十一話 備えと報せ
ザリャン氏族の支配から解放され、オルベラ氏族の手に戻された都市ソハエムスでは、イルムが軍事行政に手を入れていた。
統治の面では、クムバトら元オルベラ氏族残党が再建しているものの、軍事に関してはナリカラ総督であるイルムが掌握することとなったのだ。
「募兵してみたけど、志願が予想より多いなぁ。それだけザリャン氏族に対して思うところがあるのか、連中に略奪された分の財を従軍で稼ぎたいのか……両方かな? 逞しいね」
兵数においては、イルムの想定以上が集まりつつある。が、問題は質の向上だった。
「長槍、投石杖だけじゃなく弓手が欲しい。騎兵が期待出来ない分、射手で補いたいなぁ。でも調練に時間が……」
弓は長距離から攻撃出来るのが大きな利点だが、弓に限らず射出武器は使いこなせるようになるまで、時間が掛かってしまうのが難点である。
先の戦いで投石紐ではなく、大きめの石も飛ばせる一方で、射程や威力が劣る投石杖を使わせていたのも、振り下ろすだけで石を飛ばせる投石杖に対し、投石紐は実戦で使えるようになるには、弓と同等かそれ以上の修練が必要になるからだ。
また投石紐に高い威力を求めるなら、専用に加工した石を用意しなければならず、矢と同様に兵站に負荷が掛かるのも問題だった。
早急な戦力拡大を望むイルムは頭を悩ませる。
「うーん、募った兵は槍兵にして、弓兵はソハエムスやオルベラ支族から心得のある者を掻き集めようか」
とりあえず、募兵や弓兵についての結論を出したイルムは、木造二階建ての領主館――つまり元々はクムバトの屋敷――から出ると、館から離れた場所にある兵舎へ向かう。
ソハエムスは町を囲む短い草に覆われた岩山が、城壁兼鉱民の住居となっており、盆地の上に建つのは全て、平民以上の住居や店舗、行政施設に宗教施設、そして軍事施設ぐらいである。
その内の一つの兵舎は、民兵の宿舎と練兵場が備わっていて、今はイルムが導入した長槍の調練を行うゴブリンで溢れていた。
「全員止め! 総督閣下御入場!」
指導を行っていたゴブリンがイルムの姿を認めると、調練を中止させてイルムへ注目させる。
「気にしないでいいよ。様子を見に来ただけだから」
イルムはそう言って調練を再開させ、指導に当たる平民ゴブリンに現状を聞く。
「どんな感じかな?」
「悪くはありません。突くか振り下ろすの単純な動きなので、皆練兵について来れています」
ソハエムスで集められた民兵は、かつてのオルベラ氏族残党の民兵やノリスの民兵といった、先々の実戦で長槍を使った者達が調練を行なっていた。
ソハエムス奪還時にいた百四十のノリスの民兵は、百二十をノリスとアミネが留守をしている修道院へ戻し、二十を教官としてソハエムスに残している。
「槍兵は問題なさそうかな、やっぱり射手がなぁ」
「ええ、弓に関してはソハエムス中から集めても平民では三十程度しか……ここは狩りより果樹や畜産が主ですから」
農耕が難しい山岳地にあるソハエムスは、都市であるが故に、不安定な狩猟より安定かつ大量の供給が望める畜産が盛んだが、それは猟を行う者が少なく、必然的に弓を扱える者が少ないということでもあった。
また都市近郊は、需要の高い果樹などの園芸農業が行われるため、森が切り拓かれて猟場となる場所が少ないのも大きい。
「まあ戦士の中に弓を扱えるのがいてよかったけれど、数を揃えるなら補充が容易な平民から集めたいんだよねぇ……言っても仕方ない、練兵励んでね」
「はい、総督閣下」
イルムは兵舎を後にすると、次に職人の家や工房が集中している地区へ向かう。
そこでは鉱民と思しきゴブリンが、鉱石が詰まった袋を担いで坑道を忙しなく出入りする岩山の側に、石を積んで作られたいくつもの小さな炉が、煙を立ち昇らせていた。
その近くでは、鞣し革の前掛けを身に付けたゴブリン達が、作業をする光景が見えるが、工房とは名ばかりの野ざらしな作業場である。
また、鉱石を熱して不純物を除く事で金属を取り出したり、溶かした金属を型に流し込んで成形しているが、扱っているのは簡単に製錬、融解出来る銅や鉛、そして炉の火力と鍛造技術などの問題で、質が低い鉄だけである。
そんな場所へ訪れたイルムは、鍛治職人のゴブリン達に質問しながら、武器防具の生産を確認していく。
「槍の穂先や鏃は鉄、鎧兜は革や銅が主か。銅じゃ硬さが無いよね、青銅は使わないの?」
「青銅には錫が必要なのですが、ナリカラ東部ではほとんど産出せず、ナリカラ西部からの輸入に頼っております。ですが……その……内戦以前から西部からの輸入は厳しい状況でして……」
歯切れの悪い鍛治師のゴブリンに、首を傾げながらもイルムは質問を重ねた。
「なるほど、鉄より銅が使われるのは、製鉄技術の問題だね?」
「はい……鉄は製錬に高熱が必須で、当然大量の薪も使用します。結果、原価が跳ね上がってしまい、銅より気軽には使えません」
「ナリカラは銅が豊富なのが救いかな……」
ゴブリンは人間からよく物を盗む、奪う種族とされるが、その理由の一つにこのような製鉄技術の未熟さがある。
自分達ではきちんとした鉄製品を作れない、ならば他所から持ってこようというわけだ。
交易で得られれば御の字だが、魔族からは与えるだけ無駄と渋られることが多く、かといって長年敵対関係にあり、ゴブリンを知能の無い魔物と見ている人間との貿易など困難極まる。
結果、仕方なく奪うという選択肢が取られるようになっていった。
「あれ? そうなるとオルベラ氏族の戦士とかが身に付けていた鎖帷子は……」
「父祖が何らかの方法で手に入れた物でしょうね。戦士にはよくあることです」
「よくあるのか……何か装備の質を上げる方法を考えないとなぁ」
イルムが悩ましい顔で腕を組むと、質問に答えていたゴブリンが、そういえばと口を開く。
「西部のエグリシ氏族は、かつて素晴らしい武具や金属製品を手に入れていたという話があったような」
「本当!? どういった話!?」
詰め寄ってきたイルムに気圧されたゴブリンは、ぎょっとしながらも何とか返答する。
「だいぶ昔の話ですが、何でも単眼巨人と交流があったとかで」
「キュクロプス……優れた鍛冶技術で有名なあの?」
単眼巨人は、人間達の間では伝承に登場する凶暴な人喰い巨人と恐れられているが、魔族においては無口で頑固だが、鍛冶の腕の立つ種族として知られている。
「巨人族は大半が北東の果て、ヴルカーン公領に住んでいる筈だけど、ナリカラに逸れの集落があるの?」
「ナリカラ南部の方にある山脈に住んでいるらしいです。また西部や南部には、ゴブリン以外の種族も居るという話はよく耳にしました」
「……話ありがとう! 作業頑張って!」
イルムは少し顎に手を当てて考え込んだかと思うと、手早くゴブリンへ礼を言って、弾かれたように領主館への道を駆け戻った。
道中、イルムは考えを纏めるため、ブツブツと呟きながら足を動かす。
「母ちゃん、あの変なのソートクだよね?」
「しぃっ!」
それは大変奇妙で不気味さすらあったが、目撃したソハエムスの住民は、すぐに目を逸らして何も見なかったことにした。
「まずは北東部から始めて、東部全体を掌握するつもりだったけれど、先に西部、南部で味方を増やすのもありだな。キュクロプスを引き込めれば最高だし、そうでなくとも反ザリャン連合を組める勢力はいる筈だ。それに西部や南部にはナリカラを囲む山脈が僅かに途切れる、謂わば人間諸国への入り口がある。上手くいけば今まで以上に向こうへ遊びに行けるかも……そうなったら、また彼女に会えるかな……」
周囲の反応も見えずに、呟き続けていたイルムは、ふと人間の町の近くで出会った、冷たい印象の女性を思い出して足を止める。
「そういえば結局、名前も聞けなかったな……」
思わず感傷に浸ってしまっていると、前方からクムバトがイルムの元へ息急き切って駆け付ける。
只事では無いその様子に、イルムは先程までの温んだ想いから頭を切り替えて問い質そうとした。
「クムバト、何かあった――」
「い、一大事にございます! バゼー修道院がザリャン氏族に包囲されたと至急の使いが!」
イルムの問い掛けを遮って、クムバトの口から飛び出た言葉は、イルムの頭を殴り付けた。




