出逢い
あれから、すぐに私たちは解放された。
ルムナさんは本当に私に会いたかっただけだったようで、すぐに話は終わったのだ。
でも、なんで私なんかに……。
っと、それよりも気がかりなことがあった。
「あ、あの、私達目立っていませんか?」
「まぁ、目立つだろうさ」
丁度いいからとキースさんにつれられて城下町にやって来ていた。
そこでいろいろと露店を見ていると、周りの人々が私達を見てくるのだ。
「この国の方はみんな黒髪なんですね……どうにかしないと、目立ち過ぎな気が」
私とキースさんは金髪。
なんだか周りから浮いている。私たちだけ異端者のようだ。
「あたしはそれ以外にも理由はあると思うけどね」
「え?」
「いや、気づいていないならいいよ」
「?」
くすくすとキースさんは一人で笑う。
他の理由ってなんだろう。
「おーい、キース!! なにやってんだ!」
「お、偲祈。丁度いい所に」
人込みをかき分けて、青年が走って来た。
やっぱり黒髪と思いきや、鮮やかな蘇芳だった。その瞳も翡翠色。
なぜか、キースさんではなく私の方へ向かって来て手を取り、
「キース、ひさしぶ――って、お前は誰だっ?!」
そう叫んだ。
「え? あ、シ、シエルです。シェルリーズ・アヴィアです」
「偲祈、そろそろその視力をどうにかしろ。あたしはこっちだよ」
「おぉっ?! なんだ、金髪が二人いるからわかんなかったわ」
「まったく」
「……」
えっと、この人目が悪いみたいだ。
「すまんすまん。いやー、別嬪さんが二人も……眼福ですなぁ」
「なに親父くさいことを言ってんだい。ホシナちゃんにひっぱたかれるよ?」
「大丈夫。今日、あいつは一人でお留守番だ」
「まったく。シエル、こいつは偲祈。ただの馬鹿だ」
「は、はぁ」
どう反応して良いのだろうか。
それに、辺りの視線も気になって来た。
露店の建ち並ぶ道の真ん中で、キースさんとシキさんは言いあっているのだ。
「ちょっとまて、キース。その紹介はないだろう」
「そうだな。ただの美人好きのろくで無しの馬鹿だ」
「そうそう。って、あんまり変わってねぇじゃん! むしろ悪くなってるし!!」
「とりあえず、シキさんなんですね」
話が長くなりそうなので、いったん終了させるためにもそう言った。
「その通り! まったく、キースが余計なもんをつけるから」
なんていうか、シキさんへの第一印象は、騒がしい人だった。
「で、ちょっと用があるんだが、頼めるかい?」
「んー。結構ひまだから、だいじょぶだぞ。とりあえず、オレんちこいや」
「了解。じゃあ、シエル、行こうか」
「あ、はい」
キースさんとシキさんはなんだかんだで仲は良いみたいだ。
人ごみを進みながら、二人は並んでまた言い合いを始める。
それと同時に、シキはこの辺で有名人らしく、歩いていくとすぐに人に捕まって話しかけられていた。
「あの、キースさん? シキさんって、いったい……」
何度目か分からないけど、また呼びとめられたシキさんが話している時に、キースさんに聞く。
「シキは、この辺一帯を縄張りにしている走り屋だよ。この辺で何か買いたいもんとか用があったら、まずこいつに聞くと早い」
「はしりや、ですか」
そんな人がいるのか。
「ホシナちゃんっていう娘とやってんだけどね」
「さっき言ってた人ですね」
「そうそう。ホシナちゃんは陰陽師なんだよ」
「おんみょうじ?」
「まあ占い師とでも思ってればいいよ。他にも、頼まれれば妖怪退治や快癒祈願やもするけどね」
「す、すごいですね」
世界には、そんな術師がいるのか。
すごい……おもしろい。
シェンラルでは、魔術師や魔法使い、導師くらいしかいなかった。
それに、いると言ってもほとんどの人がアトリエにこもって、なにか頼まれても知らんぷりだった。
占い師とかはほとんどの人に歓迎されなかったから見たことはない。
「おい、偲祈! こんなんじゃ、いつまでたってもあんたんちにつかないよ!」
「おっと、すまんすまん」
キースさんに一喝されたシキさんは、話していた人達に謝りながらようやく歩きはじめた。
その時、道の影で男の子がこちらを見ているのに気がついた。
布で顔を隠していてよく見えない。
ただ、その子は壁に寄り掛かってこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「っ!!」
声をかけると、びくりと男の子は体をこわばらせた。
なぜか必死になって辺りを見回してから、私の袖をつかむ。
なんていうか、可愛らしい。
「こほこほっ……せ、せい、れい、おう?」
「え?」
今、この子はなんて言った?
精霊王?
精霊王は、もういない。
姿を隠してしまわれたから。
一代目の精霊王も、二代目の精霊王も。
「違うわ。私はシエル。あなたは?」
「……しえる? せいれいおう、ちがう?」
「私はそんなすごい方じゃないわ。それより、お母さんとかはどこにいるの?」
周りを見ても、親らしき人はいない。
こんな幼い子をほっといて、良いのだろうか。
迷子なら、親御さんの元に連れてってあげたい。
けど、なんでこんな小さな子が、精霊王なんて知ってるんだろう。
今じゃ、ほとんど禁句になっているのに。
「おかあさん? だあれ?」
「え? じゃあ、お父さんは?」
「おとうさん?」
この子、親が居ないの?
まさか、孤児……。
「名前とか、住んでる所とかはわかる?」
「だいじょぶ。ヴぃらん、いるもん」
「ヴィラン?」
布がとれて、男の子の顔が露わになった。
鋼よりも美しい白銀の髪と、どこまでも黒に近い紫紺の瞳。まだ幼いせいか、女の子と言われても納得してしまうだろう容貌に、少し驚く。
この国の人じゃないみたいだ。
それにしても、ヴィランっていうのは……。
「シエル? どうしたんだい?」
「あ、キースさん。その」
この子と話を――。
見ると、その子は既にそこにいなかった。
いつの間にか、姿を消していた。
「あれ?」
結局、名前を聞けなかったことに気づいたのは、少し経った後だった。
「シエル?」
「いや、ここに男の子が」
居ない。
あの一瞬で、どこかに行ってしまったのだろうか。
「とりあえず、いこう」
「あ、はい」
ヴィラン、か。
神官語で真の闇。
あの子は、一体誰だったんだろう。
「こほこほ……」
のどが痛くて、すこし体がだるかった。
けれど、そんな事を言ったらきっと彼女は心配するから、何も言わない。
走って彼女の元に戻ると、彼女は心配そうな顔をしていた。
「ヴィラン!」
「よかった、どこいってたの?! 心配したんだよっ?!」
彼女は、コレがさっきまでいた所でうろうろしていた。
本当はここで待ってなさいって言われたけど、どうしてもあれが気になって思わず何も言わないで行っちゃったから、彼女はすごく怒っていた。
ぎゅうっと抱きしめられて少し息が苦しいけど、我慢しておく。
だって、こうして抱きしめられる事なんて、無かったから。
「ヴィラン、せいれいおう、いた」
「……彼女は精霊王じゃないわ。だって、精霊王はこの世界に居ないもん」
黒色の髪に同色の瞳。
纏う雰囲気は、暗く、人々を不安を誘う。
闇を体現したような彼女は、口をとがらせて言った。
「私が、食べちゃったもん」
「たべた?」
たべちゃったの?
きちんと聞く前に、ヴィランは首を振った。
「なんでもない! さぁ、行こっ!」
「うん」
手を繋いで、人がいない方へと歩く。
どこに行くのかは知らない。
でも、何処だっていい。
行ったことのない場所へ行ければ、なんだっていい。
「ヴィラン」
「なに?」
「ありがとね」
世界は広くて、とても美しかった。
それを教えてくれたのは、ヴィランだけ。
彼女は何も言わないで、ぎゅっと繋いだ手を強く握った。
「ごめんね」
ありがとうなんて、言わないで。
私はただ、貴方を利用しているだけなのだから。
私が私でいるために。
ワタシは私じゃないから。