Moves Like Jagger
「私がシンボルからサブスタンスになる瞬間、リアルを取り戻すの!」
~電破より抜粋~
「手早く状況を整理しよう」
蒸し暑い車内。朝からの疲労で頭の回らないネクはそれでも、目の前の危機的状況を何とかしようと頭をひねった。
「まず目標はホームセンター内部への突入だ。彼らが何の助けを求めているのかは不明。中の状況も不明。敵も味方の勢力も不明。どう中に入ればいいのかも不明」
「なるほど。聞かなきゃ良かった」
「とりあえず進入経路として目の前、正面口はご覧のとおり無理だろう。数で押し切るにしても危険だし、正面口にバリケードでも張られていたら最悪だ。となると裏口だが、DB」
「なに?」
「ここの裏口はどうなっている?」
「なんで僕に聞くのさ」
「お前ならこういうどうしようもない事知っていそうだったから」
「なるほど。懸命で的確な判断だ。これからもそうするといい」
「で、どうなんだ?」
「答えはこうだ。知らない」
「……」
「あ。ただ非常階段は裏のほうにあったな……。昔上った事あるから間違いないよ。屋上まで続いてるからそれ登ったら良いんじゃないかな!」
「でかしたぞDB! それじゃあとにかくそこに移動しないとな……。その非常階段行くにはどうすればいい?」
「僕が知ってるのはそこの道まっすぐ行ったところだよ。搬入口がある裏手に出る」
DBが教えた道は、ホームセンターをぐるりと囲んでいる道路の一つだった。もちろん駐車場に隣接しているので車での移動は危険を伴う。
「危険だな……。どうしよう」
「車置いて歩きで行ったら? 隠れるところもあるし」
「いや……。仮に中の状況が絶望的ですぐに脱出しなければならない場合のため、車は手元に置いておきたい。それにしたって何があるか分からないんだから車は必須だろ!」
「まぁね。でもどうするのさ。車で走ってたら確実に襲われると思うぞ」
「あの、いいですか?」
「はい! トウコちゃんどうぞ」
トウコは意見を言った。他の四人は黙って聞いた。そしてしばらく考え、トウコの考えを採用する事にした。それがどんなに過酷で険しい道のりであろうと。
「これまで敵を切り倒してきた経験から予想すると、ある程度敵の特性が絞られると思います」
考えるとトウコがこれまでどうやって生き残ってきたのかも知らなかった。戦闘センスのいい彼女のことだから、自分たちの気づかなかったことも見抜いているのではないかとネクは思った。
「彼らの主要感覚はおそらく嗅覚と聴覚です」
「嗅覚と聴覚?」
「はい。基本的に五感は機能していると思いますが、主に働いているのは嗅覚と聴覚だと言う事です。とくに嗅覚は強化されている可能性があります」
「なるほど。続けてくれ」
「まず、半径約10m内に入ると気づかれます。もちろん隠れていれば見つかりませんがこちらに気づいているらしく探してきます。索敵行動ですね。こちらの位置を見つけ出す確立は五分五分と言ったところでしょうか」
「なるほどそれが嗅覚が強化されている可能性か」
「そうです。何に反応しているかまではわかりません。とにかく人間の体臭に反応している様子が見受けられます」
「ふむふむ。犬みたいな奴らだな」
「逆に視覚は大分衰えているようです」
「? というと?」
「建物の外にいる奴とガラス越しに遭遇したことがあるんですけどそのときの反応は鈍かったような気がします。多分2~3mに入った時点で気づかれたんじゃないかな」
「なるほど、建物の中だから匂いに気づかれなかったんだね」
「おそらくは。付け加えると早い動きの方により反応するようです。ゆっくり動いていればもしかしたら至近距離でも気づかれないかも」
「なるほど」
「その他の触覚、聴覚は多分、生前とあまり変わりない程度でしょうか……。ただ思考能力が大分落ちているので、物を投げて当てたとしてそれがどの方向から飛んできたのかなどの予想は不得手のようです。しかし音の鳴っている方向はわかるみたいですね。なので私は匂い、音に気をつけてきました」
「なるほどねぇ……」
真に恐ろしいのは彼女だとネクは思った。同時に、敵に回さずにすんだ事を神に感謝した。
「それで、以上の点を踏まえての作戦ですが……」
「こんな作戦はくそくらえだ」
作戦開始数分後のDBの言葉である。
「文句言ってないでさっさと押せよ……」
ネクが弱弱しく言った。
今、ネクとDBは車外に出て車を押している。手力で。燦燦と照りつける太陽の下、汗まみれになりながら。
トウコの案はトウフ並みにシンプルで、『車を押して通り抜ける』だった。エンジンをかけないことで音を消し、車の陰に隠れて幾分か敵の視界から逃れる。絵にするまでもないシンプルな案だった。しかしそれは男二人は暑さと危険の空の下に放り出され汗だくになりながら車を押さなければならない状況を作り上げてしまった。トウコはハンドルを握りつつ外の警戒。母は後部座席であくびをしつつ汗のにおいが彼らをひきつける可能性を打ち消すため、一定間隔でネク、DBに制汗スプレーを噴射する役目を与えられた。そして母は忠実に役目をこなした。少年は母の隣でブラッドウッドと遊んでいた。
「暑い……」
汗で軍服の色が変わっているDBが悲痛な声を上げる。制汗スプレーの効果はあまりないようだった。
「ああ、もうすこしだから頑張ってくれ……」
今、車はホームセンター裏口に続く道路に到達していた。心配していた迂回途中で気づかれるという可能性も、音を消し亀のような速度で車を押す事によりやり過ごす事ができた。トウコの洞察が的中していたという事だろう。しかし油断はできない。右手には正面口駐車場が広がっており敵がうごめいている。しかし駐車場が一段高い事と駐車場の外周を生垣が囲っていることにより敵の視界を少なからず遮ってくれていることが幸いして今のとこと襲われる兆候はない。ネクたちは車の左ドアを開放して車体に隠れつつ車を押していた。
「いや……無理……」
「後はまっすぐ進むだけだから──頼むから押してくれ!」
「こんなにも押してるじゃないか……」
「最初より俺の手にかかる車の圧が2倍ぐらい高くなってるんだよ! お願いだから手を抜かないでくれ!」
「汗かきすぎて力でないんだよ……。発汗量なめんなよ……」
「お前の発汗量は子供のときから知ってるよ! ってどんどん手抜いてってるな……。車の圧が3倍になった……」
「二人とも静かに!」トウコの檄が飛び、思わず車を押す手を止めてしまった。
「……すまない」
「静かにしてください。気づかれます」
「えっ。大丈夫なの!? こっちに来てない!?」過敏に反応するDB。
「DB……! たのむからその食料を入れるだけの口をたまには閉じてくれ……!」
「……今のところこちらには気づいていません。ただ匂いには気づいているようです。動きがそわそわしている」
「まずいじゃん! お母様! スプレーをお願いします!」
「はいよ」
DBの顔にスプレーを吹き付ける。「うわ……っぷ……」幾分か口の中にもスプレーの噴射が届いたらしく、DBは苦そうに顔をしかめた。
「……じゃあカウント3だ。イチ、ニィ──」
車に体重を乗せる。「ふん……!」車は車輪をゆっくり回し始めた。
「敵もいつこちらに来るか分からない状態です。どんな小さな音も出さないでください。絶対に」
「……努力しよう……」
裏口まで距離にして100m程度。心の鼓動もうるさい無音の行進が始まった。