終わる邂逅
音の大精霊、ティルクスノート。
彼女は、姿を消した。
ユウちゃんの叫びを聞いて。
「い……い、った……?」
ヴィランは呆然とした様子でそれをみて、崩れ落ちた。
先ほどまでの張りつめた空気はもうない。決意を秘めていた瞳も虚ろだ。
「は、はは……あいつら、逃げたんだ。ダイセイレイのくせに……」
そしてあざ笑う。
皮肉げに嗤う。つらそうに、うれしそうに。矛盾をはらんだ笑みを浮かべる。
「あんたたちは――」
ヴィランはどうして大精霊と戦っていた?
この男の子は、どうして大精霊に追われていた?
二人の関係は? いったい、なに?
そんなキースさんの言葉が、私たちの疑問が問われることはなかった。
その前に、張りつめた糸が切れたように少年が――名前の無い彼が、倒れたから。
「――っ!!」
慌てて駆け寄るヴィランが彼を受け止めた。
「ど、どうしたの? まさか、あいつらに何かされたのっ? ね、ねぇっ、応えてよっ!!」
ヴィランの問いに応えはない。
ただ、揺らされるがまま。
まさか、さっきの戦闘で怪我を?
いや、でも目立った外傷はなかったと思う。
しかし、相手は『音』の精霊。なにか私達の分からないことをしたのかもしれない。
「ヴィ、ヴィラン?」
「っ、な、なによ」
声をかけると、びくりと彼女は肩を揺らす。
私に驚いている。なぜそんなに驚くのか少しわからなかったけど、それよりも。
「その子の様子を見せてください。少しくらいなら医療の心得もあります」
「……」
ヴィランは迷っている様子だった。
そこまで、私は信用できないのだろうか。
思えば、初めて会った時からヴィランは私を警戒していた。
「あぁっ、もうっ。イライラするね」
気づかないうちにヴィランの横にいたキースさんは、少し怒りながら男の子の様子を確認する。
すこし眉をひそめて、額に手のひらを当てた。
手際が良い。虚をつかれた様子のヴィランは、唖然としたままキースさんを見ていた。
「ちょ、ちょっと」
一瞬遅れて抗議の声を上げて身を退く。
キースさんの方は考え込んでいるのか何も言わなかった。そして。
「……ヴィランとか言ったかい」
低い声で問うた。
「な、なによ」
「あんた、一体この子のなんなんだい。どこを見てたんだ」
「は?」
なにを、言って?
そう考えているのだろう。
正直、私もキースさんがどうしてそんな事を問うのか分からなかった。
でも、その言葉の様子から、怒っていることだけは気づいた。
なんで?
「……早く……早く医師の元へ行くぞっ」
「な、なに言ってるのよ。勝手に言わないでっ」
「その子がどうなってもいいのかいっ!!」
「なっ、な、なによ。どうもさせない。あいつらに渡さないし、私が守るものっ。なにが在ろうと、誰が来ようとっ」
「そう言う意味じゃない!」
キースさんは怒っていた。
本当に。初めて見たけれど、本当に恐いくらいに怒っていた。
「キ、キースさん? いったい、どうしたんですか?」
「……その子、熱があるようだよ」
「え?」
熱?
あわてて男の子の顔色を見る。この前と変わった様子はない。
ただ、正体を無くしてヴィランに抱かれていた。が、ゆっくりと目を開けて。
「ヴィラン、大丈夫だよ」
そう、小さな声でいった。
まだ意識があったのかとほっとする一方、キースさんの様子から早くどうにかしなければならないのではないかと焦りを覚える。
「大丈夫なことがあるかい。まったく、いつから熱を出してたんだい?」
「……」
キースさんの問いに、応えない。
ただ、眼をそらして口をつぐむ。
「ねつ?」
ヴィランはその様子を見て茫然としていた。
「な、なんで、なんで言ってくれなかったのっ」
「……言ったら、ヴィラン、心配する、でしょ?」
小さな声が、応えた。
「あんた……気づかなかったのをその子のせいにしてどうするんだいっ! 熱があることくらい、気づけっ」
「ぁ、ぅ……」
キースさんの剣幕な様子に、ヴィランはティルクスノートと相対していたあの鮮烈な姿はなく、ただおろおろとしていた。
なにをすればいいのか、どうすればいいのか。何も分からないと言った様子。
まるで、帰る場所を失った子供みたいだ。迷子になって、心細そうにする子供みたいだ。いや、まだ私よりも年下の女の子なのだから当然だけど。
「とはいっても、子ども同士だから仕方ないか……」
キースさんは二人に聞こえないように、そしてばつの悪そうに言って嘆息した。
「……ヴィランを、おこらないで……なにも、言わなかったの、これだから」
「まったく、子どもがなに言ってんだい。子どもは子どもらしく、周りに甘えていいんだよ。で、あんたもあんただ。なにがあったのか知らないけどね、子どもだけで何もかも守るなんて無理に決まってるだろう」
「なっ、わ、私はっ、子どもなんかじゃない!」
キースさんの言葉に、子どもらしく真っ赤になってヴィランは怒っていた。
だから子どもって言われるんだよ。と、キースさんは小さく呟く。
そして
「なら、今は何をしたらいいのか、分かってるね?」




