表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

Mr. Tinkertrain

カルマを浄化したければ。さっさとカフェラテ買ってこい。

 夏の日差しにボディを焼かせながら、車はホームセンター目指して走る、走る。町は歩く死者で溢れかえっていた。通り過ぎる横顔はどれも土褐色で、生気のない目が車体を捕らえた頃には通り過ぎるということを繰り返す。今のところ生存者との遭遇は果たしていない。

「ホームセンターまでどのくらいかかるの?」

「制限速度と信号を無視しても20分てところかな」

「そうかぁ」

 DBは興味なさげに汗をぬぐった。


 しばらくして、踏切を越える途中でDBが興奮したような声を出した。「お! おいネク! 止まって!」

 いきなりの声に反応して急ブレーキを踏む。タイヤが高い叫び声を上げ車は線路の途中で止まった。「な、何だよ!」

 後部座席に座っているDBを見ると、まるで子供のように目を輝かせ外の一点を見ていた。

「ハッハー! 最高に感動的な光景だぜ。横を見てみな!」

 DBの視線の先をたどる。

 線路の先には、駅のホームがあり、駅のホームには、溢れんばかりの人影が蠢いていたあった。

「おいおいまさかあれ『全部』か……?」

「だろうね。あんな姿になってまで通勤電車待ってるんだぜ! 最高、もう超笑える」

「いや……、しかしなんだって駅のホームに固まってるんだ?」

「だから仕事行くためだろ? さすがモーレツ社員! 死して護国の鬼とならんってか! 過労死しないように健康管理には注意してね! なんつって!」

 DBには相当感じ入ったところがあるらしく笑い転げていた。

「どっちみち気味の悪い光景だわ。坊や、さっさと行きましょう」

「お、お母様。その前に写真を一枚」

「そんなものどうするんだよ」

「ツイッターに載せる」

「……」

 携帯電話を取り出しパシャリと一枚。ちなみにネクも携帯をもって来たが電波状況はずっと県外だ。

「よし。終わった。行こうネク!」

「おーおー。たくさんお気に入りされるといいな」

「100は硬いね」

 ため息を吐きつつ車を発進させる。しかし車は踏み切りを越えることなく、またしても線路の途中で止まった「おいマジかよ……」

なぜネクは車を止めたのか。それは、前方の角から大量の人影がこちらに向かって歩いてくるのを見たからだ。


 後部座席でも状況は確認できたようだった。緊張に震えるDBが言った。

「どうする? このまま突っ切る?」

「いや、数が多すぎる。車を止められてタコ殴りになったらアウトだ。引き返そう」

「……いや、それもできなそうよ……」

 母の言葉に振り向く。と同時に、車が揺れた。まるでハンマーに殴られたように。

「うわあ!」

 素っ頓狂な声を上げ後方を見ると、いつのまに近づいたのか何人もの死者が車に取り付いていた。

「ネク! 早く車を出してくれ!」

「今やってるよ!」

 エンジンをふかし、バックに動かそうとする。しかし思ったように進まない。予想以上に人数が多いようだ。その間にも車は滅多打ちにされている。窓ガラスは血ですっかり汚れてしまった。

「ひいい! 後ろは無理だ! 前に進むしかない!」

「……もう目と鼻の先だ! 進めない!」

「いいからとっとと進みなさい!」

「ええいくそ!」

 アクセルを思いきり踏み込む。ゴムのこすれる音とともに車は動き出す、が行く手を阻まれた車はなすすべなく、やがて速度を0にした。前から後ろから執拗に車を引っかく無数の手は昔、絵本で見たような地獄の光景だった。

「ああ! ネク! あれ!」

 社内に響く甲高い叫び声。最悪なことに騒ぎに気づいたサラリーマン達がこちらに近づいてくる様子が見えた。

「ああ……まずいぞ……」

 いまやネクたちの車は飴と化し、それにたかるアリの大群に埋め尽くされていた。


「何とか出られそうにないか!?」

「後ろは無理だよ! まったく囲まれちまってる!」

「……!」

 何とか脱出方法を考える。しかし外の状況を鑑みるにどうにも方法があるとは思えなかった。

(父さんなら……父さんなら……)どうする──。そればかりが頭を駆け巡る。

(父さんなら……父さんなら……)しかし答えは出ない。

(父さんなら……父さんなら……)体感的な浮揚感とともに沈思は浮かび上がり、ネクに意識が戻った。深く考え込みすぎて外界を遮断していたようだ。

「!?」

「うわあ!」

 浮揚感の正体は、まさしく浮揚だった。車が持ち上がっているのだ。

「まさか……」

「ひっくり返すつもりか!?」

次の瞬間。視界が反転し破壊音。気づいたときには天井に頭を強打していた。


「ってえー……。あ! 大丈夫か!? 母さん! DB!」

「とりあえずは……」

「死んでないわ……」

 ほっと安堵。する間もなくネクは最悪の問題を見つけてしまった。

「ああ! なんてこった! もう最悪だ!」

 今の衝撃で窓ガラスにひびが入ってしまったのだ。脆くなってしまった窓ガラスを彼らの執拗な殴打には決して耐えられそうにもなかった。しかも横転した車の中では身動きがとりづらい。状況は最悪だった。

「ネエエク! どうしようネエエク!」

「どうするって言ったってどうすりゃいいんだよ!」

「知らないよ! とにかく助けてくれぇ!」

「どうにもならないよ! とにかく──」

 言葉をさえぎるようにDB側の窓ガラスが突き破られ青白い手が車内に侵入してきた。

「オオオオ!」

「いやああ!」

 悲鳴をあげ後ずさるDBの足にその手は絡みついた。割れた窓ガラスの向こうから腐敗臭が漂ってくる。

「DB! 落ち着け! 傷をつけられる前にそいつの頭をナイフで突き刺せ!」

「そんなことできなひよおおお!」

 涙と鼻水と汗と、一回転したのか引きつった笑みを浮かべているDBの顔は完全なパニックに陥っていることを如実に語っていた。「わあああ!」

 巨体を揺さぶり暴れだすDB。それにつられて余計に揺さぶられる車。それに伴い窓ガラスの亀裂がさらに大きくなる。好機と言わんばかりに窓ガラスを叩く音が大きくなったような気がした。

「やめろDB! 落ち着いてくれ!」

「ああああ!」


──。


 ネクはその音を聞いた。DBの絶叫のなか車のきしむ音でもない、車を叩く音でもないなにか──そう、砂がこすれるような音。ネクは音の正体に気づいた。それは砂状になったガラスの破片がこすれる音だったのだが、気づいたときには 四方の窓ガラスが一斉に突き破られた。


 右から左からネクを捕まえるため手が伸びてきた。捕まれそうになるのをなんとか振りほどいていくが、数が多い上に出口がなく脱出は不可能。彼らの仲間になるのは時間の問題だった。

「と、とにかく母さんはなるべく真ん中に寄って! DB! 叫んでないで奴らの頭にナイフを突き刺せ!」

 この状況では何の意味も持たないことはネクが一番良くわかっている。自分たちの力ではもう対処のしようがないのだから。まさしく奇跡でも起きない限り生き延びるすべはないのだ。

「くそ! くそ!」

 執拗に足を掴もうとする手を蹴り飛ばす。後部座席からDBの悲鳴が聞こえるがもはや気にする余裕は失われていた。足をつかまれたことでさらに余裕は失われ、ネクはパニックに陥った。

「──!」

 わけのわからないことを叫びながら闇雲に足を動かす。掴んだ手はそれでも離さずむしろネクを自分のほうへ引き寄せるべく力をこめた。

 ネクは、あきらめた。

 抵抗しつつ、頭のどこかであきらめた。

 走馬灯は見えなかったが時間が密集していくような体感だった。スローモーション。死へと向かう意識の凝縮。足にかじりつこうとしているサラリーマンの凶悪な犬歯。黒く霞が視界を覆う。混濁。暗闇。そして

 サイレン。

「サイレン!?」

 音を立てて時間が戻ってくる。気がつきたネクは、あわてて噛み付こうとしていたサラリーマンの頭にナイフを突き立てた。

 耳に障る音。サイレンかアラームかわからないがそれに類する警告音が鳴っていることに気づいた。もちろんさっきまでは鳴っていない。サイレンのおかげで注意がそれ、攻撃の手が緩まった。

「母さん! DB!」

 後部座席を見る。見たところ無事のようだった。DBはまだ半狂乱に暴れていた。身を乗り出し、DBの頭を押さえつける。

「落ち着けよ!」

 しばらくして、やっとDBは大人しくなった。まだ鳴り止まないサイレン。

「とにかく落ち着け……。なぜか知らないがサイレンが鳴っている。今なら外側の奴らを音の鳴るほうへ追い払えるかもしれない。しかしお前が暴れたらまた奴らの注意を引くことになる。車のそばにいるやつも今はサイレンに気を取られて攻撃はしてこない。じっとしていろ」

 鼻息で返事をするDB。

 蒸し暑い車内で、ひたすら時が流れるのを待つ三人。助かることを願いつつサイレンに祈りをこめる。

「……」

 そして、何分(実際には何十秒)か経ち、敵の大部分はネクよりサイレンに興味を示したらしく移動を始めた。車の周りに数人残っているがネクたちでも十分処理できる程度まで危険は少なくなった。念のため十分敵が移動したのを見計らい。車の周りの敵を片付けた。

「よし! もう大丈夫だ! 車から出るぞ!」

 芋虫のように窓から這い出る三人。

「ふひい……死ぬかと思った……」

「ああ。しかしこのサイレンは一体……」

「あれね。駅のホームから鳴ってるわ」

 ぞろぞろと連中の移動する先は確かに駅のホームだった。聞いたことはないが電車の非常停止装置を作動させるとこうなるのだろう。

「……サイレンが鳴るとは知らなかった……」

「僕が昔押したときの音とは違うね」

「……」

「誰かが押してくれたのかしら……」

「うん、そう信じたいね。少なくとも今の世界では故障して鳴ってるより誰かが押したってほうがよほど奇跡的だ」

 そのとき、背後から足音がした。「!」驚き、武器を構え後ろを振り向くと、そこには夏だというのに真っ赤なマフラーという妙な学生服の少女とそれに連れられるように寄り添っている少年がいた。

マフラーに意味はありま温泉。ただの記号です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ