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第16話 獣魔縫包


 迫るティアラの腹から飛び出した、丸みを帯びたなにか。


 胸を砕き、抉る三つの突起物。それは、まるで彼女よりも鋭利な爪を彷彿とさせた。


 だが、視認したそれは想像したものとは程遠い。

 

 前述した丸みに、青色のモダン模様。加えて側面には糸で縫われたような点線が走っていた。


 まるで、ぬいぐるみのようだーーだが、そんなことがあり得るというのか。


 ぬいぐるみが、彼女を傷つけられるというのか。

 ティアラは元々、冠であり、人体であっても人形の一部が肉体を傷つけられるのか。


「そんなこと……あるはずが……」


 頭では否定を強めながら、身体はゆっくりを傾き、後ろにいる存在を確かめる。


 モダン模様は彼女の胸元から突出した部分だけであり、他は真っ青な布と、薄い水色の点線でデザインされていた。


 目はバッテンで、縫い留められたボタンのよう。

 下には高低差が激しい波線を描く点線が、口を表現していた。

 

 座り込んだ体制で、足元に転がっていても、注視していないと確認できない存在だ。


「なんで、なんだ……」


 可能性は覆らず、広がっている事実は、夢にも幻にもならない。どれほど、理解し難くともーー。


 ティアラに危害を加えたのは、ぬいぐるみだ。


 大きな爪を三つ持つ青い狼のぬいぐるみが、ティアラの胸を深々と突き刺していたのだ。

 

 ボロボロと砕け散り、地に落ちた胸の一部が眩い黄金色へと変わった。


 元の形状へ戻る変化だろうが、それは俺の抱く驚愕を強めてしまう。


「こいつは、一体……っ?」


 見た目だけでは正体をまるで掴めない。


 ぬいぐるみだ。でも、それらが傷つけるのか。現に突き刺さっている。刺さる材質にはとても見えない。だが、彼女らの出血とも言えるひび割れが起き、砕けている。けれどーー、


 ずっと目の情報と、意思の否定がせめぎ合い、取り残された肉体の誤作動か、またも口が疑問をつぶやく。


 直後だ。


『ーーギャガッ!』


「っ!?」


 ぬいぐるみが音を止めて、上下に激しく揺れた。


 振動機能でもあって、モーターでも内蔵されているのか。そんな音が聞こえて、


『ギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャガギャガッツ!』


「うぉわぁっ!?」


 突如上下左右に残像を作る速度で揺れ、鳴り響く異音に俺は足をバタつかせ、その場ですっ転ぶ。


 元いた世界の声を真似るぬいぐるみによく似ている動き。


 けれど、発した声を真似する素振りはない。

 しかも、その揺れと音はまるで、俺の動揺を嘲笑うようだった。


 確信。というには根拠がまるで足りていないけれどーー、


「生きているのか……?」


「ーーッ! 何者ッ!? 『背後の者、消え失せろッ!』」


 ここで、意識外から胸を穿たれ呻いていたティアラが叫び、『王権』を使用。

 俺は喉の先まで待ったという声が出かかるが、全て言い終わった後だ。


 言葉の衝撃波が発せられた後では意味がない。

 俺は効果外である空気の振動に瞼を閉じながら、背後にいたぬいぐるみへと視線を飛ばす。


『ギャガギャガギャガッ! ーーギャガッ!』


「……効果が、ない?」


 確かに無色透明の円環が、彼女の口元から広がって、あのぬいぐるみにも当たる瞬間を見た。

 ぬいぐるみはその振動に身体を揺らし、壊れたような笑いが止まっていた。


 少しのあいだ動けずにいた。だが、その後すぐに再び笑い出したのだ。


 ティアラの『王権』である、消え失せろの命令を、まるでなにごともなかったように聞き流したのだ。


 脅威として確信を得ていた力の不発に、なぜか歯と手足の震えが止まらない。


 全身が震撼し、思考が口から垂れ流しになる俺と、身体を震わせ顔を強張らせるティアラ。


「やは……りかッ! この、魔獣畜生めッ! 大昔に滅んでおけば良いものをッ、いよいよ人様の玩具にその死にきれない魂を捻り込んだかッ!?」


「ーー魔獣っ!?」


 聞き覚えのある単語で、少し興味を抱いていた単語。

 マフォルの話に出た、マフォルという『魔力』を導き出すための手掛かりともなった魔獣たち。


 だが、こうして別の進化を得て、彼女に牙を向くとは思わなかった。


「ーーッツ!」


『ギャガギャガギャガギャガッ!』


 更に動きを見せるぬいぐるみ。

 上下左右に揺れて笑い、ティアラに今の今まで突き刺していた爪を抜き取った。


 ティアラはその衝撃、おそらく痛みにも身体を揺らめかせ、苦鳴を漏らす。


 だが、ぬいぐるみの攻撃が止んだわけではない。

 むしろさっきまで、攻撃の手が止まっていたのだ。


 動き出したということはすなわち、攻撃の手を再開するということ。


「っ! 撃ち抜けッ!」


『あいあいあーっい!』


 危機を察知したと同時に拳を振るい、全身にある『魔力』への呼びかけた。

 魔獣の乱入し、意識が持っていかれて集中ができない今、俺の中にいるマフォルに頼るしかなかったのだ。


 応答があり、拳が突き出すよりも前に、全身から再び上昇する奔流が現れてーー、


「いけッ!」


 叫び出すと同時に、六色の半透明な力がキザついた矢先へとなり、放出された。


 標的はティアラではなくあのぬいぐるみ。

 その意識からか、放たれた矢先は上昇し、鮮やかに弧を描いてぬいぐるみの脳天を貫いた。


『ギャガァッ!?』


 命中した矢先はそのまま、ぬいぐるみを地面に叩きつける。

 砂煙が少し舞い、明らかな手応えに頼れず、俺は視線をぬいぐるみへと向けた。


 今は被弾して動けず、磔状態のようだがーー、


『ギャガァッ! ギャガギャガギャガギャガッ!』


「ーーっ! やっぱり動き出したぁっ!?」


 地面に串刺しまま、ぬいぐるみはまたも笑い出した。

 やはり、攻撃の効果は見えない。

 青色の狼のぬいぐるみに、所々ほつれや綿がまろび出ていた部分もあったが、動きは現在。


 弱っているようには見えない。ぬいぐるみの性質なのだろうか。


 標的がこちらに向いたのか身体をバタつかせ、近づこうとする狼のぬいぐるみ。

 頭部がビリビリと音を立てながら裂けてゆくが、それをも構わず身体を起こそうとする様は更に恐怖を掻き立てられた。


 冷や汗が滲み、いつしか耳奥から聞こえるほど高鳴っていた心臓が、鼓動を早めーー、


『ギャッ、ガァアアアアアアッツ!』


 ついに矢先から解放されたーー、途端、ぬいぐるみに剣と槍が降り注いだ。


 特徴的な弧を描く紫と緑の剣と、銀色の槍がそれぞれおおよそ十二本。


 ぬいぐるみを滅多刺しにして、剣と槍は同じ色彩の光を放ち爆発した。


「まさか……っ!」


『ヴェノレエナッ! シュリレカッ!』


 白煙が晴れた向こう側に立っていた二人を俺は予感し、マフォルが先にその名を叫んだ。


 二人は、俺に胸元あたりに手を掲げ、俺は助けてもらった安堵から、ため息をこぼして頭を下げた。


 そして、俺はふと驚きのなかで、過った疑問を思い出す。


「ーーってか、マフォル。さっきの存在は知らないの?」


『知ってるよぉ? 『獣魔縫包(プラッシー・ビースト)』でしょ? 知ってる知ってる』


「いや、だったら教えてよっ! あれの対処法とかっ! なんでさっき教えてくれなかったんだよっ!」


 さも当然のように肯定するマフォルに、俺は声を荒らげた。

 

 あの狼のぬいぐるみーー、改め『獣魔縫包』との初邂逅したとき、マフォルが静かで口を挟まなかったのが、俺は引っかかった。


 自称しており、彼女の説明の饒舌さからも、助言も説明もなかったのが引っかかった。

 それらがないにせよ、なにかしら反応を示したはず。


 あるべき反応が一切合切無かったことに、俺は心細さを感じていたのだ。


『だぁーってだってだってっ! さっきニーゴ君狼狽していたじゃぁんっ! これは精神疎通っていう会話方で、精神乱れていたら、できないんだってっ!』


「そ、そんな欠点があるのかいっ! 知的ならそういうリスク管理も先に言っておいてくれよっ!」


「うへぇーんっ! ニーゴ君の意地悪っ! 鬼っ! 悪魔っ!」


「悪口がスーパー知的じゃねぇっ!」


 知られざる情報に頭を抱えつつ、視線を別へと移す。

 見覚えのある二人。かつては敵対同士であった二人が隣に立ち、俺の方を見つめている。


「ありがとう……助かったよ。えっと、ヴェノレエナさんに」


「さんは不用無用。ヴェノでいい」


「わ、わかった。ヴェノと……シュリレカさーー、シュリレカ」


「お褒めの言葉、痛み入りますっ!」


 衣服や態度も相反する両者は反応もまるで別物だった。


 ヴェノレエナは視線を逸らし、呼称を指摘しつつ、訂正された呼び名に、「おう」と頷いた。

 シュリレカは姿勢を正し、胸元に拳を叩きつけるように押さえ、深々と頭を下げた。


 だが、共に、頬を赤く染めており、照れていることだけは同じなようだ。


 なぜか、俺も小っ恥ずかしさを覚え、むず痒くなった頬をかく。


 雰囲気が和やかになったと思え、今なら会話の余地があると空気を口から吸い、


「ーーあぁ? おい、なに私のギョークに馴れ馴れしくしてんだ槍女槍娘。とっとと失せ消えろ」


「はぁ? 貴方こそなぜファランギ様の呼び方に文句言ってるですか? 貴方のような下賎な人ほど、即刻立ち去りなさい」


 思い出したかのように言い合いを始めたヴェノレエナとシュリレカに、俺は吸った空気を「きゅう」と声に出して吐く。


「ちょっと、あんたらだけで話しないでよっ! あんたらこそスィエル様に近づいてるのよっ! 私のスィエル様よっ!」


「は? 私ですけど?」


「あたしだってっ!」


「わ、た、しッツ!」


 しかも、さっきまでティアラの勢いに圧倒されていた魔導具少女たちまでその言い合いに入り込んでくる。


 このままでは、いや、これは確実にさっき起きようとしていた大乱闘が起きてしまうだろう。


「はぁああ……っ! マフォル」


『ほぉーっいほぉいほぉいっ!』


「ここで話し合いとかできそう?」


『やることはやれるけど、話し合いにはならなさそうだねぇー』


「だよなぁー、仕方ない。大怪我しない程度に吹っ飛ばしつつ、逃げよう」


『はいよぉーっ!』


 相方に改めて確認を取るが、やはり対話は不可能だと言われて、ため息と共に戦闘体制を取る。

 マフォルの返答と共に、揺らぐ『魔力』が迸る。


 爆発的な『魔力』の解放に、魔導具少女たちは怯まず、こちらに戦意と戦気を向けてくる。


 俺も彼女らも身体を傾け、走り出そうとした、直後だった。


「ーーッツ!?」


 周囲の壁が爆ぜ、砂煙の中から大勢の脅威が乱入してくる。


 色とりどり、模様さまざま、姿も色々あったが、脅威の存在は一つに統一できる。


「まじか、『獣魔縫包』までも来るのかよ……ッ!」


 大乱闘は、再会を果たすものだけではなく、謎の敵意までもに晒されることとなった。

 

 俺は思わず言葉を溢し、だが、意識だけは『魔力』を保つよう努めた。


 それだけが、俺ができる唯一の対抗策だから。

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