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第4話 この大嘘つき野郎


 まるで、一瞬のことだった。

 瞬きをしたのではないのかと疑いが生まれた。


 夢を見るほどの眠りを意識せず行ってしまったのかと。


 そう思わせ、勘違いさせるほどの変貌を、おそらく紫色の少女は仕掛けてきた。


 全てが、紫だ。

 辺りには新品同様、幼ければ憧れたような、童話チックな家具が並んでいる。


 濃淡の市松模様でデザインされた全ての家具。

 寝具、クローゼット、机や四つの椅子と、家具の全てが紫色で彩られていた。


 爪先程度の窪みが無数にある壁や、ストライプ模様の床に至るまでも、紫一色に染められていた。


「これは……幻覚、か? もしくは、飛ばされたっていうのか? いや、あの言葉は……?」

 

 もっとも現実的な方法でいえば、この光景の一変は幻覚を見せられていると思える。

 

 だが、頭のどこかであの言葉が引っかかった。だからこそ、目を巡らせずにはいられなかった。

 

『扉』


 少女が徐に低く小さく呟いた、一言の単語。

 異世界特有の、元いた世界の単語が通用するルール。


 だからこそ、彼女がその単語を発したのが重要なのだ。

 逃げゆく俺を捕まえて、何も出来ぬように拘束することが最重要な目的がある前で、それを呟いたのだ。


 少し、いや、時間も要らず、俺は答えを得て俯かせた頭を上げる。


「……それが、キーワードだったんだ。そして、扉を開けて、俺を入れたんだ。」


 少し前の記憶が呼び起こされる。

 緑色の少女がもたれかかった姿を。


 色とりどりの少女の正体を導いた思考を。


「ーーつまり、少女になれるだけじゃなく、その姿で元のモノを能力をして使えるってことか。やっと異世界めいたものが見れたよ……って喜ぶべきかなぁ……っ?」


 喜べたんだろうな。俺が囚われの身ではなく、その少女と友好的な関係だったらなぁっ!


 思わず目頭が熱くなり、情けなくも泣いてしまう。

 そして、一頻り涙を流し、俺は肩を落としたまま、解決策を探る。


「けど、まずは腰を落ち着かせよう……色々と疲れた! 休憩休憩……! 使わせてもらいますよぉ……っと」


 と、茹だる暑さの只中にいるというのか、全身に籠っている熱を、白のシャツの襟を開閉して冷まそうとした。


 近くにあった、ソファに腰掛けて、


「はぁい、どうぞ?」


「ーー!?」


 背後から話しかけられ、意識よりも先に顔が声の方へと向いた。


 だが、遅い。背中をもたれかかるのと同時では声の主を確かめられずーー、


「んむっ!」


 なにかにぶつかった。思わず目をつぶった。

 けど、軟い。痛くない。おかしいな、俺は背もたれに顔を埋めたろうか。すごく柔らかい。


 このまま沈み込んでいけそうでーー、


「おぉ、顔タッチ」

 

「うぉおおっ!?」


「ふふっ、声でっか」


 ーーそれが、自身の右頬と、自身よりも小さな左頬がバッチリ重なり、ぶつかったことに、俺は弾かれたように声を上げた。


 だが、体は離れられない。彼女の手がお腹に回されており、シートベルトのように固定されていたのだ。


 ソファに座っていたはずなのに、今や俺は正座をする少女の太ももに座っていたのだ。


 意図せず顔をぶつけた相手は、さっき捕まった少女によく似ていた。


 紫色で肩先に触れるか触れないか程度の短髪。

 瞳は瞳孔や虹彩の縁が濃く、その中は薄い紫色で形取られている。

 

 服はなんの模様のないスカート。

 緑色の少女から家の擬人化である少女たちは全てそれだ。違いは色のみ。


 いや、目の前のソファ少女は膝が見えている。ミニスカートだ。

 

 視線を巡らせて、理解を急ぐ俺に少女はふっと微笑み抱き寄せる手の位置を胸元へと近づけた。


 思わず小さな声が漏れ、それを「ええっとだ!」と誤魔化すように問いかける。


「なんで家のソファまで、少女化? できるんだ?」


「えぇ? 簡単だよぉ? 家具が家にあるのは同然なんだから、少女になれる家の家具も、少女になれちゃうでしょ?」


「いやいや、その理屈は前提条件がおかしいんだって! そもそもそれが出来ていること自体がおかしいでしょうが……っ!」


 人差し指を立てて論じられて、俺の左目を押さえる形で頭を抱えた。


 まるで、林檎は赤いのだから、赤い果物は林檎であるみたいな物言いで滅茶苦茶なことを言ってきた。


 だがその悩みも、異世界だからと一言で片付いてしまう。


 異世界だから、モノが人を擬人化及び出現させられる。

 異世界だから、そんな人がモノの役割を力として使える。


「異世界って単語は……どこまでも便利なもんだなぁ……っ!」


 もはや涙を流して笑いながら、吠えるしかなかった。

 俺ですらテンションがハイになっている自覚がある。


 だが、そうでもしなければやってなんてられない。


「ってことは、ここにあるモノたちはみんな、女の子になれちゃうってか!?」


「ん、そだよ。みんな、スィエルがお呼びだよ。人身を顕して」


「だから、スィエルじゃねぇよッ! 俺は空谷 新居吾だッ!」


 俺の肩に顎を乗せたソファの少女が周りにいるみんなに気だるげに呼びかける。

 だが、今の俺には最大限の地雷を踏み、隣にいるのも構わず叫んでしまう。


「そら……ぁ? みんな、そらなんとかって言ってるスィエルが来たよ。人身を現して」


「変なこと言ってる扱いするなぁっ! つうかさほど難しい七文字じゃねぇだろっ! 空谷 新居吾はっ!」


「もーぉ、どっちだっていいじゃん。スィエルはスィエルなんだし、よくわかんないけど」


「よくわかんないのに、別人と同一視すんなよぉっ! 失礼だろ! スィエルさんにも、空谷さんにもぉっ!」


「ぶぅー」


 三度に渡る訴えも、少女の両頬を膨らませ、機嫌を損ねるだけだった。

 この異世界じゃ、どうにも俺の否定は届かないみたいだ。


「はぁ……わかったわかった。出るなら出てきてよ。望めるなら、知ってる名前じゃなく、俺の言う名前を覚えてくれたら嬉しいなぁ……」


 頭を両手で押さえて項垂れ、深くため息を吐いたもたれかかる勢いで前を向く。

 決心も覚悟もまだ十分にできていない。だが、いくら待てどもできるはずもない。

 

 半ば諦めの境地で俺は見た。

 まともに見つめれば目が眩む光を放ち、家具が少女へ変わっていく様子を。


 髪色、瞳の色、スカートの色は、一緒。

 髪型、瞳の形、スカートの丈の長さ、裾の長さはバラバラだ。


 地面まで髪が伸びていて、真ん丸な瞳の、丈の短いフリフリなスカートを履いた、少女が四人。


 相反するように短めな髪に、切れ長な目、丈の長いストレートスカートを履いた少女が一人。


 他にも特徴的な髪型、目、スカートの形の少女が一人。


 各々、四つに椅子と机にクローゼットが擬人化、及び人身を開放させているのだろう。

 側にいる様子からすぐにわかった。だが、問題なのはその先だ。

 

 人の姿となった家具たち、少女たちがどう言う反応をするかなのだがーー、


「やっほ! スィエル! 久しぶりの私たちはどう? 使い心地はいいかな!?」


「使い心地も何も、ソファしか使ってないでしょ……スィエルに会えたからって、はしゃぎ過ぎ……」


「えぇ! そんなことないよ! ねぇ、スィエルからも言ってやってよっ!」


「はいはい、二つとも落ち着いた、落ち着いた。スィエルも困ってしまってわんわんしちゃうよ」


 誰一人も、俺の名を呼ぶものはいなかった。

 あれだけ言ってもスィエル、スィエル、スィエルと、俺を別の誰かと間違えてくる。


 徐に腰を上げ左右にゆっくりと足を出す。そうして口から音を立てて息を吸って、吐き出した。


「だぁ、かぁ、らぁ、スィエルじゃないよっ! 空谷だぁ! 言ってみて! 空谷って、せーのっ!」


 一番でかい声を。彼女は耳を塞がず、それでも小首を傾げた後にこちらに指を指して、


「……? スィエル?」


「なんでだよぉおおおっ!」


 と、訂正されずにその名前を呼んだ。

 全員が全員、誰一人少しの逡巡したくらいで。


 俺は力が抜けた膝を地面にぶつけ、四つん這いになって地面を拳で叩きつける。


 なぜ、名前は正されないんだと。何度も俺自身の名前を口にしているというのに。


「無駄だよ。私は、私たちは、もう貴方をスィエルとしか見てない。いい加減、冗談を口にするのはやめて」


 頭上から振る声に顔をあげると、進行方向の扉が七色の光を発して、少女へと変わる。


 初めて出会った紫色の少女。誰よりも声を低く発し、俺に険しい表情を向けてくる。


 なんでなのかと問うつもりはない。

 なんとなく、俺が緑色の少女への拒絶だろう。


 なんで、全て他の家具は自分なのか、と問おうとする口が途中で止まる。

 これも、家にある家具は家のものっていう定義がわかるし、今はその質問をするべきじゃないと一度口を閉ざす。そしてーー、


「人の名を偽る、冗談だって? 君こそ悪い冗談言うなよ。ーー俺は、一度だって俺の名前を偽ったことなんかない」


 と、断固として否定し続けた。

 冗談など言っていないと、俺は、スィエルではないと。


 握る拳と言葉を震わせて、目だけは離さずに答える俺。


 だが、紫色の少女は俯き、同じく握る拳を震わせて、


「ーーこの、大嘘つき」


 ぽたぽたと、床に涙が落ちる軌跡を目にする。

 俺の心がまたもフォークで一部を抉り取られた感覚に奥歯で頬肉を噛み、


「ごめん。嫌な思いをさせて、だから、もう、出てくよ」


 と、せめてと謝罪を口にして、彼女の横切る。

 少女の背後にある、扉、を? ぁ。


「君が扉で、手がドアノブなのか?」


「いいよ、教えてあげる。そうだけど、逃さない。言いたくないけど、スィエルに似た人がいるなんて、他の子を傷つけかねない」


「な、おい……なにするつもりだ!」


「なにもしない。人ってなにもしなければ、死ぬんでしょ?」


「マジで……なにするつもりだよ……っ! そこ、までかよ……っ!」


「私たちはずっとスィエルを望んでいた。スィエルじゃない、貴方じゃないっ!」


 あぁ、まただ。また、俺が悪者だ。

 誰かに似た、俺がいけないんだ。


「……俺だって、望んでないんだ。だったら無理にでも出て行かせてもらうっ!」


 俺は無理やりを承知で手を掴む。だが、捻ろうとも、扉のようには開かない。


「無理だよ。私が開けないと言ったら絶対に開かない」


「鍵がかかった扉は開かない仕組みなんだろっ! だったら無理やりこじ開けるすべもあるじゃねぇのか!? こっち側が鍵をかける側にいるんだしっ!」


 俺は一心不乱に扉を開けるための『鍵』を探す。

 だが、鍵と思えるものはなし、鍵穴もなければ、突っ張り棒などがあるわけでもない。

 扉だけがそこにあり、不思議な力で動かないようになっているみたいだ。


「こんなところで……発動しなくていいんだよ! 異世界ファンタジックッ!」


「ーーっ! またそんな言葉使って……っ!」


 俺は奥歯を噛み締め、顔を真っ赤に染めて、肩を掴んで手を力強く押し引きするも、効果なし。

 

 少女を呻かせることしかできない。


 無意味な試みをする俺の言葉遣いにも『スィエル』に似たなにかがあったらしく、少女はボソリと嫌な言葉をつぶやいてきた。


 だが、俺だってそんな憤りを吐き出したい。

 口調すら似ているって言うのか。ふざけるな。


 俺は、俺だ。俺に似たやつなんて、いてたまるか。なんで、似ているやつがいるんだ。


 俺のこの声も、この顔も、必死に生きてきた17年間の積み重ねだ。それを『誰かの偽物』で片付けてたまるかよ。


 この姿も口調も、たった一人の俺であるはずなのに。


「……無理だって言ってるじゃんっ! ーーでも本当なら、私の手すら触れないはずなんだけどね」


「ーーは? どういうことだよ」


「教えると思う?」


「いや、教えてくれないだろうな。けど、教えなくていい。考えてみれば、わかるはず」


 ゆっくりと呼吸を整えて、瞼を閉じる。


 手に触れさせない手筈ができる。

 それは記憶を探れば新しいものから関連性のあるものが思い出された。


 あの窓からの、強引な侵入の失敗だ。

 おそらくあれが、触れさせない、という方法なのだ。


 だが、おそらくそれができていない。

 その理由も熟考せずとも浮かぶ。浮かんで、しまう。



「ーースィエル、だと思われてるからか」


 異常な執着心からか、偽物と頭が理解していようと、スィエルだと感じてしまっているのだろうか。


 傍迷惑だが、第一の壁は自然と突破できた。

 次は第二の壁の突破だと方法を模索する。


 今まで思いつかなかった方法。今の俺にはできない、やってこなかった方法はーー、


「異世界ファンタジック……」


 ふと、俺が開かない扉に摩訶不思議さを感じて、吐き捨てた言葉。

 もしかして、本当に摩訶不思議で、異世界ファンタジックなものが、あるのだとしたら。


「まさか……魔法なのかよっ!?」


 異世界の醍醐味。

 元いた世界では実現不可能な、人体か空気などにある魔力を行使ししてできる万能の力。


 だが、俺は元いた世界の住人で、そんなものは使えない。


 ここにきて偽者である付けが来たかと思わず声を張り上げた。


「とは、少し違うかもね!」


「ーーッ!?」


 その時だ。向こう側から声が聞こえた。

 張り上げた声が話しかけられたとでも思われたのか。


 今の今まで、聞こえてこなかった。

 とてもハキハキとした、高い声音。


 声をかけてきた一つの椅子の少女に近しい特徴に彼女を見たが、その少女もまた不思議そうに扉を見ていた。


 ただ一人、扉の少女だけは眉間に寄せた皺をさらに寄せ、拳の震えを止めて、


「なぜ、お前がここにいるっ! 時代遅れの概念娘がっ!」


「うわぁーっうわうわっ! ひっどい言い分だなぁ。時の流れをよく知るスーパー物知りお姉さんっていってほしいねぇ?」


「なんだろう。スーパーがつくことで物知りって単語が陳腐なものに聞こえる」


「おーっいおいおい、随分な物言いだな! 少年君! 君にはスーパーお役立ちお姉さんって言ってもらえる立場だと思ってたのに!」


「スーパースーパーって、スーパー好きすぎるだろっ!? ゲシュタルト崩壊するわっ! てか、お役立ちってなんのことだよ?」


「そりゃあ、君を外に逃してやるってことさ。少年君」


「なにっ!?」


 俺と似て、ツッコミ気質。

 しかし、なにか好き好む理由でもあるのか、異世界に似つかわしくない横文字を多用する癖がある女性の声。


 それは、俺に救いの手を差し伸べようといい、俺の驚愕を扉の少女が声にした。

 

「ちょーっと君にも協力してほしいなって思ってね」


「協力、だと?」


「そっ、手を壁に触れてみて」


「扉?」


「ほぉーらほらほら、早く早く!」


 あまりに雑な指示に、少し鼻につく怪しさを覚えた。

 突飛で簡易。手で触れさえすればそれでいい、だなんて。異世界と思えば、難しくはないけれどーー、


「あぁ、もう……ちゃんと開けてくれよ!」


「ぁ! 待って!」


「ちょっ! おい!」


 だが、他に方法があるわけもなく、考えつくわけもない。

 致し方なしと逡巡に見切りをつけ、俺は少女の手を離し、壁へと手を伸ばす。


 呼び止められて、身体にのしかかるように、飛びかかられても、止められるわけにはいかない。


 それらを振り切り、手に触れたとき、向こう側から歯を見せ笑う声が聞こえた。


「ーーさぁ、持ち主が見つかった。使用用途ができたぜい!」


「……ッ! それはあんたには相応しくないッ!」


 なにかの合図めいた言葉を口にする少女に、使われた言葉に激昂する少女。


 両者の間でどういう意味があるのか。考えれば容易にわかるものなのだろうが、それ以上の衝撃に余裕のリソースが割かれる。


 目の前に広がった、紫色の扉に刻まれた黒色の模様。

 かつていた世界の、英語の『Z』をいくつも繋いで作ったような、縦縞模様が。


「っと、手を離さないでね! もうちょっち待てばぁ……今、押してっ!」


「お、おお! うぉあっ!」


 模様が次第に面積を広げ、少女の言葉に俺は触れた壁を押した。

 すると、壁の色を変え、暗い光を灯したそれは、視界をまでもを染め上げた。


 そしてーー、


「やっほい! 少年君」


 目の前に、新たな少女が立っていた。

 開かないはずの壁を、開いてみせたのだ。


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