I'm Going To Be A Teenage Idol
やるっきゃnight
「アア!」
女がDBめがけて襲い掛かかってきた。噛み付かれる寸前で相手の頭を捕まえる。
「うわあ!」
しかし勢いに負け、DBは転倒。女が覆いかぶさるような体勢になった。
「ネェク!ネクネクネクネェェク!!助けてぇ!」
女の歯が今にもDBの首に届きそうだった。このままだとそう長くないうちにスプラッターよろしく辺りは血の海となるだろう。ネクも引き剥がそうとするが、やはりタガが外れたような馬鹿力だ。
「ちょ、っと待ってろ!」
ネクは物置に向かって走り出す。後ろからはDBが名前を叫ぶ声が響き渡る。
「なにか武器になるものを……。 !?」
物置に手をかけるが、開かない。鍵がかかってるようだった。
「くそ!」
後ろからはクネクネという言葉が呪文のように叫ばれている。ネクは扉をこじ開けるために近くにあったシャベルを手に取り振り上げた。
「ふん! ふん!」ガン ガン
「ふん! ふん!」ガン ガン
「なかなか壊れないな……」
シャベルを握りなおす。そのときふと手元を見た。
「……」
いそいでDBの元へ駆け出した。
「いやあ!! 助けてぇ!」
「今助けるぞ!」
シャベルを構えて、女の頭に狙いを定める。
「……んん!」
しかしいざとなると躊躇してしまう。人生の中で他人の頭めがけてシャベルをフルスイングした経験のないネクにとって存外困難な仕事だった。
「な、何やってんの!? はやく助けてくれよ!」
「よ、よし」
シャベルを振り上げ勢いよく振り下ろす──が途中で減速し、弱弱しく女の頭を小突いた。
「何やってんの! は、早く何とかしてぇ!」
「いや、でもなぁ……。中々やりずらいよなぁ……」
「いやあああああ!!もおおおおおお!!」
トマトのような顔になったDBが下から女を突き飛ばした。死の際に立った人間が出すまさに火事場の馬鹿力だった。女はそのまま仰向けに倒れる。
「スコップ貸して!」
呆然と立っているネクからシャベルを引ったくり女の頭めがけて振り下ろす。何回も殴りつけ、落ち着いた頃にはすでに女の頭は原型を留めていないほど崩れていた。女もピクリとも動かない。
「ふひー……ふひー……」
肥えているせいかDBは息を乱すと笛のような高い音が鳴る。気道が脂肪で狭くなったせいだとネクは勝手に思っている。
「ふひー……ふー……これって、正当防衛だよね……」
「うん……まぁ……いやそれより」
穴の開いた女の胸に目を向ける。
「素人目だから正確じゃないけどさ……胸に穴開いたら普通は動けないよな……」
「そ、そうだよね……これって……」
沈黙の中、二人とも同じことを考えた。
「……あ」
「ん?何だよ」
「いや、よくあるパターンだとさ、こいうのって音とかに反応して一箇所に集まってくるってのが定番だよねって思って」
「……お前そういう事いうと……」
背後で土を踏む音が聞こえた。
「……」
そっと振り向くと、二人の青白い顔をした男がゆらゆら揺れていた。
今度は全身血だらけ、片方は顎が欠損しており、もう片方は腕を一本なくしていたという、『いかにも』な仕上がりであった。白目をむいて焦点が定かではないが、低いうなり声から敵意は十分伝わった。
「お前がしょうもないこと言うから!」
「いやいや! 関係ないっしょ! たぶん。うわこっち来た!?」
さきほどの(そばに転がっている)女と同様動きは極端に鈍い。
(武器が合ってもなるべく近寄りたくないよな……)
二人は顔を見合わせ、物置に駆け出した。
「さっき開かなかったぞ」
「コツがいるんだよ」
DBが手をかけると難なく開いた。
「武器になるもの……おっ、ネク!」
DBが工具箱をひっくり返す。
「よし……」
相手との距離はおよそ5メートル。工具を手当たり次第に投げつける。
ネク、スパナを投げる。致命傷に至らず。
DB、かなづちを投げる。外れる。
ネク、レンチを投げる。よろけるだけ。
DB、ドライバーを投げる。外れる。
ネク、ペンチを投げる。効かない。
DB、きりをを投げる。女に刺さる。
「……」
手元に工具がなくなった二人は、手身近にあるものを片っ端から投げる。効き目むなしく迫り来る男二人。距離にして4メートル。ピンチ。そのときネクは見つける、目の端に光るものキラリ。掴んで投げるよ無我夢中。キラリ光って脳天食い込むそれはCD。一匹始末。足から崩れ落ちる様は西部劇。ポールニューマン顔負けガンマンの死に様。
「……DB!」
「こんなこともあろうかと部屋に置ききれないCDは物置に置いてるんだぜ!」
デブの暑苦しい笑顔キラリ。いやニヤリ。無造作に積まれているダンボールを引っ張り出し中を開ける。
「結構レア物あるから気をつけてね」
「あー……これは?『あっとしてgood!!』」
「インディーズ時代のシャ乱○が参加してんだぞ!ダメ」
「これは?『ウマ・サーモン』」
「3000枚しか発行してないんだぞ?ダメ。ん……なんだこれエル……イーディー……まぁいいや」
「……!ちょっとま──」
ヒュッ。外れる。壁に当たり、乾いた音をさせて割れてしまった。
「……前に貸したマディソン・スクエア・ガーデンのブートレグ版だぞ!」
「えっ。そうだっけ。ゴメンゴメンゴ。忘れてたよ」
「まったく……。しっかしこの箱……。咎ジュン、ヲーケン、ミヂロウ、ピカシューやらなんや偏りすぎだろう……。捨てるものないぞ……」
「うん。多分貴重盤入れだね。次」
もう一つのダンボールを開ける。
「……? なんで同じCDが大量にあるんだ?」
「ああ。抽選券が欲しかったんだよ」
「あ、そう……。抜き取ってるのか?」
「もちろん」
「ゴミだな」
ケースからCDを取り出しDBに渡す。
「……よし、いくぞ」
二人で手裏剣のごとく投げつける。
ヒュッ。
ヒュッ。
「中々あたらない……」
「気合が足りないのサ。ぅりゃ!」
掛け声一発。DBの投げたCDが弧を描き見事頭部に突き刺さる。男の動きが止まった。
「よし今だ!」
ネクもCDを投げる。毎分4千回転するCDは光る凶器となって男の頭部に吸い寄せられる。一閃。頭部が上下に分断された。崩れる体。噴出す血潮。庭は腐ったような黒い血で一色に染め上げられた。
「……」
ぢっと三つの死体をみつめる二人。動かない。セオリー通り頭部の破壊は有効なようだ。
「ああ……。終わった……」
気が抜けたように座り込むDB。
「座ってる暇ないぞDB。とにかく家に入るんだ。どうやら外は危険らしい」
「あ……。うん、そうだね……」
立ち上がるにも一苦労というように肥えた体を持ち上げる。
「……お腹……すいた……」
ニワトリのようなデブだとネクは思った。