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第14話 俺はーー、

 ☆ ★ ☆ ★


「てぇーわけで、君を助けられたってわけなんだよねぇーっ!」


「そ、そっか……ありがとう……」


 薄茶色の砂煙のなか、救出までの段取りを教えられた。会話内容まで丁寧に。

 おかげでマフォルが睨まれている理由が、それとなくわかった。


 だが、まだそう断言もできないと俺は周囲に視線を巡らす。

 張り上げられた声に困惑や悲痛めいたものばかりで、明確な意思や殺意めいたものは感じられない。


「『煙よ、晴れよ』」


 警戒をした途端だった。

 背後から声がした。


 凛としていて、あのときと同じ、普段の彼女とは大違いな言動。

 俺の全身の毛が逆立ち、足の爪から頭の毛へと震えが走る。


 茶色の煙が瞬きの間に消えて、俺はマフォルを久しぶりに目にする。


 だが、喜び握手を交わすなどできない。

 マフォルもこちらに驚く眼を向けるだけで、飛び込んでこないのも同等の理由だろう。


 俺の背後には、ティアラがいる。


「バジェ、離れて」


 短く低い、幼い声。

 背後からあの小さな金髪少女、ティアラが辿々しい足取りでこちらに指示を出した。

 

 血管が凍る感覚。全身が涙するように震え出し、救われる手段を求めて、頭に逃げ道を提示してくる。


 頷け、指示を聞け、マフォルから離れるんだ。

 と、俺の不定形な意思を形づけさせまいと、全身が思考を鈍らせてくるのだ。


 鼓動の高鳴り、呼吸の荒ぶり、全身の発汗による体温急上昇。


 だが、形を成すべきものの思いの核は、固まっていた。散り散りにならぬように堪えている。


「俺、は……」


 喉奥から声を絞り出すも、途中から嘔吐感が襲いかかる。

 謎の気持ち悪さ、喉奥に魚の骨が刺さったか、毛玉が張り付いたみたいに、吐き出したい衝動が走り出す。


 少女の光のない見開かれた目。ゆっくりと左に傾き、捻る首。口がゆっくりと開かれてーー、


「わ、りぃけど……っ! これ以上、ティアラと一緒には、いられ……ないっ!」

 

 できることなら、俺は『バジェ』じゃないって言いたかった。

 だが、肉体の本能的反抗に抗いながら否定するのは、これが限界だ。


 今だって、全身を揺らし震わせる心臓が口から飛び出そうだ。

 咄嗟に口元に手を添え、出口を塞いだ。

 問題は次の言葉だ。今ではまた否定される。


 バジェはしない。反論しない。離れようとはしない。別れを求めたりしない。と。


 否定されれば、おそらく流されてしまう。

 ティアラの淡い唇が動き、白い歯の奥にある喉が震わせる前に。


「俺は……もう、決めたんだ……っ! マフォルと一緒に、旅をするって、なぁ……っ! だから……」


 やばい。目があった。なのにときとき他所を向いてる。でも、目を離しちゃダメだと思わせる圧みたいなのが、ある。


「もう……」


 マズイマズイマズイ、まずいまずいまずい。口が開いた。なにを言ってくる。いや、なにを言ってもまずい。俺は頷いてしまう。否定するには、俺の意思を通すには、押し切らなければならない。言い切らなきゃダメなんだ。


「俺に……」


 死ぬ、しぬしぬしぬしぬしぬ、シヌシヌシヌ。

 思考が危険で塗りつぶされる。ありとあらゆる可能性を思い浮かべ、思い思いの死が死を連想させる。だからこそ、動く。ティアラに少しの動きも許しちゃならない。だというのに、動かしてしまった。だからこそ、言うんだ。俺が俺である意思を。


「誰かを、重ねるな。俺は、俺は」


 無理だと思うな。思っていたものをやってみせろ。お前がお前であるために。俺が俺としているために。それを望んだ友のために。俺といようと言ってくれた、彼女のために。変われ。言え。俺は、俺だと。


「空谷 新居吾なんだよ……ッ!」


「ーーッ!」


 直後、彼女の薄い唇の端が音を立ててヒビが走り、細かな破片がボロボロと砕け散り出した。


 異様な光景だが、理解できないわけじゃない。

 なぜ壊れたのか。なぜ壊したのか。わからないわけがなかった。

 


 唇からはみ出た歯の一つで砕いた、いわゆる彼女の噛み切って、流れた血のようなものであり、それはーー、


「違ぁあああああああああああああああうッ!」


 明確な怒り、殺意ににも匹敵するドス黒い怒りだ。  


 愛する者ではない言った、愛する者に似た者への怒り。

 もしくは愛する者ではないと言った、愛する者への怒りか。


 ティアラならば後者が近いと思えてしまうのが、悲しい。

 彼女はどこまでも自身の望み通りにしたい節がある。

  

 それが通らなければどうなるかを、あの城の者たちからも推察している。


 だが、もう彼女の我儘を聞くのは限界だ。

 都合のいい幻想から、嫌なことばっかりな現実を直視してもらおう。


 俺は、その代償たりうる暴行に、抗ってみせる。


「バジェはそんなこと言わないしない睨まない叫ばない悲しませない望まない嘘つかない嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁあッ!!」


 予想通り癇癪を起こし、甲高い声で叫びながら、鋭利な爪を立てて、その手を振り回してくる。


 再び舞う茶色の砂煙。だが、俺の目には黒い影がただひたすらに腕を振るう姿が見えた。


「嘘じゃないっ、て俺は……ぐ、ぁあっ!?」


 なんとか抑えようとするも、その手が腕を引っ掻く痛みに俺は顔を顰め、思わず伸ばした手を引っ込める。


 引っ掻かれて傷ができたのは、前腕の外側。 

 爪の力加減を誤ってできる白い線状の引っ掻きとは違う。


 それは内側から視認できる手や上腕へと繋がった血管に匹敵するほど長い切り傷だった。


「ぅ、い、いって、ぇええ……っ!」


 鋭利な剣がその腕をなぞり切り刻んだような傷で、俺は後から襲われる痛みに呻く。


 斬られることの痛みを、初めて知った。

 包丁で指の端を切ったときでも、意識が驚きに跳ね、後の痛みに苛まれるが、あんなもの比べようもない。


 意識の驚愕も、疼く痛みもまるで別格。

 意識が消し飛ぶかと思い、今は痛みに苛む意識がうざったい。


 その場で転がり、身体を打ち付けてでもこの痛みをどうにか消し去りたい。


 それならば、意識をも断ちたいと、心の一部が思うほどだった。


 だがーー、


「ニーゴ君っ!」


 俺の名を叫び、安否を問う彼女がいる。

 だから、その一部に呑まれはしない。


 もはや燃えかす同然となった勇気を奮い立たせ、負傷の手を伸ばし、逆の手抑えて叫ぶ。


「マフォルっ! 対話は済んだっ! 言っても聞かないなら仕方ないっ! 逃げようっ!」


「オーッケオケオケッ! それならこの、スーパー知的お姉さんの手に掴みなぁっ!」


 黒い影が一つ。俺の方へと伸びる。

 白く茶色い煙を揺らぎ、少女の手、おそらくマフォルの手が差し伸べられた。


 俺も手を差し出す。呼吸とは異なる断続的に響く痛みを伴うも、奥歯を必死に噛み締めて、掴む。


 ドクンッ! と、高鳴る心臓。

 彼女に見惚れたわけじゃない。


 謎めく感覚が身体中を走った。


 心臓から伸び、全身を占める血管が、今一度各臓器へと伸ばされていくような。

 鼻から送り込まれる呼吸が、管めいた形を形成し、身体に新たなものを循環させようとしているような。


 明確な例えがなくて、もどかしい。

 だが、確かな例えがなくとも、確かな答えはある。身体を巡るもの、それはーー。


「『魔力』」 


「『魔力』! いっくよぉーっ!」


 俺の口から言葉が溢れ、奇しくもそれがマフォルの呼びかけと重なる。


 薄れながらも未だ周囲を占める砂煙の中。

 だけど、俺の双眼には彼女の自信過剰な笑みが映っていた。


 だからーー、


「飛べッ!」


「逃げ、ぇええっ!? 飛ぶのっ!?」


「は、ええぇっ!?」


 ここでの意思のばらつきに、先にマフォルが、遅れて俺が驚いた。


 だが、ただの驚きだけでは終わらない。

 両者の指示の相違に、両者の力で発動する『魔力』が、その結果を生み出す。


「ぶふぇええええっ!?」


 足の指先が地面から離れ、身体が宙を待った途端、その身体が、巨大な勢いに吹き飛ばされる。

 数秒速かった俺の指示で舞う二人の身体は、遅れたマフォルの指示で空中で、くの字のまま猛風に吹き飛ばされたのだ。


「がっ!? でぇっ! ぼふっ!?」


 意図しない形で力を得た二人が、その力を操ることもできないまま、地面に身体を打ち付け、空中舞いながら転がってゆく。


「いだだだだっ!? ……と、とまったかっ!」


 重ねること三回。

 最後に擦られていく身体がゆっくりと勢いを失い、俺はゆっくりと身体を起こす。

 どうやら、闘技場のフィールドへと転げ落ちたようだ。


 咄嗟に抱き寄せたマフォルの身体には見たところ傷は一つもない。

 安堵しつつ、状況整理も兼ねて彼女にそう問いかけた。言われずとも、現状を知ればわかることを。


「う、うん……そうだね……って、いうかごめん。またか、飛び出すとはこのスーパー知的お姉さんでもわからなかったよ……」


「ここで、茶々入れたくなかったけど、知的って言ってんのに、わからないのかよ」


「むぅーっ! もーっおもおもおっ! ニーゴ君の意地悪っ! 私がせっかく助けに来たって言うのにさぁっ!?」


「ぶっ!? ごめんごめんっ! 俺が悪かったからすぐに次をっ! 早くしないとーー」


 煙の向こうでマフォルが頬を膨らまし、向こう側から両方の拳で叩かれた。

 ポコポコと愛らしさの音が伴いそうな、痛みのない攻撃だが、俺は必死に謝る。


 耐えられなかったわけでもない。こうした、やり取りをしている間も惜しくてーー、


「『煙よ、晴れよ』」


 またしても、『王権』によって晴らされた煙の向こう側から、ティアラが現れる。

 肩から息をして、身体を左右に揺らしたから近づく六色の光を放つ、金髪の少女。


 だが、その瞳には光はなく、薄い桃色の唇は痙攣にしたかと誤認させるほど素早く動かしていた。


 おそらく、あのバジェとの相違を列挙し、今の俺の行動を咎めて、最後に問いかけるのだ。


 バジェであり、今までの行動は本意ではなかったのだろう、と。


 今までは恐怖のあまりに頷いていた。

 だが、それこそ不本意だった。

 

 今もなお、恐怖は健在だが、屈するつもりはない。かろうじて絞り出した勇気で対抗できている。


「ーーマフォオオオオオルッ!」


 微かに追い風のような戦況を感じた途端、背後から怒号ににも似た呼びかけに全身を揺らす。

 振り返れば、全身から髪色と同じ緑と紫色がごちゃ混ぜの湯気めいた気を放つ女性が現れる。


 名は確か、『魔剣ヴィノレエナ』、だったか。

 新たな恐怖が上塗りされるなか、彼女に怒りににも似た勢いで叫ばれたマフォルは振り返る。


「やーっあやあやあっ! ヴェノちゃん。さっきはどうも! おかげでほら、ニーゴ君を助けられたよ」


「うぉっ!?」


 彼女は左手を軽く上げて挨拶を交わし、逆の手で俺の肩を手を添えて、身体を引き寄せてきた。

 その仕草は本来、男側がする仕草ではないかと思いながらも、話をややこしくなると口を閉ざす。


「は? 本当に確実に助けられたとでも思ってんのか? お前言ったよな。お前はなんとかってやつを、私はギョークを求めて戦うって」


「あの……俺の名前をなんとかって片付けられるのは不服なんですけど、俺は空谷さんなんですけど! そこはちゃんと言って欲しいんですけどっ!!」


 だが、ヴェノレエナに名前を簡略化され、俺は我慢ならず吠える。


「だから、お前とも戦うぜ。マフォル」


「ふっ……いいーっよぉっいいよいいよっ! なら、全力で戦おうじゃないのっ!」


 だが、両者は俺のツッコミなど気にも留めず、互いに互いの殺気ならぬ、戦気に口角を釣り上げる。


 ここで、俺は気づいた。

 二人から感じる身を突き刺すような鋭い気だが、全身に突き刺す感覚があらゆる方向から感じられる。


 もしやと、思いながらもすぐに確信した。

 周囲目を見渡せば、赤い光が伴いそうな鋭い眼光が周囲から感じられる。


「無論、誰も除け者にはしないよ、全員ね!」


 そう、この戦いに参列した全ての擬人化道具少女たちが、同じ戦気を放っていたのだ。


 戦いは今や、全員参加の混戦へと変わっていた。

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