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十六話 建軍

 

 バゼー修道院を包囲していたバガラン率いるザリャン氏族軍は完全に崩壊した。


 追撃も終えて軍を集合させると、今後の協議を行う為、イルムらは修道院へ入る。石垣や修道院の至る所に、刀傷や突き刺さった矢など戦闘の痕跡が生々しく残っているが、誰も気にせずに修道院の一室へと向かう。

 かつてザリャン氏族の追撃を撃退するために協議を行った一室に、再び同じ面々が車座に座った。


「イルム様がソハエムスへ行く前に渡して来た箇条書きの指示書、案外役に立ちましたねー。包囲されたら援軍が来るまで耐えてから一点突破ってやつと馬車に兵を載せるやつ」

「案外って……まあ、ちゃんとあの羊皮紙(メモ)を読んでくれてたのは助かったよ」


 主従の二人は常の態度で腰を下ろす。


「一時はどうなることかと思いましたが、まさかバガランを破ってしまうとは。これでようやく落ち着けますわ」


 鎖帷子(メイル)も脱がずにどかっと座ったノリスは、喜色満面にそう言う。クムバトも屈託のない笑みを湛えた。


「最大の懸念であったバガランの軍が消滅したことで、時勢は一気にこちらへ傾くでしょう。オルベラ支族の軍勢も数日の内に到着しますし、スブムンド公領との国境(くにざかい)に居座るザリャン氏族はこれで孤立無援、最早千五百といえども恐れるに足りません」


 万事上手くいくといった風で明るい顔の二人だが、次のイルムの言葉に一瞬固まる事になる。


「うん、それでこれからは西部のエグリシ氏族と連携しようと思うんだけれど」


 イルムの発言にぴしりと固まったノリスとクムバトの両名は、はっきりと表情には出さないものの難色を示した。


「そ、それは……」

「……時期尚早かと、エグリシ氏族はザリャン氏族と敵対しているとはいえ、魔族との距離も近いとは言えません。まずはオルベラ全体を纏め、ザリャン氏族に対抗しつつ情報を集めてから接触するべきと考えます」


 これにイルムは苦笑する。


「そんなにオルベラ氏族が主導権を握れなくなるのが嫌かい?」


 ノリスとクムバトは押し黙った。つまりはザリャン氏族制圧後の権力拡大を狙っている以上、エグリシ氏族に手柄を得る機会を奪われたくないということだ。

 イルムは表情を消して、冷えた声を出す。


「ナリカラ総督の任務はナリカラの安定した統治、それも早急の安定化だ。分かるよね?」


 暗に自分はオルベラ氏族の味方ではなく、あくまで魔族のナリカラ総督としてここにいるのだと伝える。


「まぁ、オルベラ氏族が積極的に協力してくれて助かっているのは事実だから、ある程度は考慮するよ。安心して」


 そう言ってイルムが浮かべた微笑みに、ノリスとクムバトは(こうべ)を垂れるしかなかった。

 室内の雰囲気が揺らいで微妙な空気になりつつあったが、アミネがすぱっと切り込み、場の流れを整える。


「で、エグリシ氏族とどう接触してどう連携します?」

「エグリシ氏族に書状を送る。総督としての対ザリャン氏族の協力要請と、これまでの経過を伝えるんだ」

「数に勝るザリャン氏族を破り、しかも名のある将を討ったとなれば、向こうも無碍には出来ないですねー。確かに連携を持ち掛けるには良い頃合ですかー」

「そしてエグリシ氏族の有力者と繋がりを作っておいてから、北に留まるザリャン氏族千五百を降伏させる。手段は問わずにね。そうなればエグリシ氏族は完全にこちらを無視することは出来ない」

「……実力を見せ付けるという事ですか」


 固く口を閉ざしていたクムバトが、ややあって口を開く。イルムはにやりと口角を上げて答えた。


「その通り、その前にカシィブ公と何らかの取引をしておきたい。エグリシ氏族にカシィブ公が僕の背後に付いてると思わせられれば『協力』要請も、より上手くいきやすくなるだろうしね」

「しかし、以前にカシィブ公が支援してくれるのは難しいと仰っていましたが……」

「その時に言ったでしょ? カシィブ公は儲けが出るなら支援してくれるって、儲け話に繋げれば良いんだよ」


 クムバトは顎を親指と人差し指の腹で挟むと、ほんの少し間を置いて再び口を開く。


「儲け話となると貿易でしょうか? カシィブ公領にはオルベラの商人が度々出向いて商取引を行なっていましたが、それが再開されたところでカシィブ公が満足する利益になるかどうか……」

「莫大な利益になるものを輸出するとすればどうなるかな?」


 イルムはにやにやと気味の悪い笑みを浮かべた。すかさずアミネが突っ込む。


「イルム様気持ち悪いです」

「……」

「え、えーと莫大な利益になるものとは?」


 それまで黙り込んでいたノリスが、奇妙な空気に思わず口を挟んで、会話を無理矢理戻した。

 イルムは一度わざとらしい咳をしてから発言する。


「コホン、エグリシ氏族の領域には単眼巨人(キュクロプス)がいるらしいね。彼らが作った武具は魔族の間でも需要が高いから、カシィブ公も考えるんじゃないかな」

「なるほど……だからエグリシ氏族との連携を」

「そういうこと。まあ今言っていてもしょうがない、先ずは戦力を揃えて北のザリャン氏族を潰す準備から始めよう」


 イルムはそう話を締めくくった。




 修道院での協議から二日後、ソハエムスの町にゴブリンの軍勢が集結していた。オルベラ支族の連合軍七百が、イルムの要請に応えてやって来たのである。

 オルベラ支族は小規模領主の集まりだが、イルムが注目したのはノリスに並ぶ二百近い兵を率いる二人だ。


「オルベラ支族が一人、ゲガルクニク」

「オルベラ支族の一人にして主教のスピタカヴォルでございます」


 額に傷痕を持ち、鋭い目付きでイルムを見る褐色肌のゲガルクニクは、オルベラ支族で最も多い二百五十の軍を率いる領主で、オルベラ支族随一の武闘派である。

 打って変わって、色素の薄い肌に柔和な表情を浮かべた聖職者姿のスピタカヴォルは、主教位を持つ領主、所謂(いわゆる)聖職諸侯の一人で府主教であるクムバトの部下とも言える者だ。


 両者共に、ザリャン氏族に対抗するため早急にクムバトやノリスと合流すべき立場と、それを可能にする充分な力がありながら、しばらく日和見を行なった食わせ者でもある。


 互いの自己紹介を済ませたイルムは、今や臨時の総督府となった領主館の一室で、居並ぶオルベラ支族を前に堂々とした声を上げた。


「さて、オルベラ支族の諸侯には既に書状で戦後処理については把握していると思う。先ず勲功第一はクムバトとノリスである事、異論は無いね? 次にオルベラ支族ついてだけれど――」

「待たれよ、その事には承知しかねる点が」


 イルムの言葉を遮ったゲガルクニクは、片目を吊り上げる。


「我らはザリャン氏族に対し、猛攻を加えて大いに消耗させ撃退に貢献した。にも関わらず、恩賞がナリカラ軍などという総督の私兵の役職のみとは如何なものか」


 ゲガルクニクの主張に他のオルベラ支族もそれには同意だと頷く。

 だが、イルムは冷めきった目で彼らを眺めると次のように言い放つ。


「ナリカラ軍はナリカラにおける唯一の正規軍として編成する。つまりナリカラ軍に所属していない武装勢力は反乱軍や賊と見做すということ、意味は分かるね?」


 オルベラ支族らは顔色をさっと変える。

 自分達は功績を挙げたから合法性が与えられただけで、もしイルムとクムバトがザリャン氏族の追撃を撃退した後に出したザリャン氏族攻撃の要請に応えていなければ、賊として処理されていたという事実に、彼らは冷や汗を流した。

 一方で、ゲガルクニクとスピタカヴォルは表情を一切変えていない。


「なるほど、ナリカラに秩序を取り戻すとなれば、武力をナリカラ軍という形で統制するのは至極最もです。ただ、オルベラ氏族を除くナリカラ総督の保護下外の氏族はどうなりますかな?」


 スピタカヴォルはニコニコとした笑みを崩さずにそう述べる。


 ――古狐って感じだな……。


 イルムは内心そう思いながら言葉を紡いだ。


「ナリカラ軍に刃向かう者は魔族への反逆者とする。でも素直に総督府の保護下に入るなら、戦力をナリカラ軍に取り込み統制下に置く」


 片眉を上げたままゲガルクニクが口を開こうとした時、間伸びした声が割り込む。


「というか皆さん、文句言う前にナリカラは魔族の属領だってこと分かってます? そもそもザリャン氏族軍を拘束し続けられなかったくせに、功績を挙げたとか何様のつもりで?」


 クムバトの通訳を聞いていたアミネの突然の発言に、オルベラ支族は露骨に顔を(しか)めた。

 不機嫌な表情をする者や俯く者、瞑目する者に、目尻と口角を下げる者と様々だが、ゲガルクニクは(にわ)かに殺気立って一歩前に出る。

 しかしアミネは何処吹く風といわんばかりに、(おど)けて言う。


「そして、ここにおわすは魔王陛下の第四子にしてナリカラ総督、ザリャン氏族の名将バガランを討ち取り、更にカシィブ公とも親交深いイルム様であらせられるぞー」


 これにはゲガルクニクも、苦虫を噛み潰したような表情で元の立ち位置へと下がった。特にカシィブ公と親交があるという言葉にオルベラ支族は息を詰まらせる。

 下手にイルムを刺激してカシィブ公へあらぬ告げ口でもされたら、古くから行われているカシィブ公領での商売に影響が出かねない。ただでさえザリャン氏族の侵攻で大きな支障が出ているのだ、これ以上は死活問題となり得る。

 そう考えたオルベラ支族はもうイルムに口出しはしなかった。代表としてか、スピタカヴォルが口火を切って臣従の言葉を紡ぐ。


「総督閣下に忠誠を誓います」

「……今日より閣下の剣となることを誓う」

「スピタカヴォル殿、ゲガルクニク殿と同じく我らも忠義を尽くします」


 オルベラ支族が次々と立てる誓いに、イルムの口が弧を描いた。





「ナリカラ軍だと?」


 執務机を前に座る日に焼けたゴブリンは、両手で上下に広げた一枚の羊皮紙の内容を見て、怪訝そうに首を傾げる。

 修正跡がささくれてボサボサになってしまうような低品質の羊皮紙を、改竄(かいざん)防止のために敢えて使用したその書状は、オルベラ氏族からの使者が齎らした物だ。


 その書状にはナリカラ軍を建軍することと、総督府に従えばナリカラ軍の役職を与えるが、総督府に属しない武装勢力は反乱と見做すという事実上の臣従要求が記されていた。

 彼は羊皮紙を持ったまま両手を力無く降ろす。


「……我らエグリシ氏族も立場を鮮明にしなければならないか……反魔族の態度だけは取れんとはいえ歯痒い」


 エグリシ氏族のゴブリン、西北部有数の都市ディアウヒの領主はそう溢した。


「ザリャン氏族の勢いは止まらず、裏切り者のオルベラ氏族は新総督を味方に付け、我らは()()()()を未だに御迎え出来ない。エグリシ氏族はこの先どうなるのか……」


 彼は暗い顔をしたまましばらく執務机に視線を落としていたが、やがてゆっくりと頭を持ち上げる。依然として表情は暗いが、目には力が戻っていた。


「他の有力諸侯に相談するしかないか、リオニの都を死守せんと必死な諸侯の手を(わずら)わせるのは申し訳ないが、独断で動くわけにもいかん」



 一週間後、ディアウヒから送られた書状がエグリシ氏族諸侯に届く直前、旧王都リオニを目指して侵攻を続けていたザリャン氏族の主力軍五千がエグリシ氏族諸侯軍四千と衝突。


 会戦はザリャン氏族の勝利に終わったが、エグリシ氏族の諸侯は近場の拠点に籠って防衛線を形成し戦況は膠着する。

 エグリシ氏族諸侯はこの頃になってからイルムのナリカラ軍創設を把握したが、沈黙を保つだけだった。


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