音の大精霊
「このままじゃ、殺される。連れ戻しに、来た。どうしよう。どうしようっ!!」
「お、落ち着いてっ」
なんで、こんな森の中にまたしてもこの子がいるのか。
まったく分からない。
ただ、攻撃を受けていたのがあの少女――ヴィランなのだとなんとなくわかった。
たぶん、彼女がこの子を逃がしたのだ。
おろおろとする彼に、夜月君は警戒するように見つめる。
ユウちゃんはしらない男の子に警戒して木の後ろに隠れてしまう。
「シェルリーズ、どうするつもりだ」
「どうするって……」
どうしよう。
夜月君の視線は冷たい。
この子を、疑っている?
「……とにかく、なにがあったのか聞かないと……」
それを聞くと、夜月君は眉をひそめてキースさんの行ってしまった方向へ目を向けた。
とりあえず、聞かないと。
「どうしたの? 殺されるって? 連れ戻しに来たって、どういう事?」
「コレのせい。コレが、逃げだした、から。ヴィラン、悪くないのにっ」
「落ち着いて。えっと……」
いまだにこの子の名前を知らない。
名前を呼ぼうとして其れに気づく。
「そうだ……ねぇ、貴方の名前はなんて言うの?」
そう聞くと――笑った。
「名前……無い、よ」
無い?
「必要、無い、から」
どうして? そう、聞こうとして。
「シェルリーズ! 前だっ!!」
「――えっ?」
夜月君の声に顔を上げると、名前が無いと行った彼の後ろに――女神がいた。
なんて、美しいのだろう。
この世にあるとは思えない、美。
女性の姿をしている。けども、明らかに人間を逸脱した姿をした、女神の様な存在が、いた。
足は、先端に行くにしたがい、空気に溶けたように薄く消えている。
手には幾つもの痣の様な紋様がうっすらと光を放っている。
腰まで伸びた黒髪が、風もないのになびいていた。
その顔に浮かぶ苦悶の表情。
なぜ、そんな顔を……。
「ソレを、渡してください」
『ソレ』と呼んだ男の子に、視線を向けた。
抱きついて来ていた男の子は、身体をこわばらせた。
腕に、力が入る。
この子は、嫌がっている。
「貴方は誰ですか?」
「……私は……ティルクスノート。精霊王より音の大精霊を拝命し、音の精霊達を束ねる任を負う者……ソレは、この場に在ってはならないモノ。早急の返還を求めます」
なに、それは……。
「……さっきっから、聞いていれば……なんですかっ? この子をまるで物みたいに……この子の意思はないんですかっ?!」
「おい、シェルリーズっ!!」
やっちゃった……。また……。
夜月君の声で気づくと、音の大精霊と名乗った彼女は震えていた。
まるで、何かを耐えるように、怒りを抑えようとするように。
大精霊である彼女に、異を唱えてしまった。
神様では無い。でも、大精霊とはそれと同等の存在だ――。
ちょっとまって。
なんでこの子を大精霊なんて存在が追っているの?
それに、キースさんやヴィランは?
訳が分からない。
この子は……一体……?
「ふざけるなああぁあっ!!」
ティルクスノートに、強烈な蹴りがもたらされた。
不意打ちのその攻撃に、ティルクスノートは慌てて回避する。
目の前に、黒髪が風に舞った。
ヴィラン――。
「貴様らはっ、そうやってっ……この子をなんだと思っているんだっ。この子はっ、お前たちの玩具じゃないっ!!」
そう言って、私達の前でティルクスノートに叫ぶ。
そこには、憎悪があった。
怒りがあった。
「この子は、お前達に――渡さないっ。お前たちはこの子を捨てたのにっ、今さらなんだよ……」
決意があった。
私に、ヴィランの言っている意味はまったく分からない。
この子が捨てられたとして、誰がそんな事をしたのか、なぜティルクスノート様はこの子を取り戻そうとしているのか。
それでも、その決意だけは伝わった。
「……そう……」
ティルクスノートは、其れを聞いて微笑んでいた。
先ほどまでの苦悩はどこに行ったのか。
いや、どこにも行っていないのだろう。
その笑みは、まるで自分を嘲笑するような笑みだった。
「そう……よね……今さら過ぎる……」
「さっさと、帰って!」
「……それでも、返してもらうっ! 約束を、したのだからっ!」
一触即発。
まさにそんな言葉が似合う雰囲気を見守る。
下手に手を出したら、なにが起こるのか解らなかった。
それは夜月君も同じだったらしい。
ヴィランはともかく、大精霊であるティルクスノートに手を出せないでいた。
それにも関わらず、
「やめてっ」
少女が二人の間に入った。
「ユウちゃんっ?!」
木々の後ろに隠れていたはずのユウちゃんが、どうして?
「なんで、みんなじぶんかってなの? なんで、こどもの話しを、みんな聞いてくれないのっ? ゆうたちは、好きでここに生まれたわけじゃないのにっ!!」
まだ、小さな女の子が叫ぶ内容じゃなかった。
エルフ……長寿の彼等は、年齢と見た目が合っていないという事が多いという。
ユウちゃんは、見た目よりも――。
「好きで生まれた訳じゃないのに……」
小さな言葉。
どうして
なんで
理不尽さを嘆くその言の葉は、静かに心を揺らす。




