婚約破棄された公爵家令嬢の任務と野望
流行りの婚約破棄モノに便乗させて頂きました。
「フォルティシア=ヴァーミリオン!今この時を持って、貴様との婚約を破棄させてもらう。」
学園でのパーティでの事。私に向かって吠えているのはこの国の王子殿下。
名前はキース=グラン=ファンディア。
そして私がフォルティシア=ヴァーミリオンでございます。
婚約破棄、ねぇ。理由はおおかた殿下の腕の中の少女に恋をしたからだろう。ご勝手にと言わざるを得ない。
「殿下、ご冷静に。婚約破棄をしたいという熱意は伝わりますが、私達は国が決めた婚約。陛下には、話を通されましたか。」
「貴様、いつもそうやって堅い事を言って!だから俺にも愛想を尽かされるんだ。」
私は、貴方と婚約する以前から貴方を見限っていましたけれどね。もう16になるというのに、王族としての考えが身についていない。そして、いくら嫌いであれ、相手を見下し、蔑む。
「さようですか。誠に残念でございます。後日陛下と謁見させて頂くので、詳しい事はその時に話しましょう。」
今の時期、陛下は大陸会議でいらっしゃらない。だからこそ日を改めて、と提案したのだが。
「父上がいないなら、この国で一番偉いのは俺だ。ゆえに婚約破棄もさせてもらう。そして俺は、お前なんかよりずっと可愛げがあって優しいマリアと結婚する!」
なんという暴論でしょうか。もともと陛下のいないタイミングを狙ったように思われる。これでは、私に王子殿下の面倒をどうか見てやってくれと言っていた陛下が浮かばれません。
「国の事を、しっかりと、考えましたか。そもそも、男爵家生まれのマリア様を王妃に出来るとお思いですか。」
「ふん、そうやってお前は身分の低いやつを差別するのだな。お前がマリアをいじめていたという話も上がっている。今謝るなら、軽い処分で済ましてやるぞ?」
差別も何も、王族規範という法典に、王族の婚姻についての規則が載っているのですが。そんな事も勉強なさっていないとは。
「話は以上ですか。それでは日を改めて、陛下の元へ伺わせていただきます。」
「貴様、逃げるのか?!ふん、やはりお前は王妃にふさわしくない。」
喧しいですこと。相手の土俵に立つのは面倒ですが、しかし、立つ理由があるので仕方ありません。
「いいでしょう。私がマリア様をいじめたという確たる証拠をお教えください。話はそれからです。」
「やっと聞く気になったか。お前は俺じゃなくて王妃の座が欲しいんだろ?醜いな。」
なんとでも言ってろ。話を進めてくれ。
「まずお前は、マリアの悪口を、散々触れ回っていたそうじゃないか。下賤だだの醜いだの。」
殿下、残念ながら私には、そんな悪口を吹聴して回る時間も、友達もおりません。何にも見えていないのですね。
「それは形なきものです。いくらマリア様の心が傷つけられたからと言って、糾弾する確たる証拠にはなりえません。」
それがどうした、という顔をなさる殿下。
「証拠がなくたって、お前にはマリアをいじめる理由があるだろう?王妃の座が欲しいのだから。」
王妃の座にだけ固執していれば、側室ぐらい認めるでしょうよ。状況を判断できないのですね。
「他にはありますか?まさかそれだけが理由で婚約破棄しようという訳ではないでしょう?」
「マリアはお前に、私物を隠されたり、壊されたりしたと言っている。他にも水をかけたりな。」
「具体的にはどういったことでしょう。」
「教科書は破られ、靴は隠され、宝物であるペンダントも失くしたそうだ。俺が新しいのを買い与えたが。」
そんなもんに興味は無いのですが。そもそもマリア様に興味がありません。人の事が見えていませんね。
「さようですか。他にも何かありますか。」
そろそろ疲れてきた。早く帰りたい。
「そうやってすぐ論点をずらすのだな。ふん、これで最後だが、マリアは階段から突き落とされたのだ。お前がその時落としたという指輪も見つかっている。貴様から。マリアに嫌な事を思い出させてしまったな。ごめんねマリア。」
ああはい勝手に甘い空気でも作り出してろ。
「いつの事でしょう。どこの階段から?その指輪を拝見してよろしいでしょうか。」
「先週の月曜日、学園の生徒会室の前の階段だ。ふん、今日のためにわざわざ汚らわしいお前なんぞの指輪を持ってきてやったんだ。感謝しろ。」
先週の月曜日は学校にいなかったはずですが。そして、渡された指輪も、私のものに酷似しているが、偽物だ。殿下は、私が突き落としたという証拠があれば、それでいいのだろう。
詰めが甘い。
「殿下、私は時間ですので、お暇いたします。次は陛下も交えてお話いたしましょう。」
国の事が見えていない。
王族としての責任感が無い。
他者を見下し蔑む。
勉学に励まない。
状況の判断ができない。
相手を理解しようとしない。
詰めが甘い。
冤罪で相手を裁こうとする。
謁見の間にて、陛下と私と殿下と書記官が会している。正式な場である。
「ふむ、以上がフォルティシア嬢の意見であるか。」
「はい。相違ございません。そして、今の見解により、私は、キース=グラン=ファンディアは、王にふさわしくないと結論付けいたします。そして、以上の言葉を、選帝侯に任命されたわたくし、フォル=アイゼンシュタインの意見といたします。」
陛下はしばし考える素振りを見せた後、口をお開きになった。
「…余、ファンディア王国国王、ナヴァル=グラン=ファンディアは、ファンディア王国第二王子、キース=グラン=ファンディアの継承権剥奪の上、王都を追放する。」
堅っ苦しい言葉遣いだが、書記官がいて、記録される以上仕方がない。
「どういう事ですか父上!今日は、フォルティシアとの婚約破棄の件では…!」
喚く殿下。顔には疑問と憤怒が全面に出ている。
「言葉を謹め。今言ったことが貴様のこれまでの行いの結果だ。」
「しかし...なぜフォルティシアが口出ししたのですか?父上はフォルティシアの戯言に惑わされているのでは?」
ふーむ、ここにきてまだわからないか。陛下がお怒りになるのも致し方ない。
「フォルティシア嬢、説明してやってくれないか。」
「承知いたしました。…まず第一に、私はフォルティシア=ヴァーミリオンではありません。フォル=アイゼンシュタイン。本来の名はこちらです。
14歳の時、殿下と婚約を結びましたね。それ以前の私は、アイゼンシュタイン選帝侯の養女でした。
私が、養父ヴェルフリード=アイゼンシュタインから言付かったのは、貴方が王の器であるか調べよとの命です。そのための一歩として、婚約者になるためにヴァーミリオンに籍を移しました。そして私は貴方を王の器ではないと判断した。そして私は、フォル=アイゼンシュタイン選帝侯として陛下に意見を述べたまでです。」
選帝侯は、王を選出する際の最高権力を持っている。流石に殿下でもそれはわかるはず。
選帝侯が殿下はダメだと言ったのだ。その言葉は覆せない。
「なぜ…!なぜ!!婚約者が選帝侯なんて聞いていない!!選帝はやり直しにしてください!父上!!」
「喚くな。決定は覆さない。恋にうつつを抜かし、周りを見ようとしなかった己を省みよ。」
「しかし、父上!!」
「衛兵、この者を捕らえ、地下牢に入れよ。」
陛下が命じるや否や、衛兵はすぐさま殿下を連れて行った。
「衛兵ごときが…!離せ!!」
殿下の背中が消えていき、書記官も退室した後。
「陛下、約束は守っていただきますよ。」
「ああ、ヴェルフリード殿も君も、自由にするといい。」
「ありがとうございます。」
その後、殿下のいい噂は全く聞かない。
衛兵に暴力を振るったり、王都を追放されたのに、入れずに癇癪を起こしたり。
ある日遺体となって発見されたらしい。
アイゼンシュタイン家にて。
黒髪黒目の男女2人が話し合っている。
双方とも、芸術的な美しいかんばせに活気をにじませている。
「ヴェル、自由になったよ。これでこの国ともおさらばだ。」
「ああ、永かったものだ。後釜には、身を落ち着けたがっていたあいつを据えておいた。心置きなく旅に行けるな。フォル。」
「ふふ、腕がなるね。」
2人組の冒険家、フォルとヴェルの名が轟くのは、すぐのことであった。
私は、フォルティシア=ヴァーミリオンだったものです。私は旅に出ます。過去を清算したいので、長いですが私の話を聞いてくださいませんか。
私は、ヴァーミリオン公爵家の長女として生まれました。
私は生まれながらに家族に疎まれました。母にも父にも似ない黒髪黒目。あの家で、私だけが浮いていました。
疎まれたのは、生まれ持った色が違うと言うだけではありません。
生まれた時から、自我がありました。その自我は、私の前世のものでした。地球という惑星の、日本という国で24で亡くなった女性の記憶。大学で医学を専攻していました。大学6年次の時に、疲れのあまり、ふらふらしながら家に帰ったところ、轢かれてしまったのです。
経緯はどうあれ、生まれた時からこの記憶を持っていたので、大人のような子供でした。なんとも可愛げのない子供。疎まれるのも当然です。
私は1日の大半を書架で過ごしていました。魔法という前世にはないシステムがあったからです。
幸いにして、私には魔法の才能がありました。その当時は他にすることもなかったので、魔法の訓練しかしていませんでした。
この国の貴族は、4歳になると魔法の才能(魔力の量)と属性を見極められます。その時私は、闇の属性との判を下されました。
次の日には、今まで聞いたこともない罵声を浴びせられ、叩かれ、殴られ、家から締め出されました。
「お前なぞの名は公爵家に要らない!闇め!汚らわしい!私の手を下すまでもない!野に死に晒せ!」
父の言葉です。
涙もでませんでした。ああそうですかと。死ぬつもりは毛頭ありませんでしたし、貴族という窮屈な身分に辟易していましたから。
私の闇の魔法は、創造魔法と再現魔法という、幅の広い魔法でした。要するに、魔法で大抵のことはできたのです。
魔法の属性の所為で家を追い出された私は、魔法に救われました。
私は国際的に指名手配されており、街に逃げることは不可能でした。森や谷で少しずつ住居を移しながら生活していました。
そこで、ヴェルフリードに出会ったのです。4歳も終わろうとしていた時でした。
私と同じく闇を持つ、純黒の竜。
彼は、山の奥に住みながら、人の王が何代も変わるのを見届ける選帝侯でした。そしてそれは、現王になったものにしか知らされない。王位継承権を持つものは、試練と銘打って、この山をこの竜を訪れるのです。
それが、ヴェルフリード=アイゼンシュタインです。竜ですが人の姿も取れます。ここ大切です。ヴェルは竜の姿も人の姿も美しいです。
私は、ヴェルフリードに拾われ、共に生活を送りました。滅多に竜は食事をしないのですが、私が作った和食は喜んで食べてくれました。
現王から選帝をせよとの勅命が来たのは、私が14の時でした。
「フォル、私の代わりに選帝をしてきてくれまいか。」
「ええ?それってありなのですか?」
あまりにも突然でした。
「ああ、王には言ってある。私はそろそろ、選帝侯の任を辞そうと思ってな、後釜に据える者を見繕おうと思うのだ。そのため、代わりに行って欲しい。それと王に伝えて欲しい事がある。…」
ヴェルには多大な恩があります。やぶさかではありません。
「わかりました。」
選帝は私にとって可笑しなことの連続でした。選帝にあたり、殿下の婚約者の席を用意されたのですが、選帝侯の養女という立場は公表できません。そこで、ヴァーミリオン公爵家の養女ということにされました。ヴァーミリオン家で早くに亡くなった、フォルティシアと、髪の色や目の色が同じからと。
しかし、昔家族だった者は誰も気づきません。顔をあわせる事もありませんでしたし、幼い頃に追放され、10年以上経ち、だいぶ成長したので、分からなくても無理ありません。
知っているのは、私とヴェルだけ。
「貴方は、本当の妹と違い、美しいな。我が嫁に欲しいくらいだ。」
兄だった者のこの言葉は、かつてない傑作でした。なんという滑稽だろうかと。
「陛下、選帝侯の養女たる私から、一つだけ願いがあります。」
「よい、申してみよ。」
「私と養父、ヴェルフリードは、選帝侯の任を降ります。後継は只今ヴェルフリードが探しております。」
「いいだろう。」
それからは、殿下が王の器に相応しいか調べる事になっているので、距離を保ちつつ、情報を集めました。本来選帝は、10年以上かかる事もあるのですが、殿下は早かったです。それだけ王に相応しくなかったのです。
正直、殿下は、権力がなければ付き合いたくもない人種です。婚約者でいるために、相当の我慢を要しました。
しかし婚約破棄と言う格好のアクシデントも起こしてくれて、選帝も早まりました。
結論を出し、私たちは自由になったのです。
ヴェルフリードとは、自由になったら、冒険家として世界を回ろうと話をしました。楽しみで仕方ありません。遠足前日の夜の感覚に近いでしょうか。
過去はどうあれ、私はヴェルフリードという無二の存在に出会えました。運命に感謝です。
「ああ、フォル、そなたが婚約者などと聞いて、心臓が止まるかと思った。」
「私だって、貴方を父と呼ばねばならないのは苦痛でした。…ヴェル、ヴェルフリード…。」
「「大好き。」」