はじめてのおつかい(後)
「ねーねー君、どこ行くの?」
人っこ一人いない寂しい街角にいきなり降って来た怪しい声。
声は普通は降ってなど来ない。
それほど、ミーヤの目の前には誰もいなかったのだ。
きょろきょろと当たりを見回すと、くすくすっと言う笑い声がして来る。
「誰だ?!」
ミーヤの目の前に降り立ったのは、二人の男達。
一体、どうやって?
惚けたようにぽかんと口を開けたまま、二人を食い入るように見ているミーヤに、二人は肩を揺らして笑い始めた。
「そんなに喜んでくれるとは、ありがたいねーウィンザー」
「そうだね、ルディ」
二人はにこにこと人の良い笑みを浮かべる。
「すごいな…。そうか、歩かなくても、そんな手があったのか…」
ブツブツと言っているミーヤに、二人は僕らの魔法を教えてあげようか?と近づいて来た。
「ええ?! 本当?」
「ああ。本当だよ。な、ルディ?」
「ええ。ウィンザー」
二人は笑みを浮かべると手を差し出した。
「?」
「教えるにしても、授業料がいるからね」
「そうですよ。私はウィンザーが教えてくれたから、飛べるようになったんです。ですから、君もどうですか? 飛ぶのはとても気持ち良いですよ」
ミーヤには見えていないが、ルディとウィンザーの身体にはワイヤーが張ってある。
ワイヤーは二人の真上にある教会の旗が掲げられているポールにかけて、十人がかりで二人の男を空中に釣っているのだ。
教会のボールは縦にではなく、隣の建物と連結しているため、彼らは飛びながら移動が可能である。
「すごいな…」
「でしょ?」
「で?いくらなんだ?」
ミーヤの言葉に二人の目はキランと光った。
「金貨一枚」
「き、金貨一枚?」
ミーヤが驚くのも当たり前。
銅貨1枚が100円。
銀貨1枚が1000円。
金貨1枚が1万円。
白金貨1枚が5万。
街で店を出すには金貨1枚の前金が必要になる。
この国に来て食堂で食事をした時、ビーツがみんなの分を支払ったのだが、銀貨を一枚出しておつりが出た。
ジェンガなんて山盛り一杯のタケキノコを掴むと、バリバリ食べてたし。本当にお前はパンダか?と言いたいくらいだ。
その横で天使ブラウは優雅にルンガと呼ばれる芋のスープを音も立てずに呑んでいた。
さすがは天使だ。
食事をするだけなのに、キラキラしてるよ。
あーこの瞬間を写メで撮りまくりたい!!
誰か、カメラを!携帯電話を!!
ギブミー携帯〜!!
ビーツ様はサルイボの唐揚げと一つ目ウサギの照り焼きを頼んで食べてた。さすがにプロの手で調理してあるから、照り焼きからは叫び声も出て来ない。
ミーヤはカーメルと言うみためはミソラーメンを食べていた。
たまにプカリと浮かんで来るカーメルの目玉をフォークで突き刺し、これは食べ物これは食べ物と呪文のようにいいながら、全て平らげた。
食堂にあった従業員求む!の張り紙には、時給銀貨三枚と書いてある。
と言う事は、金貨一枚が法外な値段だと言う事が、幾ら世事のことに疎いミーヤにでもわかる。
ミーヤは知らなかったが、金貨一枚は騎士に支払われる一月の給金だ。
これだけ言えば、この二人がどれだけミーヤに対してボッタクリをしているかがわかる。
「高!」
「そうだね…でも、君にだったら、特別に値引きして上げても良いよ」
「え?!! 本当?!」
お得と言う言葉はどの世界にもあるらしい。
思わず身を乗り出して聞いてみれば、ミーヤの腰にさげた袋を指差して、どうやら彼らはそれで手を打つと言う。
うーんと考えながらも腰にさげた袋を何度も手で撫でる度に、目の前の男達がさあどうするみたいにビジネスモードになってる。
人差し指と親指で顎を掴むとミーヤはうーんと唸った。
さあどうする?
さあさあと詰め寄って来る二人の男達に、ミーヤは面倒くさそうに「でもいいや」そう答えた。
「え?いいって?」
「だって、これって走り幅跳び見たく助走をつけて、飛ぶだけでしょ? それなら別にお金なんて払う必要ないし」
あっさり断って来たミーヤに慌てふためいた二人は、こんな風に飛べるのは気持ち良いんだよ〜と踏み込みをすると目の前で高く飛び上がった。
だが、ミーヤは二人の話など全く聞いちゃいない。
そうか、幅跳びの要領でジャンプした時に魔法使えばいいんだ。そう呟くと、数歩後ずさった。
二人はミーヤが何をするのかさっぱり分らず、「はさみひげとり?」と首を傾げている。
彼らから十分に距離を置いたミーヤは、息を思いっきり吸込むと全身に魔力が伝わるように暗示をかける。
ミーヤの頭の中では身体全体が電気の流れる仕組みと同じ図になっている。
四肢すべてに平等に魔力が行き渡ったのを感じると、助走をつけて二人の男達の前で踏切を踏んだ。
いきなり自分達めがけて水桃にでも襲われているかのような恐ろしい表情で走って来た男が、目の前で一瞬にして消えたのだ。本当はそのように見えたのだが、実際は 助走をつけ踏み切った後、空高くジャンプしただけ。だが、このお間抜けな二人はあまりの事に腰を抜かすと空を見上げて叫んだ。
「あーやっぱり幅跳びと同じ要領なんだ〜」
あっという間にミーヤの姿は空の彼方へと消えて行った。
「な、なんだよ…あれ…」
二人の男はそのまま口をがばっと明けたまま、さっきまで自分達と話していたカモが消えた空を見つめていた。
一方、ミーヤは大空の上で両手を広げ、腹這いに寝転がると自分が風を切って飛んでいる。
「鳥になったみたいだ」
大昔の人が空を飛びたいと願って飛行機を作った意味が今なら分かる。
「ホロロロロロ」
「?」
横を見れば、ミーヤの隣には虹色の羽根を持つガンに似た鳥が列をなして飛んでいる。ミーヤに何かを伝えようとしているのか、ガンもどきがホロロロロロとまた鳴いた。
耳を鳥の声にあわせると、最後の方の言葉だけが聞き取れた。
《…が来る!! 来るよ!!》
何がくるんだ?
次の瞬間大風が吹き、ミーヤの身体は風に煽られると、操縦不可能と成り真っ逆さまに森へと落ちて行く。鳥達が親切にも大風が吹く事を教えてくれたのに、鳥言葉が分らなかった。
落下の衝撃を抑えるために、足の裏から魔力を出力させるも、枝にひっかかりそのままの状態で、空を見上げた。あの鳥達はあの大風を使ってより高く飛んでいる。さすがに凄いな。上には上が居るものだと感心していると、ネズミカラスが威嚇して来る。
「え?ウルサイなー」
「パァーパアー!!」
真面目にバカにされたような気がするのはミーヤだけじゃないだろう。だが、ついにはネズミカラスが攻撃して来た。
ふと見れば、自分がネズミカラスの巣の中に座っている事に気がついた。
幸いな事に卵は割れてないが、親ネズミカラス達が攻撃して来る。
止めろとなんども叫んでも、ネズミカラスは攻撃をやめようとはしない。
急いで樹から降りようとした時、足を踏み外して一気に下まで落下して行った。
「なむさん」
しっかりと力一杯目を瞑って痛みが襲って来るのを覚悟して待っていたのに、いつまで経ってもその痛みは来ない。一体どう言う事なの?
「?」
「ば、馬鹿者!降りろ!!」
ミーヤが落下したのはフェルナン王の上。
「お、お前…一度ならず二度までもオレをコケにしやがって…いてててて」
魔術がかかったマントを着用していても、怪我はするらしい。
「そのマントは万能なのだろ?なんで痛みを感じる?」
「これは、対魔法のための防御マントだ。お前のように上から落ちて来るのに、人を肉布団にするヤツには敵わないんだよ」
王の顔には擦り傷がある。
腕も変な風に曲がっているみたいだ。
その代わり、ミーヤは何ともない。
「痛いか?」
王の腕を触ると骨が折れているのか、顔を顰めている。
「すまない。初めて空の散歩をしたのでな。風の操り方が分らなかったのだ」
ミーヤが骨折した箇所に手をかざすと、彼女の癒しの術で元通りに戻った。
「ん?痛くない? 凄いな…って、それよりも、お前は一体どうしてここに居るのだ!? ここは王家の森だぞ。この森には王家のもの以外、何人たりとも入ってはならない事になっているんだ。お前は何をやってるんだ!」
「えー買物?」
「は?」
「だからさーかくかくしかじかで…」
レジュメって花を買いに来たのだとミーヤが言うと、「それはレジェンヌだろう!」とツッコミが来た。
まあ良い。オレが案内してやる。
そうぶっきらぼうに呟いた王はオレに着いて来いと顎で示す。
極度の方向音痴のミーヤは肩をすくめると王の後に着いて行った。
「へーこれが、レジュメの花なんだ〜」
白い大きな花を目の前に嬉しそうな顔をする。
「お前…レジュメじゃなくって、レジェンヌだ。どうしてそんなに物覚えが悪いんだ?」
「異世界の言葉は難しいんだよ。あんただって、地球の言葉言えねーだろうが!このあんぽんたんが!」
ぼそっと言えば、ファティマがキラキラと目を輝かせて来た。
「アーンポンターン?」
コイツ…何気に耳がいい…。
「それはどういう意味だ?」
「え?あ…良い王だという意味だ」
ミーヤの言葉ににやにやしているファティマ王は、自分に言い聞かせるようにあんぽんたんと何度も呟いていた。
「ねえ…あんたさ…」
「ファティマだ」
チッ
「ファティマはどうして王様になろうと思ったの?」
どうしてこんな事をあいつに聞こうと思ったんだろう?
いつも私の神経を逆なでする事しか言わないのに…。
日が傾き始め二人の影法師が長くなってく。ぶるりと震えたミーヤの両肩にふわりとかぶさる。
「寒くなって来たからな」
「ありがと」
ビーツ様から亡くなった先王様には多くの側室達がいて、子宝に恵まれたと聞いていた。
なのに、王になったのはこのアンポンタンだ。
口は悪い、傍若無人で唯我独尊なこの男。
悩みなんて無縁だろう。
「お前がさっき聞いて来た事だが、オレは…いつもこの国の民が幸せになる事だけを考えていたんだ。古からこの国の王たる者には溢れるばかりの魔力が天より授けられると言われているからな。それを良き方向に使いたいのだ」
なんだか…ガラにもない事を言って来るから、ドキッてしてきたじゃん。
「でもさ、あんたから全然魔力が感じられないんだけど…」
「そうか…もうバレたか…」
寂しそうな表情をしたアンポンタンな王を放って置くわけにもいかず、ミーヤは彼の気が済むまで側にいることにした。
「これは呪いなのだよ。曾祖父が起こしたことに神の怒りが子孫であるオレに注がれた。他の王子達には魔力があるが、彼らは王家を継ぐ事を許される黒髪を持っていなかったのだ。だからオレは魔力が欲しい。そのためならば望まない結婚もする。それが民の…この国を守るためだ」
黒髪って…。
そんなに良いものなのかな?
「黒髪ってだけでどうしてそんなに偉いの?」
「お前は黒髪を持つ事の意味をわかっていない」
わかっていないのはそっちだ。
あまり黒髪に良い思い出がないミーヤは自分の生い立ちを思い出した。
剛毛ストレートで緑色の黒髪と呼ばれる見事な黒髪を持つミーヤは、過去になんども染めようとしていたが、毛染めで染めようとしても、染まるどころか黒いままだった。
お陰で小学校の時の渾名が黒電話。
その次はヘルメット。パーマをかけてもかからないと言う美容師泣かせのこの髪、そんなに欲しいんならこの男にあげたいわ。
夏は異常に太陽熱を吸収するし、周りからも『お前のヅラとれよな。暑苦しいんだよ』なんて言われるのはいつものことだった。
そんな思いなんてしたことないくせに。
「欲しいんなら、あげるよ。ほら」
髪を手に取ると、剣で一気に切り落とした。
「お、おい!?」
「これであんたも天然の黒髪を持てるだろ? これなら、もう嫁さんなんて必要ないんじゃないか?」
「おい」
「帰る。これあんたないと困るんだろ?返すよ」
肩にかけられたマントをファティマに返すと、来た時と同じように空を飛んで帰った。




