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第5話


 学校で普段誰も近付かない場所、それは定番中の定番だがいろいろとある。校舎裏や体育館裏、裏が付かなくてもたくさんあるが今はその必要はない。何せ授業中、逆に言えば授業中誰も来なければどこでもいいのだ。

 となれば校舎裏は逆に目立つ、差し当たりちょっと遠い方のトイレだろう。特別棟に向かう方のトイレなら移動でもなければわざわざ行く人もめったにいない。まずはそこからだ。


「お前よー閉じ込もってんじゃねぇよ」

 ドカンっ! トイレのドアを蹴る音が響く。

「りっちゃんやり過ぎーウケるー」

「誰かきたら面倒、やるならもっと静かに水でもかければ?」

「まきちゃんもひどーい、適当にスマホいじってるだけかと思ったのにー」


 面倒な方の予想は当たってしまう。三人グループの女子集団がトイレの中で騒いでいた。恐らくもう一人、そこにいるだろう。身を守りじっとうずくまる一人の少女が。


 音もなくトイレ入り口ドアが開く、今まさにホースを手にしている女子生徒の一人がいた。残りの二人がせかしている。

 こちらに気付いたのか、いやドアが風で開いたことにイラついていた。舌打ちの後にドアを蹴り戻そうとする。


「くそが、こっちは急いでるんだよ、ぐふっ!」

 彼女の腹部に強烈な痛みが走る。お腹を押さえ両膝を地面につけ座り込んでしまう。


「りっちゃんどうしたのー?」

「なんだ律、こんな時に腹痛? だらしないのね」

「りっちゃんここトイレだよー? 汚いよー、っきゃ!」

 バーーーン

「なに…… うわああ!」

 トイレの中心から突然突風が吹きそれぞれ三人は螺旋状に回転し一人は掃除用具の中に、出口付近の一人は掃除の時、水道水を貯めるための浴槽の中へ、スマホをいじっていた一人はスマホが壁に叩きつけられ大きく割れ、トイレの便座の中に顔が埋まる。


 三人共に咳き込んでいた。少なからず息はある。しかし二つの意味で無事ではない、第一に三人共に動ける状況にはない。掃除用具に突っ込んだ彼女は、ほうきがバラけたことによりそれぞれ五本くらいが彼女の制服に刺さり身動き出来ない、手に至っては腕すら動かない。そのまま便座のタワシが口に入ってしまって声が出せない状況にある。

 出口付近の彼女はというと、イジメに使うはずだったホースが突然の突風で自分に絡みつき完全に手足が動かない状況でいた。落ちた浴槽は普段特別棟の掃除をサボる生徒の影響だろう。浴槽の水が腐っていた。そんな中に落ちてしまったが幸いにもそれほど水は貯まっていなかったため息はできたが身動きできずに臭いのせいで声も出せずにいた。

 スマホをいじっていた彼女に至っては、いうまでもないが便座に顔が埋まり彼女自身海老反りになっていた。自分の全体重と制服がどこかに挟まりとれない状況だが全体重に押しつぶされないのは幸い両手が地面につくからだ。しかし口を動かそうとすると唇と舌が便器に当たる。冷静になれば彼女が一番自力で助かれそうなものだが事態はそうはさせなかった。彼女達の不幸は続くのだ。


 しかしそれは一旦置き、トイレの中は静まり返る。そんな中一つのドアがそっと開いた。

 辺りを見回したが状況を掴めない。倒れる彼女達に一体……

 しかし今は逃げるしかない。いつ彼女達が目を覚まし、また自分を襲ってくるかもしれない。

 されてきた数々を思い出し涙が溢れてきた。溢れる涙を手ですくい、鞄を抱いてトイレを後にする。

 出口付近で誰かの視線を感じたが気のせいだと思い半分振り返ったところでやめダッシュでこの場を後にした。



 ――話しは数分前に戻る。


 ユイがトイレの入り口ドアを開けた。そこにはホースを片手にこちらを向く女子生徒。残りの二人にせかされているように見えた。


「くそが、こっちは急いでるんだよ」


「どこの世界でもイジメはなくならないのね……」

 誰だってこんな現場を目の当たりにしたらいい気はしないだろうがユイの表情は更にそれをいった。

「ユイ、彼女を止められる?」

「うん! そのつもり!」

 ユイが手だけかざし掌打の構えをとった次の瞬間、彼女は腹部を押さえ両膝をついて座り込んでしまう。


「簡単な衝撃波だよ? 痛みはないはずだけど仮に痛くても我慢するよね…… だって…… あなた達のしていることは身体の痛みなんかでは償えないよ」

『そう、償いは簡単じゃないの』


 ユイが心の呟きを最後に表情が消えた……

 右手を大きく挙げ何かを発動しようとした。


「ユイ待って、ダメだ!」

 サッ!

 ユイの前に立ち塞がった。ユイの左手は離さず、リンの左手がユイの右手を掴む。

「待ってくれユイ…… ユイには助けてもらった。今も助けてもらってる。俺は丸投げしてユイに助けを求めてしまった。だけど…… 俺にもわかるよ…… ユイの心の叫びが、彼女達のしていることは確かに最低だ。ユイは間違ってない…… だけどユイにこれ以上傷ついてほしくないんだ! 誰かを傷つけることでこれ以上…… ユイと一緒に学校生活を送りたいんだよ」


 そこまで言うとリンは泣きそうになっていた。

 表情と顔色が戻るユイ。

「リン…… ? わ、私…… 今リンの声がして、あれ?」

 リンの表情を見て状況を思い出す。

「あっ! リンありがとね。私のこと考えててくれたんだね……」

「当たり前だろ…… 今俺たちは一つなんだろ?」

「んっふふ」

 嬉しそうだった。

「大丈夫だよリン、あの子達は傷つけないよ、だけどここで止めなくちゃ中の子は救われないから。私を信じて」

「わかった」


 そしてユイの指を鳴らす音がリンだけに響いた。

 パチンっ!

 突風が彼女達を襲う。彼女達は各々飛ばされ身動きできないでいる。


 鞄を抱え走る少女。

 リンと一瞬目が合った。大きな瞳に大粒の涙。決して人には見られたくはないだろ。

 ダッシュで駆けていく少女にリンの心が激しく動揺した。


「大丈夫だよリン。彼女達が今の子を追う心配はないよ」

 確かに身動きはとれなさそうだ。

「彼女達はそろそろ幻覚の世界に入る頃だから……」


 一斉に彼女達三人の悲痛な叫びが特別棟全体に広がる。


 浴槽から叫ぶ悲鳴に腐った水の臭いと絡まるホースに締め上げられる。

「キャーああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ」


 掃除用具から埃まみれに便器タワシを咥え涙を流し声にならない声で泣き叫ぶ声。

「むぐっむぐむあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ嫌ぁぁぁぁぁあああっえほっえほっ、むおおおおおお。いやぁぁぁああ」


 海老反りの彼女はスカートが完全に裏返えり、口を開けば完璧に舌と唇が便器についてしまうが今の彼女は幻覚の世界で目の前が見えていない。

「ぺちゃ…… いぴゃーーあああああああむ………… ちゅ…… ぱっはあはあはあ…… ちゅぺろ」



「彼女達は今、最も見たくないものか最も恐怖に感じるものを見ているの。人は…… 人の痛みは同じ痛みを経験して初めて気付く…… ってこれは受け売りだけどね。へへへ」


『彼女達には当然の報いなのだろが、あの子の振り向き様の涙の方が忘れられない…… 残酷かもしれないが彼女達を救いたくはない』

「行こう…… ユイ」

「うん! これは…… 私のしたことだからリンはそんなに気にしなくて大丈夫だよ?」

「いや…… これが罪なら俺も一緒に背負うよ。今までのユイの気持ちは簡単に背負うとか言えないけど…… これから先の辛いことは俺にも背負わせてほしい」


 ユイは嬉しさと安心感からリンに寄り添った。


 程なく特別棟の教師陣達が彼女達の悲鳴に集まってきたが全員白目を向けていた。

 そんな彼女達を教師陣が見て覚せい剤や危険ドラッグの疑いがかかるのは必然だった。


「助けておいてそのまま放ってはおけない。あの子を探そう」

「うん!」


 透明化した二人は教師陣の間をすり抜け少女を探しに出た――

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