名無しの名
少年が眠っている。
その様子をシエルは見ていた。
思い出すのは先ほどの会話。
キースとヴィラン。二人の会話。
聞く限り、どうもヴィランはこの子を誘拐して来たらしい。
もちろん、この子の意思もあるから厳密に誘拐とは言えないけども。
ある意味、家出かもしれない。
……それが、なぜ大精霊などが出て来ることになるのかがわからない。
彼女は、一体どこからこの子を攫って来たのだろうか。
そして、その目的。
ヴィランとこの子はどこに行くともなく、巫五の国を歩きまわっていたらしい。
理由もなく。
いつの間にか、その子は起き上って自分を見ていた。
「おはよう」
「おは、よう? ヴィランは……?」
「ヴィランちゃんなら、キースさんとお話中よ」
「?」
首をかしげるその様子は可愛らしい。
その様子を見ていたいけれど、聞かなければならないことがある。
「ねぇ、どうして今まで何も言わなかったの?」
「……」
「初めて会った時、ほんとはもう風邪をひいていたんじゃないかな」
「ん……うん」
小さく頷いて、顔を伏せてしまう。
「ヴィランちゃんを心配させたくなかった。だとしても、倒れるまで何も言わないのはダメだよ」
「……でも、こうなること、最初からわかってたから」
「え?」
「元々、あそこから出れば、こうなることはわかってた、から……」
「ねぇ……」
名前を呼ぼうとして、名前が無いことを思い出した。
どうも、名前が無いというのは話づらい。
だからと言って、かってに呼び名をつけるのは少し抵抗がある。
名無し君じゃおかしいし、なにか抵抗の無い呼び名はないだろうか。
ちょっとした沈黙のあと、思いだした言葉を呟いた。
「……ルゥイ」
「?」
「私の国で使われている神様と話すための言葉なんだけどね、その意味は『名無し』っていうの。……君の事、ルゥイってよんでもいいかな?」
「ルゥイ……?」
「このまま『君』とか言っているのもなんだから。あっ、嫌ならやめるからっ……どう、かな?」
一時、彼は驚いた顔をしたあと、破顔しながら頷いてくれた。
「それで、状況は?」
そう、円卓の中心で問うのは天之御中主神の巫子、槻弓流夢薙。
その目にいつものふざけた様子はなく、ただ冷徹。
決してシエル達には見せない、裏の顔だった。
それに答えたのは、月読尊の巫子だった。
「依然、変わりない様子だ」
「……なぜ、今なのよ」
ぎりっ、と歯ぎしりする音がする。
観れば、月読尊の巫子の横、天照大神の巫子が月読尊の巫子とよく似た相貌を歪ませて、席を立った。
「流夢薙様……紅夜月を呼び戻してください。彼が、必要です」
部屋を出ていく彼女を見送りながら、伊邪那岐の巫子は要請する。
そして、睨みつけた。
「なぜっ。……なぜ動きだしたっ。シェルリーズという玩具を見つけたばかりだったろうにっ。なぜっ!!」
静かだった。
伊邪那岐の巫子の叫びの余韻が消えた後も、誰も、なにも言わない。
タガエが居づらそうに身体を揺らす。
月読尊の巫子は流夢薙を見ているだけ。
流夢薙は――閉じていた瞳を開いて笑った。
「きっと、それこそがシェルリーズがここに来た意味だからでしょ。神域の向こうで暴れている悪霊が……いや、邪神がそそのかしたのだろうね」
意味がわからないと伊邪那岐の巫子が部屋を出ていく。
そして、月読尊の巫子もまた。
それを見送った流夢薙は。
「さて、タガエ。夜月に式文を」
「流夢薙様は?」
「――ちょっとばかし、行きたい場所と、やりたい事が出来たわ」
とっても、楽しみ。
そう、笑いながら部屋から出ていく。
……誰も居なくなった部屋にタガエは佇む。
無表情で。
そして――
「……それが、私の役目ならば」




