海の神
「まったく、なにがあったんだい」
大和城は大混乱だった。
城と巫子たちを守護するはずの近衛達があたふたとしていて目も当てられない。
今も、爆発の際に火の手が上がったのか城の上層部は燃えている。
風情があり、自慢でもあった城。それを誰がなんのために傷つけたのか。
「許せないねぇ。おい、橘! 一体なにがあった。流夢薙たちは無事なんだろうね」
顔見知りの顔を見つけて、早速怒鳴りつけた。
「なっ。帰ったのでは」
「城下町じゃあ、大変な騒ぎだよ。で、どうなんだい」
「巫子様方は無事です。それよりも、ここは危険です。早く逃げてください」
「なら、流夢薙のいる場所を言いな」
「……南にある別荘です」
しぶしぶ言った橘に礼を言って、すぐにそこに向かった。
「あらら? さっきぶりー、キース。どうしたの?」
別荘には、確かに流夢薙達がいた。
と言っても、流夢薙とタガエのみ縁側にいて、他の者は中に居るようで姿は見えない。
その流夢薙は、のんびりとお茶を飲んでいる。
「さっきのはなんだい」
「いきなり直球だね、キースは。ほら、ちょっと座って落ち着きなよ」
あまりにもくつろぎすぎている。
こっちは結構心配していたと言うのに。
「いろいろあってね。須佐之男にやられた」
「スサノオ?」
巫五の国の五人の巫子は、今四人しかいない。
須佐之男命は前巫子が亡くなってから未だに新たな巫子を選んでいない。
それが流夢薙達の負担になっているのは意外と知られていない。
「あいつじゃないのか……。巫子も指名しないで放蕩していると聞いていたが、なんのつもりだい」
「夜月君を探してたみたいだけど?」
「あいつを? なんで」
「そんなこと、知らないよ。タガエは?」
「知る訳がありません」
「だってさ」
あとで、夜月に問い詰めたほうが良いかもしれない。
そう考えつつ、キースは流夢薙の話を聞いていた。
「なー、なー、シェルリーズはやっぱり紅の餓鬼の女なのか? だとしたらあいつはやめとけ。絶対ろくな目に会わないぞ」
なんだかわからないままに彼に連れられてきたのは、どこかの宮殿の一室のような場所だった。
ソファのような物の上にほうられて呆気に取られていると、彼は何やら目の前に座りこんでそんな事を言う。
「あの、紅の餓鬼ってヤヅキさんのことですよね? 別に、そう言う関係じゃないですし、一体あなたは誰?」
「オレか? オレはカミだよ。まぁ、ニンゲンはオレのことを須佐之男と呼ぶけどな」
「スサノオ?」
「そうだよ。……って、あぁっ!!」
「えっ?!」
「そうだよ! お前使えば紅の餓鬼も出てくっかもっ!! そうだ! オレって頭いい!!」
いきなり、立ちあがったスサノオ様は、なぜか目を輝かせて早口にまくしたてる。
な、何を言っているのだろうか。
「お前、オレの人質になれ」
「……」
「あの餓鬼をおびき出すためのな!」
人質にするとか考えないで私を連れて来たのか。
「ヤヅキ、さん、を?」
「そうだ! てか、そうすりゃいいじゃん。ほんとこれ」
はしゃぐ彼は、子どもみたいで神様だってことを忘れてしまいそうだった。
なんだかほほえましい。
ちょっと、迷惑だけど。
「あの、なんでヤヅキさんをおびき出したいんですか?」
「なんで? そりゃ、あいつがオレから逃げまくるからだよ。こっちの話を聞きもしない。ったく、ニンゲンのくせしてすばしっこいし面倒な術を使いやがるし」
彼って、すごいのか。
一回しか会ってないし、なんだかいろいろ言われた後すぐにどこかに消えちゃったから……。
それよりも、スサノヲがすねているように言うので、笑いそうになった。
「それで、神であるスサノオ様がヤヅキさんになにを話したいんですか?」
「スサノオでいい。つーか、様づけすんな。オレは会いたい奴がいるんだ。どうしても、会いたいんだ。あいつは――」
「其処までにして貰おうか?」
そこには、クレナイヤヅキ、その人がいた。
「ざけんなよ、須佐之男。そいつに手を出すな」
たぶん、怒っている。
まだなんども会ってない私でもわかるほど、ヤヅキ君は怒っている。
「へっ。早速登場か、巫子サマよぉ」
「黙れ」
え? 巫子?
ヤヅキ君が?
どういうことだろう。
しかし、私の疑問に、ヤヅキ君もスサノオ様も答えてはくれなさそうだ。
「オレも『彼女』も、お前に何も言う事はない。こいつは返してもらうぞ」
「きゃっ」
ヤヅキは腕ではなく袖を持って私を引っ張った。
「来い」
スサノオ様よりも強引に、引き摺るようにその場から離れさせられた。
振り返ると、スサノオ様はどこか遠い場所を視ていた。
「あの」
早足で、ヤヅキは宮殿を歩く。
「待って」
まほろびかけて、ようやくヤヅキは袖を放した。
その後も、どんどん進んでいく。
「なんで、話をしないんですか」
「なにが」
「スサノオ、さまに、『言うことはない』って」
「言葉の通りだ」
「でも、少しくらい話を聞いてから――」
いきなりヤヅキは歩を進めるのをやめて、振り返る。
「なにもしらない人間が、口をはさむな」
それは、とても冷たい目だった。
冷たい声だった。
冷たい……拒絶だった。
「それでも、彼は話を聞いてくれないってすねていました」
「ばかばかしい。神がそんな事をするか」
この人は、私と同じだ。
昔、私が考えていたことと、同じ事を誤解している。
「……ヤヅキさんは、神は万能だと思っているんですか?」
神は万能ではない。
私の知っている神様は、戻れない過去に後悔をして、悩み続けていた。
あの優しい双子の神様は、自らが神であるにもかかわらず、何もできない自分たちを責め続けていた。
「私の知っている神様は言ってました。この世界に、人々の言う『絶対の神』は存在しない。ただ、人々の思うよりも力ない無力な『神』と呼ばれる存在が居るだけだと」
人は、神を万能だと勘違いをする。『神』なのだからなんでもできるのだと。
神は確かに人にはできないことを行う事が出来る。でも、人ができないことをできるだけで、万能ではないのだ。
だからこそ、神々は争っている。
自らの力の限り。争い戦火を肥大させている。
ヤヅキは、顔をそむけてぽつりと言った。
「そんなはず、ない」
「どうし――」
「ざけんな! こっちはふざけた神なんてものにどれだけ振り回され続けたと思ってんだ!」
握られた拳が、近くにあった壁に打ち付けられる。
聞いているこちらまで痛そうな音がした。
「そいつらが、『神』を否定するのか?!」
相手が絶対の神だから仕方ない。
万能の神に刃向うなど、してはならない。
だからただ振り回されてきたのに、神が『神』を否定する。
「……」
「……ぁ、待って」
無言で彼は身を翻す。
それを慌てて追った。目の前にあるはずの背はどこか遠く、私を拒絶するようで。
その後、会話は無かった。




