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逆さまの聖母  作者: スク
3/5

色を取り戻した世界

今年最後の更新です。皆様、良いお年を!



       ◆



僕の願いをきいてくれるなら、貴方がずっと欲しがってきたものを貴方にあげるよ。

それにしても、神様もだけど、やっぱり僕って酷い奴だと思わない?

あぁ、こんな事を言っても解らないか。

まぁいいや、そのまま話を聞いててよ。

後から話すからさ。

何時の時代もあの人にとても酷い事を強いる僕は、本当に鬼畜生だと思うんだよね。

この悲しい追いかけっこを変えたくて貴方にお願いをしたのに、やっぱり会いたいって強く思ってしまう。

未練たらしいったらありゃしない。

結局何一つ変わってないし、変わらないのかもしれない。

でも、独りぼっちの泣き声をもう聞きたくないんだ。

だから、僕は逆らってやる事にした。

この追いかけっこを、最後にする為に――…。





       ◆



長い睫毛に縁取られた瞼が刹那に震えた。

それと同時に男の眼前にある小さな泉の中心から、ゆっくりと波紋が広がり始める。



「っ…魔王様!」



「わかっている」



今まで記憶の片隅に追いやられていた小さな泉の異変に、慌てふためく声が響く。



「エンテ、皆を下がらせておけ」



「御意…」



エンテと呼ばれた金髪碧眼の見目麗しい男は、眉根を寄せながら返事を返すと霧の様に姿を消した。

男、基、魔王は段々と波紋が大きくなってゆく泉に一歩近付く。

周囲に聳える大木が高調子気味のを立てて軋み始めた。

容赦なく肌を刺す強力な魔力をその身を持って知った生き物達は、絶対的な存在が与える恐怖を本能的に感じ取ったのであろう。

竦む足をなんとか叱咤し、魔王と一部を残して他の生き物達はその場から脱兎の如く姿を消した。

それが生き物にとって極当たり前の行動なのだと理解している。



だがしかし、魔王が持つ役割とそれによって、この世界に生まれ落ちてからと言うもの魔王はずっと孤独だった。



周囲に誰も居なかった訳ではないが、本当の意味で一緒に居た事等只の一度も無かった。

しかし、今己の目の前に生まれようとしている存在がある。

魔王は己の胸に手を当てた。



「…………」



もう熱は感じなかった。

あの者が口にした通り、本当に消えて無くなってしまったのだろうか。

願いを聞き入れた時のあの者の表情を思い出し、魔王は瞳を伏せた。



「大切なものを他人に任せなければならない思いとは、一体どれ程の苦しみを伴うのだろうな…」



今まで大切な者を持った事が無い今の己には到底理解出来ないだろう。

だが、己はあの者の言う事を信じた訳ではなかった。

今まで一度も会った事のない赤の他人の言葉を信じるには長く生き過ぎ、これからもそう有り続けなければならない程に己には自由がない。

人間達は己の役割を理解出来ない、否、例え言ったとしても理解しようとせず、信じる所か鼻で嘲笑った挙げ句罵倒されるだろう。

それ程までに魔族と人間との間には埋める事の出来ない大きな溝があった。

人間達は優れた身体能力と魔力を持つ魔族に対して遥か昔から劣等感を抱いて来た。

それに伴い比較的大人しくしてきた人間達は、魔族との大きな小競り合いも特に無く、つい最近まで穏やかに生きてきた。

しかし、数百年前から魔王の魔力が不安定になり始め、外に溢れ出ようとする魔力を抑え込む為に魔王は居城から出なくなった。

魔に属する者達もそれに合わせる様に大人しくなる。

それが、人間達に変化を齎した。



「面倒な…」



魔王の素直な思いだった。

本音を言うと、魔王はこの世界がどうなったって構わなかった。

誰かが己の首を刎ねない限り死ぬことが出来ない不老不死の身体を持つ魔王にとって、この世界はただの牢獄の様に見えた。

一度本気でこの無聊なる世界を滅ぼしてやろうかと考えたが、魔王が持つ役割のせいなのか、はたまた見知らぬ誰かの意思が働いているのか、どんなに望んでも力が言うことを聞かずそれは失敗に終わった。


なんの変化も期待出来ない怠惰な生活、世界の為に生き、己の為に生きる事すら許されないそんな毎日。

それが永久に続くのかと思うとまるで足下が崩れ落ちて行く様な絶望感に苛まれ、柄にも無く恐怖した覚えがある。

いっそ自ら命を絶とうかと考えたが、それも何故か叶わない。

己は己を殺せない。

己以外の誰かの手でないと、この牢獄から抜け出せないのだ。

魔王は全てを諦めた。


魔を統べる存在なだけに、魔王より力ある者はこの世に存在しない。

唯一対抗出来るとすれば、人間達が異世界から召還する"退魔の神子"と、それと同時に現れるとされる勇者のみである。

魔族が大人しくなってすぐ、"退魔の神子"が召還されたと報告があがった。

それに伴い、勇者が現れたという報告も…――。

魔王はその報告を聞いた時、この牢獄から解放されるかもしれないと言う考えがすぐさま浮かんだ。

それ程までにこの世界に嫌気がさしていたのかと、苦笑したのも覚えている。



「………」



辺りに漂う魔力が増加した事により、魔王は意識を泉に戻した。

その時、



ふわり



視界に入ったのは、透明な泉の水面にたゆたう長い黒髪。

そして、その先に僅かながら白い指先が見えた。

その時、魔王の胸は大きく高鳴った。

危険なものなら、あの者の願い等忘れて即命を絶ってやろうと思っていた。

しかし、魔王の胸に去来したこの狂おしい程の何かが魔王を支配し、鋭い筈の思考を鈍らせる。

それはあの者による影響なのか、それとも己の純粋な思いから来るのかは解らない。


胸の辺りから今まで感じた事の無い強烈な思いが溢れ出し、頭のてっぺんから足の指先までもが目の前の存在を渇望する。

すると、何故か急激に泉から魔力が弱り始めた。

長い漆黒の髪が、白い指が心なしか遠ざかり始める。



「!?」



どんな時でも冷静だった筈の魔王は、生まれて初めて焦りという物を知った。

絶対口にはせず、始めから無理なものとして諦めていた永久に寄り添える存在。

それが、消えてしまう。

焦る気持は、恐怖というものに切り替わった。

己の掌を魔王は見る。

長く伸ばされた爪と、大きな白い手。

迷いは無かった。



触れられる。



何故か確信があった。

魔王はそのまま泉に手を突っ込むと、濡れる事も厭わず片膝をついた。

白い指先を通り過ぎ、細い腕を捉える。



「っ!!」



魔王の心は歓喜に打ち震えた。

触れられた。

触れられたのだ!

塵になる事も、消えてしまう事もなくしっかりと存在を感じる事が出来る。

なんと尊い存在、なんと稀な存在、なんと愛しき存在…。

この思いを、どうしたらいい。

口にする程豊かな経験を積んでおらず、また言葉では語り尽くせぬこの思い。

白い指先が空気に触れ、目の前の存在は世界に生まれた。

つまらない色褪せた世界は、魔王の網膜に再び色を取り戻した。


鼓膜を打つ水の音。

目の前に生まれた少女のなんと愛らしいことか。

驚きに見開かれた漆黒の双眸と、可愛らしい桜唇。

双眸と同色の水に濡れた髪は光り輝き、顎を滴る水滴が少女ながらもなんとも艶めかしい。

魔王は、迷う事無く少女を腕に閉じ込めた。

少女の息遣いをしっかりと感じ、更にその存在を確かめようと抱き締める力を強める。



あぁ、神という存在がいるのならば、初めて感謝したいものだ。



そう思い、魔王の心は生まれて初めて満たされ始めた。

絶対に、絶対に離すものか。

この少女は一縷の光。

この光を無くす様な事があれば、今度こそ魔王は世界に絶望するだろう。

もしも、もしもそんな絶望的な日が来る様な事があれば、如何なる手段をもってしても世界を壊してやるのだ。

己に出来ないのであれば、己の手足となって動く存在達に命じれば良い。

ゆっくり、ゆっくりと愛して行こう。

何重もの真綿にくるみ、大切に育てるのだ。

いつか、己の唯一の花嫁となれる様に…――。




今更ながら、あの者の言った言葉を魔王は信じた。

そうでなかったとしても、なんとかする自信はある。

あの者のひくつく顔が脳裏に浮かび、魔王はほくそ笑んだ。

あの者は特に指定してこなかった。

だから、こういう形で願いを遂行した所でなんの問題もない筈だ。

だがまずは、腕の中の存在に嫌われてはいけない。

早急に事を進めて嫌われようなら、魔王は最早生きては行けないだろう。




「…我が愛しの妹よ。我と共に永久(とこしえ)の時を生きてくれ」




まずは妹として我が元へ迎え入れる…――。

こうして、魔王の世界が始まった。




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