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二十八話 入城

 

 黒地に斜交赤十字の旗をたなびかせて、ナリカラ軍はかつてナリカラ統一王国の王都だったリオニを視界に捉えた。

 リオニは東西から複数の街道が交差し、川船の幹線道路とも言える大きな川が南北を貫く交通の要所である。

 交通の便が良いという事は、敵が攻めて来やすいという弱点でもあるのだが、リオニはそれを補う防御があった。


「……ディアウヒより凄いや」


 イルムは思わずそう漏らす。リオニの町は小さな山に囲まれた盆地に築かれているが、町に繋がる道を挟んだ山岳の全てが要塞化されていた。

 小山の内部に通路や兵舎が掘られて、外側には矢狭間(アロースリット)が睨みを利かせおり、山の上にも木造や煉瓦造の砦が道を見下ろす形で鎮座している。


「いつも思うんだけど、ゴブリンって攻城戦はどうするんだろう……一年掛けても落ちないよねこれ」

「ゴブリンの攻城戦は、数の力押しと坑道戦が基本ですね」


 イルムが溢した言葉に、クムバトが答えた。


 坑道戦とは、城壁の下まで坑道を掘って内部に侵入したり、坑道の支えを燃やして坑道を城壁ごと崩す事で突破口を開いたり、更には敵城の井戸を破壊して水不足に陥らせるなど地中から攻撃する戦術である。


「鉱民ゴブリンを使って坑道を掘り、戦士や民兵が正面や坑道から数で押していくというのが、ゴブリンの攻城戦術です」


 クムバトはそう補足した。


 この世界ではまだ名前も無く戦術として認識もされていないが、防衛側の対処能力を上回る攻撃を叩き付けて、確実に損害を与え続ける事で防御を崩壊させる戦術の事を飽和攻撃と言う。

 ゴブリンは数を活かしたこの飽和攻撃を得意としている……というか、数頼みの突撃以外の戦術を碌に知らないのが現状だ。


「なるほど、ザリャン氏族が鉱民を兵として投入するようになった背景には、鉱民が工兵として使われる事があったんだ」


 イルムはリオニを守る要塞群を眺めながら、感心した声を上げた。盆地に入ると、中央の丘に築かれ川を堀とする城が見える。

 石と煉瓦で建てられたその城は、数多くの側防塔がある城壁を持ち、中心に城の主の居住空間にして最も強固な防御施設である城館(ドンジョン)が、天を突かんとばかりに(そび)え立っていた。


 ナリカラ統一王国時代は王城として、ナリカラが魔族の属国になって以降はナリカラ総督府として、ナリカラの中枢を担ってきたリオニ城は、ナリカラに軍政を敷いていた魔王軍無き今、無主の城である。

 といってもナリカラの魔王軍が壊滅してからは、エグリシ氏族の有力者達が評議会を置いて中枢機能を維持していた。

 しかしその統制力はリオニ周辺に限定され、政府としては全く無力な状態であるが。


 リオニの町中を、ナリカラ軍が進む。

 大通りには住民であるエグリシ氏族のゴブリンが、鈴生りとなっていた。ゴブリン達の表情は様々である。

 不安、恐れ、反発に、どうせ何も変わらないという諦めの他、現状が変わる事への期待も見受けられた。


 アミネが轡を引く馬上のイルムは、多くの感情が込められた視線を浴びながら、ちらりと背後を見る。

 元はアミネが乗っていた一ツ目馬に、エルガが跨ってイルムの後ろに付いていた。

 イルムはナリカラを安定させる事で、己の平穏な生活を手に入れる決意と、エルガへの想いを新たにして、リオニ城に入る。



 後に「イルムのリオニ入城」として歴史書に記されるこの出来事は、ナリカラの転換期の始まりとされた。

 このリオニ入城以降、無政府状態だったナリカラは、一見秩序の回復が進むと思われたが、実際には逆に混迷さを増す事になるのである。




 ――ナリカラ中南部、モシニクス城。


「総督がリオニに入っただと!?」


 一人の身なりの整ったゴブリンが、机に拳を叩き付けて声を張り上げた。


 ナリカラ中南部最大の城であるモシニクス城では、エグリシ氏族の諸侯が集まり、今後の対応を話し合う会議が開かれている。

 声を上げた諸侯の一人に、別のゴブリンが憤懣(ふんまん)やるかたないといった様子で続いた。


「我らの返答を待たずに入城するとは……我らを愚弄しておるのか!」


 そこへ冷静な声が飛ぶ。


「しかし、スラミ殿からの書状にあった王子を帰還させるという話は願ってもない事だ。ここは総督に従うべきでは?」

「そもそもナリカラは魔族の支配下にあるのだ、多少の横暴は目を瞑るしかあるまい。というよりも、王子帰還の約束は総督の勝手を補って余りある」


 一部にはイルムがリオニへ入った事に憤る者もいるが、エグリシ氏族諸侯の多くは王子の帰還に期待を示し、総督府に従うのも(やぶさ)かではないという空気だ。


 魔族は誇りや面子というものを殊更重視する傾向が強く、嘘を吐く事はあっても一度成立した約束や契約を破る事は滅多にない。

 その為、エグリシ氏族諸侯は王子帰還の話が、空手形ではないと確信している。


「第一、ザリャン氏族に対抗するには総督府の軍が必要だろう。先の会戦で敗北した我らには、一兵でも多く戦力を集める他に道はないのだぞ」


 エグリシ氏族諸侯にとって、イルムと敵対する選択肢は存在しない。

 ザリャン氏族を共通の敵としている上に、ザリャン氏族との戦いで戦力を大きく減じているところで、新たに敵を作るのは愚行極まる。


 更に大きいのは、やはり王子帰還の約束だ。魔族に囚われているバグラティオニ大王の子孫が帰って来るのは、ナリカラの悲願である。

 それを蹴るなど、エグリシ氏族諸侯には到底考えられなかった。


「では総督府に従うか否か、決議を行おう。否という者は手を挙げよ」



 この日、エグリシ氏族諸侯はイルムに従う事を決めた。




 モシニクス城から南東に離れたメスキ城では、ザリャン氏族長カルスの命により、ザリャン氏族軍の諸将が集まっている。

 元はエグリシ氏族諸侯の一人が座っていた城主の椅子には、カルスがどかりと腰を下ろしていた。

 カルスは居並ぶ諸将を見渡すと、(おもむろ)に口を開く。


「リオニに魔族の総督が入ったそうだ」


 これを聞いた者の反応は一様に黙って聞くだけで、狼狽える者は一人もいない。

 彼らの興味はイルムではなく、イルムが保有する戦力である。


「入城した軍は向こうの公称では千三百だそうだが、実態は千を超えないだろうな。今まで積極的に魔族に兵を供給し続けて疲弊したオルベラ氏族が中心ってのもあって、装備も練度も怪しい」


 カルスはこう言うが、本人も諸将も侮りの色を浮かべる事は無い。

 何故なら――


「だが、バガランを討ったのはそんな連中だ。油断は出来ねえ」


 カルスが拳を強く握り、諸将は顔を引き締める。


 バガランは戦士の子に生まれ、魔王存命時の魔王軍に徴集された。バガランはゴブリンの例に漏れず、魔王軍の消耗を抑える為の捨て駒とされながらも、見事生き残ってナリカラに帰還した。

 その後この歴戦のゴブリンは、一気に将軍へとのし上がる。

 魔王軍での経験をカルスを始め全てのザリャン氏族の将へ伝え、軍制改革を牽引した偉大な将軍。それがザリャン氏族におけるバガランというゴブリンだ。


 バガランが討たれたという報せは、敗残兵がナリカラ南東のザリャン氏族本領へ伝え、そこからカルスの元へ急使が(もたら)した。

 折しも報が届いたのが、エグリシ氏族諸侯軍を会戦で破って間もない頃であり、将兵の動揺が収まるまで軍事行動を控える事になる。

 その為ザリャン氏族とエグリシ氏族は、ひたすら睨み合いを続けていたのだ。


 そして今、ザリャン氏族はバガランを失った衝撃から立ち直り、葬い合戦を今か今かと待っていた。


「エグリシ氏族を潰す前に、総督の退路を断つ。アニが動いてから、俺らも行くぞ。分かっているな?」


 カルスの吐き出すような声に、諸将は雄叫びで答える。


「……リオニさえ、リオニさえ落とせばザリャン氏族がエグリシ氏族に取って代わる。バガラン、その時にこそお前に称賛して貰いたかったぞ……」


 カルスは己の師を思い浮かべて、寂しそうにそう呟いた。


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