第7話 君のその名は
「んで、旅するっていうんなら、どこかしら良いところ行って、良い景色見るもんだよなぁ……」
「うーっんうんうん! なら、あのお城なんてどうかなぁーっ! きっと城内部とか、城からの外の景色を見てみれば壮観だよぉーっ!」
「城……なぁ……」
俺は隣で歩幅を合わせて歩くマフォルの提案に、顎を軽く曲げた拳の指のうち、少しだけ立てた人差し指に乗せて、唸る。
城。元いた世界でも有名な城は旅行や観光で定番だ。
だが、俺としては良いとは思えない。
城内部や外の風景の良さよりも、脳裏を過ったのは今までの経験則。
それを確かめるように、視線を周りへと向ける。
小首を傾げ、視線を他所へやる俺に顔を近づけるマフォルの向こう側では、少女たちがこちらを見つめていた。
近くの少女と両手を握り合わせているという、微笑ましい光景だが、彼女たちの視線はどこか険しい。
まるで、彼氏に擦り寄る泥棒猫を見下す彼女みたいな、静かな怒りや冷たさを宿した瞳だ。
「へぇーっいへいへいっ! ニーゴ君っ! 少年君っ! どこを見ているんだいっ! 会話を振っているんだっ! 返すのが筋じゃないのかいっ!?」
まぁ、元凶はと考えずとも、今蚊帳の外に置かれ、必死に目元で手を叩き抗議するマフォルだろう。
俺としては、『人違い体質』により、別人に見られていることによる嫉妬だ。
羨ましくともなんともない。ただただ迷惑だ。
ただ不思議なのは、なぜ少女たちが近づいてこないのかだ。
さっきまで、自由に歩き回り、俺を見れば抱きしめる子までもがいたというのに、だ。
不思議に思いながら、抱いた不安をマフォルに吐露する。
「いや、お城ってあれも女の子なんじゃないのか? 城内部にも色々ものがあるだろうし、それだけ女の子がいるんだろ? また騒動になるんじゃないのか?」
「ちーっちっちっ! またしても考えが足りないなぁ、ニーゴ君!」
「独特な言い回しのダメ出しだな、おい。どういうことだよ」
「今君の置かれている状況なら、大丈夫なのさっ!」
「俺の置かれている状況……」
左右に振って否定していた指をこちらに差し向けたマフォルの言葉に、俺は下を向き考える。
今俺はマフォルと共に歩いている。
目的は旅。行き先は今考え中。
周りからはマフォルへの敵愾心の目。
今この瞬間にも襲われそうだが、一向に襲われないーー。
「あ、マフォルがいるからか?」
「ふぅーっふっふっ! その通りさニーゴ君っ! このスーパー物知りお姉さんがいるから、今もこの先も大丈夫なのさっ!」
自身の胸に手を置いて、鼻を突き上げるマフォル。
俺は思わず吸い寄せられた視線を顔に向ける。
決して、胸を魅入ったわけではない。
手の動きを目で追っただけだ。
なぜか火照る頬を右手で交互に叩きながら、俺はふとあることに気づく。
「そういや、マフォルってなんの擬人化なんだよ? 彼女らとはちょっと違うんだろ?」
「えぇーっとえとえと、それってつまり、どういうこと?」
「ほら、紫色の家の子が言ってたじゃん。『時代遅れの概念娘』って」
「ぐえーっぐえぐえ……きっつい一言ぉ……」
俺は家の中での出来事を取り上げ、マフォルの正体を問いかけるも、当の本人が置いていた手の爪を立て、胸を押さえる。
身体をくの字に曲げ、口を閉ざして頬を膨らます姿や、険しい表情からも、心苦しさが全面に出ていた。
どうやら、彼女には禁句だったらしい。今後は禁止するか、言うにしても濁すようにしよう。
気まずさと行動を改めようと手で口元を押さえる俺に、マフォルは「うっうーんっうんうんっ!」とオリジナリティ溢れる咳払いをして、
「さてと! 情けない姿を見せたねっ! なら次は私のスーパーなパワーを見せてあげようかっ!」
「パワー……か。まぁ、身をもって知ることが、一番わかりやすいかもな」
「さぁーってさてさてっ! まずはニーゴ君っ! 身を屈めてしゃがんでっ!」
びしっと人差し指を立てて立ち上がったマフォルは、その指を下に向けて俺に指示をした。
「へ? な、なんで俺? 君が見せるんじゃ……」
「もぉーっうもうもうっ! 質問ばっかりしてぇ! 全然話進まないでしょ! はいやる! ほらやるっ!」
思わず問うも、マフォルの反感を買ってしまう。
両手の拳を作って掲げさせ、地団駄を踏ませてしまった。
こちらとしては、必要な説明が度々省かれる状況に、彼女の説明能力がないのかと偏見を抱く。
流石に、その本音を溢すのは、性格が悪すぎると、俺はため息をついて言われた通りに屈んだ。
「おーしっおしおしっ! よっと、失礼しますよっと!」
突然、背中に掛かる負荷。
何が起きたと前を反射で向く。するとオレンジ色のツヤツヤした線が何本も縦に伸びていた。
髪だ。マフォルの髪だ。ということは、彼女がすぐそばに、上にのしかかっているのか。
背中から包み込まれた感覚。というか、このままじゃ押し潰されてしまうっ!?
まるで重力が反転し、何倍にも増加したみたいだ。
一人で雑貨が大量に置かれた机を運び出すみたいな、そんな無謀さを感じさせられた。
思わず、俺の体が右に傾き、反射的に地面に右手をついて、身体を支える。
「うおわぁっ!? おい、乗るならそう言えよっ!」
「言ったら言ったで体格的に無理なのなんだのって言うでしょっ!」
「いや普通言うだろっ! こっちの膝笑ってんだっ! ぐっ……、今みしって言ったっ! 今背中みしって言ったぞっ! いくら何でもその長身じゃよぉっ!」
「うおーいっうぉいうぉいっ! 今何言おうをした? 何言おうとした? 言ってみろ! 一文字だけ言ってみろぉっ!」
「お、だよっ! おっ! その先はわかるだろっ! わかんないなら言ってやろうかっ!」
「いーよっ! その場合はぶっ飛ばしてやらぁっ!」
などとギャーギャー喚き叫ぶこと体感一分。
グラグラと身体が左右に傾きながら、なんとかマフォルが首に腕を回し、上に乗った。
だが、それはかろうじて首に巻きついた腕が、のしかかった体勢を保っているだけ。
俺が気を抜けばすぐに倒れ、彼女もその勢いでバランスを崩し、倒れてしまうだろう。
「よぉーっしよしよしっ! それじゃあ、行くよぉーっ! これが私だぁーっ!」
左肩に顎を乗せられ、耳から至近距離で叫ぶマフォル。
ど迫力の声量にキンという耳鳴りに苛まれながら、マフォルが起こした力の発動をこの目で確かめる。
だが、周囲を見渡そうともなにも変わらない。
一体、なにをしたと言うのだろうか。
だが、俺は少し悩む。
なにも起こらないといえば、きっとまた感情豊かなマフォルがお怒りになる。
なら、どうすれば、波風立たずに彼女の力を知ることができるか。
比較的、穏便に済む質問を。
「……なにすればわかる?」
「まーっあまあまあ、そうだよね。なら、お試しに飛んでみて」
「お、おぅ……」
なんとかもらえた指示を受け、俺はいつものように飛ぶため足に力、
ーーを?
「……あれ? 足に力が」
入らない……!?
しかも、足への意識が全然いかない。まるで下腹部から下がなくなったような感覚だ。
「わーっあわぁわぁっ! 止めてストップっ! 足に力入れようとしないでーっ!」
「わ、わかったけど……ならどうやって飛ぶんだよ……」
自身の身に起きた異変、足の不調はどうやらマフォルには原因なようだ。
しかも、力を込められてはいけない理由もあるようで、俺はこの違和感に苛まれながら、次の指示を待つ。
「そりゃあ、こう考えてみるんだよ。『飛べ』ってね! 初めてなんだ。口にしてみてもいいよぉ!?」
「そうなのか……んじゃあ」
要領を得ないが、俺は彼女の言葉に従い、頭でその二文字を思い浮かべてーー、
「飛べ」
と口にし、変化を待つ。
しばしの間、俺も彼女も口を動かさず、静寂がこの場を覆う。
「あの、やっぱ変わり」
またしての不発に文句をーー、
「なぁああああああっ!?」
言おうとした途端、全身に全身に弧を描いて現れた淡い三色の光が集まり、俺の身体が彼女ごと瞬時に上空を飛翔する。
全身を覆う半透明な、下向きで三つの細い渦巻いたなにか。
赤に近い橙色。青に近い水色。緑に近い黄緑。の三つ。
それがどこまでも、際限なく上へ上へと突き動かしてゆくのだ。
このまま行けば、大気圏に突入して、空気のない宇宙まで飛んでいってしまう。
「ちょーっいちょいちょいっ! ニーゴ君っ! すぐに制御してっ!」
「制御っていったって、俺この力使うの初めてなんですってぇっ!」
「行きたい場所を思い浮かべるんだよっ!」
「行きたい場所ぉっ!?」
このままでは不味いと思ったマフォルの叫びに、俺も同調するように吠える。
だが、突然の発言に俺は戸惑う。
思考は驚きで乱れるなかで、どうにか俺はマフォルが仄めかす目的地を探る。
「ーーぁ、城だっ! 城へ行けぇっ!」
指を突き出し、俺は周囲を取り巻く奔流に命令するように叫ぶ。
すると流れは曲がり、形を変えた。
俺を中心にして、周囲を螺旋に渦巻くだけだった細い三つの本流が、俺たちを球形に取り囲んだ。
淡い色彩だった三本の線の色が、突如色濃く放つ光を強めたのだ。
「う、ぉあああーーっ!?」
網膜を刺激し、白く眩む。
だが、それよりも先に足裏をとんと何かが押した。いや、押し続けている。これは……?
「うぉーっいうぉいうぉい、ニーゴ君。目的地に到着だよ?」
「えっ、あ……」
マフォルに揺さぶられて気がついた。
俺の足は今地面についており、晴れた視界にはあの城の扉の前に立っていると。
なにがなんだか、わからなかった。
映画やアニメを視聴中に、トイレに行ったときのように、前後の内容が合致していない。
もしくは、テレビの予約が上手くいかず、昔の擦り切れたビデオテープのように、映像が途切れ途切れになっているみたいだ。
なんて、なにかで形容しなければ、この脳内の衝撃に考えができない。
そう思う今も、頭のなかは一つ浮かぶ言葉が水中に浮かぶように軽くなり、霧のように霧散する。
定着ができない。焦りやら驚きもない。
真っ白なのだ。身に余る出来事に、心ここに在らずの状態になっている。一種の感動に近い。
地につけた足や握る手が他人に触れられた感触に近い。
鼻から意図せず取り込んだ空気が身体を循環していく。それを感じるほど意識がそちらに向いている。
自分で自分を制御できぬまま、理性か本能かもわからないままに顔をマフォルへと向ける。
「おーっおっおっお? どうしたの? そんな魂が抜けたような顔でこっち見て」
「いやあの……その、ちょっとというか、めっちゃ言い方悪くなっちゃうんだけど……」
ーーお前が本当にわからない。お前はなんなんだ?
と、深い考えなく浮かんだ言葉が、意識のない口からこぼれそうになり、ふと喉仏を手で押さえる。
ようやく理性が働き、思考も徐々にはっきりとしてきた。
考えろ。
いや、意識的に考えずともわかるはずだ。
思い出せ。
こうなる前の、彼女の言動を。
元気の塊みたいな声量と抑揚で言った言葉の、必要で重要な文言を抜き取れ。
「……力」
考えてみろ。
彼女に会う前に、何度も体験した不可思議なものごとを。
他の擬人化である少女たちが使う、道具特有の力に対して、お前は何を思い、何とそれを形容した。
「……もしかして、お前は魔法なのか?」
一言、考えが口から溢れて、二言目には答えである問いを俺は投げた。
きっとこの異世界にある摩訶不思議な力。その総称だと思っているその名前を。
マフォルは一度見開き、両方の口の端をわずかに上げて、瞳を閉ざす。
確信した。これは、彼女は、まさしく魔ーー、
「ぶっぶっぶぅーっ! 間違いでぇーすっ!」
「……」
はい、腹立つ。
両腕を胸の前でバッテンを作り、口を尖らせ唾液を飛ばして、間違いを言うマフォル。ムカつく。
俺は眉根をよせ、右側の頭頂部らへんで血管が切れる音がした。イラつく。
理性やら元いた世界の常識っぽい教えがなければ、俺はこの女を殴り飛ばしたであろう。腹立つ。
だが、その両者があるゆえに俺はゆっくりと呼吸を重ね、頭どころか全身内部が沸騰するほどの激情を収めようとする。ムカつく。
そして、マフォルを見つめ、問おうとする。
あ、ダメだ。勝ち誇った視線や吊り上がった口角が逆鱗に触れてる。
額の血管が何本がキレた。その額からも汗が滲み出している。拳の爪が食い込みすぎて両腕の感覚がなくなってきた。
「じ、じゃあ、君はなんなのかな? 俺的にはあれは正しく魔法と呼べる超すごい力だと思ったんだけ、んぐっ!」
最後の最後で唇を誤って噛むほど、怒りが全身の制御を支配するまでに至っている。
早く答えを知らねば。
俺がまだ人の目を気にして取り繕っているだけの理性と、思考停止で規律を従っているだけの知性が働かなくなる前に。
「まーっあまぁまぁ、意地悪はこの辺にして、答えを教えようか。間違いと言っても、言い方が違うだけだけどねぇーっ!」
「言い方が違うだけ?」
「そう!」とマフォルが短く言い放つと同時に、彼女の親指が俺の唇をグイと封じ込めた。
面食らう俺をよそに、彼女はすぐさま指を跳ね上げ、今度はその親指をピンと立てて、俺の眼前に「正解!」と言わんばかりのグッドポーズを突き出した。
「魔法とは言わないのさ。この、時代遅れなこの概念はね」
違うようで違わない。合っているようで間違い。
と、まどろっこしい言い回しを、親指を立てた手ではない、右手で胸元を押さえる。
そうして、彼女はしばらく隠してきて、身をもって味合わせてきた超常的な力の流れの名を口にする。
「『魔力』。それが私のこの、マフォルという名の意味なのさ」
第8話は12時半投稿予定です!




