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6話 頼み0の異世界の旅路


「おぉーっとっとっとっ! 聞き忘れてちゃってたけどさぁ、少年君……ニーゴ君はこのスーパー物知りお姉さんとともに、なにをしようと思ってるん?」


「え……あぁ!」


 拳を逆の手に落とし、そう問いかけてきたマフォルに、俺は目的を思い出した。

 驚きの声は飛び出した勢いこそあれ、小さく発した。

 

 だが、目の前にいるお姉さんを自称する少女は、両手を広げて驚いていた。

 どうにも、動作も声も大きく元気でなければすまないみたいだ。

 もしくは、あの『カエルム』がそういうモノとして創造したのか。

 

 予想が幾つも浮かぶが、今はそれらをシャットアウト。


「そう……いえば、俺の友達が、俺と同じように異世界に来たと思うんだけど、まずは、そいつらと会うことかな……」


 好奇心が膨れ上がる疑問という誘惑を断ち切るように目的を伝える。

マフォルは二度、瞬きを重ねたと思えば、その視線を他所へと移す。


 左から上を向き、右に動かした瞳を下へ、そうして左に、真ん中へと戻したかと思えば、


「えぇ……っとえとえとねぇ……そのぉ……ちょこぉーっと、ちょーっぴり、ちょーっち、言いづらいんだけどぉ……」


 だなんて、変わった言い回しを辿々しく重ね、視線を左右に何度も忙しなく動かしていた。

 両手は手持ち無沙汰からか、くるくると開いたり握ったり、指差ししたりピースしてたりしている。


 百八十はあろうかと見受けられる長身を強風に煽られるヤシの木のように、左右に揺らめかせていた。


 明らかに落ち着きがない。

 それも、俺の目的を聞いてからで、後ろめたさが全面に出ている。


「なんだよ。めちゃくちゃ言葉濁らせるじゃん。おい、こっちをちゃんと見ろって。何隠してんのさ、おい」


 俺は顔を近づけて詰問をすると、視線を迷わせた少女は、諦めたように息を吐く。


「ぐっ……あの、その……実は、私が来れたのは、大昔の異世界召喚と同じ魔力反応があったからなんだよねぇ……」


「んじゃあ、その反応追えばすぐじゃん。なんで言葉詰まらせんの」


「だっからぁ、感じられた魔力反応は、一つだけだったのっ! だっから君以外の反応がないから、君の友達はこっちには来てない……と、思……うなぁ……っ」


「な、るほ……ど……」


 ごちゃごちゃと言ってたが、詰まるところここには誰もいないらしい。

 倉本も笹下も、大郷も、いない。俺に頼れる仲間は誰もいなかった。


「そっか……ぁ」


 一縷の希望がなくなったとも言えるが、なぜだろうか、胸のなかがどうにも軽い。


 人違いに遭ったときの息苦しさはまるでない。

 詰まったものは一つもなく、今までの不安がまるで頭に過らない。


 意識的に思い浮かべても、すぐに霧散し消えてゆく。


 あぁ、そうか。

 これは、軽くなったんじゃない。

 これは、胸がぽっかり穴が空いて、空っぽになったんだ。――伽藍堂になった。そう呼ぶのが、今の俺には酷くしっくりきた。


 二度目での再会でまた間違われるのも、嫌だった。

 だけれど、それをも二度目の笑い話にできる話にしてくれるだろう。


 そう思わせるほどの仲間が、いないのだ。


 思い浮かぶ不安も、できる笑い話も、無い。

 

 あるのは、どこか穴の空いた心だけ。

 苦しみもなくなったはずなのに。どこかに在る心の穴の縁だろうか、ズキズキと痛む箇所がある。


 微笑んだ。微笑むしかなかった。

 きっとそうしなければ、もっとみっともない姿を見せるはずだ。


 両目からとめどなく涙を流し、その場で蹲り、朝も夜も関係なく、泣きじゃくりそうだ。

 今ならその涙が真っ黒でも、不思議じゃない。


 でも、それでも涙できたなら、救われると思えるほど、今の心はなんというか、色々と、崩壊寸前だった。


「……ありがとう。……教えてくれて。……助かったよ」


 ぽつりぽつりと言葉が口から出た。

 おかしい。平気なフリをして、なんでも無いように言って、その場を立ち去ろうとしたのに。


 言えない。

 喉が、異様に乾いて、異様に震える。

 目の中の景色が滲む。だけじゃない。

 耳の奥でザーッと音が響く。鼻の奥が痛い。

 滲む視界の所々に、砂嵐まで見えてきた。


 今は歩こう。歩かなきゃ。

 もう、ダメだ。平静が、保てない。


「でーっもでもでもっ! 大丈夫だよっ! 大丈夫ぅ! このスーパー物知りお姉さんに任せてっ!」


「……いや、いいや。ありがとう、俺を心配してくれて。俺は、行くよ」


「えぇっ! 一体どこにっ!? 目的だって……」


「目的が無くなったって、人間は歩けないわけじゃないし、なにもできないわけじゃないよ」


「いやぁーっいやいやっ! どこに行くのさ! それでなにを」


「……さぁね。どこかに行って、なにかをするよ。決まってないけど、決まってなくてもいいんじゃない? 元いた世界でもそうやってテキトーに生きてたし、今いる世界でもそうやってテキトーに生きてみるよ」


 もう、こうなりゃ自棄だ。

 俺のことを想って、必死になって心配してくれたマフォルも弱々しく突き放した。


 投げやりな言葉なのに、力強さなどどこにも無い。

 だからこそ、きっと彼女を最大限心を痛めつけることになるのだろう。

 わかっていたけど、俺は卑怯だ。


 怒りではなく、悲しさをちらつかせて、真正面からぶつからず、逃げるような立ち回りをする。


 苦しみからも、苦しませている人からも。

 だから、これでーー、


「すぅ……っ! ばぁあああああああああああーっかぁああああああああああああああっ!」


「っつ!?」


 ビリビリと、鼓膜どころか、鼓動や全身を痺れるが如く響く怒号。


 空洞だった心に痛みが走る。ただの疼痛だけじゃない。そこには熱があった。

 

 等間隔で、腹の底から続くその熱。それを、彼女の言葉で心臓の音だと気づく。

 それに熱があると思わせるほど、全身が冷え切っていたと知る。


 自覚すれば、全身に血流にでも運ばれたのか、今度は逆に汗が滲むくらいの熱が全身を包む。


 この変化は、なんだ。


「ばぁーっかばかばかっ! ニーゴくんのばがぁっ!」


「ばかばか言いすぎだろっ! 最後は濁点入ってるしっ!」


「あーったりまえじゃんっ! 当たり前みたいなことを言ってるみたいで、すーっごく間違えてるっ! 私だって人間が強い目的や深い思想でなんて生きてなんて無いって知ってるっ! カエルムがそうだったもんっ!」


「なら、なんで……」


「だけど! 君は大切なものが抜けてるっ! カエルムにはあって君にはないものがあるのっ!」


「なんだよ、それ……」


「相手だよ」


「え?」


 熱が強まる。

 呼吸が意識せずして、口からして、荒くなってゆく。

 手足が震え、全身が震え、心が震える。


 そうして、俺に足りなかったなにかを、彼女は指し示した。


「人が、テキトーに生きて、テキトーにどこへでも行けるのは、そこにちゃんと相手がいるからだよ。大切な人でも、嫌いな人でも、どぉーっでもいい人でもっ! そこに相手がいるから、目を見て、会話して、言葉を聞いて、耳にできる言葉が、思う気持ちが、思える気持ちが、あったからだよっ!」


 忘れてた。

 忘れていた。


 ずっとずっと、さっきだって望んでいたじゃないか。

 

 俺は、俺と認めてくれる、相手を求めていたじゃないか。


 もう友達がいないから、もう人違いをしない人がいないから、もういいって手放しちゃうのか。


 どうだろうな。空っぽになった心をいくら覗いて確かめても、なにもわからない。


「手放したかったのかな……俺は……」


「なぁーっらならなら! 私が手放そうとさせないよっ! 絶対拒む! 一人でなんてどこへも行かせないよぉーっ!」


「マジかよ……なら、俺はどうすりゃいいのさ……」


「決まってんじゃーんっ!」


 目頭すら熱くさせる言葉をぶつけてきたマフォルに俺は取るべき対応を問いかけた。

 すると、お冠だった彼女は白い歯を見せて、人差し指を立てた。


 そして、その指を折りたたむと同時に、親指を胸元を指し示す。

 初対面では目が吸い付くように寄せられ、以降はもしくは弾かれるように逸らしたくなる箇所。


 まるで磁石でもねじ込んでいるのかと思える豊満な胸を指差して、笑って答えるのだ。


「この、スーパー物知りお姉さんである私と一緒にテキトーに生きればいいのさっ! そうすれば、元いた世界と同様に生活できるっ! 君の目的だった友達を探しに行くのもいいしっ! ここで新しい何かを作るのもありかもしれないしっ! ただ平凡な生活を重ねていくのもちょーっ楽しいと思うよっ! どうするっ?」


「……君と、一緒に」


「そうさっ!」


 差し出された手のひら。

 眺めていた目を閉ざして、考える。


 手を取ってもいいのかと。

 他にも選択肢がある。この異世界に見切りをつけて、元いた世界に戻ることもできる。

 元いた世界にも切り捨てて、別の世界に想いを馳せることもできるはずだ。


 可能、不可能はともかく、選択肢としては取れるはずだ。

 

 けれど、それらに胸がときめかなかった。

 元いた世界……愛した人も、大切な人もいた。

 だが、前者が望むのは別人で、後者の一部はどこにいるかわからない。


 残る一部の両親も、中学のときにはすでに疎遠。一人暮らしもその頃からだ。


 別の世界であろうと、またこの世界のように『人違い』が健在かもしれない。

 だとすれば、世界を転移するたびに心が摩耗し砕け散ってしまう。


 だとすれば、だ。

 諦めとも逃げとも言える。


 見たくないものを見ないように、聞きたくないものを聞かないようにしているかもしれない。


 だとしても、俺は選択肢に入れて、他のものを差し置いて、それを手にした。


「ーーわかった。ならテキトーに生きてくれるか? マフォル。俺と一緒に」


「いーってもんよっ! 見てなっ! このスーパー物知りお姉さんが、つまらないなんて言わせない、超スーパーな面白ぇ旅にしてやんよっ!」


「……」


 俺の承諾に、その場で太ももを上げて足踏みし、拳を交互に上下に振って喜びを表したマフォル。


 そして、俺の鼻先を立てた人差し指で触れ、ど迫力な声で宣言した。


 俺を、面白い旅に連れてゆくと。


 だが、その決意もスーパー知的お姉さんの多様で、残念が感じが拭えない。

 だからーー、


「ぶっはははぁ……っ!」


 と、俺は思わず閉ざした口が開き、込み上げた笑いをこぼした。

 その姿に、マフォルは親指を立てて、


「やぁーったやたやたっ! 早速笑わせたぜぇーいっ!」


 と、喜びに飛び跳ねた。


「笑わせたというか、笑われたというべきだろうこれ……」


 こうして、俺はマフォルと共に旅することになった。

 この先になにがあるのかはわからないが、ともかくだ。


 つまらないなんて言えない旅になるだろう。

 少しでも、望んだ異世界には近づけたかなと、俺は微笑んだ。

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