どうして、知りたがるんだろう?
どうしよう。いつまでもトイレにこもっているわけにもいかない。時間が長くなればなるほど、気持ちが重くなることはわかっている。だけど、もうどうしたらいいのかわからない。
「メール?」
ジャケットのポケットに入れたままの携帯電話が鳴った。いつもなら鞄にしまったままなのに。何故だか、諒太さんかもしれないと思って、携帯電話を開けた。
<もしも、君がよかったら、千佳ちゃんのこと聞かせてくれないかな。嫌ならいいんだ。入り込まれたくないことって
あるもんね。だけど、一人で抱え込んでほしくないんだ。怖いこと、君が不安に思っていること、全部吐き出してほしい。こんなこと言って、信じてくれるかわからない。だけど、俺は千佳ちゃんの過去を受け止められる自信がある。ともかく、一度戻ってきてくれないかな?>
淡々と綴られた文字。いつもは顔文字が入っていることが多いのに。あたしが逃げてから、必死に文章考えてくれたんだ。
せっかく止まった涙が溢れて止まない。これじゃあ、本当に出れないよ。
冷たい水で顔を洗った。まだ少し目が赤いけれど、もう仕方ない。涙は綺麗な水と共に流し終えた。
「すみません、ずいぶん、お待たせして」
「うん、ありがとう。本当に」
諒太さんは戻って来たあたしを見てから、一度も目を合わせようとしない。泣いている女なんて、面倒だもんね。
「それだけ飲んで、移動しよっか」
一度も口をつけていないアイスティーを見つめたまま、首だけを縦に動かした。からからになった喉には、少しまとわりついて気持ち悪かったけれど、一息に全部飲み乾してしまった。
「それじゃあ、いこうか」
諒太さんは静かに言った。あたしがまだアイスティーに視線を向けたままでも、お構いなしだ。
諒太さんは先に立ち上がって、グラスを片づけてくれた。
「ありがとうございます」
なんだろう。今から悪いことをしに行くような気分だ。胸がもやもやとして、気持ち悪い。
諒太さんは無言で一歩前を歩いている。時折、あたしが逃げ出していないか確認するためか、何度か振り返っている。だけど、決して目を合わせようとはしない。
どうして諒太さんは、あたしの話なんて聞きたがるんだろう。何が面白くて、あたしの嫌な過去を聞きたいのだろう。
「ここでいいかな」
誰もいない公園、静かな空間で諒太さんの声が響いた。
「よし、ここなら感情全部吐き出しても大丈夫だよ」
久しぶりな気がした。あたしが一週間会っていなかったからとか、そんな理由じゃない。
目を見て笑ってくれた諒太さんの顔。優しい表情が、あたしを迎えに来てくれた。