邪魔者は、さっさと帰って下さい 12/9/2013改稿
「ま、魔法を使って来るなんて、ひ、卑怯だ!!」
「ふん」
何なのコイツ。今更何言ってんの。
自分の事は棚に上げたままのチワワはミーヤを見て震えながらも、ギリギリと威嚇する様に歯ぎしりをしてる。
ミーヤの体の周りではバチバチと静電気よりも強い稲妻が彼女の体を纏う様に走っている。
「お、おい…。聞いてるのか?」
「……」
絶対にあのクルクルパーマの髪を毟り取ってやる!!と凄む勢いでヤツの顔を見ていると、こっちに向かって誰かが近づいて来る音が聞こえてきた。
ミーヤがそう思うのも無理はない。
何と言ってもミーヤが魔術を使うのは一人の時だけとビーツ様に約束させられていたからだ。
もし約束を破れば、ミーヤの首にしている緑の首飾りが『孫悟空の輪』のように彼女の首を絞める。
ミーヤを拾ったビーツは彼女に魔術を人前で使う事を禁じた。
初めはその意味が分からずばんばん魔術を使っていたミーヤは、世界の果てと呼ばれる森が異常な色になって行っているのに、気がつかなかった。
初めは何でカリフラワーみたいな変な森が、ようやく地球と同じ緑色に変わったばかりだと言うのにとビーツに文句を言った事も。
だが、ここは異世界。
緑色の森は魔力が強ければ強いほど濃くなる。
そうなれば、お前は城に連れて行かれる事になると言われ、ミーヤは焦った。
普通の女ならば城に連れて行かれる=花嫁と言う王道の公式ができるのだが。
ミーヤの場合は『城に連れて行かれる=魔女狩りすなわち処刑される』と言う捻くれた考えに固執していた。
それに毎日ビーツの家に送られて来る異世界新聞には、ミーヤが城に行きたくないことが次々と書かれていた。
新聞には年の甲は二十四、五才の王子が花嫁を捜しているとか。
雑誌の切り抜きのように新聞には写真が載っている。
その写真に触れると、ホログラム顔負けで新聞から写真が飛び出し動き出す。
王子と呼ばれ、人々に跪かれる男の顔を一目見た時に、ミーヤは怒りで新聞紙を燃やしてしまったほど。
「なんであいつがいるのよ」
ビーツからその王子の花嫁候補と言うのが、時渡りの巫女だと言われると教えられ、彼女に王子と結婚させられたくなかったら今後その力を無闇矢鱈に使うなと言われ、手渡されたのが緑の首輪だ。
蔦の模様が石の中に幾重にも折り重なっている。
もし、ミーヤがビーツの許可なく怒りで自分の力を暴発させようとした時に、石から蔦が出て来て彼女の体を雁字搦めにする。
ビーツから魔法の許可が下りているのは、薬を作る時と家の中のみ。
この首飾りを貰って以来、ミーヤはビーツの言いつけを常に守っている、が。
手の平を相手に向けて翳した。
もう、このチワワは闇に葬るしかない。
ギシッギシッギシッギシッ....。
この重そうな足音は.....!!
耳を済ませたミーヤは、ガタンと勢い良く立ち上がると、急いで古びた大きめの扉の方を見る。
ビーツ様だ!!
ミーヤは先ほどまで目の前にいた男に見せてたしかめっ面から、少女のように頬を染めていると、重そうな足音が鳴る方へと走って行こうとする。
だが、なかなか自分の体が前に進まない。それもその筈、ミーヤの身体が宙に浮いているからだ。
足をバタバタさせながら、ミーヤは降ろせ!と男に向かって叫んでいた。
ミーヤは、男から襟首を捕まえられていて、猫のように体を宙に浮かばせている。
「下ろせ!!下ろせ!このバカやろう」
男は、そんなミーヤの怒号もどこ吹く風と言う風に飄々とした顔をして佇んでいる。澄ましてんなら、あんたのそのご自慢の長い髪を毟り取ってやろうか!
ミーヤが髪の毛の事を持ち出すと、男は眉間にシワを刻みながら、彼女を下ろすと腕を引っ張り、後ろへと引き摺り出した。
何すんのよ!
「おい! お前! 聞いてんのか!!」
「え? あんた、まだ居たの? ビーツ様が帰っていらしたのよ! あんたは早く自分の家に か、え、れ!」
シッシと手で、あっちへ行けと言う風にすると、ビーツが豪快に笑いながらミーヤ達のいる部屋へと入って来た。
「ビーツ様!」
走り寄ったミーヤがビーツに抱きつくと、ビーツの毛むくじゃらの顔がへにゃりと歪んだ。
少しミーヤよりも背が低いビーツと言われる男は、全身毛むくじゃらのドワールである。
「ミーヤ。良い子にしていたか?」
「はい! ビーツ様 もちろんです!」
熟したトマトのように真っ赤な顔をしたミーヤは、ビーツに抱きついたまま。
これって、普通は子供が父親に対してやる行為だろう。
そんなことを思っていた男は、腕組みをしながら男2人の抱擁がいつ終わるのかとイライラしながら眺めていた。
そんな男の気持ちを知ってか、ビーツは男の方も見ようともせずに、今日の狩りの獲物をミーヤに渡すと結界が緩んでいたことを話出した。
「一つ目ウサギですね!それじゃあ、すぐにおいしいご飯を作りますから!」
ミーヤは目玉が一つのウサギを受け取るとニッコリ笑って台所へ向かった。
「おや? お主はまた来ていたのか? 余程暇と見えるな」
ビーツからのつれない言葉に、男は途端に傷ついた子犬のような目をするとがっくりと肩を落とした。
「ビーツ様! 幾ら師匠だからって、それは無いんじゃないんですか?」
そんな男の言葉など2人は何も聞いちゃいない。
ビーツはミーヤに今日の行って来た森での事を話している。ミーヤもそれは楽しそうに聞きながら料理をしているのを見ると、男はまるで男同士なのに新婚夫婦の家にお邪魔しているような変な気持ちになる。
だが、こいつらは男だ! それにこの国一番の魔導士であるビーツが男色…? なわけないだろう…。
半時ほどして、肉を焼く香ばしい匂いが小屋の中に充満すると、ビーツは鼻をヒクヒクさせている。
「ミーヤ。今日は、スパイスになる薬草も採って来たぞ。それにお前さんが欲しがっていたクサリヘビの羽にオタマカエルの牙もあるぞ。篭の中に他の薬草と混ざっているから、すぐに分けてくれ。それからこれにも夕飯を振る舞ってやってくれ」
「え?クサリヘビの羽にオタマカエルの牙ですか!?」
ミーヤが驚くのも無理はない。
クサリヘビの多くは羽を持たずに空を飛び交う。羽を持つのは選ばれたクサリヘビに羽を分けてもらうように頼むしかない。それに元々ヘビは人間を嫌う。
彼らは飛べない人間達は自分達以下だと思っているからだ。一度そんなクサリヘビの羽を巡って、ミーヤとヘビが火花を散らした事があった。
ミーヤはヘビを一睨みすると彼らに金縛りをかけ、灼熱地獄の幻を見せた。その事が他のヘビ達にも知られ、ミーヤを匿っているビーツにヘビ達が無償で協力するようになった。
その代わり、ヘビ達の天敵である大鷲ガラスを追っ払うと言う交換条件を飲む事になった。大鷲ガラスはどこからともなくやって来てはこの国の守りである魔術の壁に突っ込んで来ては、綻び(ぶっちゃけ穴)を作る。
誰もその大鷲ガラスが何のためにやって来るのか知らない。
彼らは契約に縛られることなく、ビジネスで国を滅ぼすと言われている。一体どこの国が狙っているのか…。ビーツは眉を顰めた、まさか先日王位に就いた王に魔力がないと言うのを知られたのかもしれん…。
もしそうならば、王宮はミーヤを欲しがるだろう。例えミーヤが嫌がっても。
嬉しそうにクサリヘビの羽やカエルの牙を撫でているミーヤを見ると、どんなに自分が彼女の事を隠していても時は待ってはくれなかったようだと心の中で吐息を吐く。
さっきとは違うはりのある声で返事をするミーヤに、男は僻みっぽく椅子に座ると呆れた目でビーツ達を見た。
男の目の前に置かれた食べ物は、先程まで毛皮に覆われていた、一つ目ウサギの唐揚げだ。
きちんと男の分まで作ってある。
(もちろん、ミーヤとしては作りたくもなかったがビーツから『折角ここまで足を運ばれて来たんだ、ミーヤの手料理でもてなしてくれ』なんて言われればしないわけにもいかない。ってことで作ったわけだ)
男は、有り難いと呟くと、それを頬張り始めた。
普通女なら、キャー可哀想〜とか言って、調理まで出来ないのに、この目の前のロリ顔の女は平然とした顔で難なくそれを裁いてみせた。
この一つ目ウサギは、唐揚げにしても煮込みにしても上手いのだが、ちょっとした欠点がある。
それは、肉を切る時に、ウサギの肉が小さな声で叫ぶのだ。
流石に、食べる頃には、その声もしないが。殆どの女性はその悲鳴を聞きくだけで、失神してしまうらしい。
「っけ!全く良い年をして、こんな小さな子供にまで手を出すなんざ、誇り高き王宮騎士団の団長とは思えないな」
「フン。お前みたいな嘴の黄色いヒヨコが、何を言うか」
ビーツは、篭一杯に取って来た薬草をミーヤに渡すと、ミーヤは嬉しそうに頬を染めた。篭の中には日頃滅多にお目にかかる事が出来ない薬草が沢山入っていたのだ。
それらを薬草の効能別に瓶の中に振り分けていると、夕飯を食べ終えた男が、痺れを切らして2人に言って来た。
「お前等!俺をなんだと....」
「煩い小舅」
一刀両断するミーヤ。
それを聞いたビーツは顔ごと反らすと小刻みに肩を振るわせて笑っている。
「なっ! 俺は世間知らずのお前のために教えてやってたんだ。なのに…」
ビーツがまだ笑いのツボにハマったまま笑い転げているのを横目で見ながら、男は果敢にミーヤに苦言を言っている。
この男、余程の暇人か、それともドMなのかもしれない。
「ハイハイ。わかったから、お黙り。ハゲ」
「は、ハゲだとぉ!!」
口をパクパクさせて、私の方を見ている男を見て、フンと鼻息荒くするればようやくわけ終えた薬草を瓶に入れると、それらを戸棚に仕舞った。
男が何かを言う前に、ミーヤがはたと気が付いた。
そう言えば、今朝ビーツ様が薬草を取りに行かれる時に何か大事な事を言ってらしたような気がする。
とても大事な何か....。
そんな時に、自分の後にいる男は1人でぎゃあぎゃあと騒いでいる。
全く煩いったらありゃしない。
もう、何て言っていたか、忘れちゃったじゃない。ブツブツと文句を言いながらも、まだ何か喚いている男に向かって、瓶の蓋を思いっきり投げつけると、カコン〜!と良い音が聞こえるとその後、ドサッと人が床に倒れた音がした。
「あら? 当たっちゃったんだ。ドンクサ〜」
どうやら、ミーヤが投げた瓶の蓋が煩い男の頭に当たったようだ。
この瓶の蓋って、鉄で出来てるから当たりどころが悪かったら死んでるかもね....。まあ、まだ息してるみたいだし、大丈夫でしょ。
そんなヤワな男は放っておいて、ミーヤはビーツの側に駆け寄ると無邪気な子供のような笑顔でビーツの隣に座った。
「ピーツ様。そう言えば、今朝言っていらした事、本当なんですか? この国の王様に会うって。どんな人なんですか? でも嫌だな〜そんな人と会うなんて」
意外そうなミーヤの言葉にビーツは「どうしてそう思うのだ?」と言葉を投げかける。
「だって、王様って言ったら玉座にふんぞり返っているのが普通だよね。やっぱ威張ってたりして〜。それか禿チャビンなのかも」
「ミーヤ、見てみたいか〜王様ってヤツを」
ちらりと床に寝っ転がっている男に一瞥をくれてやりながらも、ビーツはミーヤを見ている。
黙っているミーヤにニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたビーツ。
「今、あってんじゃんか。ほれ、お前さんの目の前じゃ」
目の前?
ミーヤの目の前には、さっきから色々と口うるさい事ばかりを言って来ていた男が1人伸びているだけだ。
「うっそぉ〜!!!」
暮れなずむ森林の中にミーヤの悲痛な叫びは虚しく響いた。