終の森と始まり
北壁バルラード。
長年に渡り獣人や人が手を取り合い平和を築いている国セリウリア王国。その国の最北にある街の名前だ。
その最北の街バルラードにはこのセリウリア王国に置いてなお、一風変わった孤児院が存在する。
その孤児院には、獣人の幼子から人族の子供まで。小さなコボルトから小さな龍まで。
様々な種族や魔物が仲良く手を取り合い過ごしていた。
小さな子供は龍の背中にのり、コボルトは子供を追いかける。
それはとても奇妙で、しかし、何処かほのぼのとした雰囲気の孤児院だった。
そんな、孤児院は約30年前に一組の夫婦によって設立されたものだ。
タタタっ、
孤児院の廊下を一つの小さな影が走る。
それは、まるで子供のようでそして何処か嬉しそうであった。
「フィオナ!メシ!」
そういって、扉を勢いよく開けた影は、手に持つお盆を部屋の中にいる老婆に突き出す。
その容姿は長い銀色の毛をまとった少し大きなコボルトであった。
「おや、リュオスかい?すまないね。」
そういってコボルトからお盆を受け取った老婆の髪は年相応に白い。
しかし、その容姿は若き頃は美しい女性であったと確信させるには十分だった。
「おや、美味しいね。」
盆の上に乗っていた粥をスプーンで掬い。口元に運ぶ老婆が呟く。
「ダロ?かゆオレつくった!」
途端にリュオスと呼ばれたコボルトは両手を上げて踊るように飛び回る。
「本当かい?ずいぶん上手になったね。」
埃が飛ぶからと、老婆はコボルトをたしなめて頭を撫でる。
「へへっ!」
コボルトは、老婆に撫でられるのを嬉しそうに頭をこすりつけた。
「これなら、一人前だ。」
そういって昔となんら変わらぬコボルトを見ながら老婆は昔を思いだす。
老婆の名前をフィオナという。
今は結婚を機に姓も変わったが、昔はフィオナ・ヤーウッドという名前で高位の冒険者であった。
あの日、
フィオナは、リュオスと語り合ったあの夜を今でも鮮明に覚えている。
結果として、リュオスの集落での弔い方を知ったし、人の文化での弔い方も教えることができた。
ゾイドは、どうやらリュオスが殺したらしいが、そこはフィオナには関係がない。
むしろ、こう言っては何だがフィオナにとってはありがたいことだったのかもしれない。
フィオナの憧れの冒険者。
ジジのこと。
ゾイドのこと。
各々の文化。
思うこと。
そして、これからのこと。
様々な事について存分に語り合った2人は眠りについた。
翌朝。
フィオナとリュオスは、閉じ込められていた人数分の墓を掘り埋めた。
そこには、勿論ゾイドの墓も。
翌日からフィオナとリュオスは、旅立つ準備を始めた。
2人で旅立つことは既に決めていたことだ。
フィオナはリュオスに世界を見せて上げたいと思ったし、リュオスは元々人と共に生きるつもりであったので話しは早かった。
しかし、森を出れたのはそれから2月後のことだった。
それは、フィオナが森の中腹から出るにはあまりに弱かったからだ。
いくらリュオスがいると言えども、終の森は非常に危険だった。
勿論、魔物の強さもそうだったが、その特殊な森の在り方はフィオナを大きく戸惑わせた。
入れない場所がある。
薬草に擬態した肉食植物がある。
花粉を嗅ぐだけで人の意識を飛ばす植物がある。
人を襲う岩がある。
動き回って人を惑わす樹木もある。
フィオナは体験したことのない様々な減少に悩まされ逐一リュオスに注意をされた。
それは、まるで初めて森に入る新人冒険者が熟練の冒険者に注意されるそれの様だった。
フィオナは悔しさを覚えながら、しかし、同時に新鮮な思いで2カ月を戦い抜いた。
隣にリュオスがいたのが大きかったのだが、それでも、フィオナは森の外に出る頃にはSS冒険者としても十分に通用する力を手にいれていた。
それから2人は街に辿りつく。
フィオナとリュオスは、まず、冒険者ギルドに向かった。
フィオナの生存を伝える為とチーム「精霊の息吹」の安否を確かめるためだ。
ギルドの受付に聞いたところ、どうやら「精霊の息吹」はリーダーのリックを除き壊滅。
リックも右腕を失うといった大怪我を負い、冒険者を引退したという。
この街で、妻と宿屋を営んでいるというのでフィオナとリュオスはそこに訪れた。
「おぉ、フィオナか。生きていたのか。」
出迎えてくれたリックは、左手で頬杖をつきうなだれている。
それはまるで10は歳をとったようであった。
「えぇ、森で偶然この子に拾われてね。何とか無事に帰ってこれたわ。」
リュオスをリックに紹介しながらフィオナは、事の顛末をリックに尋ねる。
「そうか、そのコボルトはあの森の魔物か。」
そう、リュオスを見ながら呟いたリックは、ふと目をそらす。
その目には何が宿っていたのかはわからない。
酷く空虚で、あの元気なリックからは見た事もない目だった。
「……なぁ、フィオナ、俺はもう冒険者はしねぇよ。…あの森が名前通り「終の森」になっちまった。…もう、何もしねぇ。嫁と余生を過ごすさ。」
そう呟いたリックはそれきり顔を向けようとはしなかった。
フィオナは、そんなリックに何も言えずただその場を後にした。
「なぁ、…お互い生きててよかったなぁ。」
背を向けるフィオナに語りかけるリックの言葉は酷く重く、苦しさが籠っていた。
その後、街を出たフィオナとリュオスは世界を放浪した。
フィオナは、リュオスと共に世界を回り見聞を広めた。
また、リュオスも人の世を興味深々といった感じでフィオナの後ろをついて回る。
人の世の美味しい料理に舌鼓をうち、
人の世の特集なあり方について学び、
外の世界の魔物の弱さを知り、
孤児やユニークモンスターをすぐにリュオスが群の一員として連れてきたり、
リュオスとフィオナは、約10年もの間、世界を放浪した。
しかし、フィオナはある街で1人の男性と出会う。そして、程なく結婚をした。
その男は、商人であった。
決して裕福ではなかったし、これといった取り柄もなかったが、気だてのいい誰にでも好かれるような男だった。
その男は、フィオナがやりたがった孤児院を和かに許してくれた。
幸いフィオナには金銭的には使いきれないほどの余裕があったし、リュオスもそれを喜んだ。
当初孤児院は、リュオスが節操なく拾ってくる。魔物や孤児だけであったが、徐々に人を増やしていく。
以来。
フィオナは、ここで孤児院を営み続けている。
「ふぅ。」
フィオナは、視線をくすぐったそうにしているリュオスに戻す。
あの時、あの森に行かなければ。
リュオスと出会わなければ。
一体私はどうなっていたのだろう?
考えても仕方のないことではあるが、フィオナはそう考えずにはいられない。
と、同時にぞっとする思いが背筋を駆け抜ける。
リュオスと出会わなければ、私は人を返り見ることなどなかったろう。
リュオスと出会わなければ、1人寂しく何処かで野垂れ死んだだろう。
そう思わずにはいられない。
私はこのコボルトに人とはなにか?ということを思い出させて貰った。
それがなければ、私は今こうしてゆったりした余生を過ごせてはいないだろう。
そう考えるフィオナは、ゆっくりと息を吐き今だ離れようとしないコボルトに語りかける。
「ねぇ。リュオス。幸せかい?」
それに対するコボルトの答えは一つ。
「オウ!」
そのコボルトの聞きなれた一言でフィオナは、満たされた。
そんな気がした。
本命連載のほうちゃんと書きます(笑)