二十七話 告白
ゴブリンの軍勢と二人の魔族、そして五人の人間は、森を背にディアウヒを目指して進んでいた。
「三人は仕方ないとはいえ、最初の女魔術師は運が無いですねー、まさかあれだけで死んでたとは」
馬上のアミネが、事も無げに言う。
イルムらと交戦した冒険者の一人、女魔術師のカタジナは、アミネが気絶させるつもりで放った雷の魔法によって絶命していた。少し威力が強過ぎたのか、ショック死していたのだ。
「……もっと手加減を上手く出来ないのかな。出来る限り生かしておきたかったんだけど……」
「そう都合良くは、いきませーん」
アミネのいい加減な態度に、イルムは大きく溜息を吐く。
死亡した四人の冒険者は、疫病の発生源となり得る遺体が獣に喰い荒らされない様、森から離れた場所に埋葬された。埋葬を終えたイルム率いるナリカラ軍は、エルガとイーゴル一行を連れてディアウヒへと戻る。
常に沈着な雰囲気を崩さないエルガはもちろん、イーゴルらも基本的には素直に同行していた。アントンだけは、周囲のゴブリンを見回しては、しきりに不安気な表情を見せていたが。
ふとイーゴルがあっ!と言って、イルムへ顔を向ける。
「思い出したぞ、イルム。お前クロムの町中で本を買ってた怪しい奴だっただろ、俺を眠らせた」
エルガが乗る一ツ目馬の轡を引くイルムは、イーゴルへと振り向き、顔にえ?という疑問符を浮かべるが、すぐに合点がいった面持ちになった。
「ああ! 突っかかって来た冒険者! あの時は鎧も兜も無かったから、気付かなかった」
「お前に眠らされた所為で、あの後俺は身包み剥がされたんだぞ。まぁ魔族と見抜けなかった俺も俺だが」
「あー……それはごめん」
「……済んだ事だ、盗っ人も自分で取っ捕まえたしな。ところでお前、本当に魔王の息子なのか?」
「息子と言っても庶子だけどね。継承権も何も無いよ」
「……」
イーゴルは不味い事を聞いてしまったかと、僅かに顔を歪める。イルムはそれに明るく振る舞って答えた。
「大丈夫。寧ろ、しがらみやら政争やらに巻き込まれずに、遊んで過ごせたから。まぁ今はとうとうナリカラ総督なんていう面倒な仕事を押し付けられちゃったけど」
イルムの苦笑に、イーゴルはそれ以上何も言う事は無かった。
行軍を続ける中、やがて見えて来た大城塞にイーゴルらは息を飲む。千や二千の軍勢程度では、落ちそうにないディアウヒの威容に、呆気に取られながら城門を潜った。
城門からすぐの場所で、待ち構えていたスラミが駆け寄る。
「人間を投降させたと聞きましたが、真とは……一体如何するおつもりで? 留め置くにしても何処に?」
「身柄は常に総督府で預かる。要は魔王軍の総督府が置かれていたリオニに入るまではナリカラ軍と共にいて貰って、リオニの総督府を再建したらそこで保護下に置く。時期が来たら帰そうと思ってるけど」
スラミの問いにイルムは、そうはっきりと答えた。そこへアミネが、茶化すように首を突っ込む。惚けた様子で、次のようにのたまった。
「冒険者達は分かりますけどー、エルガさんは如何するんですかー? 私達に有益な情報を持ってるとは思えませんしー?」
にやにやと顔を歪めながら、アミネはイルムとエルガを交互に見やる。イルムは鼻と頬を赤らめ、それは……と言い淀んだ。
「それは……その、えっと……エ、エルガさん!」
イルムは、エルガが跨る一ツ目馬の轡から手を放して、馬上のエルガに向き直る。エルガも淀みない動きで一ツ目馬から降りると、イルムと目線を合わせた。
「何だ」
「その……ぼ、僕のこ、婚」
イルムが赤い顔を更に赤くしつつも、勇気を振り絞る様を、アミネは声を出さずに、行くか? 行くんですか?と口の動きだけで言いながらにやにやしている。
突然の事に置いてけぼりになっていたスラミやイーゴル達も、状況を理解すると拳を握り締めて、若干前屈みになるように二人へ注目した。
衆目の中でイルムが意を決して叫ぶ。
「こ、顧問になって頂けないでしょうか!」
イルムとエルガを除く全員が、がくっと身体を崩す。
――ヘタレやがった!
そう全員が思った。
「何ヘタレてんですかこの野郎!」
アミネは実際に口に出した。
エルガはそんな周囲を全く気にせず、イルムに発言の意味を問う。
「顧問とは?」
イルムはわたわたと、大して意味を持たない手振りをしながら答えた。
「あの、人間との交渉とかそういった事についての助言役というか。エルガさんは観察眼もあるし」
エルガは無表情でイルムの言う事を聞いていたが、やがて真剣な目付きをすると一言問い掛ける。
「給金は?」
「え、えっと衣食住に加えて、日に小銀貨五……いや十枚で如何ですか?」
「よし受けた」
イルムが小銀貨五枚と言おうとした時に目付きを鋭くしたエルガは、イルムの訂正を受けて即答した。
その即物的な態度に、周囲は呆れ返る。が、イルムだけはエルガと共にいる事が出来ると、気持ちを弾ませていた。
その後、頭を切り替えたイルムが、スラミとこれからの行動を話し合う。
イルムの当初の予定では、今夜もディアウヒに滞在するつもりだったのだが、スラミが申し訳なさそうにしながらも、勘弁して欲しいと訴える。
流石のディアウヒも、八百のナリカラ軍を無償で連日養い続けるのは厳しいとのことだった。
「それに、人間を町に入れるのは我が民に余計な不安や混乱を招きかねないですし……」
スラミの告白に、イルムは仕方ないと頷く。
今日の所はリオニへの途上で野営する事となり、ディアウヒを発った。
ディアウヒを出発したのは、昼を大分過ぎた頃だったため、数刻後には日が沈み始める。日が傾く前に、ナリカラ軍は途上にあった村で、野営の準備に入った。
諸将や戦士の中でも高位な者は、野営地の天幕ではなく、村の家屋を間借りする。元の住民達は、別の家へと押し出される形で雑魚寝する羽目になった。イルム達やイーゴル一行は、村長宅を借りる。
日がそこそこ落ちた頃合いに行われたイルム達の夕食には、イルムがドモヴォーイから受け取ったチーズが使われた。
食卓に置かれたのはチーズがたっぷりと入った舟型パンに、そのまま切り分けられたチーズ或いはそれを軽く炙った物など、濃厚な乳製品の匂いが漂う物ばかり。これらを素焼きの盃に注がれた葡萄酒と共に食す。
イルムは最初に、パンへ齧り付いた。チーズの上品な香りが鼻を擽り、次いで塩気のある濃い味わいが口に広がる。
噛むほどに増す旨味を味わった後に、土の風味香る盃に口を付けて葡萄酒を流し込んだ。
エルガは相も変わらぬ無感情な様子で食べていたが、イーゴルらは口にする度に顔を目まぐるしく変え、何か言う間にも惜しいとばかりに、味わう事に集中している。
そこへ村長のゴブリンが、舌鼓を打つ面々に話し掛けた。
「ドモヴォーイの乳製品は絶品と聞きますが、我らのグウィノの味は如何でしょうか? 我らエグリシゴブリンが作るグウィノの出来は、世界でも上位に入ると自負しております」
「グウィノ?」
「ああ、葡萄酒の事です。ナリカラではそう呼びます」
全員が眼前にある、ピアラと呼ばれる素焼きの酒器に注目する。その上で佇む液体は白葡萄で作られた葡萄酒だが、その色合いはオレンジがかっており、白葡萄酒にも関わらず渋味もある不思議な酒だった。
「これは白葡萄の皮や種を除かずに使用し、地中に埋めた土壺の中で丹念に寝かせたものです。壺の中には蜜蝋が塗られているので過剰に土の匂いは付かず、かつ葡萄の香りを残せるのです」
村長の言葉をイルムが訳すと、皆感心の頷きをしながらコップを口に付ける。事前にイルムから聞かされていたナリカラでの飲酒の礼儀に従い、全員が一息に飲み干した。
ナリカラにおいて、出された杯の中身を残す様なちびちびとした飲み方は、毒を警戒していると見られ失礼に当たる。
食事を終えると、イルムが村長の寝室を借り、アミネとエルガが村長の家族の部屋へ、イーゴルと従士の三人は広間で寝る事となった。
一方で村長とその家族は、村民が追いやられている民家の一つが今夜限りの寝床となる。
「略奪が無いとはいえ、やはり軍隊は迷惑千万だな。蓄えのほとんどを持っていかれてしまった。スラミ様に陳情の一つは送らんとな」
民家の前で溢した村長の独白は、星一つ無い月夜の中に消えていった。
溜息と共に民家へ入った村長は、藁を敷いた床を埋め尽くす村民の間を縫って家族のいる一角へ辿り着き、眉間に皺を寄せながら窮屈な一夜を明かす。
翌日、ナリカラ軍は旧王都リオニを目指すべく行軍を開始した。




