二十五話 再会
「いやぁ、あんなところにあった洞窟から、山ん中の道に出て、それがこんなところにまで通じているとは」
肩に穂先の大きい槍を立て掛けて、倒木に腰掛ける背の高い男が、呆れとも感心とも付かない声で言う。男の足元には逆雫型の盾が置かれていた。
長身の男と同じ様に石の上に座った鎖頭巾を被る青年が、両手で持つ固いパンを小動物よろしくカリカリと齧りながら頷いた。
「……イーゴル様の言う通り……山脈を抜けるなんて……驚いた……」
森の中で一頭の馬と八人の人間達が、思い思いの場所に座って食事を摂っており、そこから少し離れた場所に、仮面を付けた一人が見張りに立っている。
その集団の内の四人は“鋭鋒”のイーゴルとその従士達だ。
「しっかし、これからどうするんで? 一度戻りますかい?」
鎖帷子を着込んだ男、アントンが、耳の後ろをかきながらそうイーゴルに聞くと、イーゴルは首を振る。
「もう少し調査しておきたい。せっかくの合同依頼だしな。向こうもそう考えているだろうよ」
そう言ってイーゴルは、自分達とは違う雰囲気を持つ冒険者四人と、ぼろを纏った人間の方を見た。ぼろ布を被った人物は、あの渡し守の女性である。
古びた切り株に座るその女性に、冒険者の一人であるローブ姿の女魔術士が話し掛けていた。
「ねぇねぇ、貴女もいくら城壁の外に住んでいるからって、お洒落を楽しまないのは損よ! アタシが色々教えてあげようか?」
「断る。君の様に見っともなく足を晒すなんて御免だ」
にべもなく渡し守の彼女は突き放す。女魔術士は、膝程の高さまで上げられたスカートを摘んだ。
「ええー、いいじゃない」
「教会から睨まれる格好なんて、そっちの方が損だろう」
「ふん、禁欲だの自制だのうるさい教会の言う事なんて知ったこっちゃないわ! 何よ、肌や髪は見せるなとか、露出に厳しい癖に逆に布地が多いとやれ豪奢だ、堕落だとかうるさいし!」
熱くなる女魔術士に、まあまあと草の上に直接腰を下ろした若い男が宥める。
「カタジナ、落ち着いて。彼女の迷惑になってる」
小振りな剣を腰に吊るし、足元に人の頭より二回り大きい程度の盾を置いている男は、カタジナと呼んだ女魔術士へこう続けた。
「本来ならあの洞窟を見つけた時点で、調査と彼女の案内は終わりだったんだ。そこを無理言って調査を続行したこっちが、これ以上彼女に迷惑掛けちゃダメじゃないか」
「……分かったわよ、ヘンリク。貴方、悪かったわね」
反省の念が湧いたらしいカタジナが、軽く謝罪した。
渡し守の彼女が冒険者達に同行しているのは、情報提供と道案内の為である。
冒険者組合からの依頼で、急増したゴブリンに対する調査を行う事になった冒険者一行だったが、ゴブリンが潜んでいるであろう森へ向かう途上、川を渡る際に彼女と出会った。
彼らは土地勘があると見込んで、彼女に金銭と引き換えに同行を願い出る。提示された報酬金額に満足した彼女は、彼らと行動を共にしていたが、女性であることは明かさなかった。
一方で冒険者達は、流石に数日を共に過ごせば、彼女の性別の事に薄々は感付いていたものの、余計な詮索はしなかった。
しかし、イーゴルの従士アントンが、遂に我慢出来ずに彼女へ女性であることを指摘し、顔を見せて欲しいと懇願してしまう。
それ以降は遠慮する必要が薄まり、カタジナは彼女に度々声を掛け、懇願時に鳩尾に蹴りを食らったアントンも、懲りずにぼろ布を取って欲しいと頼み込む様になる。
今もまた、彼女の素顔を何としてでも拝もうと、アントンが考えを巡らせ始めた。
「今度はどうすれば顔を見せてくれるか――」
「アントン、飯は済ませたな。なら見張りの交代だ」
ぬっと現れた仮面付き兜を被る男、ドミトリーが、アントンの頭をがっしり掴んで連行する。
そんな光景を笑いながら見ていた鉄帽子を被る男が、ふと弩を担ぎ直しながら、ヘンリクへと顔を向けた。
「ヘンリク、調査はどこまで続けるんだ? イーゴルの馬がいるとはいえ、長期のつもりはなかったから、冒険商人がいない。長居は出来ないぞ」
男が言う冒険商人とは、その名の通り冒険者に同行する商人の事だ。
長期間に渡る依頼や難易度の高い依頼など、多くの準備や物資が必要になる場合は、商人にその物資を用立ててもらい、また運搬も任せる事が一般的である。
商人にとっては危険があるものの、同行すれば依頼の過程で得られる様々な品を格安で独占できる為、一攫千金を狙って冒険者と繋がりを持とうとする商人は多い。
「ペーテルの言う通り、洞窟が山脈を貫いていただけでも報告もの。下手したらここは魔族の領域かもしれない」
鎖帷子を着込み、槍を手にする大人びた女性もペーテルに追従して、調査を長引かせるのは避けるべきと主張する。
「分かっているよ、マーリア。でも、もう少しだけ続けよう。ゴブリンの巣があるかぐらいは調べないと」
ヘンリクはマーリアの言葉に頷くも、調査続行の意思は曲げなかった。これが彼らの大きな分岐点になるとも知らずに。
軽食を兼ねた休止を終えると、九人の人間達は森の中を歩き始める。幾度かの休憩を挟んで、一刻は進み続けたという頃、先頭を歩くユーリイが異変に気付いた。
「……」
ユーリイは、腰の後ろに吊り下がっている矢筒へ手を伸ばし、矢羽根を掴む。その動きにイーゴルらは、自身の得物を握り直した。
「どうしたんだ?」
イーゴル達の様子に、ただ事ではないと感じたヘンリクは、自分も剣を抜いて周囲を警戒しながらユーリイに聞く。ユーリイはすぐには答えずに、矢を一本矢筒から抜いた。
「……近付いてる……」
何がとヘンリクが問う前に、ユーリイは矢を番えて、放つ。
「ギッ!?」
矢が飛んで行った方向から短い悲鳴が上がると、その方向が俄かに騒がしくなった。
草葉の隙間に、左肩に矢を生やして右手で傷を押さえるゴブリンと、それを支えてやるように背中を押すゴブリンが見える。
ヘンリクは思わず叫んだ。
「ゴブリン!」
「……多分あれは斥候……次はもっと来る……」
ユーリイの言葉に、全員の表情が引き締まる。ヘンリクとイーゴルへ、どうするという視線が集まった。
イーゴルはすぐさま潮時だと首を振り、ヘンリクも少し悩んだかと思えば、仕方がないかと呟く。
「引き上げよう、ゴブリンが巣食う地と分かっただけで十分だ」
ヘンリクの言葉に冒険者達は、歩んで来た道無き道を引き返そうとした。だが、突然響いた馬蹄の音と、遠くから聞こえる地響きに、思わず足を止める。
振り返れば単眼の馬に跨る黒髪の青年と、同じ一ツ目馬に乗って彼を追い掛ける、薄紫色の髪と灰色肌を持つ若い女性が、木の根や茂みを飛び越えて冒険者達に駆け寄って来た。
「え!? 人間……いや魔族か!」
ヘンリクの反応に、冒険者達は武器を構える。それを見た馬上の青年は、慌てて手を振って叫んだ。
「待って待って! 君達を害するつもりはこれっぽっちもないから!」
血のような赤黒い瞳の青年の言葉に、戸惑った冒険者達は、お互いの顔を見合う。青年が言葉を続けようと、口を再び開いた時、地響きの正体が現れた。
「ゴブリン! ……の大群だ!」
木々の間から姿を見せた、百は優に超えるゴブリンの大集団を見て、アントンが僅かに声を震わせて叫ぶ。
目付きを鋭くしたユーリイが弓を引き絞り、ドミトリーが盾をかざしてイーゴルの前に出た。
「だから、害意は無いんだって! おーい、止まれ止まれ!」
黒髪の青年は、冒険者達の戦闘態勢を見て困った様に眉を下げると、首を後ろに回してゴブリンの軍勢に手を振る。
するとゴブリンの大群は、徐行しながらゆっくりと止まった。
「馬鹿な……あの大群が、あんなひ弱そうな魔族の言う事を聞いただと……」
マーリアが驚きの声を上げる。魔族と思しき青年は、少し傷付いた様子で冒険者達に声を掛けた。
「ナリカラ総督のイルム、僕の地位と名誉に懸けて、生命と安全は保障する。僕らに同行して貰いたい」
「ぶっちゃけると投降しろって事です」
イルムと名乗った青年が、側に控える馬上の女性を睨み付ける。
そんな光景を見ていた冒険者達は、警戒を解かずにイルムとその後方に見えるゴブリンの軍勢を見据えていた。イルムの言葉に従う様子は全く無い。
溜息を吐いた灰色肌の女性が、面倒臭そうに言う。
「たった九人で八百のゴブリンに勝つおつもりですかー? とっと武器を下ろして、大人しく付いて来て下さいよー」
女性の言葉を裏付けるように、森の中に何かが蠢いた。よく見ると、前方に見えるゴブリンの大群以上の数のゴブリン達が、右にも左にも見える。
不意に、ユーリイが目を見開いて、がばりと振り向いた。
「……回り込まれてる……」
「何ですって!?」
カタジナが両手で杖を握り締めて叫ぶ。
こめかみから汗を流すアントンが、イーゴルの背中に付いて後方を警戒し、右を注視しているペーテルは鉄帽子を深く被り直した。
マーリアが、鎖手袋を着けたままの左手で、額の汗を拭う。
「いやだから、生命と安全は保障するって……あれ? そこの人……」
呆れ声を出す魔族の青年イルムは、カタジナの隣にいるぼろ布を被った人物を見て表情を変えた。
「もしかして……あの時の渡し守の人!?」
イルムの驚き様と言葉に冒険者全員が困惑する中、我関せずの態度を崩さなかった渡し守の女性が顔を上げる。
イルムが一ツ目馬から降りて、渡し守の女性と向き合った。緊張の面持ちのイルムは、一度大きく深呼吸すると、格式ばった一礼する。
「魔王の子が一人にして、ナリカラ総督のイルムと申します。以前は大変失礼致しました。宜しければ、貴女様の御名をお聞かせ頂けないでしょうか?」
渡し守の女性は、イルムの丁寧な態度を受けてか、羽織っていたぼろ布を取り、顔をさらけ出した。
露わになった鷲の如き瞳と雪の肌に、初めて彼女の顔を見た冒険者達は、無意識に呆然と口を開ける。
「私の名は、エルガ。しばらく振りだな、今回は礼儀を弁えたか」
エルガと名乗る女性は、イルムを真っ直ぐに見据えた。
この再会が、後に歴史へ大きく刻まれることになるとは、この時誰も知る由も無かった。




