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第8話 MP


「魔、力……」


 すぐに想像ついたのは、『MP』という、英語の二文字だ。


 正確には、『Magic Point』だろうか。

 『魔法の数値』、元いた世界にはゲームや空想上で存在した値。

 

 実際には、値として算出された力量なのだろうが、それでも魔法とは別の代物と思えてくる。


「あの、単語ではなんとなくイメージができるんですけど、詳しく説明いただけます?」


「ほーぉうほうほうっ! 珍しいねぇ、ニーゴ君が敬語だなんて、このスーパー物知りお姉さんへの敬意が芽生えたかなぁ?」


 肩を脱力させながら、恐る恐る震える右手を上げる俺に、物珍しいと目を見開き、面白い頬を緩めるマフォル。

 顎に手を添えて、逆の手の親指と人差し指で丸を作り、こちらを覗き込んでくる。


「ま、まぁーそーですねぇー」


 挑発めいた動作にも思えたが、覚えた怒りを心のうちに留める。

 

 今は怒るな。今はいい気にさせるのだ。

 でなければ、俺がまた怒られるかもしれない。


 頬を膨らませ、地団駄を踏む姿よりも、ニマニマと笑われている方がずっといい。


「オッケーっ! なら、この超スーパー物知りお姉さんが、わかりやすーく教えてあげようじゃーないのっ!」


 作っていた円に他の指を立てて承諾(オッケー)とポーズを取ると、その手を握り口元へ。

 一度咳払いを挟み、マフォルは説明を初めた。


「むーっかし昔っ! あるとき、一人の転移者が考えを巡らせた。なぜ魔物と呼ばれるものたちは、種の確立させられる力があるのだろうか。同じ猛犬(ハウンズ)系統や蜥蜴(リザード)系統でも、炎や水を生成するものや石化や毒化をもたらすものまで、どうしてこうまで形を変えられるのだろうか? と」


 魔物。異世界に登場する特殊な力を持つ動物。

 肉体や外見は元いた世界のものに酷似するものがありながら、特殊な力によってその相違点をありありと見せつけてくる存在。

 

 正しく、異世界ファンタジックな存在だ。と思い、その研究をしていた転移者の疑問に、俺は無粋な答えを投げる。


「……環境による適応、進化ってやつなんじゃあ」


「そうだね、ニーゴ君。確かにそれらの系統を先祖がいた。それらの系統には、その特徴たり得るものを貯蓄、排出する内臓があった。けど、それはその先祖よりあった内臓なんだ。色や形に違いはあれど、私たちもある内臓なんだよ。加えて、その種族特有の臓腑も力を繰り出すのに、なんの働きも示していない」


 俺は顎を乗せていた拳を離し、思いがけずへぇと言葉が溢れる。


 想像で描いたのは、魔物の特殊な内臓。

 それらをすり潰すか搾り取るか、そうして拵えた液体を塗るとこで使用を可能とする『魔力』。


 それが、マフォルの正体なのかと定義づけた。

 体を密着させるのも、素肌に魔法のルーンめいたものを描くことと同じになり、使えたのかと。


 だが、違う。魔物を魔物たらしめているのは、特異な臓腑でも、臓腑を繋ぎ動かす血管でも、ましてや血液でもなかった。


 であれば、別のなにかが魔物と関係している。

 内臓も血液も関係ないとなれば、そのもっと内側のあるものが。


「……っということは、その人ーー、カエルムっていうのは、別に『魔法』を使う手段、『魔力』があると考えたんだね」


「せいっ、かいっ!」


 白い歯を見せ、音を響かせながら指を弾いて、その手で俺を指差すマフォル。

 少し照れ臭く感じながらも、その続きに耳を傾けた。


「ともあれ、死した魔物からはそれ以上の情報もなく、魔物はこの地ではない地獄、言うなれば魔界に来たなんて妄言まで唱えられたこともあったっけなぁーっ!」


「確かに、この世のものじゃないと思うものは、この世から来たものじゃないと思う方が理解し易いか……」


 元いた世界にも似たようなケースがあった。

 謎の飢饉や病に対し、悪魔やら魔女やらの仕業に仕立て上げた愚行が似ている。


 想像もつかない大昔、魔女狩りなんて非道が行われていた。

 同じ人間を大量拷問、大量虐殺なんて発想に至った経緯があろうことか、正義心から執行だったもの。


 理解できないものに、理解を放棄できる理屈の通らないものを当てはめた。


 ーー少し、ほんの少し、俺は俺の考えで怒りが湧いた。

 幼いなと、俺は心のなかで俺を愚弄する。


「でも、奴は違ったのか?」


「そぉーっうそうそうっ! 彼は力の流れや動きが、血流のごとく流れているって言ったんだぁーっ! 血管のようなものがあり、そこに血液めいて流れているとっ!」


「でも、臓器やら血液にそれらしいものはなかったんだろ? ならそんなものもないんじゃ……」


「甘ーっい甘い甘いっ! 君は見えなくて聞こえなくて嗅げなくて感じられなかったなら、何もないと言えるのかなぁーっ?」


「……それじゃ、さっきの妄言と同じじゃねぇか」


 つまりは、カエルムもまた見出せない特別を空想上の何かから創り出した。

 見えないモノか、聞こえないオトか、嗅げないニオイか、感じられないナニかか。


 創り出したのがどれであれ、真偽がどうであれ、俺はマフォルの言う妄言を口にする彼らと変わらないと冷ややかな言葉を呟いてしまう。


「まっさかぁーっ! 全然違うよっ! 確かに、彼らと同じように妄言だと馬鹿にされたさ。けど、彼らとは違ったんだっ! なんだと思う?」


「妄言だと言われた過程を結論にしたことか?」


「その通りっ!」


 再びマフォルは、二度指を鳴らした。

 そうして、楽しげに指を鳴らし続ける彼女に、俺はそんな馬鹿なと否定はできなかった。


 なにせ、目の前にこうして一人の少女がいる。

 そんな少女が、ついさっきまで元いた世界の人体の力では、不可能な体験をさせてきたのだ。


 直立したままで、空を自在に飛んだ。

 望み声にしたことで、目的地へと辿り着いた。


 それをどう説明する。

 カエルムが生み出した彼女の存在、『魔力』を否定して、彼女を何者だと言う。その力をなんだと言う。ーーできない。

 

 見えないものを見て、創り出したからこそ、彼女がここにいて、彼女の力を俺は体験してここにいる。


「うん、うぅん、んんんんっ! ダメだ。わからねぇ……百歩譲ってそう言うものがあったってのは、わかった。だとしても、どうやってその魔力を知って、人体で魔力を発動させられるように、君という『魔力』と言う概念を見出したんだ?」


 経緯はわかった。大勢が魔物の力に好奇心を示し、人類の力にしようとその要因を探っていたとも。探り得なかったとも。彼が見つけたことも。


 だが、もっとも重要なことが後回しにされていた。


 どうやって見つけて、どうやって人も得て、マフォルという少女の元である概念を創り出したのか。


 どう頭を捻っても思い浮かばず、首を何度も左右に傾けていた俺は上を向き、ため息をつき、問いかけた。


「ふっふっふぅーっん! 面白いなぁ。まさかあんなに講釈を垂れていたのに、すっかり立場が逆転しちゃってぇーっ!」


「おい、誰の話してんだ。名前を言ってみろおい」


 独特な含み笑いの後の言葉に、俺は冷や汗をかきながら、マフォルの目を見て肩を揺らす。

 今にも胸のうちで燃え盛る慣れ親しんだ炎が、開けた口の隙間から噴き出しそうになるのを、必死に堪えながらーー、


「いーっやいやいやぁ、まぁーったく趣味に付き合う私の身にもなってほしいもんだよ、今度は生徒になりたいなんてさぁ」


「絶対、新居吾さんじゃない人の話したなっ! おい、おい言ってみろっ!」


「そんなに肩揺さぶらなくてもちゃんとカエ……ニーゴ君の話をしているよぉ?」


「おい、あからさまに言い間違えたなっ!? 確実にカエって言ったなぁっ!?」


「だぁーってだってだってっ! 実はカエルムなんでしょ?」


「カエルムじゃねぇわっ! 新居吾さんだわぁっ!?」


 だが、すぐに決壊する我慢だった。

 マフォルもフリだとしても他人である俺とのやりとりを忘れ、以前の創造主との話を持ってきた。

 

 そんな彼女に激昂するように、俺は声高々に間違いを指摘する。

 もはやお決まりとなったツッコミは雰囲気の明るさを保とうとする手段だが、我慢を忘れる欠点もあった。


「はぁ……んで、質問の答えは?」


 加えて、声を張り上げ、相手に面白がらせるのは、それなりに体力がいる。

 幾度となく痛感させられ、今尚痛感する俺は、肩を揺らしながら、話を軌道修正した。


「つまりっ! カエルムが見つけたんだ。空からっ!」


「空ぁ?」


 これまた唐突な答えに、俺は二重の右目を大きく見開く。

 マフォルの指の先にある、空が魔力の正体などどう考えたって思い浮かばない。


 だからこそ、凡夫で、ちょっぴり現実主義な俺が理解など出来るはずもなかった。


「この世界の空には全てに力が備わっているのさっ! 雨や雲を生成する水色の力。太陽や星を光を取り入れる橙の力。それらを閉ざす漆黒の力。空からものを揺らぎ煽る薄白の力。残る黄緑と焦茶の力は地と生い茂る植物が補っているんだっ!」


「いかにも異世界ファンタジックな言葉の暴力……っ!」


 普段通り、テンション高めな口調でいつも以上の言葉の数と情報量にぶん殴られる。

 だが、俺は驚くも気が滅入ったり、精神的な疲弊はない。


 むしろ、目を輝かせながら頭の中にその情報を確かに認め、考えを巡らせた。

 俺は今一度、頭上にある空を見つめて、頷く。


「だけど、確かにこの空は、そう思わせるものがあるわ……」


 元いた世界に類似したものが多いこの世界。

 だが、違うと思わせるものはあった。


 その一種が、空だ。

 全体的に青ーーというより水色だが、雲が一つ繋ぎであり、その形はまるで、幾つもある神経細胞の細胞体と軸索が一つにつながっているようだ。


 加えて、水色に近い空も、ときおり白の雲で区切られた一つ一つが色を変化させているのだ。

 橙色に変わったり、黄緑色に変わったりと、空の模様が目まぐるしく変わっている。


 興味はそそられるが、カエルムの実績を優先する。

 こんな力の流れをむき出しにしたような空から、どうやって、彼女という『魔力』を生み出したのか。


「って、そんな風に考えたカエルムは少し考えたのさ。もし本当にあの光景の全てが力の集合体なら、そんな只中にいる人間たちは、どうして何も感じずいられるのだろうかと」


「……なんとなく、その疑問点はわかる」


 彼はこう考えたのだろう。

 力の密閉空間にいながら、なぜ人間たちは窮屈さを感じなかったのか。

 例えば、水の中にいた場合は呼吸ができず、息を止めた数秒経てば苦しくなるはずだ。


 もし、力に密閉された空間であるのなら、生きとし生けるものたちにその影響があっていいはずだ。

 重力により、翼無くして宙を舞えないように。

  

 だが、そんな制限もなければ、なんの重圧感もない。

 

 なら、力の密閉空間でも、そう思わせない力が働いている可能性だ。作用と反作用の如く。


「ーー反発する力、『魔力』が生物にはあって、魔物はそれを反発だけではなく、利用するに至っているってことか?」


「きゃーっはぁっ! きゃはきゃはっ! その通りっ! 正解だよっ! ニーゴ君っ!」


 百点満点の模範解答だったのか、マフォルは更にテンションを上げて、俺を称賛する。

 肩を三度叩いたのちに、俺の頬を両手で挟んできた。


 肩と頬にビリビリと痺れる痛みが伴ったが、俺も異世界の力を知識を得たことの興奮が強い。


 俺もその知識を深めれば、力を使えることもあるやもしれない。

 だが、不思議だ。こんな功績がある人間が、なぜこんな俺に間違えられることになる。


 元いた世界ではそっくりさんが多いってだけで話がつくが、異世界じゃ折り合いがつかない。


 もしかしーー、


「実は、生物植物問わず、体には目に見えないほど微細の力を発する毛が生えており、生きると言う動作とともに、その力で、この世界、言わば『力界』で息ができたっ! それを認識し、流れを知り、強め、発することで、人は大昔にある力を流行らせた。『魔法』っ! その先祖的概念である『魔力』こそ、私なのさっ!」


 マフォルが改めて自身の存在を長々と説明し、親指を自身の胸元に差し、振り返る。

 後ろにいる、知人に酷似した存在に。


「ーーって、あれ?」


 だが、いない。

 後ろにいたはずの少年が、後ろにいない。


「あれぇーっあれあれ? ニーゴ君?」


 移動したのかと辺りを見渡すも、いない。

 範囲を広め、捜索すること五分、マフォルは早めの段階で勘付いていた結論に直面する。


「……もしや、誘拐ちゃったパターン?」


 説明に熱中するあまり、守るべき少年を他の少女たちに取られ、見逃してしまったことを。

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