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人魚の恋話



「その人魚はね、海岸で行き倒れていた旅人を拾ったんだ」



それは、ほんの少しの好奇心だった。

倒れていた旅人を助けてやった。

そんな事はよくあることだ。

船が沈没して流された漁師を助けることなんていつものことだし、海辺で倒れていた人間がいたことは珍しいことだが、無かったわけではない。


目覚めた彼は、どこか頼り無くて。

元来責任感の強かった彼女はついついお節介を焼いてしまった。

何時の頃だか、彼に一緒に旅に出ようと誘われるまで。


「人魚が地上を旅なんて出来る訳が無い。でもね、一つだけ方法があったのさ」


それは、海の魔女と交渉をすること。

その時代、まだおとぎ話でもなんでもなかった、人魚姫の悲恋の話は彼女も知っていたけれど、あまりにも心配で、観ていられなくて、彼女は彼についていく事を選択した。


海の魔女は残酷で、そして甘い。

どうせ、人魚と人間の物語は残酷な終わり方をするモノなのだからと忠告をされても、交渉をして人間の足を手に入れた彼女は彼と共に旅を始めた。


「無論、周りの仲間たちには猛反対されたよ。足を手に入れたら、もう二度と海に戻ってくることができないかもしれない。それでもいいのかと。それでも反対を押し切って彼についていったんだ」


もしかしたら、もうその時から彼に恋をしていたのかもしれない。



無人の町でキースさんの後を追う。

話はいったん途切れて、あたりは沈黙が支配していた。

自分たちの足音だけが……あたりに響いている。


そして、足が止まる。

「でもね、魔女の言うとおり……二人の物語(たび)は残酷とは言わないまでも、最低な終わり方をしたんだ」

目の前には、石があった。

「彼は死んだんだ。彼女の目の前でね」


今にも走り出しそうな子ども。

石の植物に水を上げようとしている女性。

昼寝をしている猫。

今まで気で出来ていた家屋が、石で出来ていた。

全てが、目に見える全てが石で出来ていた。


「これ、は……いったいになにが……」

言葉が、見つからない。

その惨劇に何も言えない。

全てが石化した世界は、今にも動き出しそうで。でも、そんなことありえなくて。

その中を、キースさんは進む。

何度も立ち止まりながら、進んでいく。

「この町はね、神域から現れた化物に襲われたんだよ。見る者すべてを石と為す、怖ろしい化物さ」

見る者すべて……この場所に、その化け物が現れたということだろう。

そして、ここにいる人の形をした石はそれ以前まで生きていた……。

「酷い……」

「そうだね。……あいつは馬鹿だよ。あたしなんかを庇って……こんな姿になって……」

たぶん、目の前にいる男性が、その人なのだろう。

進んだ先にあった石像の前で、キースさんは今度こそ足を止めた。

「……だから、神域に行こうと思ったんだよ」

神域で何をするのか……この現状を作りだした張本人がどうなったのか、キースさんは語らない。

なら、化物は逃げたのだろう。

人々の未来を奪って、神域へと戻って行ってしまったのだろう。

だから、キースさんは……。

「……シエル、一人で帰れるかい?」

「はい……先に、戻っています、ね」

キースさんは動かない。

きっと思う所があるのだろう。いや、思わない方がおかしい。

これ以上ここにいるのは迷惑だと思い、身を翻した。

「ああ、すまないね」

キースさんは微笑んでいた。

どこか弱々しくて、儚い笑みで。

いつもの気丈な彼女の姿からは想像できない。

なるべく早歩きで来た道を引き返す。

石となったその町は静かで、全てを吸い込んでいくようだった。

去りゆく後ろで聞こえてきた声を、効かないようにしながら私は進む。

「……神域、か」

どうして、こんな事になってしまったのだろう。


それは、誰もわからない。

わからないけど……。


ねぇ、シャラ。

私は全てが知りたいよ。

この世界を、知りたい。

なぜこんな世界なのか……。



石の町は、月の光に照らされながらとある一日の風景を留め続けていた。


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