する諸侯軍から視線を離さないまま、イルムは口を開く。


「今オルベラ氏族もしくはロムジア氏族の兵を救援に向かわせても、指揮系統の違いから混乱に拍車を掛けかねない。それに、エグリシ氏族諸侯はオルベラ氏族の助けをどう受け止めると思う?」

「……確かに諸侯からすれば面白くないでしょうね。しかしそんな事を気にする余裕があるとは思えませんが」

「大丈夫、この戦いは勝たなくても良い戦いだから」


 それはどういう意味かとクムバトが尋ねようとしたその時、新たな報せが入った。


「申し上げます! 中央右翼にてエレクレ勢が敵を陣地外へ押し戻しました! これに呼応して他の諸侯も反撃に転じつつあります!」


 クムバトがはっとして前線へ首を回す。


 中央の右翼側で白鳥が描かれた軍旗が翻り、その旗の下には鎖帷子(メイル)で身を固め、赤目ロバに騎乗したゴブリンが剣を掲げていた。そのゴブリンの騎士に率いられたゴブリン達が口々に叫ぶ。


「“沈黙”のエレクレここにあり! ザリャン氏族何するものぞ!」


 呆然とするクムバトを他所に、イルムは呆れが混じった感嘆の声を上げた。


「トロールに吹き飛ばされてたエレクレ勢じゃないか、エレクレって結構有能なのかな。……この戦い、案外勝てるかも」


 最後の呟きは、前線から響く喊声に掻き消される。エレクレ勢の奮戦により立ち直った諸侯軍が気炎を上げたのだ。


「エレクレ殿に遅れを取るな! 我に続けぇ!」


「エグリシ氏族の意地を見せてやれ! 前進!」


 崩れ掛けていた中央が打って変わって反撃に出た一方、拮抗状態だった両翼に異変が起きる。それは突然、本陣に転がり込んだ蒼白のゴブリンによって持ち込まれた。


「そ、総督閣下ぁ! ゲガルクニク殿が御負傷! スピタカヴォル主教から援兵要請が!」

「うえぇ!? 何で!?」

「騎兵です! 中央の隙間から入り込んだ騎兵が左翼に突っ込んで来ました!」




 ――ナリカラ軍左翼。


 オルベラ氏族が布陣している左翼は混乱の極みにあった。


 赤目ロバや小型馬(ポニー)に跨るゴブリンの騎兵が、槍や剣を振るいながらオルベラ氏族兵を蹴散らして回っている。

 トロールが弩砲(バリスタ)によって撃退された後、トロールが破壊した陣地を乗り越えて、騎兵がオルベラ氏族の側面へ踊り込んできたのだ。


 ナリカラ軍の両翼は陣地に籠って正面のザリャン氏族を食い止めていたが、中央の諸侯軍が一度崩れ掛けた事で、ノリス率いる予備隊が側面を固めようとしていた。が、守りが完全に整う前にザリャン氏族の騎兵が突撃してきたのである。


 槍と盾を構えたゴブリンの歩兵は、騎兵の衝撃力を受け止め切れずに跳ね飛ばされ、正面の敵に集中していた長槍兵も脆弱な側面を突かれて士気を叩き壊された。

 この恐慌状態を立て直すべく、オルベラ氏族の猛将ゲガルクニクが手勢と共に騎兵へ襲い掛かろうとするも、敵騎兵は馬首を返して離脱する。


 ゲガルクニク勢は追い縋るが、最初に突入してきた騎兵隊とは別の騎兵隊が入れ替わる様に突貫してきた。

 オルベラ氏族随一の武闘派であるゲガルクニク軍といえども、騎兵と正面からぶつかり合っては無事では済まない。

 ゴブリンの戦士達は馬上から突き出された槍に鎧ごと肉を抉られ、馬脚に骨を砕かれる。ゲガルクニクも長柄斧を振り抜いて一騎を屠ったが、後続の騎兵に頭を斬り付けられた。


「ぐおぁっ!」


 呻き声を上げたゲガルクニクは、斧を杖にすると右目を左手で押さえ込む。馬蹄を逃れた戦士達が、慌ててゲガルクニクに駆け寄った。


「ゲガルクニク様!」

「っ……騒ぐな、目が見えんだけだ。何とも無い、指揮は執れる」

「無茶言わんで下され、一旦退()がりましょう。おい、お連れしろ!」


 戦士達は、顔面の右半分が真っ赤に染まったゲガルクニクを抱えて運び出す。幸い敵騎兵は乱戦を嫌ってか、それとも再突撃の為か中央へと退(しりぞ)いている。


「何を、離せ! “向こう傷”のこの俺が、傷一つ増えただけで退がれるか!」


 ゲガルクニクの怒声を無視して、戦士達は駆け足で後方へと向かう。


 ゲガルクニク勢が後退すると、ノリスは長槍兵の一部と予備隊を再編して騎兵に備え、最左翼のスピタカヴォルが正面のザリャン氏族軍を食い止めに掛かった。


「一歩も退いてはならぬ! 聖女(ニヌア)は我らと共にあり!」


 スピタカヴォルは、青銅兜に鎖帷子(メイル)という主教とは思えぬ出で立ちで叫ぶ。右手の戦棍(メイス)と首に下げた斜交十字の首飾りが、辛うじて神品である事を主張していた。


 現在のオルベラ氏族は、スピタカヴォル勢を主力に前線を形成し、右側面をノリスの予備隊が陣取る鉤型の陣形を作っている。

 ノリス勢が築き直した槍の壁によって、再突撃を図る敵騎兵は強襲を中断したが、正面を支えるスピタカヴォルは苦しい戦いを強いられた。


 スピタカヴォルの元にある戦力は己の手勢とオルベラ支族の三百程度、対してナリカラ軍左翼陣地に攻撃してくるザリャン氏族は少なくとも八百はいる。

 更にそれまでの戦闘で、陣地も歯が欠けた様に所々崩れていた。明らかに戦力不足である。


「早くゲガルクニク殿に戻って来て欲しいところ。私の本職は主教ですぞ、領主としても戦さは不得手だというのに……」


 思わずといった様子で、スピタカヴォルがぼやく。だが表情を曇らせる事は無い。彼の小さなぼやきを聞き逃さなかった、従軍聖職者兼主計長の輔祭が呆れた様に口をへの字に歪めた。


 ――老獪(ろうかい)な事で知られる御人が良く言うよ。


 以前、バガラン率いるザリャン氏族がオルベラ支族の領域に攻め入った時、イルムとクムバトが送った檄文にまず反応していたのはスピタカヴォルであった。

 敢えて連合軍ではなく、各々ばらばらに襲撃する様オルベラ支族を動かしつつ、自身の兵は常に夜襲と無理のない一撃離脱を旨とさせて損耗を抑えている。ゲガルクニクも、武勇に劣るが知謀はオルベラ随一であると認めた程だ。


 そんなスピタカヴォルの指揮によって戦線を維持しているオルベラ氏族軍だったが、やはり数の差は如何ともし難く、じりじりと押され続けている。


「はてさて、総督閣下が増援を送って下さらんと長くは持ちませんな」


 スピタカヴォルは深刻さがまるで感じられない声を漏らした。


 左翼のオルベラ氏族が押されている頃、右翼を担当するロムジア氏族も苦境に立たされようとしている。オルベラ氏族を食い荒らした騎兵が、ロムジア氏族にも襲い掛かっていたのだ。


 迫り来る騎兵に、ロムジア氏族兵は怖気付く事無く槍を構える。だが、待ち構える槍歩兵を前に敵騎兵は驚きの行動に出た。


 何と手に握っていた槍を投げ付けたのだ。


 投擲された槍がロムジア氏族兵の身体を貫く。まさかの投槍を受けて動揺したところへ、剣や斧を振り(かざ)す騎兵が雪崩れ込んだ。


「むぅ! 投槍騎兵とは、人間共の真似事はそこまでいっていたか」


 ロムジア氏族長アスピンザは、手勢の左翼に噛み付いた騎兵隊を見て唸る。


 投槍騎兵はナリカラと国境を接する人間諸国において、時たま見掛けられる存在だ。

 (あぶみ)が普及してからまだ数世紀の古い時代にはよく運用されていたが、今では騎兵と言えば馬上槍ランスで突撃する重騎兵が主流となっている。

 しかし、人間諸国の中でも東側の国々の間では、未だ投槍騎兵は生き残っていた。ザリャン氏族はそれを取り入れたのだろう。


 騎士を始めとする重騎兵程強力ではないが、軽装な歩兵を蹴散らすのに十分な力を持つ投槍騎兵は、ゴブリンにとってもこの上ない脅威だった。


 投槍騎兵は散々暴れた後、中央へと引き返す。ロムジア氏族兵は傷だらけになりながらも、何とか態勢を整えようと隊列を組むが、再び馬脚が地を震わせる音が響いた。


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