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二十話 冒険者

 

 鬱蒼とした森の中を四人の人間が歩みを進めていた。先頭を行くのは、布鎧(キルティングアーマー)に革の籠手や脛当(グリーブ)といった軽装な細身のかなり若い男で、頭に鎖頭巾(メイル・コイフ)を被り、手には弓を持って腰に矢筒を下げている。

 彼から少し離れて続く三人は、先頭を歩く彼の射手姿と比べると明らかに重装備だった。


 特に一番長身の男は、椀型兜に鋼鉄製の鱗鎧(スケイルアーマー)を身に付け、穂先の長い片手槍と金属枠で補強された木製の逆雫型盾を持ち、腰にも剣を差すという正に重戦士といった格好である。


 よく見ればその男は、イルムがお忍びで訪れた町で、イルムに突っかかるも魔術で眠らされてしまった冒険者の男だった。


「何で俺がゴブリン討伐なんざ……“鋭鋒”の名が廃るわ」


 冒険者が集う都市クロムの中でも、名の知れた冒険者である“鋭鋒”のイーゴルは、顔を(しか)めてそう吐き捨てる。すると側を歩く鎖帷子(メイル)姿の男が、槍を担ぎ直しながら口を開いた。


「仕方ないじゃねぇですか、イーゴル様が路地で寝てる間に身包み剥がされて、一応普段着代わりの装備を取り戻せても金が戻らなかったんですから。都市貴族様からの新しい依頼も無かったし」


 斧と盾を持ち、顔面を覆う仮面が付いた兜に小札鎧(ラメラーアーマー)を装備した、背丈はイーゴルに劣るが体格では優っている男も追従する。


「然り、数日の内に自ら盗人を捕らえて、鎧下や剣を取り戻すは流石と言うべきであるが、金を使い切られていたは失態なり」

「アントン、ドミトリー、お前ら俺の従士(ドルジーナ)だろうが! 少しは敬えや! ユーリイも何か言ってやれ」


 先頭を歩くユーリイと呼ばれた、一行の中で一番若い少年を過ぎたばかりといった青年は、ため息を吐いた。


「……残念ながら……お二人の言う通り……かと」


 途切れ途切れだが不思議とよく通るユーリイの言葉に、イーゴルはがっくりと項垂れる。そんな彼を見たアントンは、鎖帷子(メイル)から音を立てさせながら手振りを加えて話を変えた。


「しっかし、何で急にゴブリンが村近くまでうろつくようになったんですかね? お陰で小遣い稼ぎには困らんけど」

「うむ、依頼を出した村で聞いた話では最近ゴブリンが作物を盗んだり、道行く者が襲われることが増えているという。単純に数が増えたと見るのが妥当であろうが……」


 目と口の部分だけ開いた仮面で表情が見えないドミトリーの予測に、立ち直ったイーゴルの声が被さる。


「それにしては急激に増えてる。何かの予兆じゃなきゃいいが」

「……御三方……お話はそこまでで……」


 三人の会話を中断させたユーリイが、腰の矢筒から矢を抜いて弓に(つが)えた。三人もそれぞれの武器を構える。

 ユーリイは視線の先にある茂みに向かって矢を射った。


「ギャァ!」


 悲鳴とともに茂みから矢を胸に受けたゴブリンが転がり出る。途端にゴブリンの集団が、一行を囲む形で現れた。ゴブリンらは得物を手に雄叫びを上げて、彼らに襲い掛かる。

 しかし、素早く矢を射るユーリイによって先頭から次々に射倒され、あっさりとゴブリン達は怖気づいてしまい突撃を躊躇(ちゅうちょ)してしまった。


「俺らを相手にするなら、お前らの頭領が出張るくらいはしとけや!」


 槍を右手で構えたイーゴルが、動揺するゴブリン達に突っ込み、隙の無い動きでゴブリンを貫いては捻じりを加えて引き抜くことを繰り返し、瞬く間にゴブリンの数を減らす。アントンとドミトリーもイーゴルに続いて、冷静にゴブリンを屠っていった。


 三十以上いたゴブリンは、抵抗らしい抵抗も出来ずに半分まで数を減らすと、脱兎の如く逃げ始める。

 ユーリイの追撃射撃を最後に、イーゴル達は無理に追わず、ゴブリンの死体を一つ一つを確認していった。


「死んだ振りはいないな、討伐の証拠として鼻を削いでおくのを忘れんなよ」


 イーゴルはそう言って、倒れ伏すゴブリンの鼻を短剣で切り取る。十七のゴブリンの鼻を、既に大きく膨らんでいるそれぞれの腰に下がった麻袋に詰めると、イーゴル達は帰路に着いた。


「合計討伐数四十二か、まあまあだな」

「これで少しはゴブリンも大人しくなると良いのだが」

「オイラはもうとっとと休みたいですわ」

「……寝たい」


 彼らは森を抜けて草原へと入り、やがて川が見えてくる。川の岸辺には、小舟とぼろを纏った渡し守が、彼らを待っていた。

 武装した四人全員を、舟に乗せるには重量があり過ぎるため、一行は二人ずつに分かれて乗る。

 無口な渡し守によって川を渡り終えたイーゴル達は、渡し守に渡し賃を払うと依頼主のいるデレヴニャ村へと向かう。


「イーゴル様、今の渡し守、気付きました?」


 アントンがにやっとした笑みを浮かべて、イーゴルにそう言った。イーゴルは首を傾げる。


「何がだ?」

「あの渡し守、女ですよ」

「はぁ?」

「真か、アントン。(それがし)はてっきり男と思うたが」


 イーゴルとドミトリーはアントンの言葉に否定的な態度を取るが、ユーリイはアントンを肯定した。


「……あの人は……女の人……しかも奇麗……」

「だろ! あれは男にしては細い――ってよく顔まで分かったな、ユーリイ」

「……ちょっと見えた」


 しかし、イーゴルはあまり興味がなさそうに言い捨てる。


「女っつっても、男の身なりをするような奴なんざなぁ」

「何言ってるんですかい! 身なりよりも身体でしょうが」

「アントン、悪いが某も女らしくしようとしない女はどうもな。性を偽ってはならないという神の教えにも反しかねん」

「ドミトリーもそんなことを言うか!」


 アントンの熱意も空しく、渡し守の女性の話は終わらされた。そんなことをしている間に、デレヴニャ村が視界に入る。

 村では村長や村人が歓声を上げて、イーゴル達を出迎えた。彼らはぱんぱんになった四つの麻袋を村長に見せる。


「依頼の三十以上、四十二を討伐した。少しは楽になると良いな」

「ありがとうごぜえやす。ここのところ川を越えて畑を荒らされたり、豚を盗まれることが増えて困ってたんでさ。ささやかなながら礼をさせて下せえ」


 村長はそう言って自宅へと招く。途中、家屋に繋げられた馬にイーゴルは歩み寄った。

 馬はイーゴルの愛馬で、普段は荷物を運んで貰っているが、平原などでは騎乗して戦闘を行う戦友でもある。


「おうおう、村の皆によくしてもらってたか? 飯に呼ばれたから、組合(ギルド)へ報告する為にクロムに戻るのはまだだぞ」


 そう愛馬に語り掛けるイーゴルに、村長がおずおずと尋ねた。


「イーゴル様、お噂には聞いとりますが、元々お貴族様だったというのは……」

「ああ、まあな。一応領土は残ってるが、なんせ魔王軍との戦いで土地は荒れるわ、軍費や戦後復興で金が無くなるわで大変でな。こうして冒険者として領地に仕送りしてなきゃやってられない貴族は結構多いんだよ」


 イーゴルは元はさる国の貴族の長子だったが、八年前まで続いていた魔王軍との戦いで領土が荒廃し、当主である父に頼まれ、自身の従士(ドルジーナ)を連れて冒険者として出稼ぎに出たのだった。

 なおイーゴルの父が持つ従士団からも、多くの者がイーゴルと同じように冒険者として、或いは傭兵団として出稼ぎに出ている。

 このような貴族の出稼ぎ行為は、この世界ではよく見られるものだ。


「そのう……今更ながら、儂らの礼がイーゴル様のお口に合うかどうか……」

「いいっていいって、冒険者稼業の間に何でも食えるようになったからな。何ならニシンの塩水漬けでも食って見せようか? 匂いは凄いが中々食えるんだぞあれ」


 恐縮する村長にイーゴルは快活に振舞う。村長宅に入った一行は、兜を脱いで料理が並ぶ机の前に座りありがたく温かい食事を頂く。なおドミトリーだけは、何故か兜を脱がず仮面越しの食事である。


 通常は薪の節約や、保存の観点から一度に大量に硬く焼くため、農村では高級品である柔らかい白パンをはじめ、本来は都市に出荷するだけで、村内で食べられる事は少ない豚肉を煮込んだ物や、根菜中心のスープなど、村が精一杯揃えたであろう料理を楽しんだ。食事を終えた一行は、兜を被り出立の準備をする。


「うまかったよ。今度は依頼じゃなくて寄り道で来たいもんだな」


 イーゴルは屈託のない笑みを浮かべながら村長にそう言うと、村人達の見送りを受けながら愛馬と従士達を連れてデレヴニャ村を出た。彼らは依頼達成の報告をするべく、冒険者組合(ギルド)のある町クロムへと向かう。


 村からはクロムに程近いため、一刻も経たずにクロムに着いた。一行は真っ直ぐ、町の中心地にある組合(ギルド)本部へ赴く。

 本部といってもあくまでこの都市の本部であって、組合組織(ギルド)の本部は各都市に存在している。そして、それらはそれぞれ独立しており、同業者として横の繋がりはあっても、組織として繋がっている事はほとんどない。


 冒険者組合本部が入る建物は、外壁が漆喰で仕上げられた木造建築で、同じ中央地区に建つ大聖堂や市庁舎に劣らぬ大きさから、その影響力の高さが窺える。

 イーゴル達がその組合本部へ入ると、大勢の冒険者が生む喧噪に包まれた。槍や剣に弓などの得物を持つ者達だけでなく、宝玉が埋め込まれた杖を携えた魔術師と見られる者の姿もある。

 入口に程近い受付の一つに、イーゴルはゴブリンの鼻が詰まった袋を積み上げるとともに、村長の署名入りの依頼書を出して、目付きの悪い受付の男に言う。


「デレヴニャ村からのゴブリン討伐依頼を完了した。討伐数は四十二だ」


 それまで書類に向かっていた受付の男は、イーゴルの顔と膨らんだ麻袋をじろりと交互に睨んだ。だが、その態度とは裏腹に、素早くかつ丁寧な手付きで袋の中身と依頼書を確認し、依頼書に印を押す。


「依頼の完遂を確認した」


 ぶっきらぼうに、貨幣が詰まった袋が受付に置かれた。イーゴルがそれを掴むと、受付の男はイーゴルから書類に視線を移して、事務作業に集中する。男の態度にイーゴルは何とも思わず、背後で待っていた三人に袋を見せつけ、笑みを浮かべた。


「これで都市貴族から依頼が入るまでは、何とかなるだろうな」


 組合本部を後にしようとしたイーゴルらだったが、背後から女性の声が掛かる。


「イーゴル! ちょっといいかい?」


 恰幅の良いその女性はクロムの組合(ギルド)唯一の受付嬢だ。彼女以外の組合に勤める女性は全て事務員であり、冒険者達と顔を合わせる事はまずない。

 だが、若くて細い女性に受付を入れ替えろという不満を、誰も表立って漏らす事は出来なかった。イーゴルとて竜の尾を踏む趣味は無い。


 右目に眼帯を付け、あちこちに傷痕を持つ元冒険者の受付嬢は、イーゴル以外の男全員から視線を逸らされている事に気付き、小さく溜息を吐くと改めてイーゴルに向き直る。


「組合のお偉方が、アンタに頼みたい事があるみたい。着いといで」


 半世紀は生きた者にしては、衰えが無さ過ぎる筋肉を纏った足をのっしのっしと動かして、受付嬢はイーゴルを先導していく。

 イーゴルは逃亡を図ろうとしたアントンの首根っこを掴み、ドミトリーとユーリイと共に彼女の背後に続いた。



ドミトリーの仮面兜イメージ

https://www.youtube.com/watch?v=qEiMR87uP9k

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