泉の乙女はだーれだ?
この泉には、男を惑わす女神の伝説がある。
昔、この辺にはいくつもの村が存在していた。
泉の近くで木を切っていた、男がいた。この男は麓の村の優男で村長の1人息子だった。
手が滑って斧を泉に落としてしまう。
泉の水面が大きくうねると、そこに現れたのは美しい黒髪の乙女だった。
優しく微笑む乙女は、男に言った。
【お前の斧は、この金の斧か? それともこの鉄の斧か?】
金の斧を見て欲に目が眩んだ男は、金の斧が自分の斧だと言い出した。
それを聞いた乙女は、それまで優しかった表情が一転して、こめかみから金の角が出て来た。
目は血走り男を見ると、耳まで裂けた真っ赤な口を開き男を罵った。
【その口は、真にお前の口だな。お前は、自分の欲に負けたのだ。妾と一緒にこの泉の底に引きずりこんでやる】
男は慌てふためいて、その場を去った。
【お前には、水の呪いがつきまとう】
乙女の言葉にワナワナと体を震わせた男は、腰を抜かした。
その後、這う様に村に帰った男は、水を見るたびに怯えていた。
村の男達は、自分の家柄や顔の良さに鼻をかけていた男が一転して、家から一歩も出なくなった事に疑問を感じていた。
そんな嵐の夜に、1人の女が雨宿りをしたいと言って、男の所にやって来た。
雨に濡れた女の髪は、金茶色だった。女の手を取った男は、家の中に入れると、女は微笑んだ。
その女の微笑みを見た男は、すぐに恋に落ちた。
女は働き者だった。この年の夏は、日照りが続き農作物が獲れなくなった。そんな時に旅人がふらりと現れて、男の家にいた女の顔を見て泉の乙女様の祟りだと叫びながら村を出て行った。
村は、農作物が獲れなくなり、1人2人と村人が病に侵されて行った。気がつけば村には、自分しかいない。
今日も恨めしそうに自分の痩せ細った体を太陽が容赦なく照りつける。
「泉に行きましょう。彼処ならこの日照りでも枯れる事なく、水をたたえているでしょうから」
水と言う言葉に、男はゴクリと喉を鳴らした。
無意識に男の足が、森の奥深くにある泉の方へと向かう。
男を待っていたかの様に、照りつける太陽の光が水面に映える。
男は喉の渇きに負けて、泉に近づくと水面に顔を着けた。男のその姿を見た女は、背後から男を泉に突き落とすと、声高らかに笑った。
泉の近くには、男の鉄の斧が落ちていた。
幾ら待っても息子の帰りが遅い事を心配して、村の男達が松明を持って泉の近くまで行くと、変わり果てた男の体が浮かんでいた。
村の男達が「今朝、元気に出て行ったばかりなのに…」そう口々に言うと、村の占い師が男の変わり果てた姿を見て、「愚かな…泉の乙女の祟りにあったのじゃ…」そう呟いた。
彼の言葉を聞いた村の男達は、この泉の近くに社と言われる石を重ねた物を作った。