九十九話 単眼巨人
ナリカラ南部に次々と黒地の軍旗が立てられている。赤い線が斜めに交差した黒旗を掲げて進軍するナリカラ軍は、さしたる抵抗も受けずに南部の地を掌握していった。
ザリャン氏族は完全にエグリシ氏族の領域から離れていったらしく、ナリカラ軍の前に現れる敵兵の姿はほぼ見られない。
モシニクス城に次ぐ南部の重要拠点であり、モシニクス城陥落以前はザリャン氏族の前線基地となっていたメスキ城も、既にナリカラ軍の手に落ちた。
最早総督府の影響下にない地は南東部とその他合わせても、ナリカラの四分の一を残すのみと言っていいだろう。更にナリカラ軍が南部を押さえた事で、ある種族とようやく接触が出来た。
単眼巨人である。
昔々ある山の崖上に、里から離れて一人で暮らすキュクロプスが居た。彼は鍛冶屋として、麓のゴブリン達相手に出来の良い刃物や工具を打っていたが、口数少なく無愛想な為に打ち解ける者はいなかった。
しかし、唐突にとある一人のゴブリンが頻繁に彼の家の戸を叩く様になる。
いつまでもキュクロプスに頼り切るのは面白くない。ここは上手く取り入って鉄の鍛え方を盗んでやろう。
自分で鍛冶をやるなり技術を売るなりすれば、村どころか国一番の金持ちになれるに違いない。
そう下心たっぷりに、ゴブリンは自家造酒を土産としてキュクロプスの家に通い詰めた。
始めは当然相手にされなかったが、幾年も辛抱強く山に足を運び続け、時が経つうちにすっかり友として酒を酌み交わして笑い合う程の仲となった。
いつからか目的も忘れて親友との日々に満足していたが、ふと鍛冶の技術を盗む為に始めた事を思い出す。友を騙す行為に躊躇いを覚えたが、これはゴブリン全体の為にもなると罪悪感を飲み込んで「鉄を鍛える様子を、始めから終わりまで見せて欲しい」と頼んだ。
すると、キュクロプスは一つしかない瞳を大きくさせて固まる。その一言で全てを悟ってしまったのだ。
これまでの友情は全て偽物であったと思い込んだ彼は、槌を手に悲痛な顔で叫ぶ。
「ならば一族に伝わる秘術を見せてくれよう!」
家を飛び出し断崖を背にすると、大きく槌を振り上げた。それを己の頭に叩きつけ、同時に槌から現れた雷が彼の身体を貫く。焼け焦げた巨人がぐらりと倒れ、真っ逆さまに崖から落ちた。
ゴブリンは思い詰めた友の壮絶な自決を呆然と見る事しか出来ず、やがて自責と後悔に溺れて泣き喚いた。
止まらぬ涙もそのままに、下山したゴブリンは家にある酒をありったけ荷車に載せて、再度山を登る。せめてもの詫びとして酒を供えるべく、泣きながらジグザクとした険しい山道を登り詰め掛けたその時。
友が落ちた崖とは反対側の断崖で道を踏み外し、荷車諸共奈落に落ちた。
麓のゴブリン達は二人の死を大いに悼み、毎年最も出来が良い酒を持ち寄って山に供えて弔う様になったという。
「以後、ゴブリンはキュクロプスに鍛冶の教えを乞うてはならぬと言い伝えられております」
道案内をする老ゴブリンが道すがら語った民話に、イルムは興味深げに頷いた。
「なるほどね。その話が伝わる山があれで」
そう言って右手に見える峻険な山を指差す。そして前方奥に聳える山々に指先を向けた。
「キュクロプスが住んでいる山があれか」
「左様にございます。我らは民話の通り年に一度、上等の酒を崖に供えていますが、彼らは同じ日に炉の火を落として一切の作業をせずに過ごすそうです。理由は明かされていませんが、彼らも二人の喪に服していると我が村では語られておりますな」
「へぇ……」
イルムは老ゴブリンの話を聞き流して、先程聞いた民話について考え込む。気になったのは、槌を振り下ろすと雷が現れたという部分だ。
古い伝説の中で、単眼巨人は雷を鍛えて天の神に献上したという話がある。キュクロプスが登場する伝説や民話において雷が重要な要素となっている事から、雷の魔法或いは魔術を得意としている可能性が高い。
その様な事を考え込みながら、山道に足を踏み入れた。
ティラムズと僅かな護衛のみを連れて山道を登り終えると、平らに整地された高台に築かれた村が現れる。
巨石を加工し組み合わせた家が立ち並び、空へ伸びる煙突からは常に煙が吐き出されていた。鉄を叩く高い響きも絶え間なく聞こえてくる。
村の入り口に立つと、奥から人間の二倍は優にある一ツ目の巨人がずんずん歩み寄って来た。イルム一行を覗き込む様に、身を屈めたキュクロプスがゆっくりと口を開く。
「この村を纏めとるクルダレゴンという。よう来られた」
クルダレゴンと名乗ったキュクロプスは、立派な綿布の衣服の上に毛織のマントを羽織ったティラムズに大きな瞳を向け、暫し固まった。ややあって、確かめる様に尋ねる。
「王子殿下であらせられるか?」
「そうだ。バグラティオニの血を継ぐ者、ティラムズだ」
クルダレゴンは目蓋を閉じると、両膝をついて平伏するかの様に頭を下げた。
「お待ちして……おりました……真に……」
一頻り頭を垂れていた彼は、他の者を呼び寄せてティラムズと護衛を先に家へ送らせる。イルムと二人だけで話したい事がある様だ。
クルダレゴンはティラムズの姿が見えなくなると、ふぅぅっと大きく息を吐いてから笑みを見せる。
「いや、よう王子殿下を連れて来られた! ここの所、先祖が大王と交わした契約に縛られて、一切何の取引も出来んかったからな! 儂らの武具はその威力故に、おいそれと他の者に渡せんというのは理解していたが、流石に暮らしが苦しくてのう。やっと貯蓄を切り崩す生活から解放されるわ」
無口で頑固との評判から大きく離れた態度に、イルムは思わず口を引き結んだ。
「……現金だね」
「生活掛かっとるからの。魔王軍の軍政下だった頃は王族に卸すという名目で、カシィブ公領を経由させてヴルカーン公と取引しておったが、ザリャンが始めたこの乱で全部止まってしもうて……」
大変だったとグルタレゴンは一つ溜息を吐く。そして聞き捨てならない言葉が飛び出した。
「ヴルカーン公様々じゃ。陳情書出して正解だったわ」
魔族領域の北西地域を治める巨人族の王、ヴルカーン公の名前に、イルムがはっとする。
イルムがナリカラ総督に任命されたのは、そもそもヴルカーン公が発案したからだと聞いていた。そしてここのキュクロプスらは、ヴルカーン公へ内乱状態のナリカラをどうにかして欲しいと陳情している。
イルムは自身がナリカラの地を踏んでいる理由を悟った。
――あの髭巨人! 僕を程良く使ったな!
ナリカラのキュクロプス達から陳情を受けたヴルカーン公は、イルムをナリカラ総督に据えれば、ゴブリンを巧く使って内乱を抑えるだろうと見て、五公会議にイルムの事を捻じ込んだのだ。
そして、イルムはまんまとその通りに動いてしまっているのだろう。その事に気付いた若きナリカラ総督は、地団駄を踏みそうになる。
いいように利用された事に酷く腹が立ってきたが、何とか自制してヴルカーン公から目の前のキュクロプスに意識を向け直した。
「……商談の前に、確認から入ろうか。卸先は名目上ティラムズとするけれど、実態はナリカラ軍への納入になる。これは承知してくれるね?」
「無論。ただ、いくら金を積まれてもこっちが決めた納入数以上は納めん。税も免除。これらは譲れんからの」
「分かってる。敵に回して勝てる相手とも思ってないし、敵に回す意味も意義も無い。良好な関係でいたいと考えているよ」
魔族の青年と単眼巨人は互いに口角を上げる。
余りの身長差にでこぼことした印象を持つ二人が、槌音響く集落を進んだ。鍛冶場と思われる建屋の大口から、ちらりちらりと見える作業風景を、イルムは興味津々で覗きながら歩む。
そこではキュクロプスがやっとこで赤熱している鉄を掴み、それを槌でがんがん叩いているが、叩かれる度にごく小さな稲妻がばちっと走っていた。
「やっぱり雷の魔法を使えるんだ。でも鍛造に雷の魔法を使う意味ってなんだろ?」
イルムの呟きが耳に入ったのか、クルダレゴンがにやっと笑う。自分達以外には分かるまいという自尊と余裕に満ちた笑みだった。
それを感じ取る事も無く、イルムは鍛冶の様子を食い入る様に見詰める。
槌が振り下ろされ、熱された鉄にぶつかると同時に小さな小さな雷が現れ、消えていく。
――違う。消えているんじゃない。入り込んでる。
鉄が打たれる度に現れる雷は、よく見れば吸い込まれるかの様に鉄の中へ向かっていた。これにイルムの頭の中が、かっと照らされる。
「雷の魔法を纏わせると同時に、それを魔力に変換している……!? 鉄に魔力を込めてるのか!」
クルダレゴンの顔が驚きに染まった。
「まさか気付くとは……参ったの」
「いや、仕組みが分かっても真似は出来ないよ。普通は魔力が込められない素材である鉄に魔力を込めるなんて、どれだけ繊細な技術なんだか」
この世界に存在する魔法、魔術に欠かせない魔力。魔術或いは魔力そのものを仕込まれた道具を魔道具と言うが、その素材は魔力と相性の良い材料に限られ、製造に大なり小なり手間が掛かる。
魔剣などの武具ともなると、今の技術では製造不可能と人間諸国の間で考えられている代物だ。
魔杖以外に魔力が込められた武器が製造困難とされるその理由は、金属と魔力の相性にあった。
古木や魔物から得られる素材は魔力の吸収力が高く、比較的容易に魔力を込める事が出来る。だが、金属となると難易度が格段に跳ね上がり、人間の間ではほぼ不可能と結論付けられる程だ。
恐らく自然に存在する有機物には魔力が宿りやすく、逆に無機物には魔力が定着しにくいと考えられているが、その理由については全くの不明である。
だからこそ魔力を持つ武具は、神や精霊から授かった聖なる武器か妖精や悪魔が生み出した魔の武器などと特別視されているのだが、キュクロプスはその魔力が宿る武具を平然と作り出しているのだ。
イルムは驚きを通り越して呆れ果てる。
多くの魔力が込められれば魔剣なり聖槍なりになってしまい、例え微量であっても切れ味や鋭さを保ち続ける業物となるのだろう。ディアウヒで見たスラミの剣の様に。
このとんでもない鍛冶集落は、下手をすればナリカラどころかその周辺の覇権をも左右しかねない力を秘めているのだ。呆れる他ない。
思い出したかのようにグルタレゴンが、どこからか帳簿らしき書類を取り出した。
「ああ、商談に入る前に言っておくが、儂らが作る武具の相場はこんな感じじゃからの」
イルムのものより数倍ある大きな手から、書類より抜き出された亜麻紙を渡された。走り書きされた文字と数字を目で追う内に、イルムの顔から血の気が引いていく。
「高!?」
「くくく……覚悟しておけ。目一杯搾り取ってくれる」
「お、お手柔らかに……」
含み笑いで見下ろしてくる単眼の巨人に、彼はそれしか口に出来なかった。




