22話 『25番』
暗闇の、空間にいた。
前方に暗闇があったかと思えば、背後のマフォルもいなくなり、代わりに暗闇がずっと続いていた。
まるでさっきいた、上下左右全てガラス張りに、向こう側の花々が広がる光景とは真反対の光景だ。
「この異世界は本当に人を驚かせないと気がすまないみたいだな……」
たった一人の空間でぼやき、俺は立ち上がる。
異世界を望んだみとしては、高望みと言われても仕方ないのだろうが、せめて認識機能と情報は正確性を有してほしかった。
「元いた世界で健在な人違いもセットじゃ、いくら落ち着こうったって、無理な話だぞ……」
おかげで、落ち着きのない1日だった。そう振り返るには、まだ早い時間だ。
今は夕方あたり。
もうすぐ赤く染まった日の光が空の向こうへ姿を隠し、暗がりとなる空を月が照らす時間だ。
だが、数日間とも取れるほど、濃密な騒動の連続だった。
おかげが退屈を感じず、人違いへの対処と、異変に驚きから心を囚われず、素早く動き出すことができるようになった。
「成長……なんて言ってもいいのかね……」
そう思い浮かんだのは、慣れたと言いたくないからだろうか。
なんて、ようやく自身の気持ちと向き合うことを思い出し、落ち着いて向き合う時間ができた。
だから、次に為すべきことを考える。
暗闇のなかにいる。囚われたのか、移動したのか。少し頭を悩ませて、わからないと考えを終わらせる。
そして、自身がどうしたいのかを考え、歩き出す。
「俺は知りたい。なんでここにいるのか。ここはなんなのか……」
身体を左右に揺らし、大きな歩幅で歩き出す。
今が落ち着いているのか、それとも心が空っぽになっているのかも、よくわかっていない。
頭が動くのに、思考が自分の気持ちや状態に他人ごとになっているのかもしれない。
ごちゃつき出したと、頭を押さえて考えを再度ストップ。
まずは、周囲から情報収集を足を進めて、とりあえず、光の元へと目星をつける。
お腹の真ん中あたりの高さにあった視線の位置だが、たどり着くのに一、二分かかった。
煩わしくも、辛くも、疲れもない。むしろ、心地よく、清々しく、浸っていたい感覚がある。
そして、光の柱を頭上まで、照らされた箇所を足元に来るまで近づいて、あるものに気づく。
「なんじゃ……これ」
あったのは二つ。
一つは、足元から首の下まである大きく平たい、やや曲がっている石の円盤。
もう一つは、片手で持てる長さの木の枝だ。
ご親切に枝の先は二つに分かれ、短い方には葉が一枚ついたわかりやすいものだった。
でもなんでこんなものがあるのか。他の照らされたところにはあるのか否か。と疑問が溢れ出す。
だが、一つだけ。疑問とは違う考えを抱く。
並べられた二つのものへと、第一印象。単なる石や小枝というわけではなく、それはまるでーー、
「剣と盾みたいだな。まるで、RPGゲームの王道、初期装備みたいな……」
きっと誰もがふと考えただろう。初期装備の貧弱さに。
俺のよく遊んだゲームは『きのえだ』と『きのたて』だった気がする。
あんなもので、敵意を持った化け物によく立ち向かえるなと思った。
中には自身の体躯の何倍もある、化け物だっていたはずだ。
縛りプレイとか動画投稿サイトでよく見るが、勇者当人からすれば、なんの尋問かと嘆きたかっただろう。
まぁ、今の俺は戦う相手どころか、話す相手もいない。
今の俺にできるのは、目の前のものに考えを巡らせ、適した行動を取ることだ。
「触っても、問題はないか……っ」
恐る恐る手を近づけてながら悩み、ついに決心をした瞬間その手で盾を持つ。
大きさからわかっていたが、片手では持ち上がらない。だから両手で抱え込もうとするが、それでも叶わない。
「くっそ……っ! いくらなんでも重すぎるだろこれ……っ! 巨人族のちっちゃい盾なのかっ!?」
いや、だとすればあまりにも小さい。
円盤は縦にすれば低めの俺の胸と腹を丸ごと覆うくらいの大きさだ。
巨人族が使うとすれば、盾ではなく籠手になってしまう。
籠手だとしても、取り付けるための固定具がない以上使い物にはならないだろう。
ならば、怪力なものが使うために特別設計されたものか。だとしてら、俺には到底使い物にならないしろものだった。
なにせ、奥歯を噛み締めて息を止め、鼻息荒くして、顔を赤く染めてもなお、びくともしないのだ。
せいぜい盾の向きを変えられるぐらい。
俺は両手を離し、横向きに倒れ、グラグラと揺れる盾を眺めて、深く息を吐き捨てた。
「どうしたものかな……そもそも、なにをすればーー」
いいのか、と、脱出の糸口が掴めないお手上げ状態の現状を嘆く言葉が途切れる。
俺は見た。盾の中心、一番大きく窪んだ位置に焼き付けて刻んだ文字があることを。
なんだこれは。読めない、ということは、異世界の文字なのだろうか。
二つの点と一本の実線で構成されたそれは、模様というほうが差し支えないほど簡素なものだった。
「……触れる、しかないよな」
目で見たがなにもなく、口でその文字を発することはできない。
鼻で嗅いでみるかとも思うが、なにも感じられないだろう。耳を澄ませる必要もない。
なら、自ずとできることは触るほかない。
そうわかっていても俺には抵抗がある。
この手のものはなにかしら発動するのがお決まりだ。
適正を持つものは新たな扉が開かれたり、神器として様変わりしたりするお約束。
逆に適性を持たなければ体を痺れさせられたり、視界が暗転したり、爆発したりしてしまうという。
ーー俺の場合は逆だな。逆だろう。逆じゃなきゃおかしい。
恐る恐る手を伸ばし、膨れ続ける不安を抱えながら、石板の文字に触れた。
「ーーぁ?」
直後、視界が白黒に点滅。したかと思えば、あの六色が目まぐるしく代わり代わりに視界を塗りつぶして、意識を刈り取った。そしてーー、
* ・ ・ ・
なにをしていたのか。なにをしていたんだ。
なんで気づかなかった。なんで知ろうとしなかった。
そして、なんでこれを繰り返した、これを何度繰り返せばいい。
疑問、疑問。疑問が続き、疑問が重なる。
新たに抱くのも疑問。頭に浮かんだ新しき疑問。
「なにをすればいい。なにをしたら、残るんだ」
続くスタート。積み上げられる始めから。重ねられるあのとき。あのころ。あの瞬間。
それをずっと知らぬままでいたこと。今の今まで気付けずにいたこと。
もしかしたら足掻いて、失敗を重ねた今かもしれないが、それでもここまで重ねられたのが問題だ。
何回このときが、積み重なったのかわからない。
だが、わかるのは、俺と彼女らは別々の姿で今この瞬間を別の会話をして過ごしていたことだ。
それが、幾度かわからないが、消されて無かったことになったということだ。
それが、あの黒い秘跡から読み解けた。読み解けてしまった。
「おそらく、20回目」
どうにかしなければならない。どうにかするべきなんだ。どうにかしなければだめなんだ。
己が無意に過ごした時間。重ねられた数日を越えられなければならない。一年に満たしたのか、それとも十年か、もしくは、天寿を全うする直前のことなのか。
わからないことだらけだ。
けれど、わからないことからせめて考えが及ぶ範囲で考え、やれるだけのことを見つけてやれ。
頭で何度も唱えた。疑問と不安と、あらゆる過ごしたであろう可能性の時間を描く脳裏で。
して、腕を動かし、頭を働かせ、挑戦と失敗を重ねて、そしてーー、
「やぁ、おはよう。マフォル」
「ーーぁ、なた、は?」
「俺は、俺の名前は、カエルムだよ」
・ ・ ・ *
・ * ・ ・
ずっとずっと、おかしいと思っていたんだ。
なんでなんで、俺はこの街に馴染みがある。
なんでどうして、俺はこの異世界で、この街に立って、この人とは異なる少女たちと、違和感なく過ごせている。
疑問と疑念が積み重なってゆく。
確信と確証を得てしまったとたんに、だ。
あの黒い柱。なぜゆえにそんなものがあるというのか。そんな疑問すら吹っ飛ばし、ぶっ飛ばすほどに。
今はそれすらどうでも、どうだっていい。
考えるべきで取るべきなのは、ここからどうするか、だ。
どうすればいい。なにをすればいいのか。
迷い悩みながら、俺は探し出し見つけ出した。
「いたんだ……俺以外に、この異世界で抗おうとしたのは……っ!」
気づき、喜ぶ。俺だけではなく、誰かが抗ってきた足跡があったことに。
だからこそ、倣う。彼が築きし、成功の産物を。だからこそ、逸れる。彼が至った、間違いに陥った、末路を。
「どうすべきだ。なにを作り、あれにどう抗う……?」
手段を考え、過程をでっち上げ、実践を重ね、望まぬ失敗に歯噛みを繰り返す。
そうしてーー、
「お目覚めかな? 愛らしい子よ」
目の前で横たわり眠る少女に声をかけた。
・ * ・ ・
ーー自然と手が伸び、 足が動き、次の灯へと向かってゆく。
その度に誰かの失敗と決意を見届けて、俺は確信を得る。
「これは、誰かの記憶で、この異世界の過去だ」
繰り返されたと、この光の元にある石盾がもたらす過去。
嘘か真かなど、確かめる必要はない。必要性すらない。
確かではないが、確かだと思いたい。確かであると、信じている。
「これはきっと、そういうことが起きたんだ」
何者か。多分、自身の手の及ばないほど巨大な力の流れによって、繰り返されている世界の始まり。
それらがもたらすのは、記憶の抹消。
1からこの異世界に生かされて、どこかのタイミングで記憶を奪われる。
まるでーー、
「誰かに、動かされているみたいだ」
気分がいいはずがない。築こうとしたものや、過ごしてきた時間。
あらゆるものがなんども取り上げられているみたいだ。
どうにかして残したいと抗って、それでも残らないものばっかりで、せめてものと挑戦を繰り返してーー、
「彼女たちが、この異世界を彩ったのか……」
この異世界のあらましが、ようやくわかった気がした。
魔導具の少女たちの一人が言っていた、あの言葉だとも、理解が及んでいる。
だからこそ、今こそ確信を得るべきだ。一度目に触れて得た記憶から、気づいたことを。
少女たちの勘違い。
および、人違いはーー、
「違ったんだ。俺だったんだ」
度重ねて、消され続けた俺の記憶で、それでもこの異世界に残った俺の名前だったのだ。
「でも、異世界に来て別名で名乗るなんて、めちゃくちゃノリノリだったんだな……俺……」
いいや、違う。
そんなわけがない。
頭の中の考えが、せせらぐ川の流れのように、流れてゆく。
悩みなんてなに一つなく、思考が至る答えに拳を悠然と握る。
「……きっと、わからないままに、次の俺に託そうとしたんだろうか」
今や判断できない可能性だ。
だが、きっとそうだろうと思い、立ち上がる。
俺が何番目かなんて、もはやどうだっていい。
俺はやるべきことをやるだけだ。
ここに出る方法も探る間も無く、俺は大きく眩くなる光に包まれていく。
繋げられた異世界で、俺が残すべきものを胸に抱いてーー。




