I Walked With A Zombie
ロメロに愛をこめて
大体ショーン・オブ・ザ・デッド
「夜よ、ようこそ! 星よ、ようこそ!
私は眠りにこがれる。私はもう起きていられない。
もう考えることも、泣くことも、笑うこともできない。
ただ眠りたい。
百年も千年も眠りたい」
ヘッセ 病気より抜粋
記憶を失ってから数日後、目覚める。
ネクは見慣れないベッドの上で目覚めた。朦朧とした頭であたりを見渡す。白い壁に質素な家具。家具というよりオフィス用具の質素さだ。ついで自分の腕から生えているカテーテル。着たことのない服。頭に巻かれている包帯。
どうやらここは病院のようだった。
何故自分が病院にいるのか記憶をたどる作業を開始する。しかし作業はモザイクに阻まれ進展はなかった。
一番最後の記憶は友達のDBと遊んだことだ。家でゲームをしていた気がする。それからは覚えていない。きっとその後何かあったのだろう。
「電話して聞いてみるか……」携帯電話を探そうとするが、はたと気づく「いやその前にナースコールか」
近くにあったナースコールであろうボタンを押してベッド沈む。あとは看護師が来るのを待つだけだ。
「……あっ」
壁にかけてあったカレンダーを見る。日付は今月のものだった。
「少なくとも植物状態で数年経ってるわけじゃないか。まぁいいや、看護婦さんが来るまで何か思い出してみよう」
待ってる間、記憶を掘り返そうと努力をしてみる。努力しているうちに30分たった。結局思い出せなかった。
「遅すぎる」
と同時に静か過ぎると思った。いくら病院が静かな場所といっても静か過ぎる。まるで誰もいないかのように静かなのだ。
「携帯もなさそうだしな……。俺の荷物も服以外ないし、どうすればいいんだよ……」
廊下に顔を出してみる。
「誰もいない」
物音一つしない空間に違和感を覚える。
「というよりありえないよね……。なんなんだいったい……。気味悪いからさっさと人探して帰ろう」
適当に病室の近辺をうろついてみる。どうもここは4階のようだった。
「ナースステーションとかは1階かな。すくなくとも受け付けは1階だよな。行ってみよう」
ナースステーション。
「……誰もいない……」
本日二回目。まず日本では見られない光景にネクの思考は追いつかない。
「ストライキか?」
ストライキにしても人っ子一人いないなんて考えられない。
「ええ……怖いわぁ……もう帰っていいかな……誰もいないし……」
耐え難い事態に直面したとき、現在の自分より幼い時期の発達段階に戻ることをフロイトは防衛機能と提唱している。ネクの頭は十ほど若返った。
「帰りますよー?帰りますからねー?」
反響して返ってきた自分の声を後にネクは病院を出た。
外は快晴。澄み渡る青さの空があった。
いったん病室にもどり服を着替えて外に出た。
「ここか……。僕の家よりDBの家が近いな。昨日のことも聞かないといけないしDBの家に行くか……」
ネクはDBの家に向かって歩き出した。病院を少し外れると住宅地がありネクとDBの家もそこにある。DBとは小学校からの付き合いだ。成人してからも実家住まいなので、未だ互いの家を行き来する中である。もっとも、働いているネクに対してDBは日がな一日中家に閉じこもっている典型的な引きこもりである。外にも出たがらないため最近は専らネクが訪問する形となっている。
「んん?なんだあれは」
道すがら、人がいた。それも大勢。肉屋の店前に大勢の人がひしめき合っているのだ。病院で目覚めてから初めて見た人にネクは少し安堵を覚えた。
「しかしなんだあれ……。肉屋でセールでもやってんのか?妙に殺気立ってるけど……。どんだけ肉食いたいんだよ」
あきらに病院といい目の前の肉屋と言いおかしいことだらけなのだが、群衆の中に飛び込むのも気が引けた。
「さっさとDBの家に行こう……なにか事情を知っているかもしれない」
ネクは足早にその場を立ち去った。
DBの家はなかなか大きい。二階建ての一軒家と広い庭、庭にはよくわからない粗大ごみがいくつも置いてあり、なかなかどうして危険である。小さい頃ごみ山で遊びまわっていたネクもDBも大なり小なり危ない目にあっている。
ネクは玄関を開けた。この家はほとんど鍵がかかっていることがない。
「お邪魔します」
返事はない。ネクは他の部屋に目もくれずすぐさまDBの部屋に向かう。
「開けるぞ」
といいながら扉を開ける。異臭が鼻を突いてきた。
「……! くう! DB! おい!」
ごみの山の中からモニターの光がかすかに動く。ごみに同化していたDBの巨体がのそりと動いた。
「……あれぇ。ネクじゃん。」
ヘッドホンを外しつつDBが立ち上がる。同時に溜まりに溜まった脂肪が揺れる。平均的な身長だが、まとわりつく脂肪はDBを巨漢のように目せしめた。
「正気かどうか疑うぞ。何だこの部屋は! いつの間にごみ屋敷になったんだよ! 掃除は!」
「ママンがいないからね」
「理由になってない。親はどこに行ったんだ?」
「パパンもママンも僕を養うために単身赴任してるよ」
「お前は生まれたことが人生最大の失敗だな。とりあえず居間に行くぞ。ここにいたら匂いで人を殺せる証明になってしまう」
「ははっ。マジウケルンデスケドー。朝食はチョコレートミルクとジャムパンがいいな」
「……死ねデブ!」
居間。ネクはとりあえず病院に行く事になった経緯を聞くことにした。
「うーんとねぇ。三日前のことだよ。ネクの家で遊んだろ?帰るときにネクは階段ふみはずして気絶したんだよ。目ぇ覚まさないから救急車呼んだりして大変だったな」
言われてみると記憶が鮮明によみがえってきた。
「ああそうか……。え、じゃあ三日間寝てたのか!?」
「そうだよ」
「会社は?」
「いや、多分ネクのパパンが連絡してるっしょ」
「あ……まぁそうだよな……。まっあとで連絡しとくか。それよりDB。なんか町の様子がおかしいぞ」
「へっ?どゆこと?」
「いや目が覚めたら病院だったんだけどさ。誰もいないのよ。看護婦もいないの」
「何それ。ありえないだろ」
「いやでも本当なんだよ。だからこうして脱走してきたんだろ」
「無断で出てきたの?やっぱ頭打ったのがまずかったか……」
「外歩いてもさ。やけに人が少ないの。朝方つっても普通に通勤時間帯だよな。ああでもあそこの肉屋には客が殺到してたな。セールでもやってんのか?」
「んー。その場合、セールの可能性よりも食中毒とかの可能性のほうが高そうだけど」
「いやとにかくおかしいんだって」
「頭が?」
「お前話聞いてないだろ?」
「聞いてるよ。病院がどうとかだろ?」
「……」
DBはチョコレートを塗りたくったパンをほおばる。これで五枚目だ。胸焼けから逃れるためにネクは窓辺へ移動する。
「あ」
なぜか外には見知らぬ人がいた。
「何? あ、って」
「DBこっち来い。庭に不審者がいる」
「またまたそんな馬鹿なことが……あっ本当だ」
服装から女性とわかるが後姿しか見えないので顔はわからない。DBの反応からどうも知り合いの類でもないらしい。
「えらいふらふらしてるな……。酔っ払いかな。警察呼ぶか?」
「ええ……。国家権力呼ぶといろいろ面倒だから注意してお引取り願おう」
二人で庭出る。女性は相変わらずふらふらしていて、こちらにも気づいていないようだった。
「……おいDBなんか言えよ」
「おお、おうとも」息を大きく吸い込み──「あの! すいません……ここ僕の家なんですけど……」
最後の言葉はほとんど聞き取れなかった。
女性は声に反応してゆっくり、ぎこちなくこちらを振り向いた。
「顔白いな……。飲みすぎかこれは……ヤク中だな。間違いない」
おそらく薬物中毒者は見たこと無いDBはしたり顔でうなずいた。女性は千鳥足でこちらに向かってくる。だらしなく開いた口からは涎が流れ出ていた。
「おお、こっちくるぞ。はいあんよが上手!あんよが上手!」
「挑発するなよ。あんよを強調しすぎだろ」
「妹よ!会いたかったぞ!」
「お前の妹はもう結婚してるだろ」
「ここは俺が食い止める!お前は早く逃げるんだ!」
「いやいや。お前に背中を任すほど判断力失ってねーから」
「ははっ……うお!?」
気がつくと女性がDBに掴みかかってきた。遊んでいるうちにいつの間にかDBの間近まで近づいていたらしい。
「オオォォ……」
「た、助けてネク」
「はは。よかったじゃないか彼女ができて」
相手の力が強いのか、DBはなかなか引き離せずにいる。お互い組み合ったまま揉める形になった。
「式には呼んでくれよ」
「ぐう……、み、見てないで早く助けて……。腕力ハンパ無いっす……」
「ああわかったわかった。はいごめんなさいよ。デート中悪いが離れてくれ!」
ネクも加わり引き剥がそうとする、しかし予想以上に相手の力が強かった。
「なんだこの馬鹿力は!」
「カウント3で同時に押そう!」
「まったく……。せーの1、2、3!」
二人分の力でやっと引き剥がすことに成功した。女性はそのままよろけて豪快な音を立てながらごみの山の中に倒れた。
「やれやれこれだから酔っ払いは困るんでせう……あ」
「酒はのんでも飲まれるな。ってことだな……あ」
二人とも同時に同じものを見、同時に口を亜の形で止めた。なぜならごみ山に倒れた女性の腹から木材が突き出ていたからだ。
「どどっどっどどっどっどうしよう?」
「そんな土管工のテーマみたいな韻踏んでる場合か!まずは警察に連絡して……」
ズリュ
「警察って……逮捕とかされたらどうすんのさ!」
「安心しろ。情状酌量の証人として出廷してやる」
ズリュ
「いやいや!いろいろ一緒に押したんだから同罪でしょ!」
「それは裁判官に言うんだな……」
ズリュ
「どこにいくつもりだーい!? 警察に電話しようたってそうはいかんざき! ……?」
「離せ! 俺は市民の義務を遂行するだけだ! ……?」
『ズリュ?』
もみ合いになった二人はどうにも耳障りな音に気づいた。
「このよくホラー系の映画……、特にスプラッター系でよく耳にする音は……」
ゆっくりと音のする方へ目を向ける。
「あ」
「あ」
「アァァ……」
腹に穴の開いた女が立っていた。
ネクといっても弟のほうじゃないよ!関係ないよ!
「死体は探すより作るほうが簡単なのサ」(CV.矢尾一樹)