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The Power of Love

豊臣ファイナンスめっちゃ怖い。あんなんでてきたらお金借りれないわ

 はじめに聞こえたのはタイヤがこすれる音。次に見たのは敵に囲まれ、ひっくり返された車だった。一部始終を見ていたトウコはまだ見ぬ生存者を助けるため頭をひねった。彼女が用いる武器は武器は木刀一本。竹河流一粒種の心臓はこのような状況でも鼓動を乱さない。

 複数の敵を同時に相手するのは骨の折れることだ。父の才能を余すことなく受け継いだ彼女の腕であれば、あるいは敵を一掃することも可能かもしれないが、敵がいかに愚鈍であろうとも危険はすべて控えるべきである。不戦は彼女の戦闘理念であり最大の護身だ。状況を俯瞰し、導き出した答えは、駅のホームにある非常停止装置を作動させることだった。何割かの敵の注意を引き、車から離れればそれで十分と考えた。

 案がまとまりトウコはすぐに行動に移った。車内の状況はわからないが長くは持たないはずだ。もう生存者はいないかもしれない、が彼女を動かす理由は『生きている可能性』だけで十分なのだ。

「ここから動かないで。私は車の中の人を助けるわ」

 少年は黙っている。赤いマフラーを翻し、トウコは風を切り走り出した。


 

車が敵を引き寄せているので駅を目指すのはさほど困難ではなかった。ときたまはぐれている者に出くわすがそのことごとくは木剣で切り伏せられた。

 難なく駅のホームに立つ。眼前には残った敵が三体、目的のボタンの前でたむろしている。不戦を身上としている彼女でも彼らがどこかへ移動するのを待つほど暇はない。敵を倒すべく木剣が閃く。

 一人目は気づく間もなく頭が飛んでいった。残った二人がトウコに気づき、肉を食うべく彼女に襲い掛かる。が、トウコはすでに返す刀で斬撃の動作に入っている。風の切る音とともに二人目は胴体を両断された。まさに稲妻のような切返しである。最後の一人が拳を振り下ろした。トウコはその攻撃を剣のわき腹で逸らしつつ同時に相手を切りつる。竹河流の打受一体となった剣技である。顔を半分にされ、力なくひざから崩れ落ちる。せめて一太刀と言わんばかりにトウコの方へ崩れ落ちるが、彼女の足により一蹴され線路上にその身を落とした。

 二人目に胴体を切り落とした男が苦しそうに呻いているのが見えた。彼女の肉を食うために伸ばしているその手はトウコにとって救済を求めている手のように思えた。医者であれば治療を試み、僧侶であれば念仏を唱え、政治家なら拡声器で肥大した自我をまくし立てるだろうが、トウコにはそのどれもできない。今までしてきたように彼の頭に剣をつきたてる。報われないうめき声を上げ救いを求めていた両手は力なく地に落ちた。彼女の不戦は後引く罪悪感から逃れるためでもある。

 すぐに非常停止装置のボタンを押す。聞きなれない不快な高音が発生する。車のほうを見ると生気のない幾つもの目がこちらを注視しており、案の成功を物語っていた。こちらに気づいたありの群れは移動を開始したのを確認し、トウコは来たときと同様走り去った。

 これまで幾回も襲い来る敵を切り伏せてきたトウコだが彼女の衣服はあまり汚れていない。体液が毒である可能性を考え、血しぶきを嫌い、体に付着しない角度から切つけているからだ。彼女の剣を神技たらしめているものは、幼少からの鍛錬であるがそれは父子の不細工な交流だった。トウコは家族の話をしゃべらない。


 少年の下へ戻ってきた。

「ただいま」

 返答はない。少年の口は横一文字だ。

 車のほうをみると中から人が出てきた。生存者がいたことに彼女は笑みもこぼさず喜んだ。一人は特に特徴のない社会人の男性。一人は妙な軍服を着ているがどうみても軍人には見えない肥満体系の男。一人は初老の女性だった。生還できたことに興奮しているのだろう、トウコに背を向け棒立ちとなって駅のほうを見ている。物騒な考えだがその気になれば一呼吸で全員切り殺せる程の無防備ぶりだった。特に肥満の男は三回殺せるほど周りが見えていない。軽く嘆息を漏らしつつ、トウコは少年の手を引き、ネクたちの下へ向かった。


「なるほど。僕らが助かった理由がよくわかったよ」

 線路の上で立ち話もできないので、ネクたちは突然現れた少女についていき、近くの民家に非難した。家主も誰もおらず、無人の家で事のあらましを聞いているところだった。

「とにかく礼を言わせてくれ。君は命の恩人だ。君がいなければ僕も母さんもDBも死ぬところだった。ありがとう。ええと名前をまだ聞いてなかったね」

「トウコです。お礼を言われるようなことは何も。気にしないでください」

 端正な顔に乗っかっている眉は常に逆八の字だ。人を寄せ付けない気配が彼女の美しさを際立たせている。冷たい美貌は日本刀の美しさと同質のものだ。

「ねぇネク」汗のにおいがひどい。

「なんだよ」鼻をつまむ。

「マフラーの事聞いていいかなのかな。真夏なのにマフラーだなんて」

「よく意味がわからないんだが」

「会話のきっかけとして適切かどうか聞いてるんだよ」

「つまりそれはナンパのきっかけということか?」

「ナンパだなんて言うなよ。結婚を前提とした交流だよ」

「相手は女子高生でお前は無職だ。いろいろ過程をすっ飛ばしているしなにより犯罪くさいからしゃべらないほうがいいぞ」

「はん。言ってろよ。僕のテクニック見せてやる」

 ドスドスと汗のにおいを撒き散らしながらDBはトウコのそばに近づく。あきらかに警戒しているが仮にDBが襲い掛かったところで彼女にはかなわないだろうと確信していたので、ネクは遠巻きにその光景を眺めていた。

「やぁトウコちゃん。僕はDBだ。よろしくね」

「……。どうも」

「ところで携帯電話貸してくれる?」

「……?」

「ママに恋に落ちたって電話するんだ」


 意気消沈のDBは放っておき、ネクたちはこれからのことを話し合った。

「さて……どうしたものか……」

「ホームセンターに行くんでしょ?」

「しかし歩いていくのも危険だましてや子供がいるんだから……。あ、トウコちゃんは子供に含まれていないよ」

「どういう意味ですかそれ」

「深い意味はないよ。ところでそっちのお子さんは……弟さん?」

 少し気まずそうに「いえ、そういうわけではないのですが……」

「ふうん? ねえ君。お名前教えてくれるかな?」

 腰を下げて少年の目の高さに合わせる。しかし少年の目はそぞろに宙をさまよっていた。

「?」

 頭をかしげるネクにトウコが声をかける。

「ちょっといいですか……?」

「? ああ。もちろん」

トウコについていき別室に入る。あとは面倒見のいい母が少年を見てくれいているはずだ。

「なにか用かな? ……DBの事だったら訴訟は許してくれないかな? 異性に慣れてなくて高校まで女性は全員空から降ってくるって信じてた様な奴なんだ」

「あの気持ち悪い人のことじゃありません。あの男の子のことなんですけど……」

「あ。ああそう。それであの子は一体……?」

「実は……あの子の親は私が殺したんです」


トウコは多くを語らず簡潔に話を進めた。パニックが起こった後、トウコは家を目指していた途中で少年が襲われている場面に遭遇した。少年を守るため彼の父親であろう人物がつかみ合いの乱闘の末、腕をかまれ発症、転化し、少年を襲うところだったということ。トウコは彼の父親をその場で殺したということ。

「私はあの子の声を一度も聞いたことがありません。名前もわかりません。目の前で父親が殺されたのですから当然だと思いますけど」

 抑揚のない乾いた声。感情のない冷徹な人間でないことはかすかに震えている肩を見ればわかった。

「……あー。中々ヘビィな話だねぇそれは……」

わざと調子をはずした声を出したのだが、場の空気は変わらず重く、ネクの失敗を鋭く糾弾していた。

「私がそばにいればあの子はずっとこのままじゃないかと思うんです。ですので私は……」

「ちょっと待って」トウコの話をさえぎる。

「君が後ろめたい気持ちはわかるけど……。なんていうか……仕方ないよね! そんな状況じゃ! 自分の父親に食われるよりマシだって!」

 空気が文鎮のように重くのしかかる。株主総会の真ん中に立つ人間の気持ちがわかった。

「……それに、彼はきっと君に感謝してるよ。君は子供を侮っている。僕たち以上に彼らは世界がよく見えているよ。友達とか、家族とか、……愛とかね。君がしてくれたことだって理解してるよ。今はただショックが続いているだけで彼は、きっと、君に感謝してるよ」

 真っ白な肌に赤みが差した。感情は表に出さないが言いたいことは伝わっているようだった。

「事情が事情なだけに時間がたつのを待つしかないのかもしれないけど、僕たちもなるべく気をつけるようにするよ。だから君もあの子を守ってやってくれないかな?」

「……」

 小さくうなずく。

「よしそれじゃあ。こうしよう。君は家に帰る途中だったんだよね? 家はどこなの?」

「……○×町の竹河道場です」

「ああ、道場の娘さん。なるほどどうりで。それで、○×町の方向なら少し迂回してホームセンターによれるはずだ。とりあえずそこまでは行動をともにしないかな? 僕たちはその後刑務所に立てこもる気だけど君の家に行ってもいい。すくなくとも母さんや子供を連れまわすのは危険だから一旦安全な場所に置きたいんだ」

「……わかりました。そのお店までは一緒に行きましょう」

「よし! よろしくたのむよ」

「はい、こちらこそ」

 トウコの口の端が少し持ち上がったような気がして、もう一度確認するが、そこにはさきほどまでの仏頂面がいた。

「む、残念」

「?」

「気にしないでくれ。さて移動手段だが……」

 そのときドタドタとあわただしい足音が聞こえドアが開いた。

「おっ。ネクいた。ってトウコちゃんと二人きりで何してたんだよ! このエロキチ野郎!」

「それは鏡に向かって話してるのか? それで、なんだいいものって」

「ああ、これ。車のキー。家主は家に帰ってないのかな? 帰る前に死んでたりして」

「そういうこと言うなよ……」

「これ乗ってっていいのかな? 車ドロボーだし、もし持ち主が帰ってきたら悲しむだろうね」

「だからそういうこと言うなって……。超法規的措置ってやつだ。持ち主だってきっと僕らが助かってあの世で喜んでるよ」

「そういうと言うなよ……。じゃあ僕は引き続き物色してるよ。あ、そうだトウコちゃん!」 

「……?」

「このゴタゴタが落ち着いたら、その……どうだろう。うまくて安いカラオケが歌えるスシバーを知ってるんだけど……」

「腐った魚を食わせる気か? さっさとあっちに行け」

「まったく……自分ばっかり……」

 ぶつぶつ言いながらDBは去っていった。「僕らも戻ろう。あの子が心配してる」

「……そうですね」

 残った二人も部屋を後にした。


 元の部屋に戻ると母が少年の相手をしていた。あまりいい成果はなかったようだ。

「ただいま、母さんちょっといい?」

「まったくこんなときにイチャイチャと……場所をわきまえなさい」

「いいかげん思春期から抜け出してくれ。それであの子のことなんだけど……」

「あの子ね。名前も教えてくれないのよ」

「彼のご両親がちょっとね。一時的なショック状態だと思うんだけど……」

 母子間の意思疎通で、多くを語らずとも大体の事情は察してくれたようだった。

「そう。こういうことは周りがどうこうできる問題じゃないのからね……。せめて専門家か親代わりになる人がいれば心強いんだけど」

 親代わり。その言葉にネクは反応する「親代わりか……」

 ネクは自分のバッグにを手に取り荷物をあさる。それはバッグのポケットに入っていた。取り出し、対面する。相変わらず不機嫌そうなブラッドウッドを手に少年の下へ近寄った。

「やあ」

「……」

「これブラッドウッドって言うんだ。君ぐらいの年頃だと知らないよね」

「……」

「大人なのにおかしいだろ?ほとんど記憶はないけど、父さんからもらったんだ。ずっと捨てられなくてね」

「……」

「よかったら……貸すよ。僕が持ってるより君に遊んでもらったほうがブラッドウッドも喜ぶだろうしね」

「……」

 ネクは少年の手にブラッドウッドを握らせる。少年は少し戸惑ったように抵抗したが、やがて人形を握り締めた。

「……大事にしてくれよ! DBが言うには結構な品物らしいからね。僕の父さんの形見でもあるんだからなくさないでくれよ!」

 返事はないが、少年はぎこちなくブラッドウッドと戯れ始めた。過去の自分と同じようにそこに父を見出しているのだろうか。ネクの知る由はないが願わくばブラッドウッドが少年の癒しになることを祈った。

「よし、そろそろ出発しようか。DB!」

「なにかな?」物色中のDBが顔を出す。

「車は?」

「車庫にあったよ」

「いや動くかどうか確認したか?」

「僕免許持ってないって知ってるだろ。車には毛ほどの興味も無いから動かし方なんて知らないよん」

「あ、そう……。まぁ大丈夫だろう。もうここを出よう。さっさとホームセンターへ行くんだ。きっと他の生存者もいるだろう。さ、準備しよう」

 準備を整え車に乗り込む一同。 ネクは何気なくダッシュボードを空ける。

「?」

免許証が入っていた。名前はグレンと書いてあった。

「免許証車内に置きっぱなしにするタイプか……ずぼらな奴だ」

「ネク免許証見つけたん? どれどれ……。うわ、強面」

 免許証に写っている証明写真の男は、テレビでよく見る外国人の囚人写真を思い出させた。証明写真の向こうから睨みつける様はさながら狼のような鋭さが漂っている。

「盗んだことがばれたら殺されるかもな」

「無駄口たたいてないでさっさと出発しなさい。持ち主だってどうせもう死んでるわよ」

 実もふたも無い母の叱咤に動かされアクセルに足をかける。それを見てトウコが当然の疑問を発した。

「あの……シャッター閉まってますけど?」

「シャッター? ふふ。某天才科学者の言を引用すると、『Where we're going, we don't need roads』 だ」

「は?」

「ぶち破るぞ! しっかり捕まれ!」

 同時にアクセルを思い切り踏み込む。目の前の壁を破壊して車は道路に飛び出していった。

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