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十八話 ナリカラ軍

 

 斜めに交差した赤十字を黒地の上に描いた旗がたなびいている。イルムが創設した総督府直轄の軍、ナリカラ軍の軍旗だ。

 斜交赤十字はゴブリン達が信仰するオルソド教を意味し、古くは統一王国時代の旗にも使われた。そして黒地は魔族の支配下にあることを表している。


 その旗を掲げて進軍するナリカラ軍は、オルベラ氏族五百とオルベラ支族七百を合わせて千二百。

 ここまでの兵力を揃えられたのは、バガラン将軍という脅威が消えたことで、防衛にあまり気を使う必要が無くなったことが一つ。

 もう一つに、東のカシィブ公領との貿易が再開されて、ソハエムスの経済がようやく平常に戻って来た為、兵を大規模に召集する財政的余裕が出来た事が大きい。


 (ちな)みにそれまでの軍費などは、イルムがナリカラ入りの際に持ち込んだ私財が補填として投じられていた。

 ナリカラ総督に任じられる前まで受け取っていた魔王軍からの年金や、カシィブ公からの支度金などで構成されていたそれは、今ではすっかり減ってしまっているが。


 そのナリカラ軍は今、北のスブムンド公領との国境に居座り続けるザリャン氏族軍千五百を討伐せんと北上していた。長大な行軍の列中央には、一ツ目の老馬に跨るイルムがいる。

 しかし、その顔は晴れないものだった。


「兵糧が足りるか微妙って……幸先悪いなぁ。大軍の維持がこんなにも大変だったなんて……」


 ソハエムスを出立してから四日後、ザリャン氏族の陣営に到着する前にナリカラ軍の兵糧が底をつくかもしれないという報告がイルムの元へ上がったのだ。

 当然、ナリカラ軍は持てる限りの物資を抱えていた。荷物を積んだ毛長山羊や猪豚をぞろぞろと連れたゴブリンの群れに混じって、もこもことした毛に覆われたずんぐりとした牛が牽引する小さな荷車もある。


 だが、既に個人で運ぶ兵糧の多くは食い尽くされ、ソハエムスで掻き集めた百台もの荷車の中身も大半が食料以外の物資が占めており、ナリカラ軍が保有する食料は残り少ない。


「こうなると、もう現地調達に頼るしかないか」


 イルムはノリスとその手勢に偵察を兼ねて食料の調達を命じる。調達方法は原則をイルムが定め、委細はノリスに任せるとの内容だった。

 仕方がないかという諦めの表情で、命令を受けたノリスは自身の手勢を率いて先行していく。


 その日以降、ナリカラ軍の進軍する先々の村では食料のほとんどを強制的に徴発され、困窮するゴブリンが溢れるようになる。

 このような光景は、輸送技術や兵站組織が未発達なこの世界ではよく見られるものだったが、一つだけ決定的に違うところがあった。

 強引な接収や多少の暴力はあっても、焼き討ちや虐殺を伴う略奪はあまり行われなかったのだ。


 統治の面から無闇に自領を荒らすわけにはいかないというイルムの判断と、できれば同族の民を殺したくはないというノリスの意思が噛み合った結果である。

 ノリスの兵だけに調達を行わせたため、少数故に兵の暴走を抑えやすかったというのも大きいだろう。


 こうしてナリカラ軍は、何とか十分な食料を確保しつつ、スブムンド公領との国境に近い場所までたどり着いた。



「ザリャン氏族の軍は散らばっている?」


 斥候の報告を受けたイルムはそう呟く。報告によれば、ザリャン氏族の軍勢は、ひとかたまりにならずに各地へ分散していて、現在はナリカラ軍接近に反応してか、集結しつつあるという。


「まあこっちも軍の維持に苦労しているんだ、向こうも散らばっていないと飢えてしまうんだろうね」


 さらに長期間の駐留で、徴発や狩猟だけでは十分な食料を確保し続けられず、兵の士気が落ち、脱走も起きているらしいとのことだった。

 ザリャン氏族軍に徴発、略奪を受けてきた周辺の集落も、オルベラ氏族ゴブリンとしてナリカラ軍に協力的であり、物資は無理でも情報の提供は積極的に行われている。お陰で労せずにザリャン氏族軍の動向が、筒抜けの状態となっていた。


「ふーん、勉強になるなぁ。軍隊って一か所に留まっているより、移動してる方が楽なんだ」


 そうぽつりと漏らすと、イルムは全軍に戦闘の用意をするように命じ、書状を(したた)める。その内容は降伏勧告も同然のものだった。


 斥候により書状が矢文としてザリャン氏族軍に届けられた日の翌朝。両軍は丘が点在する開けた平地で対峙した。

 ザリャン氏族の軍勢は、丘の上に布陣しているが、その数は当初より大きく減らしている。


 イルムの書状の中にはもちろんバガラン将軍の死も書かれていた。ザリャン氏族軍の動揺は大きかっただろう。

 内容を否定したくとも、すぐそばまでに敵の大軍が迫っているのが何よりの証拠。


 更に彼らの中には、スブムンド公領とオルベラ氏族の連絡を断つのが主目的であって、戦闘はほとんどないと油断していた者も多かったに違いなかった。

 そういう弛緩(しかん)した空気のある軍が、突然のことに狼狽(ろうばい)するのは無理もない。


「千もいないかな? まあ兵糧不足に加えて孤立無縁の状態で大軍と戦うとか、そりゃ誰でも逃げたくなるよね」


 ザリャン氏族軍は九百以下にまで数を減らし、士気も低い様子なのは遠目でもよくわかる。隊列は整っていない上、兵が動揺しているせいかやけにざわざわと(うごめ)いているのだ。


 馬上のイルムへ、近付いたクムバトが下から問いかける。


「ひと突きで崩せそうですが、如何なさいますか?」

「例の新兵器だけで充分だと思う、何発か打ち込んだら投降を呼びかけよう」


 イルムはそう答えて、視線を前方のザリャン氏族から自陣の前衛に移す。そこでは、いくつかの木材を組み合わせた構造体が形を成しつつあった。


 まず、三角形に(そび)えるものが二つ。それが足として支えているのは、三角形の頂点に通る軸だ。

 軸には、大きな投石紐(スリング)を先端に持つ長い丸太が取り付けられ、軸側に飛び出た先端には、横向きに付けられた短い丸太に何本もの縄が垂れ下がっている。


人力式投石機(ペリエ)の御披露目だ。わざわざソハエムスで作らせたものを分解してここまで運んで来たんだ、敵にも味方にもナリカラ軍の力を思い知って貰おうか」


 組み上がった投石機に、ナリカラ軍のゴブリン達が石を装填し、敵に背を向ける体勢で垂れ下がる縄を両手で握った。


「放て」


 イルムの短い命令を受けて、縄を握るゴブリン達がせーのと掛け声を上げながら思い切り縄を引く。引っ張られて下へ下がった軸側とは反対に、投石紐の付いた先端側が、テコの原理で勢いよく跳ね上がった。

 遠心力が込められた投石紐から石弾が放たれ、ザリャン氏族が陣を敷く丘の麓へ着弾する。石弾は土煙と土砂を巻き上げて、地面にめり込んだ。


「距離修正、次は当ててね」


 両軍の兵士達がその威力にどよめく中、イルムはそう事も無げに言う。

 次弾が放たれるも、これもザリャン氏族軍の手前に落ちた。しかし、命中はしていなくともザリャン氏族ゴブリンは怯えた声を上げる。

 そして、今度こそはと発射された石弾は、ようやくザリャン氏族軍の左翼側に着弾。直撃したゴブリンを潰れた肉塊に変え、衝撃で散らばる小石や土塊が周囲のゴブリンを殺傷した。


 動揺を大きくさせたザリャン氏族軍を見つめるイルムは、右手を掲げると一拍置いて、振り下ろす。それを合図にナリカラ軍が前進を開始した。

 ナリカラ軍が進む間にも、投石機は岩を敵目掛けて飛ばす。対するザリャン氏族軍は既に恐怖で統制を失いつつあり、武器を捨てて逃げ出そうとする者もいた。


 するとナリカラ軍の前衛が、事前に決められていた言葉を一斉に叫ぶ。


「降伏せよ! 降伏せよ! さすれば命は助かるぞ! 降伏せよ! 降伏せよ!」


 その声と同時に投石機もナリカラ軍も動きを止めた。異様な静けさが訪れ、沈黙が辺りを支配していたが、やがてザリャン氏族軍の中から武器を投げ捨てる金属音が鳴り始める。


「元は千五百だった軍勢も呆気無いもんだね、敵地に孤立することは想像以上にきついのかな」


 若きナリカラ総督は、誰に聞かせるわけでもなくそう呟いた。




投石機ペリエの再現動画

https://m.youtube.com/watch?v=wfzFnLOpZYM


作者が投石機の中には人力で発射するタイプがある事を初めて知ったゲーム。投石機は1:27から

https://m.youtube.com/watch?v=Hj9g7z00HN8


(Total Warシリーズは良いぞ)

https://www.youtube.com/watch?v=2qWAMAfqJEk

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