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百話 混沌の都

 

 人ならざる種族達、魔族の中心地ファウダー。

 雑多な建物が密集し、混沌とした印象を受けるこの大都市の中央に、かつては魔王の居城であり、魔王軍の本拠地である城が鎮座している。

 かなり古い石造建築物の上に様々な年代、様式の増築が為されたその城は、ごちゃごちゃな見た目で城下町と同じく混沌としていた。まるで様々な種族が集う魔王軍を象徴しているかの様である。

 しかし、ファウダーにもその無秩序さから最もかけ離れた場所が存在した。


 魔王城の宝物庫である。


 緻密な装飾で彩られた重厚な鉄扉に護られている宝物庫の前には、短槍を手にした龍人(ドラゴンメイド)の小集団が直立不動の態勢で警備に当たっていた。

 上半身は人間の女性に近い見た目だが、鱗で完全に覆われた下半身は紛れもなく(ドラゴン)である彼女達が、虚空を見詰めつつもあらゆる感覚を周囲への警戒に向けている。

 そこへ軽い調子の声がいきなり飛び掛かってきた。


「何時見ても変わらずぴりぴりしてるなー。少しは息抜きでもすれば良いのに」


 龍人(ドラゴンメイド)らは半ば反射的に槍を声の方角へ突き付ける。だが(きっさき)の先に伸びる石の廊下に誰も居らず、彼女達に一瞬戸惑いの色が浮かび上がった。

 辺りを見渡して声の主を探るが、最後方で鉄扉を背にしていた二人の肩に突然手が置かれる。


「ほら、身体が固くなってる。気を緩めなって」

「……ドゥルジ殿下、何用でございますか」


 咄嗟に振り向いた龍人(ドラゴンメイド)は、目に映った銀髪の人物に少し尖った視線と言葉を向けた。

 魔王第一子のドゥルジは、黒炭の肌に映える銀の髪を揺らして首を左右に回す。さらりとしていれば美しいであろう銀髪は、どこかぬらっとしていて不快感があり、今にも毛先から油の(しずく)が姿を見せそうですらある。


「妹は居ないのか? 宝物管理官殿は」

「ここだが」


 ドゥルジの声に応えて廊下の先から靴音を響かせ現れたのは、正しく竜の姫だった。その風貌は、竜と人を合わせた上で宝玉を加えたのかと思わせる。鱗は翡翠(ヒスイ)、瞳はルビー、肌は金糸を混ぜ込んだ絹の様だ。

 ファウダーの城に保管されている宝物全ての管理と警備を担う宝物管理官にして、叔父シュルフト公の竜軍の将軍職にも就いている、魔王第二子ピュートーン。彼の竜姫が、ドゥルジの前に立った。


「我に何の用事だ。ファウダー守備隊司令」


 名ではなく役職で呼んだ異母妹に対し、ドゥルジは薄っぺらな笑みを貼り付ける。


「可愛い妹の顔を見に来たと言ったら?」

「堂々とした職務怠慢だな。叩っ斬ってくれようか」


 ピュートーンは腰に()びた剣の柄を握る。ドゥルジは軽薄な笑顔を崩さずに肩を(すく)めた。


「アポピスの事だ。彼奴(あいつ)が上機嫌だって話を聞いてるか?」

「いや」

「宝物庫に引き篭もっている内に耳が遠くなったみたいだな……そう睨まないでくれよ、軽い冗談だろ」


 竜の牙に劣らぬ鋭い目に彼は両手を上げる。本題にとっとと入れという圧に、ドゥルジの軽やかな舌が踊った。


「少し厄介な話だ。アポピスはキュクロプスの武具を確保する目処が立ったと御機嫌なんだとさ」

「キュクロプス製の武具か……ヴルカーン公が父上、いや先王陛下が御隠れになられて以降は輸出をぱたりと止めてしまったが、これで再び軍に供給される。吉報ではないか」

「ええ……そう受け止めちゃう……?」


 ドゥルジが初めて呆れ顔を作る。ピュートーンは真っ直ぐな目で、何が問題なんだと首を傾げた。右手で顔を覆うドゥルジは全くとばかりに溜息を吐く。


「アポピスは魔王軍主計長官の立場を利用して、魔王即位への足掛かりを着々と作ってるんだぞ。魔王軍の資金や物資を握っていれば根回しなんて造作もない。おまけにキュクロプス製武具だ。金、物に加えて武も揃えたら王位継承争いの先頭に出るぞ」

「後継は五公会議の全会一致で決まる、争いも何もないだろう。我らに出来るのは職務と平素の立ち振る舞いで己を示す事だけだ」

「……なあ、駆け引きや(はかりごと)って知ってる?」

「当然だ。ただ王となる者が小細工をするなどあってはならん。王は濁流の中でも堂々と立ち、民を背中で導くべき存在だ」


 そう主張するピュートーンにドゥルジは軽薄な笑みを嘲笑(ちょうしょう)に変えた。見た目の上ではほとんど変わらない為、彼女も警護の龍人(ドラゴンメイド)達も気付いていない。


 ピュートーンは、磨き上げられた剣の様に真っ直ぐで曇りがない性格である。故に魔王の遺児の中で最も民や兵の人気が高いが、一方で(まつりごと)に関わる者からはその性格を懸念されていた。

 確かに強大な力で魔族を纏め上げた魔王は、その大きな背だけで全てを導いていたが、それは建国の英雄だからこそである。国が形作られている以上、次に求められるのは土台を固めて安定化させる事だ。

 つまり、次に必要とされる王は英雄ではなく政治家でなくてはならない。


 今は人間諸国との戦争が続く乱世とはいえ、いずれ和を成して外交を行う事にもなるし、魔族内部の調整にも注力する事も増えていくだろう。そうなると、いくら求心力があってもすぐに限界が見える。

 それに一部の者から見て、ピュートーンの真っ直ぐさは、一度誤るとそのまま誤った方向へ一直線で突き進む危うさでもある様にも思えるのだ。

 叔父シュルフト公の後押しがあるといっても、ピュートーンの王位継承は決して順当にはいかない状況である。


 にも関わらず堂々とした態度の彼女に、ドゥルジは嘲笑を浮かべたのだ。が、その笑みはすぐに消える。


「我より己の心配をしたらどうだ。スブムンド公もラトンク公も戦続きで息が上がっているのは否定出来ん。考えたくないが、最悪は次期魔王が決まる前に両公が滅びる可能性もある」


 そう、ドゥルジも継承争いで不利な立場に立たされているのだ。

 次期魔王候補の中で唯一二人の公から支持されているが、肝心の二公は力を落としつつある。

 根回しに関してはピュートーン派より何歩も進んでいるものの、アポピス派には資金力を前に後手に回る事も少なくない。


「しかし、アポピスが軍への影響力を増しても、そう問題にはならんだろう。あくまで決めるのは五公であり、武力に頼る様な事態は誰も望まんしな。そうだろう?」


 そう言ってピュートーンは、ファウダーにおける武力のほとんどを掌握する守備隊司令を正面から見据えた。

 ピュートーンは真っ直ぐではあるが、愚者ではない。


「……そうだな。王位継承の儀に必須の儀礼具はしっかり宝物管理官殿が守っているし、力尽くで強引に即位を、なんて誰も思わんだろうなぁ……」


 眼前の宝物管理官である竜姫からドゥルジの目が逸れた。


 ファウダー守備隊という、人間諸国における近衛部隊に相当する精鋭が手元にあるドゥルジは、いざとなれば直接的な手段を取る事が出来る。

 それに対してピュートーンは、魔王として即位するのに必要な宝物を合法的に確保し、警備と称して私兵をある程度ファウダーに配置していた。

 そして魔王軍主計長官の座に就いているアポピスは、自前の戦力を持たないものの、莫大な資金と物資を意のままに操り影響力を拡大させている。


 三人の魔王候補はそれぞれの職掌を利用して、ドゥルジは武力、ピュートーンは名分、アポピスは資金力を武器に、水面下で牽制し合う危うい均衡が取られていた。


「ま、アポピスの事は伝えたからな。彼奴はねちっこいから念の為に気を付けとけよ。一人勝ちにはさせたくない」

「主計長官が何か事を起こすと? 寧ろ何かしそうなのはそちらの方に思えるんだが」

「失礼な。俺は何もしないさ」


 それじゃあと一言だけを残してドゥルジは宝物庫の前から立ち去る。


「何もしてないさ。俺は、な」


 誰もいない石造りの廊下で、彼はにやりとして呟く。靴音だけが響いて魔族の男の姿が廊下の奥へ消えていった。

 どこからか、ぶぶぶっと羽を鳴らす(ハエ)が現れて石畳の上に降り立つ。何度か手を擦り合わせたり首を傾げていたが、やがて宝物庫の方へ飛び立っていった。


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