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二十三話 ドモヴォーイ

 

 イルム達はスラミとの会談後、城に用意された客室で一夜を明かした。

 ディアウヒ入りしたナリカラ軍の二百に上るゴブリン達は、城の前の広場に粗末な天幕を張って夜営を行なっており、日が昇ると天幕を片付けている様子が、客室の窓代わりの穴から見える。


 イルムは今後の行動について、スラミに説明しておこうと朝食を兼ねて再び会談を行う。

 朝食にはチーズの入った円形のパンや、マツンと呼ばれる白くて少し粘りのある発酵乳製品といった簡単なものが並ぶ。

 それらを摘みつつ、イルムがこれからの予定を伝える。


「僕らは先ずドモヴォーイに接触し、協力を求めるつもりだ。次に旧王都リオニへ向かう。元々リオニに置かれた総督府が最初の目的地だったしね、ようやく赴任地に着けるよ」

「リオニにはまだザリャン氏族も攻め上れておりませんし、エグリシ族諸侯も総督閣下を援軍として迎えるのは間違いないでしょう。ナリカラの先行きは明るいですな」


 会談は和やかに進むが、やがてスラミが真剣な表情で気になる事があると言ってきた。


「実は最近、西で人間達の行動が活発になっているのです」

「それは人間達にナリカラ侵攻の気配があると?」


 イルムの顔が険しくなる。今は人間諸国を相手にしている余裕は無い。人間諸国とザリャン氏族に挟まれた二正面戦など真っ平御免だった。


「いえ、どうも軍ではなく冒険者の様ですな。ナリカラの外にいるゴブリンを討って回っているらしいのです」

「ナリカラの外にいるゴブリン? ……あっ魔王軍残党か」


 八年前までは魔王が魔族の軍勢を率いて、人間達の領域へ侵攻していたが、魔王の死をきっかけに遠征中の魔王軍は五公直率の軍を除いてほとんどが崩壊。

 人間諸国内で散り散りになった魔王軍残党は、拠点を築いて軍閥と化したり、或いはただの賊と成り下がった。

 そういった者達は人間達から魔族というより魔物、つまり害獣扱いされている。


「まあ遠い地には魔王軍残党だったゴブリンもいるでしょうが、ナリカラの周囲にいるゴブリンはほとんどが逃散した鉱民や、犯罪など何らかの理由でナリカラから追放されたり逃亡した平民ゴブリンです。稀に没落した戦士もいるようですが」


 スラミによるとそういったゴブリン達が、人間の冒険者によって討伐されるのは何時もの事だが、最近は急増しているという。


「原因は?」

「おそらくこの内乱の影響でナリカラの外へ逃れる者が大勢いるのかもしれません。その結果、食料を求めて人間の領域に入り込む輩が増え、それに人間達が反応しているのでしょう」

「難民の盗賊化か……彼らも生きるために必死なんだろうけれど、これで人間諸国の侵攻に発展したらいい迷惑だね」

「そうならなければ良いのですが……しかし、もし人間達が攻めて来ても問題ありません。人間諸国に通じる峠道には堅牢な砦がありますし、万が一突破されてもこの大城塞ディアウヒがあります! 御心配は無用ですよ」


 スラミは自信たっぷりに片目を瞑って見せた。


 会談を兼ねた朝食を終えたイルムはスラミに別れを告げると、ナリカラ軍の大半をオルベラ氏族諸将と共にディアウヒ近郊の野営地に残し、百程度の軍勢を連れて北へ進む。

 ナリカラ北西部地域は山岳地と高原が混じる地で、畜産と農耕が盛んだ。そんな長閑な風景の中をナリカラ軍が行軍する。


 そこへ羊毛の様な毛を生やした牛が牽く荷車と、ゴブリンの列が道の向こうからやって来た。


「交易商かな? 参ったな……こっちも向こうも、そう簡単に道を譲れない」


 荷車と共に進むゴブリン達もナリカラ軍に気付き、慌てた様子を見せる。やがて唯一ロバに跨っていたゴブリンが駆け寄って来た。

 馬上のイルムの前まで来ると、転げ落ちるかのようにロバから素早く降りる。


「申し訳ございません! 我々は北の高原よりディアウヒへ戻る商人でございますが、まさか総督閣下の軍とかち合うとは。すぐに荷車の列を寄せますので平に御容赦を!」


 流石は商人と言うべきか、耳聡くナリカラ軍についての情報を聞き及んでいたらしく、遠目に見た旗だけでナリカラ軍と分かったようだ。


「北の高原ということはドモヴォーイの町から? 運んでいるのは酪農品なのかな」


 イルムはドモヴォーイについてより詳しい情報が聞けそうだと、頭を下げるゴブリンの商人に話し掛ける。商人はイルムの穏やかな態度に安心したのか、落ち着いた様子で答えた。


「はい、ドモヴォーイらの乳製品や羊毛などは大変出来が良く、ナリカラだけでなく魔族の方々や人間諸国でも高級品として扱われております」

「え? 人間諸国にも出回っているの?」

「数は少ないですが、出てはいるようです。恐らくドモヴォーイ独自の販路があるのでしょう」


 会話の間に商人の車列が道の脇に退き終える。イルムは低頭するゴブリンの商人に別れを告げて、進軍を再開させた。


「意外な収穫だね、ドモヴォーイは人間との交流があるんだ」


 イルムはドモヴォーイに対して、俄然興味が深まる。行軍を続けたナリカラ軍は丘や森を通り抜けて、広々とした高原にたどり着いた。

 高原にはドモヴォーイの家畜と見られる牛や山羊、羊の群れなどが、放牧されている。奥には石垣に囲まれた町が見えた。


「あれがドモヴォーイの町、ヴォーロスか」


 イルムはヴォーロスの町並みを観察する。城壁代わりの石垣は、城壁として見ると低い。

 そのため、家々の屋根が石垣から飛び出しているかのように、丸々見えてしまっている。家屋は全て木造で、石垣の上に建てられた櫓も木造だ。


 今朝にはスラミが送った使者から話が通っている筈とはいえ、イルムはドモヴォーイ達を刺激しないよう、護衛を含めても二十人程度の少人数でヴォーロスに近付く。

 木造の城門前まで来ると、騎乗したままイルムが声を上げる。


「ナリカラ総督のイルム! ドモヴォーイの長に会談を申し入れる、開門せよ!」


 ゆっくりと門扉が外へと開いた。イルム、アミネ、クムバトら三人と護衛の一団は門を潜る。

 ゴブリンと変わらない程小柄な毛むくじゃらな老人一人を除いて、人気(ひとけ)の無い通りの先に、長の館と思しき大きな木造の平屋があった。

 通りには誰も居ないが、両脇に建ち並ぶ家屋には気配があるため、どうやら皆閉じ篭って様子を伺っているらしい。僅かに開いた窓の戸の隙間から視線を感じる。


 顔の大部分どころか、胸まで髭で隠れているかなり背の低い老人といった見た目の、一団を出迎えた案内役らしいドモヴォーイが口を開いた。


「よくヴォーロスへいらっしゃった。我らは総督閣下を受け入れます」


 ――つまり受け入れはしても、歓迎は出来ないと。


 ドモヴォーイの冷めた目を見咎めたイルムは、思った事を表に出さず、案内役のドモヴォーイに導かれて館へと入った。護衛は館前で待機する。

 毛皮が敷かれた広間では、案内役よりもたっぷりとした髭を蓄えるドモヴォーイ達が、座ったままイルムらを迎えた。

 その中で最も大柄な――といっても普通の人間とさして変わらない――ドモヴォーイが、もごもごと動く髭の中から声を発した。


「我、ヴォーロスの長。我らドモヴォーイは友には守護を、敵には死を与える者。汝らは今、(いず)れでもない事を知れ」


 ドモヴォーイの長は警戒感を露わに言う。その一方でこう続ける。


「総督よ、王子がナリカラに帰られるのは真の事か」


 その目は真剣そのもので、ドモヴォーイ達の熱意を感じられた。イルムの想像以上にゴブリン達の王子、又はバグラティオニ大王の血筋の存在は大きいらしい。


「本当だよ。僕の任務はナリカラの安定化と統治だ、王子が居ればそれが容易になる。寧ろいつまでも飼い殺しにする方が、魔族とナリカラ双方の損になる」


 イルムは敢えて感情に訴えず、合理性を説く。王子帰還は魔族にも利益があるから行うと言えば、裏や罠はない事を伝えられる為だ。クムバトもイルムの言葉を補強する。


「総督閣下は我らオルベラ氏族への呪詛状撤回を条件に、王子の帰還を認めると言って下さいました。総督閣下は真にナリカラの安定を目指しておられます」

「……魔族は契約を殊更に重んじるが、汝はどうか?」


 疑念を抱える長に、イルムは長を見据えてしっかりと答えた。


「僕の名と血に懸けて誓う。王子を必ずナリカラへ帰還させると」


 長は目を閉じる。恐ろしく長い間、長は目を瞑り続けたが、やがて(おもむろ)に瞼を持ち上げた。瞳には当初あった警戒の色は無い。


「汝を信ずる。皆聞け、今日よりナリカラ総督は我らの知り人ぞ」


 ――知人扱いってそこは友にしてよ……。


 イルムの複雑な内心を余所に、ドモヴォーイ達は布に包まれたチーズの塊を一つ用意してイルムに渡した。


「土産だ。王子の帰還、(たが)えるでないぞ」


 持たされたチーズは、布越しでも濃厚な香りを感じられ、高品質である事が素人でも分かる。イルムはチーズの香りを楽しみながら、何気なくドモヴォーイの長に問う。


「そういえば人間諸国とも交流があるって聞いたけれど、どういった事をしているの?」


 途端にドモヴォーイ達の雰囲気が、がらりと変わった。


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