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三十七話 モシニクスの戦い 前

 

 モシニクス城の城壁から守兵と住人達が固唾を呑んで見守る遠景は、圧巻という他無かった。それも当然と言えば当然である。

 オルベラ氏族、エグリシ氏族、ロムジア氏族の三氏族連合であるナリカラ軍三千五百の陣へ、地平線を埋め尽くす五千ものザリャン氏族軍が攻め掛かって来ているのだから。


「投弾せよ!」


 戦士ゴブリンの命令を合図に、八基もの平衡錘投石機(トレビュシェット)が、唸りを上げて石弾を放つ。吊り下がる錘は重力に従って地面に向かい、錘と繋がる棒がてこの原理で跳ね上がった。

 棒の先端にある大型の投石紐(スリング)から、遠心力が込められた石、いや岩が凄まじい勢いで放り投げられる。


 長弓も届かない距離を飛んで、ザリャン氏族軍の只中に岩が突っ込んだ。岩は幾人ものゴブリンを押し潰し、殺傷能力を秘めた土塊(つちくれ)を辺りに撒き散らす。そのすぐ後にそれが七回続いた。

 しかし、ザリャン氏族軍は多少の動揺を見せるものの、それがどうしたとばかりに突撃を続行する。

 そんな彼らへ、岩に続いて()が飛来した。


弩砲(バリスタ)、放てぇい!」


 巨大な弓を寝かせて台座を付けた(クロスボウ)の様なものが、槍同然の大きさを持つ矢を撃ち出す。

 矢が発射されるとすぐさま弩砲(バリスタ)の横に立つゴブリンが、両手で持った次の矢を番えさせた。台座の尻部にあるハンドルを回して鉉を引き、台座の向きと角度を調節する。


「用意良し!」

「放て!」


 再び槍が空を駆けた。その槍は巨大な棍棒を手にしたトロールの胸に深々と突き刺さり、毛に覆われている巨人の命を刈り取った。

 崩れ落ちる巨人に周囲のザリャン氏族ゴブリンは血の気が失せる。


 弩砲(バリスタ)によってトロールが討ち取られる(さま)を見て、イルムが馬上で握り拳を胸の前に掲げた。


「良っし! このままトロールは出来るだけ遠距離で仕留めて貰おう。……ん? あの部隊は何だろう? クムバト、分かる?」


 ザリャン氏族軍の中に気になるものを見つけたイルムは、隣の控えていたクムバトに尋ねる。ナリカラ軍副将のクムバトは、イルムが指差す先へ目を凝らした。


 そこには黒毛の毛皮を羽織り、体毛も伸ばし放題というトロールの様に毛むくじゃらな姿のゴブリン達が、黒い熊を描いた旗を掲げて進軍している。


「あれは、バグベアです。赤帽子(レッドキャップ)と同じく傭兵か盗賊行為のどちらかしかしない連中ですよ」


 クムバトは吐き捨てるかのように言う。

 盗賊や山賊が傭兵稼業を行うのは珍しい事ではない。それどころか、戦争という仕事場が無い傭兵は殆どの場合、次の戦争が始まるまで盗賊行為で食い繋ぐのが普通である。


 貴族などが行う出稼ぎ傭兵以外、傭兵と盗賊はほとんど同義である為、地域によってはどこかで戦争が起きている間は急激に治安が回復し、その戦争が終わると急激に治安が悪化するという事もあり得るのだ。

 バグベアもそういったならず者集団だった。


「鉱民ゴブリンを動員しているとはいえ、ザリャン氏族の兵力がやたら大きいと思ったら、やっぱり傭兵もいるのか」

「ええ、その様です。他にもファハンの姿がありますね。あそこの、一ツ目の者共がファハンです」


 クムバトの指し示す方向には、太い一本足で跳ねて進む禿頭単眼の者達がいた。彼らは髭を蓄え鹿の毛皮で作った服を着ており、穀竿(からさお)という脱穀に使う道具を武器にした連接棍(フレイル)を持っている。


「彼らは農耕を営みつつも、独立勢力として自治を行なって来た者達ですが……流石に今のザリャン氏族相手では呑み込まれてしまった様ですね」


 クムバトの解説の間に、ザリャン氏族軍は弓矢を射ち合う距離まで迫っていた。彼方此方で弓隊の指揮官達の怒声が上がる。


「弓、構え! 放てぇ!」

「射て射て! 狙わずとも放てば当たる、射て!」


 ナリカラ軍から矢の暴風が吹き荒れる。弓を手に持つ戦士ゴブリンや平民ゴブリンの弓兵だけでなく、(クロスボウ)を構えるゴブリンもいた。


「冒険者が持っていた(クロスボウ)は有り難ったよ。あれのお陰で構造を調べて簡易型を作れたどころか、応用で弩砲(バリスタ)まで作れたからね」


 ナリカラ軍のゴブリンが持つ(クロスボウ)は、冒険者ペーテルが使用していた物とは違って、専用のレバーを使わずに直接手で鉉を引き上げる物だ。

 ペーテルの(クロスボウ)は鹿や猪を狩る為の狩猟用を流用した物で、鉄鉉弩(アーバレスト)などの軍用弩に比べれば威力が頼り無いが、イルムが作らせた物は構造を単純化させた更に低威力の(クロスボウ)である。


 太矢(ボルト)も使わず矢をそのまま流用するという弓とほとんど変わらない代物だが、弓を持った事が無い者にも扱える上に、戦士や裕福な民兵以外は碌に鎧も無いゴブリン相手には充分有効だった。

 ザリャン氏族軍の鉱民兵や民兵は、矢を受けてばたばたと倒れる。即死した者は少ないが、痛みで(うずくま)ってしまっては、最早健全な兵士として機能できない。


「怯むなぁ! 射ち返せ!」


 ザリャン氏族軍からも盛んに矢が放たれる。しかし、土盛りと逆茂木で築かれた陣地に籠るナリカラ軍は、盾も用意していた事もあって損害は少ない。

 ならばとばかりに、ザリャン氏族軍は弓を放つのを止めて突撃の速度を上げる。


 投石機、弩砲(バリスタ)、弓に(クロスボウ)雨霰(あめあられ)を持ってしても、五千もの大軍にはある程度の損害を与えるに留まった。


「来るぞぉ! 槍構え!」


 戦線中央では、千を超えるゴブリンが逆茂木の間から槍を突き出す。


 ナリカラ軍は中央にエグリシ氏族諸侯軍二千を置いて前線を形成、右翼にロムジア氏族七百、左翼にオルベラ氏族八百が固めていた。

 しかし、エグリシ氏族諸侯が最後まで指揮権を手放さなかった為、指揮系統の統一は為されていない。それがナリカラ軍の大きな不安材料だった。


 だがイルムは、ザリャン氏族軍の進軍が大軍故に鈍かった事で思わず得られた猶予を使い、簡易的な陣地を築かせて野戦でありながら籠城に似た状態を作り上げる。

 長期の籠城では内部不和が顕在化しやすいだろうが、陣地に籠っての短期決戦なら指揮系統に多少問題があっても戦えるとの判断だった。そしてそれは一定の効果を発揮する。


 膝までの高さもない低い土盛りに立てられた逆茂木、つまり先を尖らせた枝や杭を外側に向けて設置した柵によって突撃の勢いを殺されたザリャン氏族は、次々と矢で狙い撃ちにされていった。

 それでも飛び来る矢を潜り抜けて陣地に飛び掛かるザリャン氏族兵を、エグリシ氏族兵が槍で貫く。


 初撃を防ぐ事に成功したナリカラ軍は、陣地の内側から射ち掛け、槍で突いて淡々と敵に損害を与え続ける。

 だが、この優位も長くは続かなかった。


「トロールだぁ!」


 弩砲(バリスタ)の攻撃を逃れた毛むくじゃらの巨人が、棍棒を振るってエグリシ氏族兵ごと逆茂木を薙ぎ払う。

 ぽっかりと空いた突破口にザリャン氏族兵が雪崩れ込み、エグリシ氏族兵と乱戦を繰り広げる。


「弩兵と弓兵はトロールを狙え! 早々に仕留めろ!」


 前線で指揮を執る戦士ゴブリンの怒声に、トロールへ矢が降り注いだ。しかし、剛毛に覆われたトロールは矢の雨を物ともせずに暴れ回り、ゴブリンの小さな身体を吹き飛ばす。


 後方でその様子を見ていたイルムは、前線の苦戦を睨んでいた事によって寄せていた眉間を揉み解しながら、傍らに立つ伝令として待機するゴブリンの一人へ命令を下した。


「陣地へ侵入したトロール十体を優先的に狙う様、弩砲(バリスタ)隊へ伝えて」


 クムバトが感情を消して一言問う。


「よろしいので?」


 分かっているであろうクムバトの言葉にイルムは答えず、戸惑う伝令へ改めて命令した。


「……弩砲(バリスタ)隊へ伝令、陣地内のトロールを殲滅すべし。誤射を恐れるな、突破される事を怖れよ。以上」

「は……はっ!」


 ナリカラ軍旗を片手に赤目ロバに跨ったゴブリンが、本陣から駆け出す。伝令が弩砲(バリスタ)隊の元へ向かったのと入れ違いに、戦塵に塗れた鎖帷子(メイル)姿の戦士ゴブリンが駆け込んできた。


「も、申し上げます! 中央のミヘイル殿討死に! レヴァン殿御負傷!」


 (もたら)されたのは、エグリシ氏族諸侯軍前衛に布陣していた部隊の損害報告だった。トロールによる被害は兵だけでなく、将である諸侯にまで及び始めている。


「両将の兵は既に後退、代わりにエレクレ勢が前進し穴を埋めております」


 報告を受けたイルムは、戦士ゴブリンから中央の前線へと視線を戻す。丁度その時、数体のトロールを囲んでいたゴブリン達と共に、白鳥を描いた旗が空中へ舞い飛んでいた。


「……今吹き飛んだ旗はエレクレの軍旗じゃない?」

「……ですね」

「埋めた側からやられてるじゃないか……あっ、弩砲(バリスタ)が前線を狙い始めた」


 イルムからの命令が届いた弩砲(バリスタ)隊は、誤射を避ける為に敵後方を中心に撃ち込んでいたのを止め、陣地とナリカラ軍中央前衛を破壊して回るトロールへ狙いを変えた。

 槍の様な巨矢がトロールを仕留める一方で、流れ矢がその周囲にいる敵味方のゴブリンの身体を抉っていく。


 既に五十はいたトロールは前進中に三十強まで減らされ、陣地内へ突入した十のトロールも弩砲(バリスタ)の餌食となった。

 残る十五体は這々(ほうほう)(てい)で後方へと下がり、ナリカラ軍にとって最大の脅威は前線から姿を消す。


 だがトロールによって陣地中央は完全に破壊されてしまい、ザリャン氏族軍を受け止めるのは傷を負ったエグリシ氏族諸侯軍のみ。

 前衛はトロールとの戦闘でぼろぼろであり、控えていた軍が前衛と交替する形で、敵を食い止めようとしていた。


 中央に殺到するザリャン氏族軍はざっと三千、対する諸侯軍は千七百を切っている。おまけに諸侯軍は指揮官ごとに独立している為、統率が取れていない。


 トロール撃退後もイルムの元へ凶報が舞い込み続けた。


「申し上げます! アラム殿討死に!」


「ミリアン勢が崩れました! ミリアン殿は行方知れず!」


「申し上げます! ダチ殿が深手を負われ、手勢と共に下がりましてございます!」


 オルベラ氏族軍の大将にしてナリカラ軍副将であるクムバトが、イルムへ真剣な顔を向ける。


「私が出ます。よろしいでしょうか?」


 しかし、イルムは意外な言葉を口にした。


「その必要はない、中央は最後までエグリシ氏族のみで戦う」


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