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十七話 フウト

 

 カシィブ公領の空を一羽の(カラス)が駆ける。

 砂と岩だらけの地を飛び続けたその烏は、やがて日干し煉瓦を積み上げて建てられた建造物群が詰まった大都市を視界に捉えた。

 城壁を飛び越えると途端に、建ち並ぶ建物の間に緑と水が溢れる空間が広がる。


 カシィブ公領最大の都市、フウトだ。


 烏は大都市の中央に(そび)える、宮殿としか言い様がない巨大な建造物目掛けて突っ込む。そしてせり出したテラスの欄干に降り立つやいなや、ガァガァと騒ぎ出した。


「アミネの伝書烏か、意外に彼奴(あやつ)はまめなのだな」


 テラスへと歩み寄ったのは、白い巻衣を身に纏った蛇人間だ。彼の名はへファウ。魔族五公の一角、カシィブ公の代官としてフウトを治める者である。

 ヘファウは烏の脚に結び付けられた紙片を、鱗に覆われた手で解いて開くと、亜麻製の紙に書かれた文に目をゆっくりと歩かせた。


「ほう、悪くない報せだ」

「何がだ」


 ヘファウは背後から掛けられた声に驚き、ばっと振り向く。

 そこには癖の強いくねくねとした髪をだらしなく垂らす青年が立っていた。よく見れば肌の所々に鱗が現れ、目も蛇そのものである。


「ア、アポピス殿下……」


 魔王の第三子にしてカシィブ公の甥、アポピスを前にヘファウは慌てて跪く。


「父上が俺を後継者に指名する前に崩御されて以来、良い報告なんぞ一つも聞いた事が無いのだが……ええ?」


 その低い声に、蛇人であるヘファウは汗腺を持たないにも関わらず、かく筈のない冷や汗をかいた気がした。

 アポピスは目をカッと開くと、怒りを隠さず怒鳴り始める。


「クソ親父が! 根回しや準備を進めていたのに、それが実る前に死にやがって! 俺に継承権をくれてから死ねってんだ! お陰で役立たずの五公会議に命運を託さなきゃならない羽目になっちまった!」


 一度息を吸うため怒鳴り声を止めると、呼吸とともに怒りの気配を消した。

 ヘファウはいつもこれが恐ろしかった、激怒からの冷静さがあまりにも掛け離れているから。


「叔母上もヴルカーン公を説き伏せるのに難儀しているとか、人間共も小癪な奴原(やつばら)のせいで勢い付いている。そんな中で良い報告とは何だ? ヘファウ」


 ヘファウは震え上がりそうな自分の体を見事に抑え込むと、恭しく手に持つ紙片を捧げた。アポピスは紙片をさっと取り上げ、内容を素早く読む。


「ふん、単眼巨人(キュクロプス)製の武具か。それに俺の魔王への推挙を何らかの形で援助ねぇ……」


 確かに悪くないといった風体でアポピスは口角を上げる。


「何らかの形って曖昧さ、資金か軍か? どうとでも取れるが、こっちが吹っかける事が出来る一方で向こうもケチれる文面だ。イルムも案外やるな」


 ヘファウは驚愕した。アポピスがイルムについて口にするのは初めてだったからだ。

 アポピスは紙片を丁寧に畳むと、呆然としていたヘファウへ差し出す。


「叔母上に転送しろ、俺も乗り気であると付け加えてな。キュクロプス製武具購入の予算も今の内に見積っておくか」


 魔王軍主計長官として魔王軍の財務を取り仕切るアポピスは、そう言ってキシシと気色悪く笑った。




 アポピスが去って行った後、ヘファウは大きく息を吐いて緊張を追い出す。

 彼は立ち上がって窓際の机に向かい、アポピスの言った通りに紙片へ文章を付け足していった。


 紙片への書き加えを終えると、自分が持つ伝書烏の脚にその紙片を結び付けて、窓から飛ばす。その姿を見送りもせずに、彼は机の隅に積み上がっている報告書の山へ手を伸ばした。


「ふん、人間共は相変わらずか。諸都市の防衛は然程問題無いが、後方に潜り込む騎兵が厄介だ。何とか一網打尽にしてやりたいのだがな」


 カシィブ公領に侵攻する人間諸国は、その多くが都市国家の同盟軍や半遊牧半定住の部族連合である。


 都市国家群は、奴隷に俸給を与えて忠実な兵士に仕立て上げた奴隷軍人を活用する事で、この世界では珍しい常備軍を保有する事に成功しており、量と質を両立させた脅威的な軍事力を持つ。

 一方、砂漠の諸部族は部族民騎兵が主戦力だ。諸部族は各地にある集落を季節毎に遊牧して回りながら交易を営むと同時に、商売敵に対する盗賊行為で生計を立てている為、彼らは実戦経験豊富な騎馬戦士として神出鬼没の奇襲を得意とする。


 カシィブ公領はこれら砂漠諸国の侵攻に対し、防戦一方であった。国境地帯の都市が都市国家群の軍勢に包囲されては、カシィブの解囲軍が部族連合軍の妨害に頭を悩ませながら、包囲をこじ開けるという事の繰り返しである。


 特に問題になっているのが、諸部族騎兵による後方浸透だ。

 村々が襲撃されたり隊商(キャラバン)が壊滅するなどの被害はまだ良い方で、酷い時には隊商が町に入る瞬間を狙って奇襲し城門を強引に突破、守備隊が駆け付ける前に町中を散々荒らし回った挙句、火を放って逃げて行くという事まである。


「連中の所為で隊商も護衛が手放せん。おまけに護衛はゴブリンに頼っている始末だ。ザリャン氏族め、大安売りしおって」


 最近のカシィブ公領の隊商は、それまでの自衛や護衛に加えて、ゴブリンの傭兵を雇う様になっていた。

 隊商からすれば、諸部族騎兵を相手にするとなると護衛はいくらいても不安になるし、ゴブリンの傭兵はかなり安上がりで大勢雇える。その上、ゴブリンが居ると数が多いからか不思議と襲われにくくなったと噂が立ち、ゴブリンの傭兵は随分と人気になっていた。


「全く、やってくれる。カシィブ公領の富がゴブリンの傭兵を通してザリャン氏族に流れ、その資金が人間諸国に流れる。そしてその金で維持される軍に脅威を感じて隊商がゴブリンを雇う。舐めた真似をしてくれるではないか」


 ヘファウは溜息と怒りを吐く。カシィブ公領の上層部は、既に東方砂漠の人間諸国が攻勢に出た裏を把握していた。

 が、かといって黒幕であるザリャン氏族と敵対するという訳にもいかない事情もある。

 今敵対してしまうと、隊商の護衛となっているゴブリン傭兵が全て敵に回り、カシィブ公領は外だけでなく中からも攻められる事になりかねないのだ。


「これを解決して下さるやも知れぬイルム殿を御助けしたいのはやまやまだが……戦力に余裕がな……」


 どうしたものかとヘファウが途方に暮れていると、突如として入室者が現れた。断りを入れてから部屋へ入って来たのは、ヘファウと同じ蛇人間である。


「ヘファウ様、ヌブの国より使者が来ております」

「分かった。直ぐに行く」


 気持ちを切り替えたヘファウは、使者を出迎えに向かった。


 使者が待つ貴賓室へ入ったヘファウは、笑顔で使者へ話し掛ける。


「大砂漠を越えてよくぞいらっしゃった。皇帝陛下は御変わりありませんか?」


 椅子から立ち上がった()()()()()()()()()()は、裏表の無い笑みを見せながら、「ええ」と返した。そして一度窓へ視線を移す。


「隊商はいつも通りです」


 その場からは見えないが、窓の外に広がるフウトの街並みよりも更に向こうの砂漠で、砂丘に隠れて荷物を満載した駱駝(ラクダ)の大群が(たむろ)っている。綿布に包まれた駄載物はどれもずっしりと重そうな雰囲気だ。


「今回の荷は金百五十頭に銅二百頭、綿が三百頭となっております」


 使者の言葉にヘファウは破顔すると、冗談めかして言う。


「相変わらず素晴らしい、流石は(ヌブ)の国ですな。こちらからの武具防具を始めとする金属製品が、貴国の御期待に添えられるか不安になりますよ」

「御謙遜を。我が国は金属加工に必須の燃料となる木材に恵まれていませんので、貴国の金属製品は大変有難いですとも」

「そう仰って頂けて幸いです。ささっどうぞ御座り下さい」


 カシィブ公領においてヌブの国と呼ばれている大国、マンデ帝国の使者は、ヘファウの言葉に腰を下ろした。


 (ヌブ)の国という俗称の通り、金を筆頭に貴金属が豊富なマンデ帝国は、カシィブ公領の東に広がる「死の砂漠」を越えた所にある。

 カシィブ公領やその南の人間諸国は、東方砂漠という砂漠地帯に存在するが、砂漠と言っても砂ばかりというわけではなく、河川やオアシスによって農耕可能な土地も多い。

 だが、東方砂漠から更に東の「死の砂漠」は、砂と岩ばかりの不毛な地で、その名の通り身一つで放り出されれば確実に死ぬ、過酷極まりない場所だ。


 そんな砂漠を超えた先にある大帝国マンデは、駱駝を使用した隊商貿易で、各地に金を齎す国として知られている。

 それらの金は、東方砂漠の国々どころか西方の人間諸国まで、金貨の材料として輸入しており、彼の国を実際に訪れた者が極端に少ないにも関わらず、マンデ帝国の知名度は異様に高い。

 魔族とまで貿易を行っている事を知る者は、カシィブ公を始めとする極一部の魔族だけだが。


 ヘファウと使者がお互いに腰を落ち着けて、たわいない会話をしていると、やがて使者がヘファウへ一つ問い掛けた。


「ところでヘファウ殿、我が国から派遣された学者達は変わりありませんか? 何か御迷惑にはなっておりませんでしょうか?」


 彼の言う学者達とは、マンデ帝国よりカシィブ公領へ留学に来ている者達の事だ。

 マンデ帝国には交易と学問が盛んな都市があり、そこには東方各地から学者や文化人が集まっているのだが、一方で生まれ育った都市の外へ出て学ぼうとする者も多い。

 カシィブ公領にも、魔族の知識や技術などを求めてやって来た学者が大勢いる。


「迷惑などとんでもない。寧ろ我々が学ばせて貰っている様なものです。学問の聖地から来られた方々は流石としか言いようがありません」


 ヘファウは半分世辞、半分本気で使者の問いに答えた。東方の知の全てが集まると言われる学問都市の名声は伊達では無いと、ヘファウは学者達と触れ合う度に感じている。


「それは良かった。そちらに任官する者も多いとは思いますが、彼らの働きぶりはどうでしょうか?」


 留学に来た学者達とはいえ、当然生計や諸経費の為に稼がねばならない。幸いと言うべきか識字、計算といった能力は特殊技能として重宝される故に、彼らは官吏として高給で雇われている。


「……素晴らしいものですとも、ええ、もちろん」


 一瞬言い澱み、笑みを僅かに引攣(ひきつ)らせながらも、ヘファウは内心を隠し切った。


 ――有能ではあるのだが……少々な……いや彼らこそがあるべき官吏の姿なのだが。しかしな……そうだ!


「その学者らの事ですが、一つよろしいでしょうか?」


 この時のヘファウの提案は、後々イルムへ大きな影響を与えるのだが、当然本人は知る由もなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 各地にきちんと文化があるのが読んでいて面白いです。 色々と想像が膨らみますね。 [気になる点] >文に目をゆっくりと歩かせた 丁寧に文章を読んだという意味だと思うのですが、目を「走らせる」…
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