第15話 君なりの手段
二度目の砂煙が晴らされたことは、まるで開戦の合図のようだった。
誰も彼もが緊張感を迸らせる殺気ーー、否、戦気を放ち、誰も彼もが冷静さと意思の強さにその表情に宿した。
必ずや、再会を果たす。
ここにいる誰もを、全て蹴散らしてでも。
再開すべき者の名は、観客席にいるものの大半はスィエルだ。
魔導具ーー、正確に言うならば、魔力と人格と、女性の肉体を持つ家具を作成した偉人。
元いた世界でも革命的な偉業とも言えるだろう。
「いや、どうだかな……最近じゃ、異性が異性のイラスト描いただけで、同性がとやかく吠える悲しい時代になってるからな。良いイラストは何も考えずに良いイラストだって、褒められばいいのに」
だが、悲しいかな。目の前にいない人の考えは、どれほど頭を巡らせたって大体止まり。
本当に、一から十まで、隅から隅まで、分かりきることなどできない。
だとしても、人の意見を否定的に見てしまうのはいかがなものかと思う。
たとえそれが、他者の否定や非難だったとしても、そうする人間の考えや思いだけは汲み取るべきだろう。
だが、今の考え先の呟いた言葉の、否定的な見方に該当してしまう。
どうにも、ややこしい時代を迎えたややこしい世界だ。
だからこそ、異世界を望んだのかもしれない。
なんて、俺は異世界の渇望する理由を口にしながら、視線を他所へ向ける。
闘技場の壁と、山なりになった観客席の間にある、円環状の戦場に立つ戦士たち。
他にも、闘技場の最前列で観戦していた敗者たちも、戦場へと降り立ってきた。
彼らには別々の名の、俺とよく似た創造主がいる。
『魔剣ヴェノレエナ』なれば、ギョークで、『王槍シュリレカ』ならば、ファランギ。
他にも、武器である少女の数だけ、主人がいる。中には、同じ主人のものもいるだろう。
だが、皆が皆、全員が全員、再会を望んでいる。自分を作った創造主を。
だからこそ、俺はこの場でマフォルの手を握る。
マフォルもマフォルで、俺を創造主であるカエルムだと思っているはずだ。
今は彼が別人を演じていて、別人として接そうとしてくれているだけだ。
だが、今はその別人としてニーゴと呼んでくれている。俺の名前である『新居吾』と。
それが、フリであれなんであれ、自身の名を呼んでくれるのは心強い。
この異世界に来て、本当の名を呼ばれず、知られない俺にとっては。
なにせ、旅を同行する者であり、協力者でもあるのだ。
「……頼むぜ、マフォル。できるなら、俺も協力する」
「んー……うーん……んーや。ニーゴ君には戦わず、逃走を続けて欲しいかな」
「は!? ってことはここで任せっきりでいいってのっ!? この大人数じゃ流石に無茶だろっ!?」
「まっ、そうとも言えるかな。ーー君と手繋ぎの状態なら、ね」
「……ってことは、なにか別の策があるのか? 俺が邪魔にならない方法が。肩車か? それとも俺だけ飛ばすか?」
顔を近づけ耳打ちするも、腕を組み、首を左右に振って、逡巡する様子を見せたマフォルに断られた。
驚きに顔をさらに近づける。
咄嗟の行動に周囲からの突き刺すような気迫が強まったが、俺は構わず彼女の瞳を見続ける。
彼女も構わず、含みのある言い方で別の案を提示した。
もったいぶった物言いに、問いかけそうになるが、今は時間が惜しいと飲み込み、考えを巡らせる。
少し考え、短時間で浮かび上がった策を挙げてゆく。
「いいーっやいやいや、もっと違う方法で、それも私が私である方法で、君を邪魔者にせず、二人で脱する方法があるんだ」
「マフォルである方法……」
しかし、ポッと出の考え案では答えは得られず、マフォルからのヒントに再び頭を悩ませる。
なんでも、彼女自身でしかできない方法。
他の者ではできない方法であるのだろうと仮定し、仮定を実現できる案を考える。
なにであれば、彼女ならできて、他のものにできないか。
他の魔導具少女にはない、マフォルにはあるものーー。
「ぁ」
いや、違う。
魔導具少女ではないんだ。
マフォルは、そこに該当しない。だからできることがある。彼女は。
「『魔力』ってことは、君が……っ!」
「ビンゴ……!」
俺が言い当てたとき、彼女は小さく称賛した。
眼前には走り迫る少女たちが目の前までやってきていた。
実行しようにも、距離が足りない。
「後ろへ!」
「下がれ!」
俺とマフォルは同時に叫ぶ。言葉は違うが、意図は同じ。
言葉と同時に俺は後ろへ飛び、マフォルもそれに釣られて後ろへ動きーー、
「『者ども、止まれ』」
直後、闘技場に響き渡る指示に、少女たちも俺たちも動けなくなる。
同時に突風が吹き荒れて、視界が再び土色の煙に満たされる。
思わず顔の前に庇を作り、遅れて気づく。
どうやら『王権』には俺は対象外なようだ。
「マフォルっ! 君は無事かっ!?」
「はーっいはいはいっ! スーパー知的お姉さんも無事だよーっ! 『王権』も『魔力』に類するから、私はどうにか防御できるのさーっ!」
「う……聞きたいことがまた増えた……けど!」
俺は今はすべきことがあると、音を立てて口から息を吸う。風に乗った土など構わずに。
「マフォルっ! やってくれっ!」
「あーっいあいあいっ!」
短い合図にマフォルは応じ、向かい風のなか、旋回する風の揺らぎを感じた。
おそらく今、俺は彼女と向かい合っている。
ここからなにをするかなど、詳しい確認は不要だ。
知りたいと言う好奇心はあれど、知らなければならないわけではない。
俺は彼女を信じている。だから、きっと大丈夫だ。策は成功し、逃走も成功する。
「歯ぁー食いしばれぇーいっ!」
「おぅっ!」
「とりゃーっ!」
「ぶぼっ!?」
短い警告に頷いた途端、顔の中心に衝撃が走る。
鋭く突き抜ける痛みだが、ティアラから受けた引っ掻きよりも痛みはない。
そもそも、痛みは傷つけたり、ましてはなにかを注ぐことによるものではなかった。
そこそこ太いものが、二つの穴に強引に入り込み、こじ開けられるかのような行為に伴っていた。
俺はその勢いに抗えず、数秒宙を舞った後、地面に背中から着地する。
後ろに吹き飛ばされて痛みを伴う箇所ーー、鼻頭を抑えて立ち上がる。
早い話、俺はまたもしてやられたようだ。
マフォルという、図体がでかいだけの、スーパー知的お姉さんなんて言葉を多用するーー、
ク・ソ・ガ・キ・にぃ……ッツ!
「ざっけんなお前ッ! 今なにしたっ!? なぁお前なにしやがったんだっ!? 説明しろっ! 一から十までっ! 端折らず省かずっ! この新居吾さんにしでかしたこと言ってみろっ! 鼻フックだぞ鼻フックっ! いくらお前場を和ませたいからって緊迫した状況下でするかっ!? 誰に捕まっても酷い状況下になるってわかるだろっ!? 流石に今回ばかりはブチギレたぞお前ぇえッツ!」
場違いにも程がある悪戯に、俺の爆発する怒りのままに吠える。
だが、怒りに罵詈雑言が出なかったのは、せめて考えや思いがあるのではないかという、ほんのひとかけらの配慮。
喉の先、舌先まで出かかった罵詈雑言を押さえつけて、マフォルの突然の鼻フックを見解を待つ。
ーーだが、いくら待てども答えはなかった。
加えて、さっきまであったはずの黒い影もなく、俺は怒りは少し勢いをなくし、異変に気づく。
「なんだ……この身体に勢いは……」
全身で感じる、全身から吹き出したような勢い。
体温を熱く、鼓動を甲高く、血が駆け巡るのを感じ、吸った空気と吐く空気の流れを感じられるほど、意識が研ぎ澄まされている。
全身の毛を逆立たせ、足の先から頭の先まで、全てを覆う奔流。
重力と足の力が無ければ上へと押し上げられてしまうほどの勢いが全身を包んでいるのだ。
最初は湧き上がる怒りでそう感じているのかと思った。だが、違う。これはーー、
『いやぁーっいやいや! ちゃんと成功してよかったよっ! それにしてもさっきの怒りよう、最初に私を試したときとおんなじだよカエ……いっけね、その名前は呼んじゃダメだった……』
耳の奥から、そして全身で聞こえるマフォルの声。体感から察して、確信する。
マフォルは今、俺の中にいる。
「……これが作戦なのか? 一心同体になるって、でも、な、なんで鼻フック?」
「おーっやおやおや? さっきも言ったろう? 『魔力』はこの世界に満ち足りてるって。空気のようなものさ。私を取り込もうとするならば、そりゃ呼吸しかないだろう? なら、鼻から侵入するほかないってものさ」
「せ、せめて、実態なく侵入して欲しかったなぁ……っ!」
経緯はわかった。原理もわかった。
だが、それでも俺は手段の強引さには嘆かずにはいられなかった。
おかげで鼻が赤くなり、おそらく前よりも穴が大きくなってしまった。
未だひりつく痛みに鼻を抑えながら、すっかり煙の晴れた前方を見る。
「違う違う違うバジェじゃないッ! 違う違う違う違う違うッツ!」
大股で躙り寄るティアラから、六つの色が入り混じる半透明の上昇する奔流、おそらく『魔力』が見えている。
だが、心なしか黒ーー、漆黒の割合が多い。相反するように薄白は、指粒ほどしかなかった。
『魔力』の奔流なんて初めてで、そこに違いがあるか明確にわかったなんて言えないが、それでも、そう思わせるほどの怒りを彼女から節々と感じる。
周囲では、ティアラが飛び降りた勢いと、彼女の怒気に怯んでいる。
幸か不幸か、どちらにせよ俺のすべきことは定まっている。
「ティアラを抑え込む。対話はできずとも、鎮静くらいはできるはずだ」
「ほーっうほうほう。ということは気絶させるのかな? それとも毒か麻痺かで動けなくする?」
「物騒な提案だなぁ……まぁ、最悪その二択も視野に入れなきゃなんだけど、最善としては戦意喪失させて、相手から諦めてもらうことかな」
「いやぁ、難しいねぇ……でも、このスーパー知的お姉さんに任せなさいっ!」
「その名乗りさえなければ、かっこいいんだけどなぁ……」
相変わらずの自画自賛に俺は呆れながらも、今は頼もしさも感じている。
俺はみなぎる魔力を感じながら、眼前に迫ったティアラに向けて手を突き出した。
「はっ!」
相撲の張り手の如く伸ばした手から、魔力の奔流が波打つように動き出す。
そして、こちらに片手を振りかぶり、鋭利な爪で引き裂かんとするティアラへと放出される。
ギザついた槍か矢先に似た形を持って彼女の胸元に深々と突き刺さる。
彼女の『魔力』の奔流が揺らぐも、衝突してきた『魔力』を抑えつけられず、身体へと到達。
「ーーッ!?」
ティアラは苦鳴を漏らして、身体をくの字に曲げて吹き飛んでいく。
地を転がり倒れ込む姿に、『魔力』の出力量を見誤ったかと冷や汗が滲むも、彼女はすぐさま立ち上がる。
「『貴方、止まれッ!』」
そして、反撃とばかりに『王権』を使用。
だが、俺は瞼を閉じて、『魔力』へ意識を傾ける。
ゴォオオと、燃え続ける火のイメージを頭に思い描きながらーー、
「ほっ!」
次の瞬間、火柱に侵入した遺物たる『王権』の見えない波動を勢いを増幅させて吹き飛ばす。
触れる感覚。染み込む感覚。勢いを上げる感覚。そして、その勢いで吹き飛ばす感覚。
全てが初めてだが、手に馴染む道具のように、冷静に対処、対応できた。
達成感が心の中で染み込んでいくのを感じながら、顔を歪ませるティアラを見つめる。
「まだ……続けるか? やめるなら、もっと現実的で平和的な解決策があるんだけど」
「違うッ! バジェはそんなこと言わないッ! 是が非でも私の望みを叶えるッ! バジェはそんなふうに見ないッ! 哀れみに満ちた表情なんて見せないッ! バジェはそんなことしないッ! 自分を優先して、私を後回しにするだなんて、絶対にしないッ! しないしないしないしないッ!」
「まぁ、そうなるよな。全く、バジェってやつが過保護だったのか、この子が手を焼く子なのか」
どちらにせよ、再三に渡る対話も断られた以上、平和的な手段は求められない。
心を鬼にして、ティアラをのして行くしかない。マフォルのいう強引な手を使ってでも。
「しなぁああああいッツ!」
声を張り上げ、今一度飛びかかってくるティアラに、再び『魔力』に意識を向けながら、彼女への注意を抜からないように警戒した。
「ぁ?」
直後だ。ティアラの身体が不自然に揺れ、彼女の口から声が漏れた。
俺もまた同じだ。
おそらく俺の中にいたマフォルも、周囲の魔導具少女たちの何人かも目を開き、声を発したやもしれない。
「なん、でだ……いっ、たい……誰が……誰だっ!? お前はぁっ!?」
そして、俺の目に映ったそれに声を震わせながら、最後には叫び出していた。
ティアラの胸元が砕け、かけらが飛び散ったのだ。
三つの丸みを帯び、だが、だが確かにティアラの胸を砕き刺した、鋭い爪のようなものが。
そんな相反した獲物で、ティアラを狙った謎の存在、脅威にーー。
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