呪われた王子様加筆しました〜
ファティマ視点です。
半年前、ビーツが治める領地に時渡り人の訪れを告げる雷が、地上から空へと幾千もの眩い光が解き放たれた。
この世界の雷は、普通地上から空へと光の刃が、昇る。
雨は、大気中に発生した虹色の雲が、緑色に変わり出すと、地面からシャワーヘッドをひっくり返した様に弧を描きながら、地面に迸る。
虹色の雲が、緑色から真夜中の色に変わると、俺は溜息をついた。
「漸くだ。漸く時渡り人が、やって来たんだ…」
この世界に時渡り人が来るのは、久方ぶりだろう。
最後に時渡り人が来たのはフェンネル王の時代。
クォーアダンカールの国を興したと言われる初代クォーアダンカールの王フェンネルーその息子で二代目のネイソン王ー三代目のカルデロン王ー四代目ケンタウグスー五代目ダニエラ王ー六代目マナティー王 ー七代目フォンダン王ー (八代目の統治時代は3ヶ月と短く王名は載っていない)九代目フィンネル王ー十代目フォルデ王ーそして彼の一人息子のファティマ殿下(次期国王)となる。
ファティマの父、フォルデ王から数えて10代前、約500年前に時渡り人が来たきりだった。
時渡り人は、竜騎士と呼ばれ、この世界の危機を救うと言われている。
今は平和に見えるこの世界にも、少しずつではあるが、歪みが生じている。
時渡り人が来るのは、そう言った歪みを正すために全能の神ジュダルがこの世界に寄越して来る。
今までジュダル神により送られて来た時渡り人は、みな女だった。
ビーツの領地に、再三に渡って時渡り人を登城させる様にと使いの者をやったが、全て断られた。
最後に送った使者が帰って来た時に、使者は青い顔をして俺の前で平伏した。
「ファティマ殿下、今回の時渡り人は、お諦めになられた方が宜しいかと存じ上げます」
例え自分が遣わした使者であっても、殿下直々声をかける事はない。
全て侍従長のジャグールを介して使者に伝えられる。
ファティマはジャグールを呼び寄せると、眉を顰めながら何か囁いていた。
ジャグールは、殿下の意見を聞き、何度も頷くと使者の方を向いた。
「どう言う事だと殿下は、驚いていらっしゃいます」
辺りが重苦しい雰囲気に包まれる中で、使者は言い難そうに言葉を濁した。
「その………殿下は、今回の時渡り人との……その……縁を結ばれる事を本気で望まれているのでしょうか?」
余りにも焦ったいほどの口調に、痺れを切らした殿下は、侍従長のジャグールが止めるのも聞かずに、幾重にも下げられたモクジュ(御簾と同じ役目をする物)の中から、宝剣を手にすると使者の前に現れた。
「お前は、神の申し子と呼ばれるこのファティマ=ジャグ=ギルボルトールに向かって申し開きがあるのか! この私が我が使命を果たすのは、王家を継ぐ者として当たり前だ。それが王たる者の宿命なのだからな」
何を不躾な事を聞いて来るんだ?
俺には、どんな不細工な時渡り人といえども、婚姻を結ぶ事に変わりはないのだからな。でないと……俺の魔力が無くなってしまう。
俺の先祖、賢王と呼ばれたマナティー王は、それまで一小国に過ぎなかったこのクォーアダンカールをこの世界で随一の一大帝国にした王である。その賢王も年を取り自分の力(魔力)に衰えを感じ始めた時に、あせりが出たのだろう。城の奥深くに眠る書物を紐解き、それを解明し始めた。その書物の中には、彼が最も欲しがっていた物を得るための魔術が記されていた。
不老不死。
それは、神と同じ力を持つために神の声が聞こえる巫女を抱き、穢れない血を供物としてドラゴンの頭蓋骨に赤い血をかけると言う物だった。だが、これは絶対にやってはいけない魔術。
人が全知全能の神であるジュダル神を越えてはいけないし、同じ位置に立つことすら許されない。
魔力が残り少なくなり、死への恐怖に駆られたマナティー王は、神殿へ向かうといつも神殿の中で祈りを捧げているアリシアの手を取った。アリシアは、かの賢王マナティーがまさか自分に対して、無体な事をするとは露ほども思っていなかった。
いつもの様に、ジュダル神の導きで制圧した数々の国々の話を優しい声で、聞かせてくれるのだろうと思っていたのだった。
神殿の扉が閉まり、そこにマナティー王と自分だけと言う不自然な部屋の空気に、アリシアは震える声で王に聞いたのだった。
【マナティー王、どうして今日はいつもの侍従長のシュリーザ様や侍従のザイール様が一緒では無いのですか?】
【ウム。それは、私が神の愛し子と言われる巫女殿に、1人で会いたいと思ったのだが、迷惑だったか?】
【い、いえ、迷惑などと畏れ多くも、賢王と呼ばれるマナティー王にその様な事など…】
【なら良い】
言葉巧みに、彼女の逃げ道を片っ端から潰し、王はとうとう泣き叫ぶ巫女を組み伏せ、自分の性を彼女の中で放った。破瓜の血を亜空間から取り出したドラゴンの頭蓋骨に、それを塗りつけた。
アリシアは、信じていた王に裏切られ、その失意の中で命を絶った。巫女を失った代わりに神殿に王が持って来たのは、王家に代々伝わる竜玉だった。
マナティー王は、神官長や侍従長達に悟られる事なく、竜玉奉納の儀式を終えた。
全て自分の目論見通りに上手く事が運べた事に、満足した王は、漲る己の魔力にうち震えた。
己の望み以上の強大な魔力を授けられたマナティー王は、天に向かって叫んだ。
【我の力は、創造主ジュダル神を越える! 我が神となるのだ!】
それまで穏やかで雲一つ無かった空が、一瞬の内に真っ黒い雲に覆われると空から轟くような声が聞こえた。
《愚かな王よ。紛い物の力に我を失うとは…》
それは己の保身可愛さにやった事が、自分の一族を滅ぼしかねない不始末へと発展したのだ。
全ては故マナティー王が、ジュダル神に仕える巫女に手を出し、巫女は純潔を失った事から彼女は神殿を追われた。その彼女の代わりにと神殿に送られたのが竜玉だった。それを紛い物と知りつつ、マナティー王はジュダル神に供物として送った事から始まった。ジュダル神の怒りに触れた。
《お前の孫から王子が生まれる時、お前は既にこの世には居ない。だが、お前の息子や孫達が我の力を今一度、知る事になるだろう》
すでに自分には息子も孫もいる。
幾らジュダル神とて、すでに生を得た者から魔力を吸い取る事はできない。
それは創世記にジュダル神がクォーアダンカールの創始者と言われるエイダを自分の息と血をこの土で捏ね作った事から始まる。
一度神が与えた祝福と言う名の魔力は、幾ら神でもその者から取る事はできない。
「神よ。それはあなたがご自分で作られた子供を狩る事になる。それはあなたでも出来ない事だ」
《愚かなる王、マナティー。よく聞け、我は今生を受けている者からは力を奪う事は出来ぬ。だが、お前が生を終えた後にやがて産まれて来る曽孫から全ての魔力を取り去る。それは全て王であるお前がとった愚かな行動が、この国を滅ぼす事になるのだ。己の罪の深さを思い知るが良い》
神官長や神官達は、ジュダル神の怒りを恐れ、その場で平伏した。マナティー王は、ジュダル神の怒りに触れ、溢れるばかりの魔力でツヤツヤだった黒髪が一気に白髪に変わる。
「ゔわああああああ!!」
白髪の髪を狂ったように手で引き抜き、叫び始める男にもはや王としての人格すらない。
賢王として崇められていた嘗ての王は、もういない。
縋るように玉座にしがみつく、欲にまみれたただの老人がいるだけ。
彼は自分の侍従達に縋るような目で見ていると、彼らの足は床に釘付けとなって動けない。
それは侍従の自分達が王の狂動を止めれなかったと言う罪が彼らの足を動けなくさせていた。
若く雄々しいと唄われた嘗ての賢王の体は見る見るうちに骨と皮だけの骸となっても、己の罪を認めず叫び続けた。
ようやく彼の骸から呪いの言葉が消えると、 指先や足先から塵となって崩れて行った。
神は王と呼ばれた男の骸さえも残す事を許さなかった。嘗ての賢王マナティーの亡骸を神官長達は侍従長達と共に見ている事しかできなかった。
《この事を後世に伝えるために愚かな王を止めれなかったシュリーザとザイールには、我の戒めを伝えるために死ぬ事は、許さぬ。死ぬ様な痛みを抱え、体が再生するのを気が狂うような年月を生きるがよい。次の時渡り人が現れるまで、お前達はフィンネルの孫に伝えよ。魔力の無い皇子だと》
元来、王族でも直系の者には、黒髪を神から与えられる。黒髪は、神から膨大な魔力を授けられたと言う印。
マナティー王の崩御は暫く後になって国民に伝えられた。
侍従長のシュリーザとザイールは、嘗ての自分達の主である王の最後を息子のフォンダンだけに伝えた。
やがてフォンダンが王位に着くと、彼が一番始めにやった事は、時渡り人の捜索だった。
王族に魔力を持たない者が産まれると言う事が他国にしれれば、すぐに会戦となり多くの民が犠牲となる。
それだけはどうしても避けたい。
毎回空が一面暗くなる時、侍従長のシュリーザとザイールは今度こそ時渡り人に違いと期待に胸を踊らせた。
その度に、誤報だったと言う事が分かると、彼らは自分達の無力さを痛感するだけだった。
フォンダン王はその後、流行病で崩御すると次の王に立ったのが王弟だったフィンネル。
フィンネルの王政時代は嘗ての賢王と呼ばれたマナティー王に反旗を翻す者達で構成された反王政派たちとの争いが絶えず、世界は戦乱の世となる。
反王政派は他国との密通で侵入者を手引きした。
反王政派の勢力は1000以上と言われいるのに対し、王政派はその半分以下の数。負けるわけにはいかぬとフィンネル王は苦肉の策として、各砦の前に捕らえた侵入者達の体を串刺しにした。
それらが国境まで続いたという。
攻め入ろうとクォーアダンカールに攻め入った反王政派と他国の兵達は、仲間の無惨な姿を目にすると逃げるようにしてその場をさった。
以来、彼は残虐王と呼ばれるようになる。
息子のフォルデに王位を譲ると残虐王と呼ばれたフィンネルだったが、彼はクォーアダンカールでは英雄として称えられた。
彼が崩御する前に息子のフォルデに与えられたのは、賢王と呼ばれたマナティー王の時代から生きている侍従二人と神の言葉だった。
「お前の後を継ぐ者達には、黒髪の者は産まれない。神に逆らったマナティー王の所行で我ら王族は神から魔力のすべてをお前の子供から取られる。よいか、フォルデ…時渡りの巫女を捜せ。彼女が全ての鍵を握るものだ。決して神の意志に逆らうな。シュリーザとザイールが証人としてお前につく。時渡りの巫女をさがせ…」
フィンネル王が崩御し、次に立王したのは息子のフォルデだった。
彼の髪は今までの王達の中でも美しいと言われるほどの濡れ羽のカラスのような漆黒の髪を持っていた。
彼の魔力は歴代のどの王達の中でも抜きん出ていた。
そのフォルデ王には3人の妻がいた。
その3人の妻達はみな一族の中でも黒髪を持つ者が選ばれた。
花嫁達の選択は全て大臣達が取り決めたのだが、それを知ったシュリーザとザイールは「無駄な事をする」とため息をついた。
黒髪を持つ両親から産まれた子供達は、何故かみな白髪を持つ子供達ばかり。
その事実にようやく難色を示したのが大臣達だった。
彼らは王妃や側妃達に他の者と通じていたのではないのかと言い出す始末。
フォルデ王は「妃達を愚弄する者は、我を愚弄する者」と言うと大臣達を一族ごと処刑した。
その後も彼から産まれた子供で黒髪を持つ者は産まれず、生を得たとしても次々と死んでしまった。
最後に残った子供がファティマとなった。
フォルデ王はファティマに王家の宿命を告げると共に、彼が公式の場でも黒髪でいられるようにとシュリーザとザイール達に魔術で作らせたマントを着せた。
そんな中、彼らが待ちこがれていた時渡りの巫女が現れたと言う。
だが、今回は何故か男だと言う。