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十九話 抗戦

 

 投石機の攻撃とナリカラ軍の兵力を前に、ザリャン氏族が降伏するかと思われたその時、怒声が響いた。


「貴様ら、何をやっておるか! バガラン将軍の仇を討とうとは思わんのか!?」


 ザリャン氏族軍を率いていると思しき、鱗鎧(スケイルアーマー)姿のゴブリンが叱咤の大声を上げる。


「将軍を討ったナリカラ総督に一矢報いる事もせずに降伏しては、バガラン将軍の名に泥を塗ることになろうぞ!」


 この叫びに武器を捨てたザリャン氏族のゴブリン達もハッとし、地面に転がる己の得物を拾い上げた。鱗鎧(スケイルアーマー)のゴブリンが剣を振り上げて駆け出す。


「我に続け! バガラン将軍の元で会おう!」


 これにザリャン氏族軍は、士気を持ち直して数に勝るナリカラ軍へ突撃を開始した。


 一方でナリカラ軍を率いるイルムは顔を歪める。被害無しで敵軍を丸々降伏に追い込めそうだったところを、敵将が上手くバガランの威光を使って徹底抗戦の空気に変えられてしまったのだ。

 死して尚、ザリャン氏族の名将の存在感は大きい。


「厄介だな……とはいえ一度は降伏する気だった軍、兵を煽る敵将を討てば崩せるかな」


 イルムはそう呟くと、自身が跨る一ツ目馬を前へ進める。その間にも、既にクムバト指揮下の部隊で構成されたナリカラ軍前衛は迎撃を行なっていた。


「弓隊放て!」


 今やナリカラ軍副将となったクムバトの命令に、弓を構えるゴブリン達が一斉に矢を射る。だが、矢の雨を受けたザリャン族は犠牲を出しながらも、怯まずに意地で突き進む。


 イルムがナリカラ軍の前衛まで馬を進めると、どこからともなく一ツ目馬を走らせるアミネが顔を出した。


「イルム様ー、投石機は誤射の可能性から射撃を止めましたー。それと右翼のゲガルクニク殿が前進させろとうるさいです。スピタカヴォル殿は素直に左翼で待機してますが」

「あー、分かった。ゲガルクニクに前進許可を、側面を強襲させて」

「はいー」


 生返事をしながら、アミネは馬首を返して走り去る。そうこうしているうちに、ナリカラ軍前衛とザリャン氏族軍が衝突した。


 ナリカラ軍前衛の中央は長槍兵で占められ、槍の壁を形成して敵を寄せ付けていない。すると両側面に敵兵が流れて回り込みを図る。

 だが、長槍兵の側面には手槍と盾を持つゴブリン達が備えていた。


 イルムは先のバガラン将軍との戦いで、長槍兵は側面が脆弱ということを知り、その戦訓から練度の低い兵を正面から敵を受け止める長槍兵とし、戦士や実戦経験を積んだ民兵を重装歩兵として側面を固める編成を採用したのだ。

 重装歩兵といっても、盾はともかく鎧の配備が全く間に合っておらず、実態はただの歩兵だが。


 ザリャン氏族軍は遮二無二に突撃するが、ナリカラ軍はそれをよく受け流している。やがて、その光景を眺めているイルムの耳に、ナリカラ軍右翼より上がった雄叫びが届く。


 視線を右に動かすと、ゲガルクニク率いる二百五十の軍勢が、ザリャン氏族軍を側面から襲い掛かっていた。長柄斧を振るうゲガルクニクに続いて、ゴブリンの戦士達が、手斧や剣をザリャン氏族ゴブリンに叩き込む。

 だが、側面を突かれてもザリャン氏族軍は統制を保ち続けていた。


「者共死ねや死ね! バガラン将軍の元へ逝く時の道連れが多ければ多いほど将軍が喜ぶぞ!」


 鼓舞で兵を死兵にさせようと、声を張り上げる敵将を見つめていたイルムは、腰から剣を引き抜くと一ツ目馬の腹を蹴る。そして右翼側へぐるりと迂回して、ゲガルクニクの手勢に紛れ込んだ。


「うぉっ危ねぇ! って、総督!?」

「なんでうちらの総大将がこんなところに!?」


 イルムは驚くゲガルクニク勢のゴブリンの間を縫って、ザリャン氏族軍に切り込む。馬脚で前に立つ敵を蹴り飛ばし、右手側の敵をすれ違いざまに斬りつける。


「ナリカラ総督のイルム! 敵将、勝負しろ!」


 イルムは鱗鎧(スケイルアーマー)の敵将へ鮮血が滴る剣の切っ先を向けながら、そう叫んだ。イルムの声を聞いたゲガルクニクが、何故ここにとばかりに目を見開いてイルムへ顔を向ける。

 敵将もイルムの姿を認め、驚愕した様子で大口を開けた。が、(かぶり)を振って平静を取り戻す。


(おご)ったか! 望み通り、このアフタラが相手をしてやる!」


 アフタラと名乗る敵将が剣を掲げてイルム目掛けて突進する。さらに周囲のザリャン氏族ゴブリンが彼に続いた。


「助太刀参る!」

「将軍の仇、ナリカラ総督だ! 討ち取れぃ!」

「野郎ぶっ殺してやる!」


 殺到するゴブリンの群れに、イルムは馬を突っ込ませて蹴散らそうとするが、流石に数が多い。

 肉壁で勢いを削がれ、乱戦に持ち込まれてしまった。慌ててイルムは鞍から飛び降り、剣を振り回しながら愛馬を味方に任せる。


「一騎討ちでなくて悪いが、これは決闘ではなく戦さ故、恨まないでもらおうか!」


 そう言ってイルムの目の前に現れたアフタラが斬り掛かってきた。イルムはこれを剣で受ける。

 体格は細身のイルムでも優っているが、アフタラはゴブリン故の低身長というだけで、腕力を始めとする肉体の逞しさはイルムを超えていた。

 剣をぐぐっと押し込まれ、体勢を崩しかけたイルムは思わず歯を食い縛る。やがて、拮抗状態から徐々に押されているイルムの元へ、一人のゴブリンが駆け付けた。


「何をやってんだか……オルベラ支族が一人、ゲガルクニク助力致す!」


 ぼやきながらも敵兵を屠って、ゲガルクニクが名乗りを上げる。イルムの周囲は、イルムを討ち取ろうと群がるザリャン氏族兵と、それを妨害しようと躍り込むゲガルクニクの手勢が入り乱れており、混戦の様相だ。

 結果的に、イルムと敵将の一対一が成立したまま戦闘が続いている。


「バガラン将軍を討ったという割には大した実力ではないな、騙し討ちでもしたのか!」


 そう怒鳴るアフタラに、イルムは口をへの字にした。


「降伏勧告の矢文に、正々堂々の戦いだったってこっちの捕虜になった将軍の配下の署名があったでしょ、ちゃんと今みたいに一騎討ちだよ」

「ほざけ!……何だ!?」


 言い合いながら鍔迫り合いをする二人だが、突如としてアフタラの背後から喊声(かんせい)が上がる。アフタラは思わず、それが響く方へ首を回し状況を探った。その時、ザリャン氏族兵からの凶報の叫びが聞こえてくる。


「敵襲! 敵襲! 我が軍の右翼と後方より敵襲!」


 スピタカヴォル率いるナリカラ軍左翼と予備として後方にいたノリスの軍勢が、ザリャン氏族軍右翼とその後方に回り込んでいたのだ。


 ――本当は両翼同時包囲の予定だったんだけれど、ゲガルクニクが逸るから、ばらばらな攻撃になっちゃったや。まぁ結果が良ければ良いか。


 そんなことを頭の片隅で考えながら、イルムはにやりと笑う。


「決闘ではなく戦さ故、恨まないでもらおうか」

「おのれ!」


 アフタラは慌ててイルムに向き直るが、イルムは左に剣を下げて相手の剣を滑らせる。つんのめって前屈みになったアフタラは、すぐさま剣を逆袈裟斬りに振り上げ、隙を突こうとしていたイルムを退けた。


「包囲されようと知った事か! 貴様を討てばそれで良いわ!」


 そうアフタラが吠えた瞬間、横合いから斧の刃が突っ込む。


「チッ、寸での所で」


 長柄斧を振り抜いたゲガルクニクは舌を鳴らした。大きく切り裂かれた鼻を血だらけにしたアフタラが、仰け反りを直し、乱入してきたゲガルクニクを睨み付ける。

 ゲガルクニクは斧を振り抜いた勢いを殺さずに、そのまま身体を半回転させてアフタラへ向き直った。


「邪魔をするな!」

「戦さ場で邪魔も糞もあるか」


 長柄斧が地面を抉りながら振るわれる。飛び散った土がアフタラの顔にぶつかり、視界を遮った。


「ぬっ!?」


 慌てて目を(こす)り、閉じていた瞼を無理矢理開くと、再び刃がアフタラの目の前にあった。


 頭と胴体が別れた鱗鎧(スケイルアーマー)姿のゴブリンが地面に崩れ落ちる。鮮血を滴らせる長柄斧を担いだゲガルクニクは、ふんっと鼻を鳴らした。

 途端、周囲のナリカラ軍ゴブリンが口々に叫ぶ。


「敵将、“向こう傷”のゲガルクニクが討ち取ったり!」



 ナリカラ軍のゴブリン達が、ザリャン氏族の将を討ち取ったと戦場に触れ回ると、ザリャン氏族軍は戦意を喪失して降伏した。包囲されつつある状況で将を失っては、当然の結果と言える。


 しかし、その一方で――


「イルム様ー、捕虜の虐殺をやらかした連中は一応拘束しておきましたー」


 両翼から包囲の形を成していたナリカラ軍だったが、戦闘の混乱の中で投降の意を示したザリャン氏族を殺してしまう事例が発生していた。アミネがナリカラ総督副官として、その対応をイルムに尋ねる。


「処刑しときます?」

「……まだナリカラ軍を建軍して間もない。今後の規律、統制の為にも首を刎ねておきたいけれど、軍の規則が浸透していたとは言えないし……」


 イルムも綱紀粛正を優先するべきか、魔族への反発が起きないよう大目に見るべきか迷っていた。


 なお、投降した者や捕虜を殺害してはならない理由は、倫理観によるものではない。

 魔族においては捕虜を奴隷という安価な労働力として使うため、捕虜はなるべく殺さないようにしているし、人間達の間では捕虜の一族から身代金を得るために相手をなるべく捕虜にするというのが一般的である。

 要は捕虜は富を生むための商品なのだ。商品を傷付けるようなことがあってはならないという意味で、捕虜虐殺が原則禁じられているに過ぎない。


「うーん、やっぱり始めが肝心。見せしめに吊るそうか、解体途中の投石機を臨時の絞首台として使おう」

「さいですかー」


 こうして全軍が見ている中で、三十三人のゴブリンが絞首刑に処された。

 腕を縛られたゴブリンが、一人づつ首に縄をかけられ、半ばまで解体して足と軸だけになった投石機に吊るされる。

 処刑されたゴブリンの多くが、ノリスの配下ということから、ザリャン氏族に対する恨みがまだ消えていないことが察せられた。


 縄が一ツ目馬によって勢いよく引かれ、その縄をかけられたゴブリンが絶命するなり、その遺体が降ろされては次の者が吊るされる光景を、無感動に眺めていたイルムは独り言ちる。


「バガラン将軍との戦いで、ザリャン虜囚兵はほぼ全滅した。それで溜飲が下がったかと思っていたんだけれど……兵糧調達の際に狼藉を禁じられて、鬱憤が溜まっていたのかな? 難しいなぁ」



 イルムは軍の引き締めを終えると、西へ向けて軍を出立させた。目的地はナリカラ北西部の主要都市ディアウヒである。


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