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第7話


 少女の黒髪が綺麗に揺れていた。手に持っているドーナツの匂いとは違う甘い香りがする。

 静かに本を読んでいる彼女の横顔は、さながらメインヒロインに抜擢されてもおかしくない可愛さだ。

 実際彼女は学校でも評判の可愛さだ。しかしおとなしい、おとなし過ぎるくらいなのだ。

 誰とも合わないのか合わせないのかは知らないが彼女と仲の良い生徒は目にしない。ただ悪い噂も耳にしない。成績優秀、生活態度も問題なしの美少女だ。

 ならばなぜイジメなどに合うのだろうか。彼女に原因らしい原因は見当たらない。彼女が何かした訳ではないのだ。


 ――何もしないことが原因らしい。

 彼女達三人組は成績不振の落ちこぼれ、生活態度の悪さは教師陣からの太鼓判付きである。そして中途半端に可愛い訳でも可愛くない訳でもない容姿の彼女達は自分達が一番イケてると信じている。

 そんな彼女がたまたま彼女達のターゲットになったに過ぎない。必死に探したおとなしい獲物、必死に求めた優越感。しかし彼女達の収まりは底を知らない。イジメを行っても気分が晴れることはなかった。

 心のやり場を、はけ口を知らないのだ。だが現実にはそういう若者が多い。発言権は自分にあると信じている、思い通りにいかなければ暴言を吐き正当化したがる。自分の意見が全て正しいと思い他者への理解を拒むのが典型的だ。

 だからこそ暴力もイジメも恐喝も自己顕示欲に囚われた勘違いもなくならないのだろう……

 近代化が進むにつれて勘違いは深まるのだ。解決はせずとも解決の逆には進んでほしくないものだ。

 凛は近代化まで話しが逸れたことに気付き目の前の問題に課題修正を行った。


「で…… どうしようユイ」

「もぐもぐ! まひゅもゆむままめむよ……」

「ごめんドーナツ呑み込んでから喋ろうか」

「ぅん! もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐっ」


 ユイの頬がドーナツで丸々いっぱいになっていた。

『なんだか今ユイの頬に触りたい、どうしても触りたい……』

 そしてユイがこちらを向いたままジッと見ている。

「リン…… ジッと見られると恥ずかしいんだけど……」

「ご、ごめん…… 女の子が食べてる姿なんて初めてジッと見たもんだからついね……」


 現在ドーナツや手作り弁当の数々は十個以上ユイの浮遊魔法で周囲一メートル以内に浮いている。その中からユイはラッピングされていないドーナツを無作為に選びダイレクトにリンの口に放り咥えさせた。そしてすかさず繋ぐリンの手を引き、抱きしめた、今回はかなり強引に。

「ゆ…… ユイ?」

 ドーナツを咥えているせいで上手く声が出ない。

 不意にユイが視線を上げリンの目を見た次の瞬間。


 パクっ!

 リンの口元のドーナツにユイがかぶりついた。ユイはゆっくり噛み、上目遣いを続けた。

 ユイの無言が続きリンは焦る。むしろ怖い……

「ごめん、なんか怒った?」

 普通怒って抱きしめてこんなことするものかと思うはずだがリンは焦る。

「もぐもぐ…… もぐもぐ……」

 だがユイの表情は怒っていない。むしろ優しく楽しんでいる。それとは逆にユイの抱きしめる強さが増し、手が上へ上へと上がってくる。


 ドーナツも両サイドから攻められ残り少ない。残り一口くらいになった瞬間抱きしめていたユイの両手が凛の後頭部を捉えた。

 ユイの顔がだんだん近づいてくる。ユイの唇はドーナツの油で少しキラキラしていた。しかし見惚れている場合ではなかった。このままでは……

 言葉を発しようとしたが遅かった。ユイの唇がドーナツを捉え口に入った。


 リンの唇に当たるまで一ミリもないところでユイの唇がリンに届きそうになった。しかしユイはその場で噛み、その場でもぐもぐさせながら食べて呑み込んだ。


 そしてユイに笑顔が戻る。

「えへへへへへ! もう食べていいよリン、びっくりしたでしょ?」

「びっくりどこの話しじゃ…… はあ…… はあ……」

 リンの緊張は解けたが心臓の収まりは激しさを増した。何せユイは抱きついたままだ。顔の距離も一センチも離れていない。

「満足したかな? 女の子の食べてる姿近くで見られて」

 ほんの少しふくれていた。ドーナツはもう口に入っていないはずだが頬が少し…… ふくれていた。

「いやごめんユイも気分のいいものじゃないよね。ほんとごめん」

「違うの…… 違うよリン、リンが私を見てくれて嬉しかったの。だけどリンがあんまり胸キュンなことばっかり言うから悪いのっ! 私が耐えるのキツくて意地悪しちゃったの。ごめんなさい……」


 いたずらをして心底反省している子供のような表情のままやり場を無くしたユイはリンの口に残るドーナツを人差し指でそっと口の中に入れてあげた。


 「ひゃっ! リン? やだっ…… くすぐったいよ。そんなに…… あぁ…… んっ! 私そんなんじゃ、きゃっ!」

 ユイがピクピク動いていたのには理由がある。

 先ほどリンの口に入れた人差し指をリンに舐められていた。

「まったく…… 心配させてくれる。少しお返しね」


「もう…… リンってば、はぁ…… はぁ…… びっくりしたぁ」

「ふはははっ」

「へへへへ!」


「ごめんねリン」

「いやいいよ俺もごめんねユイ」


 これはもうイチャつきなのだろが目の前で音楽を聴き本を読む少女には、まさか目の前でこんなことが起きているとは夢にも思わないだろう――

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