フィオナ・ヤーウッドと銀色のコボルト
セリウリア王国。
それは、大陸の北を占める世界屈指の大国である。
人はお互いを慈しみあい。種族の垣根を越えた交流はまさにこの国の象徴とも呼べるものだろう。
そんな国の遥か北にその森はある。
その森は、鬱蒼と樹木や草の茂る匂いが充満する深い森。
所々に陽の恵みは差し込むものの全体的には酷く暗い。
そこに生える樹木は太く大きく一目で樹齢1000年は超えるとわかる。そして、大きく甘そうな果実をその枝に抱えている。
また、生える草や花はとても色鮮やかで透明な花から金色な草まで、毒々しい花から爽やかな草まで様々だ。
そんな人の気配のしない僅かに光が射す幻想的な雰囲気は、ここが現世であることを忘れさせる。果たしてここは現世なのか?知らぬ内に黄泉に旅立っていたのではないかと真剣に疑わすほどに。
だが、気をつけろ。そこは人の手など届かぬ秘境。
人の世では南以外の三方を海に囲まれ南北に長く伸びるこの森を「終の森」と呼びSSランク指定されている危険な森。
そこは幻想的な雰囲気にて、人を惑わす人外魔境。
力無きものは決して生きては戻れぬ所。
その森に住む魔物達は他の地域では見られぬ程に強い力を持ち、また多彩な魔法を操る。
その森ではゴブリンの中ですら、最弱はゴブリンロード。群にもなると大半はゴブリンキングだ。
そして、数多くのユニークモンスターが存在する。
また、森には道を惑わす花粉を出す花や動物を食べる木。そして至るとこに結界などがあり、これらも進むことを困難にする要因の一つだろう。
この様な様々な要因により、未だ誰一人として踏破できない森として史実には記載されている森である。
この森の遥か奥には神龍達の巣が存在する。古の神々の財宝が眠る。神の如き力を得られる。と様々に噂されるが、人類では森全体の2割に到達できた程度だ。
この森を攻略しようとした国は図りしれない。だが、どの国も無残にも崩れさった。
しかし、冒険者達はこの森に入ることをやめない。何故ならこの森自体が貴重な素材の宝庫だからだ。
だが、夢々忘れることなかれ。
その森では高位の冒険者であろうと捕食者ではない。大別すると弱者であることを。
私は全てをそこで手に入れた。
そして、全てを失った。
元SSランク冒険者ラングス・ミッドウェル「あの日の記憶」終章より抜粋。
「ハッハッハッ。」
ここは「終の森」。その森の樹々の間を滑る様に走る一つの影。
その影が追うのは、目の前を飛ぶウサギ。
その容姿は金色の毛が身体を覆い。耳は羽の様に大きく、その耳を羽ばたかせて空を飛ぶ。また、頭には鋭く大きなツノを持っていた。
そのウサギは、体長約80センチほどで人の世では皇帝ウサギと呼ばれるBランクの魔物である。
「ガゥ!」
影は、木の根をバネにして矢の様に飛びかかると、手に持った鉄の棒でその皇帝ウサギの頭を叩きつけて息の根をとめる。
皇帝ウサギは、最後の断末魔をあげることも出来ずにその頭蓋骨を粉砕された。
影は、皇帝ウサギを一瞥すると手に生えている爪で素早く喉を切り裂き逆さにして木にぶら下げた。
「ニック!…ニック!…ニック!…」
そして、嬉しそうにその動かぬ肉となったウサギの下を手を挙げながら、楽しそうに円を書くように踊りまわる。
その低い身長も合わさった姿は、まるで子供のようだ。
今、皇帝ウサギを狩った子供の様にはしゃぐ影は、身長140センチ程度で二足歩行。そして犬の顔を持ち身体を全て銀色の長い毛で覆われている。
そう。コボルトだ。
この森に住むコボルトロードかキングであろうか?
いや、その体毛はコボルトにある茶色や緑色とは異なっていることからユニーク種であろう。この森では珍しいという程のものでもない。
「ウーィ、ニック!」
そう言って飛び跳ねるコボルトは吊るされたウサギを降ろすと皇帝ウサギを肩に担いで走りだした。
しかし、走りだしたコボルトは直ぐに足をとめる。変わった匂いがしたのだ。
この個体の匂いは嗅いだことはない。しかし、なんであるかは知っていた。
コボルトは進路を変えるとその方向に進みだす。
すると、そこには予想道理の生物が。
死んでいるのだろうか?身動ぎ一つせずに倒れ付している。
この森には珍しい出で立ちだ。
手には東の国より伝わった刀を持ちその体は魔物の皮で出来た鎧を纏い腰には幾つかの袋と鞘をぶら下げている。
それは俗に言われる冒険者だ。
その冒険者は白い髪を長くのばした女だった。
勿論。コボルトにこれが冒険者で尚且つ女だとはわからない。
が、コボルトはその冒険者を足でつつき反応が無いと知ると抱えてまた走りだした。
その足取りは心なしか浮ついているようにかんじる。
コボルトは滑るように森を奥へと奥へと走っていった。
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フィオナ・ヤーウッドは冒険者だ。
小さな頃からワンパクで、腕力や魔法は村では大人も合わせて1番の強さだった。
両親からはよくお淑やかに、と怒られてはいたが、そんなのはつまらないと考える子供だった。どうせこのまま村に居たってその辺の弱っちい男の妻になるだけだと14の時に冒険者になると言って村を飛び出した。
それからの日々はまさに波乱万丈と言えるだろう。村を飛び出したフィオナは直ぐに己の弱さを知った。所詮は井の中の蛙。
冒険者になったは良いが、世界には自分より強い者など腐るほどいた。
そんな弱いフィオナには割の良い仕事など受けれる筈もなく、その日の食事にも困る有様だった。
村に帰ろうかと思ったこともある。
しかし、フィオナは諦めなかった。
冒険者の荷物持ちとして懸命に働き、森では必死に薬草を集めた。時にはドブの掃除までして金を貯めて、武器を買った。
そして、見様見真似で剣を振り依頼を受けた。
勿論それだけで成功できるほど甘い世界ではない。何度も騙されそうになった。
フィオナは顔立ちも良かったため、臨時で入ったパーティーの男に襲われそうになったこともあるし。
騙されて人買いに売られそうになったことだってある。
事実、フィオナは望む相手ではなくその身の純潔を散らしている。
気を許した仲間も何度となく死んだ。
気を許した仲間に裏切られたこともある。
恋人を亡くしたことだってある。
自身だって何度死にかけたか。
その度にフィオナは自身に言い聞かす。
仕方ないと。
冒険者は危険な仕事だ。
これが己の選んだ道だと。
村を飛び出してから10年。
フィオナはSランクの冒険者となった。今や「天雷のフィオナ」と言えば知らぬ冒険者はモグリだと言えるほどの冒険者だ。
酸いも甘いも噛み分けるほどの人生経験を得た立派な冒険者である。
その為に十分この世界では行き遅れの歳にはなったが、そこに後悔はない。
後悔は無いがそこに一抹の寂しさを覚える自分は贅沢なのだろうか?と考えることはある。
あの時旅に出なければ、今頃はワンパクざかりの子供に囲まれた生活で貧しいながらも女としての幸せを手に入れれたのではないかと。
そんなくだらないことを考えてしまう。
そんな折だ。
フィオナに声をかける人物がいた。その人物をフィオナは良く知っている。
名前をリックという人物だ。
姓は知らない。一度聞いたが捨てたと言われた。
言えない事情でもあるのだろう。
素性はどうあれリックは有名なSランクパーティー「精霊の息吹」のリーダーだ。
今でこそソロなフィオナだが、リックのパーティーとは良く臨時のパーティーを組んで依頼を受けていた。お互いの信頼も高い。
「なぁ、「終の森」に潜ってみねぇか?」
それはこの世でも最も危険な場所の一つと言われる所への探索の誘い。
フィオナは冒険者の癖として一つ聞く。
「どんな依頼?報酬は?」
リックは一つ笑って答えた。
「いや、今回は依頼じゃねぇ。ただ単にあの有名な森に素材集めに潜ってみようってだけの話だ。報酬は集めた素材を換金してそれを山分けだ。」
「そうねぇ…。」
少し考える素振りをするフィオナにリックは笑いかける。
「俺たちだけでもいいんだがな。万全を期す為にお前に声をかけたんだよ。なぁに、心配いらねぇ。あの噂ばかり先駆けする森にちょっくらお邪魔しようじゃねぇか。」
勿論リックとて熟練の冒険者。
あの森の危険性は聞き及んでいるし、十分に注意を払っている。
そもそも払っていなければフィオナに声をかけることなどない。自分達で行く方が利益も高いのだから。
ただ、フィオナをリラックスさせる為に言っただけだ。
最近はフィオナ自身、少し冒険者稼業に物足りなくなってきたところだ。
フィオナはSランク。それもソロのだ。依頼の失敗などまったくと言っていいほど無いし、ワクワクすることも昔と比べて随分と減ってしまった。
だから、あんなくだらないことも考えてしまうのだろう。
そう考えたフィオナはリックに二つ返事を返した。
「精霊の息吹」のメンバー達と綿密な打ち合わせをした後、万全の準備を整えてフィオナ達は「終の森」の前に立つ。
森に入る直前にリックが声に出して確認を行った。
「よーし、今回は何があるかわからねぇ!極力魔物との戦闘はさける。未踏破地域には絶対に踏み込まず植物系の素材集めを中心に行うぞ!」
リックの言葉にメンバーは各々の顔を見合わせて頷き合う。
そこに硬さが見て取れたのか、リックは朗らかに笑い付け足した。
「って、言っても大したことはねぇ。がっぽり稼いで美味い酒でも呑もうぜ!」
それを見てメンバー達も口々に「嫁にそんなこと許して貰えねぇ癖に。」だとか、「もちろんリックさんの驕りだよな?」とかの声が飛ぶ。そこに先程までの硬さはなくなっていた。
これがリックのリーダーたる由縁だろう。
決して実力だけでなくチームをまとめるリーダーシップと人望のなせる技だ。
フィオナも安心して探索に望める。と、そう思った。
一同は森に入る。
森には貴重な動植物が溢れていた。
メンバーは時に魔物を狩り、主に植物系の素材を集めた。
ここの魔物は強い。
魔法での敵探知など平気でくぐり抜けてくる。
だが、フィオナ達もSランク冒険者だ。滅多なことではやられはしない。危なげなく魔物を倒して危険な植物をみわける。
探索は順調だった。
その日は一日中狩りをして野営をした。
野営では皆で今日の収穫を確認し合った。今日だけでもすごい収入になるだろう。
それは、フィオナでさえも一度に手に入れることはない金額になるだろうと容易に予想させた。
今回は2日間の予定だ。
明日の昼には森から離れて街に向かう。
気を張っていればこの森だってなんてことはない。
今日の結果はそれをメンバーに思わせるには十分だった。
それは次の日の朝だった。
早々と目を覚ましたフィオナ達は、しっかりと準備をして探索を開始した。
数時間たったときメンバーの魔法使いが叫んだ。
「敵襲です!!探索魔法をくぐり抜けてきました!」
それは突然の襲撃だった。
魔法使いの声と同時にゴブリンキングが数匹茂みから飛び出してきた。
勿論フィオナ達が気を抜いていた訳ではない。
魔法使いの魔法探知を魔法で誤魔化してきたのだ。
「仕方ない!迎えうつぞ!」
ここまで接近されては逃げれない。
リックは素早く指示を出すと皆それぞれに役割を果たしだす。
ゴブリンキングはBランクの魔物だ。
本来ならゴブリンの群に一匹いるか居ないかなのだが、この森では違う。
ゴブリンキングが他の群でのノーマルゴブリンなのだ。
勿論これ以上進化はしないので群のボスもゴブリンキングなのだが個体差が違う。端的にいえばレベルが違う。もしくは、ユニークモンスターである場合もある。
いくらSランクだと言えども100ほどのゴブリンキングに囲まれれば苦戦は必至だ。
フィオナ達は死にもの狂いで戦った。
戦況は厳しかったが、そこはSランク。戦況は徐々にフィオナ達に傾いていく。
やっと終わりが見えてきたころ。既にフィオナ達もボロボロだった。
すると再び、茂みから新たな敵が飛び出してきた。
Aランクの魔物。ブラックオーガの群だ。
本来ブラックオーガは群れる魔物ではない。何故ならブラックオーガは外の世界では強者であり、群れる必要がないからだ。
しかし、ブラックオーガ達は知っている。この森で自分達は弱者だと。
決して自身の実力を見誤らない。故に群れる。
さしものフィオナ達もこの連戦は不可能だ。皆ボロボロで既に戦える状態でもない。
そこからはメチャクチャだった。連携など存在しない。いや、存在出来なかった。
そこにあるのは、拙い殺し合い。
原初の戦いの風景だ。
詳しくなど覚えてはいない。乱戦になりパーティーメンバーのシーフがブラックオーガに叩き潰されたことまでは覚えているが、それからは無我夢中といえた。
気づけばフィオナは森の何処かに倒れ伏していた。
私は逃げたのだろうか?それとも…
と、フィオナは薄れる意識の中漠然と考える。仲間の安否を。自分のこれからを。
最後にフィオナが覚えているのは何かに持ち上げられた様な浮遊感だった。
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「ッ!」
薄ぼんやりと光る暗闇の中、フィオナは何かが焼ける匂いと共に目を覚ます。
すぐさま、己の身体の状態を確認したのは冒険者の性だろうか。
手足は無事だ。身体中が傷だらけではあるものの眼や脳、内臓にもこれと言って重大な損傷は感じられない。
問題があるとすれば、身に何も身につけていなかったことだろう。
そう、何もだ。服すら身につけずにフィオナは舐めした動物の毛皮の上に寝かされていた。
身体を起こして辺りを見渡すと、どうやら此処は洞窟のようだ。
僅かに風の音が聞こえる。
ここは何処だろうか?
毛皮を舐めしていることからも恐らくある程度の文化的な存在がいるのだろう。
他種族の雌ですら繁殖として用いるゴブリンに連れ去られたのだろうか?
それとも、食用?こんな森だ。生きたまま捕まえて食用とする魔物がいても可笑しくは無い。
フィオナは考えてをめぐらすが、自身の置かれる状況を判断するにはあまりにも情報が足らないことを理解して、ひとまず呼吸を整える。
この様な状況に陥った場合、下手な考えを巡らせるのはいけない。どうしても不安が先走り人は混乱に陥ってしまうものだ。
これから、起こる出来事をしっかりと認識して、ただそれに対処する。それが1番の方法だ。
フィオナは冒険者としての経験からそれを心得ている。
故に一つ呼吸を置いて冷静に状況だけを分析する。
まず、五体満足で生きている。
仲間の安否は不明。
薄れる意識の中で感じた浮遊感から、何者かに連れ去られた可能性が高い。
恐らく連れさった相手はある程度知能が高い。
フィオナをどうするつもりで連れて来たのかは不明。
以上だ。
願わくば、こんな辺鄙な人外魔境に住む人に連れてこられたと思いたい。
まぁ、例えそうだとしてもその人物が好意的とは限らないが。
ふふっ。
と、フィオナは自分の都合の良い考えを自虐的に一つ笑う。
そこまで考えついた時にはもうすっかり落ち着いていた。
この切り替えの早さも、フィオナがSランクであることの証明だ。
別に初めての状況でもない。
さて、これからどうするかとフィオナが考えを巡らしていると、一つの影が視界に映った。
フィオナはその影を注意深く観察する。
薄ぼんやりとしているのでしっかりとは見えないが子供の様にみえる。
「ッッ!」
しかし、その影が近づくに連れてはっきりと姿形を確認でき、途端にフィオナは跳ね起きて体勢を立て直す。
コボルトだ。
そのコボルトは銀色の長い毛を持っており体長も普通のコボルトよりも一回り大きい。
この森の固有種かユニーク種だろう。
フィオナの過敏な反応を見たコボルトはその場で足を止めて、少し考えるように首を傾げる。
すると、突然手に持つ物をフィオナに突き出しながらフィオナに語りかけた。
「ババ!ニック!」
フィオナは呆気にとられた。
恐らくこのコボルトは会話をしようとしているのだろう。生憎フィオナにはこの言語は分からないがこの森のコボルトは言葉を話すのかと驚いたのだ。
一方コボルトは、望む反応がフィオナから得られ無かったのか少し寂しそうにしたが、諦めずにもう一度声を発する。
「ババ!ニック!クエ!」
フィオナは注意深くコボルトの声を聞く。
と、今度ははっきりと分かった。多少イントネーションが違うもののこれは人の言葉だ。
大陸全体で使われる共通語のようだ。
良く見るとコボルトは木の皿に肉を焼いた物をフィオナに向かって突き出している。
つまりこのコボルトは肉を食えと言っているのだろう。
ということはババとは何だろう。
フィオナは少し考えを巡らしたあと、一つの単語に思い当たる。
もしかして、このコボルトは私の事をババァと呼んでるのではないかと。
失礼な話だ。
私は確かに行き遅れてはいるが、まだババァと呼ばれるほどの歳ではない。
お姉さんに訂正しろと。
今すぐ怒鳴りつけてやりたいところだが、フィオナはそこをグッとこらえた。
何故なら、コボルトが肉を差し出してきた時に、お腹が異常に減っていることを自身の腹の音で知ったからだ。
良く見るとこの肉はしっかり焼かれている。それに恐らく何かしらのスパイスまで振ってある。
この森のコボルトはかなり文化的な様だ。
思わずそのステーキをコボルトから受け取る。それは、焼き立ての香ばしい香りとスパイスが調和されていた。
が、フォークとナイフがない。
いくら腹が減っていても手づかみではこの熱さの肉は持てない。
コボルトは食べたそうにしているのに食べないフィオナを不思議そうに眺めたあと、何かに気づいたのか来た道を走って戻り、しばらくしてフォークとナイフを持ってきた。
鉄製のしっかりしたやつだ。
「イル?」
そう言って突き出すコボルトからフィオナはナイフとフォークを奪いとるように受けとり一気にステーキを食べだした。
コボルトはそれを嬉しそうに眺めながら、木で出来たコップに水を汲んだりしてフィオナの世話を焼いた。
がっつくフィオナは少ししてある事に気づく。この肉はまさか、皇帝ウサギの肉では無いかと。
皇帝ウサギはBランクの魔物だが、その個体数の少なさと発見の難しさ、また、とんでもない逃げ足の早さから滅多に市場に上がらない肉だ。
その値段や、平民の平均年収を遥かに上回る値段で貴族や王族ぐらいしか口にする事はないだろう肉だ。
かく言うフィオナも、生涯で一度や二度食べた事があるだけである。
となると、とフィオナが次に予測されることを考える。その瞬間に予想した現象が起こる。
フィオナの傷が熱を持つように疼きだして、見る見ると治癒していくのだ。
皇帝ウサギはその肉の旨さをさることながら、副次効果として食べたものの傷を即効で癒す高い回復効果を持っている。
このことから皇帝ウサギは別名として薬王の俗称を持つ。
驚くフィオナを見てコボルトは得意げにフィオナを見ながら口を開く。
「ソノニック、スッゲ。クエトカダラジュワ!」
どうやらその肉は食べると身体がジュワっと治ると言いたいらしい。
フィオナは拙いコボルトの言葉に微笑みつつ残りのステーキを一気に頬張った。
「ふぅぅぅ。」
フィオナはステーキを食べ終わると大きく満足気な息を一つ漏らした。
コボルトは既にフィオナの食器を持って何処かへ行った。
ナイフだけは持っておけばよかったとフィオナは自分の愚かさを少し呪う。皇帝ウサギの肉に驚いて、すっかりと失念していた。
まぁ、過ぎたことは仕方がない。
と改めて、あの銀色のコボルトについての考えを巡らす。
どうやらあのコボルトはかなりの文化的な暮らしをしているらしい。
この舐めした毛皮といい、食器といい、言葉といい、人間とそう遜色はない。
ステーキだって、味のかたよりは随分とあったものの胡椒も塩も振っていた。
所々塩っぱかったり辛かったりしたが。
フィオナはあのコボルトに興味が湧いてきた。勿論注意は怠るつもりはないが、今のところ危害を加えてくる様子もないし、食事を与える辺りかなり好意的だと言えるだろう。
あのコボルトから、此処が何処で、どういう状況で、自分が連れて来られたのか聞いてみるのもいいだろう。
傷は治ったものの満足に戦えるほどではない。この体では立って歩くことは出来るもののこの森を突破することなど不可能を通り越して自殺行為に等しい。
そう、フィオナが次の行動を素早くまとめているとコボルトが駆け足で帰ってくる。
そのコボルトは何処となしか嬉しそうに見えた。
「あの、えーっと、ありがとう。」
フィオナは、嬉しそうなコボルトに戸惑いながらも勇気を持って話かける。
次の瞬間をフィオナは生涯忘れることは無いだろう。
コボルトは、今までフィオナが見て来た笑顔は何だったのか。と言わんばかりに嬉しそうに顔を輝かせて答えた。
「オウ、イイッテコトヨ!」