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二十四話 人魔

 

 血相を変えたドモヴォーイらは、殺気立って立ち上がった。中には手の平に炎を浮かべて魔法を放とうとする者もいる。

 これにアミネが、両手から紫電を(ほとばし)らせて威圧した。普段のやる気がなさそうな表情のままだが、それが逆に不気味な迫力を持つ。


「ちょ、ちょっと! 人間と交流がある事を責めるわけじゃないから! アミネも威嚇するな!」


 イルムの言葉に、アミネはすとんと紫電と威圧を消し去った。ドモヴォーイ達もアミネの迫力に気圧されていたのか、冷や汗を流してどさりと腰を落とす。息を詰まらせていたクムバトも、大きな安堵の溜息を吐いた。


「人間との交流は別に問題無いよ、似たような事は何度か耳にしている。五年前に発覚した北海密貿易事件とかね」


 イルムの言う北海密貿易事件とは、北海に面した人間の王国が、魔族領域北東のヴルカーン公領に住む巨人族と、海上で秘密裏に取引していた事が発覚した事件だ。

 その王国では度々強力な武具や防具が国内の古代遺跡などから発見され、それを他の人間諸国へ輸出する事で巨万の富を得ていたが、実際には遺跡からの出土品ではなく、巨人族に特注して密輸入したものだった。


 事件の発端は、偶然に北海の海賊が正規の航路を外れる王国の大型商船を発見した事だ。

 海賊が商船の様子を不審に思い、こっそり追尾したところ、商船が巨人族の巨船に横付けして武器を運び出す光景を目撃したのである。


 これをきっかけに、魔王の死後の翌年には人間と魔族の間で、密かに交流や取引が行われ始めていた事が、王国だけでなく世界各地で発覚、少なからぬ混乱が人魔問わずに起きた。


 一方この混乱で人間諸国の対魔族同盟が動揺し、魔王を失った魔族への止めとなる筈の大攻勢が不徹底に終わったお陰で、魔族が完全に崩壊する事が免れたという面もある。

 魔王亡き後も、魔族がある程度は人間諸国と拮抗しているのは、こういった背景があった。


「魔族五公ですら、人間諸国との何らかの交流があると噂されてるんだ。人間と魔族の交流なんて今更追及してもね」


 イルムは肩を竦めて、やれやれとばかりに首を振る。ドモヴォーイ達は、イルムの言葉と態度に一応納得したようで、ようやく警戒を解いた。


「で、どういった交流を?」

「……時折、山間(やまあい)の抜け道を使い、人間達の元へ行く。我らの産物を彼らの産物に変えて帰る他、穀物などと引き換えに彼らの家畜を世話する」

「なるほど」


 ドモヴォーイの長の話を反芻(はんすう)するイルムに、長が一つ問う。


「彼らとどう対する?」

「人間との関係? うーん、出来れば敵対は避けたいね。ナリカラが纏まるまでは、人間との戦争なんて損しかない。それに……」


 イルムは困ったように小さく眉を下げて笑った。


「僕の平穏な読書時間が取れなくなる。最近手に入れた本もまだ碌に読めてないんだ」

「……いつも私に真面目に働けとか言っておいて、イルム様も私の事言えないじゃないですかー」

「閣下? え、そんな理由で?」


 アミネの呆れ声とクムバトの呆然は、華麗に無視される。だが二人は、そもそもイルムは嫌々ナリカラ総督になった事を思い出し、まあ彼らしいかと取り敢えず納得した。

 イルムの言葉に目を見開いていた長は、やがてくつくつと笑う。釣られて他のドモヴォーイ達も思わず吹き出した。


「ふはっ、ナリカラの安定に熱心なのはそのためか」


 長は腹の底から可笑しくて堪らないのを、なんとか抑えているかのように震える。これにイルムはムッとした顔を作った。


「それじゃまるで僕がいい加減な奴みたいじゃないか。安定化は総督としての仕事、出来ればさっさと仕事を楽にして余裕を手にしておきたいだけだよ」

「くふふっ、そういう事にしておこう」


 長は笑みを見せながらそう言うと、右手を差し出す。イルムは握手かと思い、右手を出すが、長はイルムの腕を掴んだ。

 呆気に取られたイルムを置き去りにして、長はイルムの体温を確かめるかのようにイルムの腕を(さす)る。


「むぅん……」


 小さく唸った長は手を放し、髭を撫で付け始めた。真剣な目付きでイルムを見据える。


「我らは、ある程度未来を占える。今、汝の未来を探ったが……黒き霧が漂い、分からぬ。ただ言えるのは、不吉。来るべき未来に用心せよ、これから友になる者よ」


 イルムはきょとんとしたが、すぐに友という言葉に口角を上げた。


「ありがとう、肝に銘じておくよ」


 魔族とドモヴォーイの二人は、今度こそ固く握手を交わした。




 ヴォーロスの町を後にしたイルム達は、ディアウヒへの帰路に着く。石垣の上に築かれた櫓には、黒地に交差した赤い線が描かれた旗がはためいていた。


「ドモヴォーイがあっさりナリカラ総督府に従う事を誓うなんて、バグラティオニ大王の存在凄過ぎるでしょ。王子が大王の直系ってのがやっぱり大きいのかな?」


 一ツ目馬に跨るイルムの呆れた様な、或いは感心した様な言葉に、傍に付いているクムバトが顔を向ける。


「でしょうね。ゴブリンにとって、バグラティオニ大王は魔族における魔王陛下の様な存在です。ナリカラに住む全ての者を一つに纏め上げ、挙句にはナリカラの外まで勢力を及ぼし広大な領土を支配しましたから」


 クムバトはそこまで言うと、顔に陰を作った。


「……だからこそ何度も魔族と衝突し、最後は魔王陛下に討たれたのですが」


 イルムはクムバトの呟きを聞かなかった事にする。魔王の庶子とゴブリンの有力氏族の長は、そこで口を閉ざしお互いにふと視線を外し合った。


 ゴブリンの軍勢が足を運ぶ音と風の囁きだけが響く中、ディアウヒの方角から一人のゴブリンを乗せた赤い瞳を持つロバが疾走してくる。

 余程慌てて赤目ロバを急かしたのか、ロバと同じ様に汗と砂埃に(まみ)れたゴブリンが、下馬もせずに騎乗のままイルムの元へ駆け寄ってきた。


 衝撃的な報せを携えて。


「総督閣下に御注進! 人間共がナリカラに侵入しました! 急ぎディアウヒへ!」

「なっ!?」


 イルムは驚愕の表情で固まった。だが、すぐにアミネがイルムの肩を叩いて正気に戻す。


「イルム様、急ぎますよ」

「あ、ああ。ありがとう」


 イルムは一度(かぶり)を振ると、行軍を急がせる。昼前頃にイルムらは、ディアウヒの前に築かれたナリカラ軍野営地に到着した。


 薄汚れた天幕の町と化している野営地では、ナリカラ軍のゴブリン達が慌しく武装したり、すぐに行軍が命じられてもいいように各自で早めの食事を済ませており、如何にも出撃前といった雰囲気を醸し出している。

 野営地に着いたイルムは、ノリスをはじめとする諸将の出迎えを受けた。ノリスは開口一番に状況の報告を行う。


「閣下、西の方で人間の姿が確認されたようです」

「らしいね、峠道の砦は落ちたの?」

「いえ、どうも山脈を抜ける間道があったらしく、砦には何ら異常ありません。スラミ殿は、忘れられた古い道か最近出来た抜け道の可能性があると」


 イルムはドモヴォーイの長の話を思い出した。誰かしらが人間の領域へ出入りする道、或いは逃散用の逃亡路として密かに抜け道を作っていても不思議ではない。


「その道を人間の冒険者が見つけてしまい、ナリカラまで来てしまったと」

「恐らく。数は十人に満たないそうですが、スラミ殿は念のため軍を動かす準備をしております」

「……うーん、スラミには待ったを掛けておこう。これはナリカラ総督府が対処する」

「ナリカラ軍を動かしますか?」

「うん、ナリカラ軍で人間達を包囲する。ただし危害は加えないように。戦わずして投降させよう。人間諸国の詳しい情報も欲しいしね」


 イルムと、彼がヴォーロスまで率いたゴブリン達が手早く昼餉(ひるげ)を済ませると、連れていたザリャン氏族捕虜をディアウヒに預けて、ナリカラ軍八百が出撃する。


 人間達が目撃されたのは、砦が置かれた峠から南西に伸びる山脈近くで、ディアウヒからは西北西の方角だ。

 そこは広大な森が広がっている地であり、付近に集落は少なく、あっても(きこり)や狩人の宿営所が集まって出来た村ぐらいである。


 人間達に気付いたのも、森へ猟に入った狩人で、現在宿営用の村にいたゴブリンは全て、実家のある村や町に避難していた。

 樵も狩人も民兵として戦えるどころか、並の民兵より優秀な戦力に成り得るのだが、ナリカラ総督府が独力で対応するという事で素直に退いている。


 行軍を続けたナリカラ軍は、昼を過ぎた頃に森へと入った。


「ナリカラ軍は、各将の配下ごとに分かれよ。互いの位置を常に把握し、包囲に掛かれ。ただし、一切手出しはせず、囲むだけに努めるように」


 イルムの指示で、ナリカラ軍は二百から五十の集団に分裂し、三日月状の陣形を作る。


「前進!」


 散らばって先行する少数の斥候に、ナリカラ軍本隊が続いた。人間達を発見したという報告は、それから間もなくのことだった。


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